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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章77 『二人』

「残念ですアルフォード! 私と貴方は一緒だと思ってましたが!!」


「っ!!」


 二人でぶつかっては神速の剣戟が繰り出される。

 ここまでくればもう成長だの技術だのは関係ない。意志と意志、気合いと気合いのぶつかり合いだ。どっちが絶対に負けないと言う真意を抱いているか。それだけで全てが決まる。きっとこの世界の命運も。


 だからこそ負ける訳にはいかない。みんなの命も自分の命も、その他の誰かの命でさえも守らなきゃ、自分の目指した理想の英雄には到底なれる訳がないから。

 憧れは加速して体を動かしていく。速く速く、もっと速く。そうして互いの剣戟はより一層苛烈さを増していった。

 だからこそ全力で撃ち込むと大量の火花が飛び散る。


「どうやら互いに互いを許容出来ないみたいですね」


「ああ、そうだな……!!」


 アルは叶うはずのない理想を叶えようと世界の人々を守る為に。ルシエラは一番現実味のある犠牲の上に世界を救う為に。その性質上どっちも認める訳にはいかないのだ。二人ともそれぞれの正義を抱いているから。


 正義と言うのは厄介な物だ。それを使えば自分を正当化出来るし、相手に振りかざせば心に血を流させる事も可能なのだから。人の数だけ正義が存在する。だからこそ必ずしも全ての人が共感できる訳じゃない。

 今のアルとルシエラみたいに。


 ――ルシエラの覚悟は本物だ。決して簡単に片づけられる物じゃない。なら、俺は……!!


 何かを変える為には何かを捨てなきゃいけない。この世界でもあの世界でも常識な事だ。ルシエラの覚悟を超える為にはそれ以上の物を捨てなきゃいけない。つまりその捨てる物って言うのが――――。

 ルシエラの攻撃掻い潜り懐に潜り込む。でもそれだけじゃない。今のヤツは即座に次の攻撃を放てる状態。そこへ無防備に突っ込んだのだから当然攻撃は食らう。でも、それこそがアルの狙い。


「なに!?」


「ッ!!」


 ――そうだよ。相手はアリシアを手こずらせる程の実力者。なのにリスクなしで勝てる訳ない!!


 脇腹を引き裂かれつつもアルの攻撃は真正面から叩き込まれる。それによりアル以上に大ダメージを食らったルシエラは血を流しつつも後方に吹き飛ばされる。

 命も夢も憧れも、全て捨てる訳にはいかない。だからこそ今のアルに捨てられる物はたった一つ。安全性だけだ。


 身の安全を確保しながら戦うのは難しい事だし、それをしていれば絶対に優位に立てるはずがない。だからこそ防御を捨てて攻撃に転換する。それがアルの等価交換だ。

 するといきなり攻勢に出た事でルシエラも狙いを悟る。


「なるほど。攻撃は最大の防御ってヤツですか」


「そう言う事だ!!」


 武器召喚で飛んでくる槍や剣を弾きながらもルシエラに接近して剣戟を繰り出す。アルに捨てられる物なんてこれくらいだ。……本当は命を捨ててまでルシエラに勝ちたい所だけど、そんな事をすれば絶対にアリスに怒られてしまう。だから命を捨てる訳にはいかなかった。


「でも、それで私に勝てるとでも?」


「――――ッ」


 しかしそれでも勝てない時だってある。命を捨てる覚悟をしてる相手に安全性を捨てた所で勝てる訳がない。武器がなければ爪で。爪がなければ素手で。素手がなければ牙で。牙がなければ骨で。骨がなければ魂で。そうして戦うのが今のルシエラだ。そんな奴を相手に命を捨てずに勝つだなんて勘違いも甚だしいだろう。

 だからこそ攻勢に出ても即座に反撃を食らう。


 動きが速くなったと思いきやさっきよりも加速して動き、全ての攻撃を余裕を持って弾かれては反撃を加えられていく。

 致命傷以外は全て避けていたとしてもダメージは蓄積される。故に動きが鈍くなりさらに攻撃の隙を与えてしまっていた。


「ほらほら、また森の時みたいになってますよ!」


「くそッ!!」


 転機を効かせようとして足を払うも落下の勢いを利用されて攻撃される。あの時に教えて貰った通り、動きは最小限にかつ威力は大きく、足取りも意識して全体的に捉える。

 自分なりの全力を出したって到底届かない。ルシエラに勝ちたいのなら、こっちも命を捨てる覚悟をしないと到底勝てる訳がないはずだ。


 ――みんなの為なら命を捨てる覚悟なんていつでも出来てる。でも……!


