第一章14 『大罪』
「《嫉妬の罪》が好きって馬鹿ですか!? 馬鹿なんですか!?」
「わっちょ、落ち着いて!!」
いきなり興奮しだした彼女を落ち着かせながらも今の反応に唖然とする。《嫉妬の罪》も確かに大罪の一部ではあるけどそこまで拒絶される話だったっけ……。
そう考えていると声量を下げた彼女が肩を掴んで攻撃して来た。
「《嫉妬の罪》は最も人間がなりやすい罪で最も危険視されてるんですよ、そんな事も忘れたんですか!? 罪を聞いたばかりの私の方でさえ卑下するのに!?」
「分かった! 分かったから!!」
言われてから思い出す。そう言えば《嫉妬の罪》は人間が一番犯しやすい罪として絵本にも載っていたっけ。だからこそこんな風になりたくないと《嫉妬の罪》を嫌う人が大勢いるとか。
そりゃこんな反応になってもおかしくはない。というかこの世界で十七年も暮らしているアルよりつい四日前に目覚めたばかりの彼女の方が危険視しているのか……。
今一度異世界人との共感しずらい部分を噛みしめながらも言う。
「もうこの話はしない! それでOK!」
「その「おーけー」が何なのかは知らないですけど、とにかく気を付けてくださいね。人前で言えば何をされるかわからないんですから」
「き、肝に銘じておきます……」
大罪がいかに危険な存在なのかを学びながら彼女の言葉に頷く。きっともう一回同じ事言ったら今度こそ精神的にも物理的にも突き放されるだろう。
そうならない為にも意識をしっかりして本へと視線を向けた。
今は大罪の事に付いて調べなきゃいけないんだから、ちゃんとしなきゃ。
――《嫉妬の邪竜》、ね……。
物語としては元々少女の姿だったのだけど、過去に《怠惰の賢者》が世界に植え付けた禁忌に手を触れた事で邪竜と化したらしい。その禁忌に触れた理由って言うのが大切な人が奪われたからで、彼女はその人を殺し、恨みを絶やす事なく何億人もの人間を殺して回った。
しかしついに禁忌に手を染めた事で世界を上書きする代償に呪いによって自身の体は邪竜となり深い洞窟の底に幽閉された。
それが《嫉妬》の物語なのだけど、そこには一つだけ矛盾点が存在する。禁忌に触れた代償は醜い邪竜へと変貌するのもあるが、同時に“誰からも忘れられる”という代償も存在する。
なら誰からも忘れられたはずなのに何でこうして物語に載っているのか。そこが小さい事から疑問でならない。恐らく少女の姿だった頃の記憶がけを消され、世界を終焉に導いたから《嫉妬》として認識されたのだろうけど、ならどうして少女だったことを知っているのだろう。
考えれば考える程疑問は尽きない。
この世界の人々は自己欲求と怒りに身を任せて狂い世界を破滅させた最悪の罪として認識されているのだけど、アルはそこまでしてその人を守りたかったと認識した。もちろん《嫉妬》だけじゃない。その他の罪にも同様の感想を抱いた。だからこそこうして常識のズレが起きてしまっている。
きっとしっかり話せば分かり合えたはずなのに――――。
その時、目的の言葉を見つめて指の動きを止めた。
「あ、これかな」
「どれですか?」
すると背後から覗き込んで開いているページを見た。
そこに書かれていたのは《嫉妬》が使ったとされる黒魔術の詳細。確認ができる訳じゃないからその多くが憶測的な話になっているけど、それでも求めていた文章はしっかり書いてあった。
【かの黒魔術を使うのなら数億もの血肉が必要だろう】と。
普通ならそんな発想なんかするはずがない。でも大罪を信仰している大罪教徒ならやっても何らおかしくはなくて。
「黒魔術……」
「…………」
二人でその文章を見入っていた。もしかしたらこれを実行しようと大罪教徒が動いているのかって思ったから。
もしこれが本当なら冗談では済まされない。だってこれを実行されれば世界は本当に上書きされ八度目の終焉が訪れる事となる。そうなればどれだけの命が奪われるだろう。どれだけの人が絶望し嘆くだろう。
嘘だっていう可能性ももちろんある。二人で深読みし過ぎて滑っている可能性だって。でもそれをやりかねないのが大罪教徒だ。
「これ、どう思う」
「滑ってなければこの線であってるでしょうね」
「って事はあいつらの目的は大量虐殺……?」
「恐らく」
これが本当なら今までの行動にも説明が付く。ライゼ達から貰った情報を掛け合わせるとより一層確信がいった。金品も食料も何も取らずに殺すだけ。それが死んだ人から血を取る為なら納得できてしまう。
でも、その中でも疑問はあった。
アルの憶測なら人を燃やすのは血を抜き取った後だろう。だけどあの時、村の方へ奴らが向かってアルが到達した頃には既に村人は焼き焦げていた。
果たしてそんな短時間で村人全員から血を抜き取るなんて可能なのだろうか。人体の構造自体にはあまり詳しくないけど、たった数時間で五十人以上から全て血を抜き取れるだなんて到底思えない。それらしき道具を使った形跡も無かったし。
「大罪教徒……」
怒りが浮かび上がる。こんな事を平気でやってのける奴らが許せなかったから。まだ確認出来た訳じゃないけど、世界を脅かす大罪に近づこうと幾億人もの血肉を集めているだなんて。
それにアルのかけがえのない場所を奪った事だけは絶対に許せない。きっと今度対面した時、アルはどんな状況でも必ず斬り殺そうと激怒するはずだ。
そう考える中で彼女が肩に手を触れてくれる。
