第三章73 『真意と黒魔術』
アリシアの刃を押さえてはアルが後方へと滑り込み、振り向きざまの一撃を脳天に繰り出そうとする。けれど鞘を動かしては手元を弾いて軸をぶれさせる。
そんな隙を突いて刀を滑らせてはアルにアリシアの刃を向けさせた。
「ッ!!」
次の瞬間に刃を振った衝撃で大量の土埃が舞う。だからと言って不意打ちが出来る訳でもなくて、アルが陰から攻撃しようと急接近すれば当然防御され、互いの顔を明るく照らすくらいの大量の火花が散った。
そして反撃しようとすれば隣からアリシアの攻撃が飛んで来て思いっきり吹き飛ばされる。
「そんな程度で私――――がッ!?」
「アルには攻撃させない!!」
蹴り飛ばされて距離が開けば二人で詰めてもう一度連撃が再開される。
普通だったらアルは付いて行けなかっただろう。だってクリフ並の動きをしろって言われてるような物だし。なのにどうしてだろうか、今はその動作が当たり前の様に出来てアリシアの動きについていけた。だからこそ二人で連携を繰り出しては隙の無い攻撃を叩き込んで行く。
攻撃後の隙を互いにカバーし合い危ない時があれば必ず助けに入る。そんな風にして一寸の隙も無い完璧な動きを実現していた。
不思議な感覚だ。何だか二人の心が一つに重なったみたいにアリシアの心が分かる。次に何をしたいのか。何をすれば戦いやすいのか。それらが全て伝わって来て、その通りに体を動かすとアリシアが自然な流れで連撃を紡いでくれる。
ルシエラも最初は余裕そうだったけどそんな連撃が続けば押されていき、顔にはさっきみたいな余裕の笑みは浮かんでいなかった。
やがて同時に真意の刃を叩き込むとついにルシエラの身体を切り裂く事に成功する。彼は胴体から大量の血が漏れても気にせず黒い霧に変換していく。
「ぐッ! 流石に疲労があるとキツイですね……!」
「やっぱり。疲労とか黒魔術の代償も相まって本来の力が発揮できないんでしょ。まぁ、あれだけの力を出し続ければ当然だけど」
「…………!」
「図星、みたいだな」
アリシアがそう問いかけるとルシエラの眼が険しい物に変貌する。やっぱり読み通り本来の力を発揮できていないんだ。あれだけ戦ってれば当たり前の事だが。
となれば二人で全力の連携をすればきっと勝てるはず。と思っていたのだけど、次にアリシアは小さく呟いた。
「真意あっての事なんですけどね……」
「ん、どういう事だ?」
「よく分からないですけど、ルシエラは真意が苦手みたいなんです」
「真意が苦手……?」
聖なる力だから~とかいう解釈なら分からんでもない。でも真意も黒魔術もさして大差はないはずだ。どっちも世界に接続する者なのは変わりない訳だし。吸血鬼だからって訳でもないだろう。なら何が原因でルシエラは真意が苦手なのだろう。
考えながらも手を動かす。
「全く、その力があっても全力じゃないだなんて、随分な化け物ですね」
「化け物なのはお互い様でしょ。っていうか、私達は化け物って言うより大罪だけどね」
「確かに。まぁ、私に真の大罪になる程の力があるかどうかは心意気次第ですが」
そんな時間稼ぎの合間にも考える。恐らくアリシアは今アルにルシエラの弱点を探らせる為に会話をしてるんだ。一言も会話はしてないけど、何故かそれを手に取るように理解出来る。
真意って言うのは魂が放つエネルギーの事だ。対して吸血鬼というのは魔物に近しくてもかけ離れた存在。どういった因果関係があって苦手なのか。
いや、違う。吸血鬼が苦手なんじゃなくて黒魔術に効果があるんじゃないのか。真意も黒魔術も世界に接続して行う物だ。つまり互いにぶつかった時にその効果が打ち消されたっておかしくはない……?
どっちも世界に影響を与え、片方は本物の魔法を引き起こし、片方は使用者の技や威力を莫大に強化するという認識でいいはず。それが互いに相殺し合う様な物なのだとしたら。
可能性はあるかもしれない。
「さて、話し合いは終わりましたか?」
「……ああ。バッチリな」
そう言うとルシエラはアルの表情に眉をひそめた。アリシアは自信ありげな表情を見て何かを確信した様子。
やがて近くによって耳打ちするとその可能性を話し出した。
「もしかしたら黒魔術は真意で無効化出来るのかもしれない。使う技は大抵黒魔術のあいつなら、真意を毛嫌いする理由にもなるんじゃないかな」
「なるほど。試す価値は十分にありますね」
やる事は決まった。なら後はそのやる事を実践するだけ。真意で黒魔術を無効化出来るのならかなりの効果が期待できるだろう。疲労で再生も力も覚束なくなっている今のルシエラ相手なら。
だからこそ二人で刃を構えると同時に飛び出した。
「どれだけ作戦を立てようと無駄ですよ。私にはこれが―――――っ!?」
瞬間、神速で動いてはアリシアが左に、アルが右に回り込んでは同時に真意の刃を振った。すると刀と鞘で二人の攻撃を受け止めてはその衝撃波を全て自分の肉体で受け止める。これだけでも骨の五本は折れただろうか。
やがて二人して瞳を光らせると猛攻撃を始める。
「やるぞ、アリシア!!」
「はいっ!!」
どうしてだろう。さっきまでは物凄い緊張感があったのに、こうしてアリシアと心が通じ合っていると自然に微笑みが零れてしまうくらいの余裕が生まれる。きっとそれ程なまでに勝てるって自信があるんだ。
互いに刃を滑らせるとルシエラの反撃を受け流してカウンターを叩き込む。その一撃だけでも大量の血を噴き出させつつも吹き飛ばす。
次に追い打ちをかけるとルシエラとの激しい剣戟が始まり、普段なら絶対に出来ないであろう敵の視線と息の見切りで攻撃を的確に弾いていった。あろう事かその動きについて行き反撃すらも加える余裕も生まれる。
――行ける!