 覚悟はあっても恐怖が邪魔する訳じゃない。死んだらそこで全てが終わり。その恐怖はもちろん存在する。しかし今のアルの全力でもルシエラには決して届かない。覚悟があっても、その大きさが途方もないくらいに違うのだから。

 だからこそアルは吹き飛ばされて致命傷を食らった。


「ぐっ……! カハッ」


「アル!!!」


 それを見ていたクリフはたまらず駆け出して近寄ってくれる。――でも、掌を突き出しては彼女の動きを止めてその場に制止させた。

 いくらクリフとてこの戦いに介入すればただじゃいられない。心配してくれるのはもちろん嬉しいし頼もしいけど、クリフを傷つける訳にはいかない。きっとまだ裏があるだろうから。

 その予想通りルシエラは指を鳴らすと行動に出る。


「かなり傷ついてますね。じゃあそろそろ始めましょうか……。これはどうです?」


 するとアルは嫌な予感を感じ取って巨人の作った穴を見る。まさか、そんなはずがない。そう信じたくても実際に考えた事が現実で起ってしまって。

 穴の中から大罪教徒が出現してはこっちに迫って来るのが見えた。


「嘘、だろ」


「嘘じゃないですよ。さてさて、貴方はどうします?」


「お前……ッ!!」


 追い詰めて追い詰めて絶望させる。そんな絵に描いたかの様な絶望さで口の中に焦りの味が広がっていく。このままじゃ駄目だ。そうは分かっていてもアルにはどうする事も出来なかった。

 咄嗟にアリシアの方を向くけどやっぱり予想通りピンチに陥っている。この中で治癒を行えるのはアリシアかアリスだけ。つまりアリスは戦える状況ではなくて、現状で誰かを守りながら戦う時ほど厄介な物はなくて。


 なら解決方法はたった一つだけ。アルがルシエラを倒して援護に向かうしかない。それだけしか道はないだろう。

 でも、その解決方法が見えたからってどうにかなる訳ではない。


「こんのッ―――――」


「っ!」


 急接近して全力の攻撃を叩き込んでも受け流され回し蹴りを腋に食らう。それだけでも吐血しつつ連撃を繋いで何が何でもルシエラを倒そうとした。けれど焦れば焦るほど攻撃は雑になっていく訳で、僅かな隙を突いては血を流す。


「焦れば動きが雑になる。弱点ですね」


「くそッ!」


 無暗に突っ込めば反撃を食らって血を流す。だからと言って何もしなければルシエラは倒せずみんなは追い詰められていく。そしてみんなを倒す為にはルシエラを倒さなきゃいけない。

 あまりにも無茶振り過ぎる条件に苦笑いさえ浮かび上がりそうだ。

 そんな事を考えていれば飛んで来た槍に肩を貫かれて大量の血を噴き出させる。更に追い打ちをかけるかのように周囲に武器を召喚すれば一斉に射出した。


「っ!?」


 だからこそ肩に刺さった槍を抜くとそれを左手に武器を弾き飛ばしていく。あまりにも数が多すぎる。いくら二人分の真意があろうとも対処できない程に。

 それに体力だって減ってるのだ。自分の流した血に足を滑らせてバランスを崩してしまい、全方向から剣や槍で貫かれる。


「ぁ―――――」


 ――死んだ。


 そう認識した時には全身を貫かれていた。肩に二本。右腕に一本。脇腹に一本。両足に三本。そして、胴体に一本。反動で口から大量の血を吐き出す。

 激痛は即座に熱さに書き換えられたから痛みはしなかった。それだけが唯一の救いって奴だろうか。でも、体が燃える様に熱いのに内側から凍って行く様に冷たくなる。これが死なんだって、実感する。


「アル―――――!!!!」


 そんな姿を見れば叫ばずにはいられなくて、ライゼはすぐに走り出した。でも、投げられた錫杖に肩を貫かれて地面に倒れ込む。そこを機転に全員が血を流して行った。クリフなんか左腕を斬り飛ばされる。

 もう、誰も助けてはくれない。助けられる余裕なんてない。

 五感が遠ざかって行く。それと同時に凄く冷たくなって生きてるって感覚すらも失われていった。死ぬんだ。ここで。


 ――諦めるな。


「とぅ、さ、………」


 倒れればきっとこの世界にはもう戻れない。そしたら次はどんな世界に行くのだろう。天国か、地獄か、新たな異世界か。

 それでいいのだろうか。まだ目標も果たしてないのに。生まれて初めて全てを捧げて願った事を、まだ叶え切れてないのに。


 ――諦めたくない。手を伸ばせ。


 虚無に手を伸ばした。そこには決して何もない虚無へ。

 まだ諦めたくない。きっとアルは死んでも英雄になる事を諦めないだろう。なら、死ぬくらい頑張って英雄になるのが筋って物なんじゃないのか。


 ――まだ。もっと……!!