「落ち着いてください。一人にはしないんでしょう?」
「……そうだったな」
単体で奴らに挑もうものならそれこそが正真正銘の自殺行為だ。彼女と一緒に戦っておいてあれだけ傷ついたのだ。一人で突っ込めば確実に死ぬ。
だから今一度冷静になって考える。どうにかして奴らを止める対策はないのかって。
のだけど、一先ず閉店になったので二人は宿に帰る事となった。
「おかえり。どこ行ってたんだ?」
「ちょっと大図書館に。今回の件で何か分かる事があるかもって」
宿に戻った後、テーブルを囲んでいたみんなに誘われて一緒に席に着いた。そう言うなり食いついて来たライゼは肉を頬張りながらも早速質問する。
「で、進歩はあったのか?」
「ああ。まだ憶測の域は出ないけど収穫はあった」
すると鶏肉を頬張っていたフィゼリアとウルクスも動きを止めてアルの話に聞き入った。だから本の内容を簡潔にメモした紙を見せつけると全員が内容を覗き込む。
書いてあるのは《嫉妬》の事と黒魔術の事。そして最後に《嫉妬》が使っていた黒魔術の発動条件。ちなみに落書きもしてある。
「調べたら《嫉妬》が黒魔術の天才である事が分かった。で、今までの大罪教徒の動きと照らし合わせる事で奴らは血を求める為に殺してるんだと思う」
「血を求める為の大量虐殺か。笑えないな」
「でもそれなら金品を奪わない理由も分かるだろ?」
「まあ、理由はわからなくもない。ただやっぱり許容は出来ない」
そりゃそうだ。アルだって絶対に許せない。例え命乞いをしたとしても容赦なく脳天に刃を叩き込むだろう。思い出すだけでも怒りでどうにかなってしまいそうだ。アルの唯一笑える所を奪ったのだから。
その怒りは拳を強く握る形で現れる。
するとライゼはとんでもない事を決意して。
「……決めた。俺は前線に行って戦う」
「え? えっ!?」
前線で戦うという事は真っ先に死にそうになる確率が高い場所に突っ込むって意味だ。魔物の群れなどが押し寄せる前線。それはきっと物凄い地獄絵図になるはず。
ライゼがそう言うと左右の二人も同調して手を上げ、前線への参戦をその場で決めた。
「よし、なら僕も行くよ」
「私も行きまーす!」
「いやっ、ちょっと待って!」
だけどあまりにも簡潔に決める三人に驚愕してその決定にいちゃもんを付けようとした。三人はふざけている訳じゃない。真剣に考え思考錯誤した結果でそう言ってる。
見ず知らずのアルが英雄に憧れてるってだけで仲間に引き入れようとする人達なんだ。それだけで覚悟が決まったって何らおかしくはない。だからその覚悟を変える事は出来なくて。
「前線に立つんだぞ! もしかしたら死ぬ可能性だってあるんだぞ!? それなのに――――」
「じゃあどうしてアルは森の異変の時に自ら奴らの所へ突っ込んで行ったんだ?」
「それは……っ」
「一緒だよ。アルはあの人達を助けたいから突っ込んだ。そして俺達はこの街の人々を守りたいから前線に立つ。みんな一緒なんだ」
「一緒……」
その言葉を復唱する。
そうだ。今のアルはライゼ達の仲間。まだ正式にライゼ達のギルドに所属している訳じゃないけど、それでも扱いとしては既に仲間同然なんだ。だからこそ一緒の行動を取る。同じ意志を持つ仲間が集まったからこそ、みんなは同じ行動を取るんだ。
ならアルのすべき事は何だろうか。
逃げる事でも、隠れる事でも、首を差し出す事でもない。
この世界に生まれる前から憧れた事があったんじゃないのか。既にへし折られて尚諦めきれない憧れが。それを目指す為ならどんな努力も惜しまないって心からそう思えたはずだ。
だからこそ歩まなきゃいけない。己で定めた修羅の道を。
「俺は……」
それでも微かに戸惑ってしまい彼女へ逃れる様に視線を向けた。するとアルの事を嫌っていた彼女だけど、今に限っては優しい瞳で見つめ返しては頷いた。
だから彼女の後押しもあって決意する事が出来る。
「俺も、俺達も前線で戦う」
「ええ。三人だけにやらせる訳にはいきませんから」
「……!」
ハッキリ告げると三人は嬉しそうな表情をして同時にガッツポーズをした。
騎士団長によれば手練れの冒険者に掃討依頼を頼むのは情報が纏まり次第だっけ。夕方を過ぎても要請しないって事は明日の朝にでも要請するのだろうか。
ただ大罪教徒と聞いてどれだけの人が集まるのかは分からない。必要最低限の準備は明日の内に備えておかなきゃ。
そう考えているとフィゼリアがどんどん注文を頼み始める。
ウルクスが止めるように促すのだけどフィゼリアは止まる事を知らない。そんな光景は全部無視してライゼはメモした紙を見て喋り続けた。
何故か机に指先で円を描きながら。
「それでアル。聞きたい事があるんだけど」
「ん、何だ?」
「どうして大罪教徒がそう言う事を目標としてるって思ったんだ? 今まで大罪と繋ぎ合わせる人は全くいなかったけど……」
やっぱりか。そんな言葉を呑みこみつつも答えた。
でもこれに限っては常識のズレとしか言いようがない。彼らは大罪は絶対的悪と捉えてるけどアルはダークヒーロー的に捉えてしまっているから。
「大罪教徒って言うからにはかの大罪を信仰してもおかしくないって思っただけだよ」
「ああ、なるほど」
かなり意訳した考えだったけど伝わった様だった。ライゼはアルの考えに納得するのと同時に肯定した。ただそんな中で彼女は一言だけ呟いて。
「《嫉妬》、か……」




