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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第一章 願いの欠片
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第一章15 『防衛準備』

 二日後。作戦実行当日だ。あの後アルはやって来た騎士団長の依頼を引き受け、共に前線に立つ事をライゼ達と一緒に決意した。

 そして今朝には周囲の山に魔獣・魔物の群れ約千匹と大罪教徒が潜んでいると大々的な発表をされた。そして掲示板にはでかでかと依頼書が張ってあって、そこには依頼元に【ソルジア王国辺境騎士団】と書いてあって、今朝から多くの人目を集める事となった。

 依頼書の前に数々の冒険者が群がる光景をアル達は見つめ続ける。


「注目出てるな」


「そりゃ、難易度の代わりに報酬が普通の依頼よりずば抜けて高いから」


 通常の討伐依頼の報酬が千五十円……じゃなくて千五十リラだとしたら今回の掃討依頼は一万リラ辺り。それも前衛か後衛かで三千リラも差が出るのだ。そりゃ、あんなに人を集めては戸惑わせたって仕方ない。だって相手は大罪教徒筆頭なのだもの。

 それさえなければみんな喜んで前線に出て戦う事を決めるだろう。でも、神出鬼没の暗殺集団なのだ。そんな事言われれば戦意喪失したって当然だ。


「果たしてどれくらい集まるかね」


「そもそも冒険者自体がのほほんと旅をするかお金稼ぎの延長線上でしかないんだ。俺達みたいに英雄を目指して冒険者をやる人はほとんど少ないだろう」


「ソレ結構刺さるから止めてくれ」


 さりげなくウルクスがライゼにとって刺さる言葉を放ちつつも彼らの反応を見る。予想通り、報酬に目を釣られては難易度で諦めたり大罪教徒を恐れている人が殆どの様だった。

 冒険者はお金稼ぎの延長線上。まさにその通りだ。

 ぶっちゃけて言えば冒険者なんてしがないフリーターと同然。労働基準法なんか当てはまらないし依頼を受けなければその日の収入は当然ゼロ。


 だから大抵の人は軽い仕事の合間に手っ取り早い依頼を受けて収入を稼いでいるとか。世界を旅する冒険者になりたければギルドを結成して難易度の高い依頼にみんなで挑むくらいしかない。ちょうどライゼ達みたいな。

 故に冒険者を本職としている人以外しかこの依頼は受けないだろうと予測していた。実際に今の所ほんの数人しか依頼を受けていないし。


「さてと。俺達はそろそろ行きますか」


「行くって、どこへ? 鍛冶屋とか?」


 するとライゼは立ち上がってそう言う。

 でも咄嗟に問いかけると彼は「ああ」と短く呟きながらもこれからする事を簡潔にまとめて見せた。それも本当にザックリと。


「そっか。アルとジンは初めてだからよく分からないよな。俺達はこういう時間がある時は必ずする事があるんだ」


「ちなみにそれって?」


「メンテナスン」


「……メンテナンス?」





「結構騒がしいんだな」


「危険度が青だから不安な人は隣町に避難するんだよ。だから大抵緊急依頼が出た時は忙しくなる」


「……青って何だ?」


「えっ」


 外へ出てから駆け足で目的地へ向かう中、せわしなく行き来する人々を見てアルがそう呟いた。だけどライゼからの言葉に反応すればそれを聞いた彼は足の動きを弱めて速度を遅くする。のだけど、アルが村育ちという事を思い出してすぐさま解説に入ってくれた。


「そっか。アルとジンは詳しくないからな。周囲で異常事態が発生した時、街には危険度って言うのが提示されるんだ。緑は任意避難。青は戦闘職以外は強制避難。最高値の赤は全体避難って分けられてる」


「うん」


「それぞれ『侵入する可能性』、『一部崩壊の恐れ』、『破局確定』ってランクが決められてるんだ。今回はその『一部崩壊の恐れ』って訳」


 なるほど。だからこんなにも武器を持っていない人達がせわしなく動き回ってるんだ。確かにそれ程の侵害が出てもおかしくはないだろう。それに相手は千以上もの魔獣・魔物の群れと大罪教徒。激しい戦闘は既に確定事項みたいなものだ。