 この世界の住人は死なない為に死ぬ気で生きてる。アルは夢を見ていたんだ。ずっと誰かに守られて来たからこそいざという時に弱かったし、救えない命もあった。とてもじゃないけど英雄と呼べるには相応しくないだろう。アルには到底届かない。

 でも、届かないからこそ諦めきれないから。


 ――絶対に死なせたりなんかしない!


 ふと誰かが手を握ってくれた。それから倒れそうになった体を無理やりにでも引っ張って修羅の道に引き戻そうとする。その手が凄く温かくて、優しくて、その割には小さくて。

 アリシアはアルを起き上がらせると抱き着いて耳元で囁いた。

 それもその言葉だけでも勇気が沸き出る程に。


 ――頑張って。私の、英雄!!


「……っ!!!」


 透明な言葉が心に浸透していく。走って走って疲れ切った心に勇気をくれる。――戦う理由なんて、それだけでも十分すぎる程だ。

 失った五感を取り戻す。意識も、心も、魂も、全て沈みかけていた物をアリシアが強欲なまでに引き摺り回してでも連れ戻した。涙が出るくらいに優しい声。だから自然に涙を流しながらも倒れかけていた体を踏ん張って引き戻す。


「え――――?」


 地面を強く踏んだ音に気づいて、みんなの元に向かおうとしていたルシエラは咄嗟に振り向いた。そしてアルが立ち上がっていた事に心から驚愕する。

 アリシアの真意が爆発して白いアネモネの花弁が舞い上がった。それに包まれては温かい光と共に傷が全て再生し、刺さった武器は次々と抜けて音を立てて落下する。


 アネモネには全体的に三つの花言葉が存在する。「儚い恋」と「恋の苦しみ」と「見捨てられた」って言う暗めの花言葉。けれど色違いの花言葉の中で白いアネモネには更に三つの花言葉が存在する。それは「真実」と「期待」。


 そして、「希望」。


「そうだった。アリシアはいつも俺に希望を与えてくれる。だから、俺は何度でも立ち上がる事が出来るんだ」


 立ち上がって神器を握り締める。

 アリシアはアルにとってかけがえのない存在だ。それこそ傍にいるだけで希望をくれる様な、そんな大切な存在。だからこそアルはどんな状況だろうと立ち上がる事が出来る。

 だって彼女の事が大好きなんだから。


「待っててくれ。お前の英雄が、本当の英雄になる所を!!」


 そう言って完全復活を果たした。神器からはさっきよりも光輝いた花弁は天高く舞い上がって、それだけでも周囲に希望を振りまく。

 アリスはそれを見て小さく呟いた。


「あれは……。なるほど、あれが希望の光ってヤツね。そこにいるだけでみんなに希望を振りまく、真の英雄……」


 アリシアは目覚めている訳じゃない。だからこそ真意を通じて応援してくれたんだ。アルが彼女にやってあげたみたいに。ならソレに応えるしかないじゃないか。

 ルシエラも状況を把握して全力を出す。


「……さっき、私と一緒って言った事を撤回しましょう。私達には明確に違う物があった。それは理解できない物でも、形は分かる。……全力で行くぞ」


「ああ。こっちも全力で行くぜ」


 瞳も翡翠と深紅で光輝いた。それだけがどれだけの希望なのかを表現する。

 ルシエラも刀を構えるとマリーゴールドの花弁を舞いあがらせた。それと同時に黒魔術も発動して漆黒の稲妻を走らせる。

 きっとこれで決着が付くだろう。この一騎打ちで。


 それを見てみんなも咆哮して迫って来る大罪教徒を一掃した。どれだけ傷ついたって止まらない。だって一番傷つきボロボロになった人間がまだ戦えると吠えているのだ。それなのい自分達だけがとどまるなんて事は許されない。

