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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章78 『四千年の願い』

「ッはぁ、はぁ……!!」


 ルシエラの胴体に神器を刺したまま息切れて倒れ込み、その場に大量の血を撒き散らした。二人の血が混ざりあってどっちがどっちだか分からない。

 勝ったって言う事実だけは残ったのだけど、その先にあるどっちが生き残るかの事実はまだ分かってない。つまりどっちが出血多量で死ぬか。そこで勝負が決まる。


「アル!!!」


「おい、大丈夫か!?」


 するとみんなが駆け寄って即座に治癒を開始してくれる。クリフがアリシアを抱えている辺り、とりあえず峠は越えたのだろう。一先ずアリシアだけでも助かったのならそれでよかった。

 アリスは隣に座るとすぐに治癒を始めてくれる。


「ウルクス、腕! 腕持って来て!!」


「わ、分かった!」


 そう言うとウルクスは斬りおとされた腕を持って来て、アリスは肩の付け根にそれを合わせると止血ついでに腕をくっ付けた。その他にも火傷を直したりと魔法を駆使して色んな措置を施してくれる。けれどアルは人間でルシエラは吸血鬼。生存力は天地の差。

 人間は腕を失っただけでも死にやすいのだ。だからこそみんな心配そうな視線を向けて来る。


「アル、死ぬなよ! 英雄になるんだろ!」


「死んだら許さねぇぞ! いいな!!」


 ライゼにクリフも涙を浮かべながら手を握ってくれる。それだけがアルを現実世界に引き戻していた。暗い意識の底でその温かさだけがアルを連れ戻してくれる。

 生死を彷徨うのはこれで二回目だろうか。一回目は確か村が焼かれた時だったっけ。あの時はアリシアしかいなかったけど、仲間に囲まれるのってこんなにも心が満たされる物だったんだ。


 ――諦めるな。手を伸ばせ。


 みんなだけじゃない。アル自身も必死に手を伸ばして抗い続けた。死んでしまえばきっと今度こそ生まれ変わる事は出来ないだろうから。そんな事だけは絶対に差せない。アリシアにもう誰も死なせないって言ったじゃないか。

 だからこそ手を伸ばし続ける。


 ――アル、諦めないで!!


 アリシアの声が聞こえて来る。あの時に助けてくれるだけじゃ飽き足らず、また救おうとしてくれてるんだ。ホント、どっちが英雄を目指してるのか分かった物じゃない。

 やがてアリシアはもう一度アルの手を掴むと抱き着いては温かい光で全身を包んだ。それによって傷が全て回復していく。……泣きたくなるくらい温かい光だ。


「あり、し、ぁ……?」


 眼を開けば本当にアリシアが抱き着いていて、真意を使ってまでアルの傷を癒してくれていた。切断されていた左腕も完全にくっついては止血されている。

 少しすると起き上がっては涙目でこっちを見つめた。


「よかった。生きててくれてる……っ」


 すると涙を流しながらも思いっきり抱き着いた。それから絶対に離さないと言わんばかりに強く抱きしめた。元から筋力が強いせいで息がつまるくらい。

 だからようやく回復した体で引き剥すと静止させた。


「感動するのは後で! 今は他にやりたい事がある」


「……うん」


 そう言って起き上がり隣で横たわるルシエラを見た。流石吸血鬼、まだまだ余裕そうに生きていた。まぁ再生していない辺り再生する余裕もないのだろう。

 だからこそアルは隣に座ると喋り出した。


「……まさか私が負けるとは思いませんでした。二人の真意がそこまで強かったって証明ですね」


「そう、だな」


「あそこまで高い威力になるとは思わなかった。世界一長く生きて来たつもりですが、この世界にはまだまだ分からない事も多いんですね……」


「負けたのに悔しそうな表情はしないんだな」


 普通なら負けたら悔しいはずだ。だってルシエラは命を賭してまで叶えたい事があって、それでアルと正義を賭けて戦い、そして負けたのだ。なのに今のルシエラは悔しさどころか満足した様な顔をしていた。