片足を軸に回転しては遠心力を乗せた全力の一撃を叩き込む。その一撃を受け流されたって問題はない。だって、隙を埋める為に体術で牽制するついでに次撃の間合いを測るのだから。
連撃が途絶えればアリシアが即座にカバーに入って戦線を立て直す。それからまた二人での攻撃が始まる。
「このんッ、これなら!!」
「っ!?」
しかし同じことばっかりしていれば学ばれるのは当然。だからこそ連携を崩す為に鎖を出現させては強引にアルを引き剥した。
足に絡み付いた鎖は力尽くで振り回すと遠くの方へ吹き飛ばし、それに反応したアリシアは氷を伸ばして壁を作ってくれる。だから氷の壁に足を向けて何とか吹き飛ばされずに持ち堪えた。
尋常じゃない痛みに耐えつつも地面に降りて走り始める。せめて記憶の世界みたいにまた魔法が使えればもっと楽に倒せるかもしれないけど、現実世界なんだから四の五の言っても仕方ない。だからこそ真意だけで体を強化すると普通ならあり得ない速度で体を撃ち出す。
――ここだ!
突っ込み様の一撃を防げばその威力に耐え切れず押しのけられ、最後に神器を捻った事でルシエラの刀を大きく弾く事に成功する。その隙をアリシアが逃す訳がなくて、目の前までテレポートすると真意を発動させると刃から大量の白いアネモネの花弁を舞い散らした。
それを全身全霊でルシエラの胴体へと叩き込む。
「らああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
「ぐッ!?」
「さぁ、どうなる」
深く切り裂いてはかなりの距離を吹き飛ばす。それも地面に直撃した瞬間からキノコ雲みたいな土埃が出来るくらいの威力で。
真意が黒魔術を無効化するというのなら彼の再生速度にも影響してくるはずだ。黒魔術の効果を絶てば即時再生なんてならないはず。その結果は――――。
「さ、再生が……ッ」
「遅くなってますね。って事はやっぱり黒魔術を遮断するみたいです」
「おし、これでいくらか戦いやすくなるか。まぁ、それならこっちも使えなくなる訳ど……」
真意が黒魔術を無効化するって事は分かった。しかし分かった所でこっちは黒魔術を使用できる訳じゃないし、どっちかと言うと素でルシエラの身体能力がとんでもなかったら逆にこっちが追い詰められる事になるだろう。
そう考えてたのだけど、ふとアリシアが何かに反応する。
「どうした?」
「いえ、その……確か、黒魔術に真意を上乗せし出来たんですけど……」
「えっ? でも黒魔術を無効化するんじゃ?」
「そのはずです。当時は無我夢中でやってましたけが」
「えっ、ちょっと待って、別の場所に――――」
ルシエラの制止も聞かずに右手を伸ばすと漆黒の稲妻を走らせる。いや、まさかそんなはずがない。黒魔術は無効化するけど黒魔術の威力を上げるなんて事は――――。アリシアの撃ち出した雷は耳をつんざく様な轟音を轟かせながらもルシエラに命中した。
明らかに威力が桁違いすぎる。それを確認して二人とも驚愕する。
「うっそ……」
――真意は黒魔術を無効化する上に使用者の威力を高めるのか? なら、何で無効化の効果なんて……。
ルシエラが起きて来るまでの時間で精一杯考える。いや、原理は分かるつもりだ。ほとんど同じ方法で世界に接続してるし、恐らく反属性的な扱いなのも。でも本体無効化する物に上乗せする事で威力が倍増するなんて。
今思い返してみれば前にも言ってたじゃないか。真意は黒魔術に上乗せする事が出来るんだって。デコピン一つで国を滅ぼせるくらいに。
考えても答えは出ない。だからこそアルは顔を左右に振って雑念を振り払うと前を見た。その反応を見てアリシアも答えはないと理解した様子。
やがてルシエラが起き上がると呟いた。
「やれやれ、加減を知らないんですから……」
「そりゃ倒す為だからね」
「でしょうね。なら私も加減なしで行きましょうか」
まるで今まで全力じゃなかったかのようじな言葉。その言葉に妙な感覚を抱きつつも真意を発動させた。――けど、更に驚愕する事になる。
だって、ルシエラが少し睨んだ途端にマリーゴールドの花弁が舞ったのだから。