 だからこそ一番の重傷だったウルクスは叫んで全力で剣を振り回した。


「負けない……! 僕達だって、英雄に憧れたんだから――――ッッ!!!!!」


 一度の攻撃だけで数十人以上も蹴散らして見せる。続いてライゼやフィゼリア、クロードとジルスでさえも敵を一掃していく。もちろんクリフだって鬼神の如き戦い様を繰り出す。

 その他の攻略者達だってみんなに影響されて攻勢に出た。


「行くぞ、ルシエラ!!!」


「掛かってこい!!!」


 大きく踏み込んでは体を撃ち出す。するとルシエラは幾重にも漆黒の稲妻を走らせては即死の一撃を数百発も同時に撃ち込んだ。そこへ真正面から突っ込んだ瞬間に巨大な爆発が引き起こって周囲の物が吹き飛んで行く。

 でも、それでもボロボロになりながらひたすらに走り続けた。


 触れれば消滅する様な重力の塊を撃ち込まれたって全て真正面から撃ち落とす。血を流し、服もボロボロになり、どれだけ負傷を負ったって絶対に止まらない。だって、何よりも大きな希望があるんだから。

 そんな風にして次々と黒魔術を払いながらボロボロになって接近する。

 ルシエラが驚愕して一歩でも引き下がってしまう程に。


「なにっ!?」


 踏み込むたびに骨が悲鳴を上げる。けれど絶対に止まる事は許されない。進んでしまった以上、ルシエラを倒すまでは止まれないのだから。

 やがてボロボロになりながらもついにルシエラを神器の間合いに入れる事に成功する。


 ――ここだ!!


 真意を爆発させて一気に加速させる。それも踏み込んだだけで地面が割れるくらいに。だからこそ神器を前に撃ち込むとルシエラの刃を真正面から叩き折る事に成功する。

 すると刃を折られたルシエラは驚愕の色を浮かべてアルの瞳を見た。

 でも、彼だって命を投げ捨てる覚悟でここにいる。それくらいで諦める訳にはいかなくて、折れた刃でも気を取り直してはその刀で攻撃する。


「これくらいじゃ諦めないッ!!」


「――――!!!」


 突き出した刃を受け流して大きく弾く。それから一回転すると遠心力を乗せた神器を叩き込んでのけぞらせた。しかし振り返れば既に刃は目の前に迫っていて、アルは左腕を犠牲にしながらもルシエラの胴体にもう一度神器を叩き込んだ。

 瞬間、自身に着いた血が赤く光り始める。


「これで……!」


「っ!?」


 そう思った瞬間には服に染み付いた血が爆発を引き起こし大ダメージを食らう。それも普通なら動けなくなるくらいの爆発が。

 どういう原理かはわからない。でもそれを食らったアルは左腕だけじゃなく足や脇腹もボロボロになりながら尚諦めない。死ぬ程痛いし今すぐ楽になりたい。でも、これこそがアルの望んだ修羅の道だから。


 ――止まるな。絶対に、諦めるなッ!!!


 脳裏で叫びながらも爆煙の中から飛び出した。流石のルシエラもそこまで来るとは思っていなかったらしく、驚愕しながらアルを見つめていた。


「馬鹿な!?」


「こんな程度で俺が諦めるか!!!」


 真意を極限まで加速させる。限界すらも追い越すような勢いで、神域にまで到達した速度で前方に撃ち出した。

 これが正真正銘最後の一撃。


「これが」


 だからこそルシエラは抵抗して幾重ものバリアを生成して刃を阻止した。でもそんな程度じゃ止まらない。大量の火花を散らしつつもたった一撃でそのバリアを割り、アルとアリシアの全力の一撃は刻一刻とルシエラに迫って行く。


「俺達の――――」


 そして、ついに彼の心臓を捉えた。


「全力だァァァァァァァァァッッ!!!!!!」


 アルだけじゃ決して届かない距離をアリシアが埋めてくれる。だからこそ届いた一撃はルシエラを撃ち抜いてその背後にいた大罪教徒すらも切り裂いていく。ルシエラの胴体に巨大な風穴を開けるくらい。

 やがて体を撃ち抜かれたルシエラは黙り込んで立ち尽くした。

 そしてその光景は全ての大罪教徒と攻略者が見ている。


 苦しかった戦いは、ついに幕を閉じたのだ。ごく一般的な英雄を目指した、一人の少年によって。

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