 どうしてそんな顔をするのか。その疑問はすぐに本人が答えた。


「随分と長い間生きて、その間亡き友の願いを追い続けて来ましたからね。……確かに悔しいですよ。でも、ようやく終わったんだなって、思っちゃいましたから」


 すると不器用な微笑みを浮かべてみせた。

 数千年も亡き友の願いに縛られる。それは一種の呪いみたいな物なのだろう。ずっと何かに縛られる苦しみは欠片でも理解してるつもりだからこそ共感できた。

 そこだけを見ればアルとルシエラは似ているのかもしれない。


「悔しい。かつての友が命を賭してまで守ろうとした世界を、命を賭して守りたかった」


「…………」


 気持ちその物は何も間違いじゃない。その本質は絶対に揺るがない『綺麗事』だから。彼はただやり方が間違っていただけ。きっと他の選択肢に気が付けなかったんだ。

 ……いや、違う。他に何かあるはずだ。

 そうして考えているとルシエラは続けて言う。


「《暴食の鬼神》って知ってますよね」


「ああ。世界のありとあらゆる命を食い荒らした《暴食》。だろ」


「……私は彼と戦った事がありましてね。それが亡き友と腐れ縁ってやつです。互いに平和の世界を夢見た。ただそこに何かしらの違いがあっただけで。今の《暴食》の物語は全て偽物です」


「偽物って?」


「本当の彼は優しいんです。私はその戦いで眠る事になったので覚えてませんが、彼は世界を滅ぼそうとして滅ぼしたんじゃない。きっと何かが裏で物語を操ったんです」


「…………」


 訴えかける様にそう言う。

 まるで《嫉妬》の物語と同じ様な展開。それを聞いてアルは眉をひそめた。アルは他の人と比べて大罪に抵抗がないから信じる事が出来るけど、みんななら絶対に信じる事はできないはずだ。だって敵がそう言っている訳だし。


 何かが裏で物語を操った。その言葉を聞いてアリシアは少しだけ反応する。《嫉妬》も《暴食》も本当は優しかった。もし本当にそうなら他の大罪もそうなのだろうか。

 向こうの世界で童話が捻じ曲げられて伝えられた様に、一種の教訓として捻じ曲げられて伝えられている……?


「そして目覚めれば彼の守ろうとした世界は今まさに終焉を迎えようとしていた。なら、やるしかないじゃないですか。私の中に残されているのは、かつて敵だった彼の願いしか残ってないのだから」


「ルシエラ……」


 ようやく明かされた彼の物語。ルシエラはいたずらに命を弄んでいたんじゃない。本気で世界を救うために、亡き友の願いを叶える為に、あんな行為を繰り返していたんだ。……手段を厭わず。

 やがてルシエラは瞳に涙を浮かべると続けて言った。


「この世界は残酷です。何もかもが思い通りに行く訳がない。だから私は次第と人の道を踏み外して行った。これでいいのかって迷いながら」


「…………」


 アルとルシエラの違い。それが明確に分かった気がする。

 彼が理解出来ずにいた何かしらの違い。それは――――。


「ルシエラ。お前は俺と一緒だって言ってたよな。……その言葉は何も間違っちゃいない。いくら規模が違くたって互いに世界に絶望して、絶対に諦めきれない願いを背負って、誰かの存在に縛られて」


 アルは守りたい物を守れずに絶望した。きっとルシエラも同じなんだ。同じ様に世界に絶望していた。世界を救うと誰かを救うじゃ規模が違い過ぎる訳だけど、それでも抱えた物の本質が『綺麗事』なのは揺るぎない事実。

 そして彼は亡き友の願いに。アルは亡き父の言葉に縛られていた。でも、


「ただ、一つだけ違う事があるとすれば……」


 眼を閉じて思い返す。アルの人生には何があって、誰がいて、どこに立っていたのかを。いつだって誰かに包まれていた。どんな時も誰かの優しい笑顔に救われていた。

 何よりも眩いのがアリシアの存在で――――。


「それは……」


 その瞬間にルシエラは目を皿にして自分を覗きこんだ顔を見る。その深紅の瞳からは涙が流れ、最低の行いをして来た自分に涙する者がいるのだから。

 きっとこれさえあればルシエラも道を踏み間違えたりなんかしなかったはずだ。そうなれば犠牲となった命も少なく、アルも今頃村で楽しく暮らしていただろう。神器を握る事だってなかったかも知れない。でも、時間は絶対に戻らないから。