 あの戦闘よりも激しい戦闘。考えただけでもゾッとする。

 しかしライゼが気になる事を言って。


「まだ奇襲予測時間まで半日弱空いてるっていうのは、かなり幸運なパターンだな」


「ん、どういう事だ?」


 半日弱空いてるって言っても、大抵そんな様な物なのではないのか。街は大抵開けた草原とかに建てられるから周囲の異変にはすぐに気づけるだろうし、山からは徒歩じゃ一日もかかるから奇襲される残り時間の予測が一日でも結構普通の方じゃ……。

 そんな疑問はすぐに解消される。


「こういうのって大抵確認されてから結構すぐ攻め入るって言うのが大抵なんだ。だから準備期間があるだけ十分幸運な方なんだよ」


「ああ、そうなんだ」


 確かにそれじゃあ半日も逃げる時間があれば十分だろう。それに馬車でさえ半日近くもかかる道なのだ。いくら魔獣が速くたって鍛えられまくった馬車の速度に追いつくだなんて到底思えない。実際馬車の移動速度は途轍もなかったし。大罪教徒とはいえ走っても一日かかるのは当然の距離。

 今一度どれだけ危険な状況下にいるのかを認識しつつも走り続けた。

 そうしている内に目的地に着いた様で。


「ここだ。ここで装備のメンテナンスをする」


「……万屋? 鍛冶屋じゃなくて?」


「確かに鍛冶屋でもメンテナンスは出来る。でも手軽に出来るのは万屋なんだ。それに万屋のほとんどは資材を仕入れる為に色んな所に行くから戦える人が多いし」


 要するに戦える万屋の人が多いから危険度青じゃほとんど逃げないって事なのだろう。早速扉を開けて中に入ると武器を確認しているいかつい顔の店主が目に入る。

 ライゼは迷うことなく店主に話しかけると色んな道具を手にして質をチェックしていた。だからアルもそこへ行こうとするのだけど、彼女に肩をつつかれて制止させられる。


「どうした?」


「アル。ちょっと気になる事が」


 耳を貸してほしいとのジェスチャーをするので彼女の口元に耳を近づけた。すると恐らくこの街で彼女しか分からない事を囁いた。

 それも本当ならかなり大事な事を。


「――地下水路に反応があります」


「っ!?」


 地下水路に反応。それが鼠とかそういう展開を信じたいけど、彼女がそんな間違いをするとは到底思えない。となれば既にこの街の地下水路に敵が忍びこんでるって事になる。

 でも地下水路の出入り口は大抵川と繋がっているはずだ。もし入り込むことに成功したとしても、街の警備が出入り口に近づくまでの間で気づかないはずがない。となると夜の間に近づいて来た……?


「念の為聞くけど、それって魔獣とか?」


「その節であってるでしょう。街中じゃ発生しないはずなので、夜間に侵入したはずです」


「まずいな。今すぐ騎士団に伝えて何とかなるか……」


「ならないでしょうね。王国ならともかくここは辺境の街。そこまで騎士を派遣する余裕はないはずです」


 彼女の言葉に軽く舌うちした。そりゃそうだ。元々戦力が足りるか分からないから冒険者にまで掃討依頼を出してる。なのにその貴重な戦力を地下水路なんかに割く余裕なんて微塵もないだろう。

 となるとどうするかって話だけど、今頼れるのは目の前にいる三人しかいない。

 ――だが、三人は手練れの冒険者。三人が前線からいなくなっただけでも前線がどうなるかは分かった物じゃない。


「どうする……!」


 だからと言って彼女を地下水路に向かわせるのも難しい話だ。あれ程の力が前線に立てば士気が沸くだろうし、魔法で一掃出来る事も可能かも知れない。それに彼女の性格上アルの向かう所へ同行するはずだ。

 どっちを取ったにせよどっちもマズイ事になりかねないのは確か。

 ならどうするべきなのが最善か――――。

 その時にフィゼリアが問いかけて来る。


「アル、どうしたんですか?」


「ああ。ちょっと、地下水路に魔獣の反応があるらしくて……」


「地下水路!?」


「ジンが魔法で確認したから確かだ」


 すると全員が驚愕した。

 そりゃそうだ。だってそれは放って置けば街の内側から崩壊しかねないって事になるのだから。ライゼ達はそう聞いた途端にすぐさま作戦会議に入りどこに向かうかを話し始める。


「アル、どうするんですか」


「どうするもこうも、どうにかして対処しなきゃいけない。それも今から頼んだって他の冒険者はほとんど後衛で待機してるはずだ。聞き入れてくれるとは思えない」


「じゃあ……」


「俺達だけで対象するしかない」


 それが最終的な結論だった。こんな事を街全体に広めてしまえば混乱が起きかねないし、他の冒険者だって逃げてしまう可能性が高い。そうなっては戦力を裂く事となってしまう。それだけは絶対に駄目だ。

 だからこそこの五人で対処しなきゃいけないのだけど、冒険者の中で前線に立ってくれる組みは片手で数えられる程度。それだけでも貴重な戦力なのだ。

 直後、ライゼは方針を決めた。


「……よし。フィゼリアとウルクスは地下水路に向ってくれ。的確な数って分かるか?」


「えっと、数十匹かそれくらいです」


「なら何とか持つかな。アルとジンは俺と前線に行こう」


「わかった」


 割けられる最大限の戦力を地下水路に向かわせる方針で決意した。そう支持されるとフィゼリアとウルクスはすぐに行動しては地下水路の入口へ向かっていく。

 ライゼは即行で必要な物を買うと腕に抱えながらもせっせと防衛地点へ向かった。


「あの二人なら三十分もあれば何とかなるはずだ。数が増えなければの話だけど……」


「二人だけで本当に大丈夫なのか? 魔獣は魔獣でも素早いし結構強いぞ」


「信じろ。あの二人はきちんと剣術を学んである。そう簡単にはやられないさ」


「だといいけど……」


 山の方角へ走っていくと同じ様に集合場所に集う冒険者が増えていって、その中には歴戦の戦士みたいな人まで混ざってる。

 ただこの中に混ざってる人達のほとんどが後衛なのだと考えると少し心もとない。だって、多くの冒険者が集っても先頭に立つのは騎士団と勇気ある冒険者だけだ。それだけで数千の群れを押さえられるだろうか。


「いたぞ、騎士団だ!」


 そう言うと整列していた何人かの騎士がこっちを向く。三人はその騎士達を無視して一直線に走り続け、先頭に立っていた騎士団長と顔を合わせた。

 するとアル達が来た事を確認すると彼は早速作戦を伝えてくれる。


「おお、来てくれたか。早速で悪いんだが外壁の上で待機出来るか」


「外壁の……?」


「魔法や弓等の冒険者は上で待機してもらっている。射程距離に入ったら遠距離で攻撃して欲しいんだ」


 そうして門の左右についている階段を指さす。アル達は指示通りに動くと、ライゼを残したまま二人で階段を駆け上がった。外壁の上へ上ると既に後衛にもいたと思われる冒険者が弓等のメンテナンスをしていて、結構な人数が揃っている事を確認する。

 その中に二人も混ざって山の方角を見た。そして、発見する。


「……!」


「あれが目標って訳ですね」


 森の方からは既にこっちへ向かって来ている事を確認した。それも全てが魔獣で、この前みた大きな魔物すらもハッキリと肉眼でも認識できる。作戦実行まで半日弱という予測時間はどこへ行った……。

 ふと空が曇って行く中で湿った風が全員の体を撫でる。

 それのせいなのか、はたまた何かを感じ取ったのか。彼女はふと体全体を震わせた。


「……? どうした?」


 問いかけても答えない。

 彼女はただ、怯えたような瞳で森の方角を見つめていた。

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