「誰かがいた事だ」


「――あぁ、そうか」


 初めて気づかされた自分と相手との違い。それを知ったルシエラは悔しそうな表情はせず、更に満足そうな表情をしていた。

 誰かがいれば止めてくれただろう。彼はただ運が悪かっただけ。


「私に足りなかったのは、力でも、憧れでもない。――誰かの存在だったんだ」


 アルもあの時にアリシアと出会わずに生き残っていたら道を踏み間違えていただろう。復讐に心を燃やし、英雄になりたいなんて言う憧れも忘れて、ただ殺す事しか考えず……。あの時にアリシアは何故剣を取るって言ってくれた。それがアルを引き戻してくれたんだ。

 だからルシエラもそう。きっと誰かがいてくれたら変わっていた。


「悔しいなぁ。独りだったからこんな事になったなんて考えると。彼の願いを、叶えたかった……」


「…………」


 涙を流しながらそう言う。彼が戦う前に言っていた「私と貴方の正義を賭けて」ってこういう意味だったんだ。誰もかれもが自分なりの正義を持ってる。だからこそその正義を――――願いを賭けて戦おうって事なんだ。

 そしてアルがその賭けに勝ったわけだけど、何故か納得できなかった。だって四千年も生きて二千年も願いに縛られて生きて来たのに、あまりにも報われてないじゃないか。

 だからこそアルはルシエラの手を取って言った。


「……お前の願いは世界を救う事、だったよな」


「え?」


「道を踏み間違えただけで、その思想そのものは間違ってない。そして俺も世界を――――誰かを救いたい」


 願いは一緒だ。世界と誰かじゃ規模が違い過ぎる訳だけど、それでも本質は一緒。なら少しくらい高望みしてもいいんじゃないだろうか。理想を貫いてこそ英雄って言われるのだから。

 その理想って言うのが世界を救う事なら、やってやろうじゃないか。


「お前の願いは俺が引き継ぐ。だから、安心してくれ」


「っ――――」


「抱えてた物全部俺が引き継いで叶えてやる。道を踏み間違えた分も全て」


「なんで、そこまで……?」


「何でって……大英雄は、敵でさえも救えるのなら救おうと奔走してたからだよ。……って言うのが建前。本当は、俺自身が俺の考えでお前を救いたいから」


 彼を救いたい。その心に嘘はない。本当なら「苦しむくらいならいっそ」って考えてたほどだ。でも、ルシエラの物語を聞いて考えが変わった。無性に助けたくなってしまった。だから助けるだけ。

 敵であっても関係ない。だってルシエラの本質は英雄そのものだから。

 すると瞳から大粒の涙を流しながらも言う。


「……ありがとう」


「どういたしましてだ」


「四千年も生きて、道を踏み間違えて、迷いを問い続けて……。今、その人生がようやく報われた」


 四千年。聞いただけじゃ大きすぎて想像できない程の果てしない時間。その内二千年間眠っていたとしても遥かな時間である事は間違いない。その人生が報われるほど救われる事はないだろう。

 やがてアルは言った。彼にとって安心できる言葉を。


「大丈夫。俺が――――」


 でも、その瞬間にアルの言葉が静止しては硬直する。いきなりそうなるからしみじみとしながら聞いていたアリシアが問いかけて来る。でも、反応しない。いや、出来ない。


「アル……? どうしたんですか?」


 次の時にはアルは力なく背後に倒れ込んでいた。だから倒れ込んだ体を抑えたアリシアは何度か名前を呼ぶ。けれど反応しない事から異常を感じ取った彼女は焦り始める。


「アル、どうしたの!? ねぇ、アルってば!!」


 良い雰囲気だったのに急に倒れ込んだ事に疑問を抱き始める。でも、それ以上に驚愕する事が起っていた。だって、周囲じゃライゼ達もアル同様に倒れていたのだから――――。

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