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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章71 『灯る希望』

「……戻って来た、のか」


 気が付けば薄暗い洞窟の中で倒れていた。それも腕の中には静かになったアリシアと一緒に。だから起き上がってはアリシアの様子を確かめる。アルの予想ならアリシアはきっと――――。すると彼女はゆっくり起き上がってはこっちを見つめる。


「アリシア、だよな」


「……ええ」


 眼を合わせずにそう答えた。だから無事に彼女を取り戻せた事を喜んで力を抜こうとする。よかった。記憶の世界での行動は無駄じゃなかったんだ。

 そうしていると突然胸に飛び込んではぎゅっと抱きしめて来る。


「あ、アリシア?」


「……馬鹿なんですか、アルは。いいえ馬鹿ですアルは」


 いきなりそう言われる。そりゃいきなり自分の記憶に踏み込んでは好き勝手に暴れた上にこうして救い出したのだ。それも下手をしたら自分が消滅しかねないってリスクを負いながら。叱られたって当然の行為。

 やがて今さっきも聞いたばかりの、全く同じ嗚咽を漏らすとアリシアは言った。


「馬鹿なくらい、優しいんだから……っ!!」


 アルも同じくアリシアの体を抱きしめる。

 恐らく記憶の世界でアルトリアと触れ合った記憶はそのままアリシアの中に残っているんだろう。だからこそ偽アリシアを押しのけてこうして戻ってくることが出来た。そう言う事でいいはずだ。

 すると嗚咽交じりに呟いた。


「夢を、見ました」


「夢?」


「アルが私の生きてる時代に来て、一緒に過ごす夢です。その中で言ってくれました。私はおかしくないって。よく頑張ったなって。……真意を使って私の魂に接続するなんて、どれだけ馬鹿なんですか」


「ははは……」


 そう言われて思わず目を逸らす。けれどこれでアリシアが救われたのは本当の事の様だった。だって今までよりも純粋な笑顔を浮かべているのだから。やがてその笑顔のまま言う。


「アル。――ありがとうございます。背中を押してくれて」


「……どういたしましてだ」


 アルも同じ様な笑顔で返した。

 これでアリシアが戻れたのなら万事解決。また一緒に歩き出せる。――めでたしめでたしを言うのは、まだまだ先だ。だからこそアルは立ち上がると手を差し伸べる。


「で、早速で悪いんだけど……助けてくれないかな」


「え?」


「恐らく記憶の世界に入ってから目覚めるまでのタイムラグ――――じゃなくて時間差は数十秒程度なはずだ。なら、まだあの巨人が暴れてる可能性が高い」


「…………!」


 そう言って洞窟の外から第四層を見下ろした。アルの視線に釣られてアリシアも同じ様に第四層を見下ろす。そしてその姿を見て鋭く息を吸った。

 まさしく巨人と言うべきなその姿。交戦する攻略者達に対して攻撃を仕掛けてはビーム的なのを放って爆発を引き起こしている。そしてよく見ると小さな取り巻きもいるみたいだった。


「目覚めたばっかりだし、まだ不安な事も多いかも知れない。でも今俺達に必要なのはアリシアの力なんだ。俺達を助けてくれないか」


「…………」


 けれどアリシアは軽く目を逸らして答えようとはしなかった。……当然だろう。いくら記憶の世界での一件があったとしてもアリシアの体感的にはついさっきまで偽アリシアに体を乗っ取られていたんだ。不安になったって仕方ない。


「でも、私……」


 その時、大きな地鳴りがして地上を見下ろした。すると巨人が地面に手を叩きつけては多くの攻略者に尋常じゃないダメージを与えていて、空を飛んでいるアリスやノエルもソレに巻き込まれたみたいだった。

 すると反射的に顔を逸らしては目を瞑ってしまう。


 ――まぁ、そうなるよな。


 今は平気だと言っても力を使えばまた乗っ取られるかも知れない。不確定要素であってもその不安は途轍もないはずだ。そしてそれは自分自身じゃ振り払えるような物でもない。そういった不安は絶望と似たようなところがあるから。

 だからこそ言ってあげなきゃいけない。頑張れって。だからこそ背中を押してあげなきゃいけない。俺がいるって。


「アリシア」


「……?」


 名前を呼ぶと顔を合わせてくれる。

 きっとこのまま無理やり戦わせる事も可能だろう。でもアリシアの嫌がる顔なんて見たくはない。だから肩をガッシリ掴むと瞳を合わせて行った。


「アリシアは、今まで自分の力で何もかもを破壊して来たよな。世界すらも」


「はい」


「そして今回もまた力に呑まれた影響で俺達を殺しそうになった。詳しい事は覚えてなくても、それは覚えてるだろ?」


「……はい」


「自分の力は何もかもを壊すだけなんだって。誰一人守る事も救う事も出来ないんだって。そう思ってるんだよな」


 前にも言っていた事だ。世界がそう定めているから自分は誰一人救えないと。逆に何もかもを壊す事しか出来なくて、殺す事しか出来なかっと。そう嘆いていた。

 変われって言われても無理な事だ。変わらない今があって、変えられない自分がいるのだから。だからこそその今と自分を変える事に意義がある。


「なら俺が力の使い方を教える。――その力で、人を助けるんだ」


「え?」


 誰一人守る事も救う事もままならない。そう指摘されたばっかりなのに人を助けろって言われちゃそんな反応になっても無理ないだろう。だって矛盾してる訳だし。

 けれど矛盾なくして戸惑いは生まれない。アリシアが迷っているのは人を殺すしか脳の無い力で人を助けたいって思ってるからだ。なら、アルはその選択を後押ししてあげるだけ。


「壊す事しか出来ないのなら、その力を使って絶望を破壊すればいい。戦って挑んで挫けて転んで、それでまた戦えばいいだけだ」


「……強くなれ、って言うんですか」


「そう言う受け取り方とは違う」


 何度も挑戦して何度も挫けたからこそ出た結論があの答えだ。だからこそアルの言葉は「更に強くなって理不尽を破壊しろ」って捉えたんだろう。

 でもそれは伝えたい事じゃない。アルが伝えたい事は――――。


「――強く在れ、だ」


 要するに強がっていればいいって事である。何事も弱気なままじゃ上手く行かないから。アルだっていつも強がって返り討ちにあって、それでも尚強がってるのだ。今も、きっと未来でも同じ事をしてるだろう。


「そんなの無理です。私にはとても……」


「じゃあ俺がいたならどうだ?」


「……!」


「独りじゃ何も出来ないなんて知り尽くしてる。だから、俺が一緒にいる。アリシアが大罪だろうと何だろうと関係ない。誰であろうと、俺はアリシアって言う名前の女の子と一緒にいたいんだ」


 最初は大罪だと聞いて臆した。アルが彼女と一緒の物を半分でも背負えるのかって。でも過去を経験した今なら絶対に大丈夫だ。だって、アルはアリシアの事が好きなんだから。

 翡翠色の瞳をじ~っと見つめて続ける。


「一緒に歩こう。どっちかが寄りかかりそうになったら、二人で寄り添える様に」


「――――っ」


 再び流れる大粒の涙。それがアリシアの本心で、本当の救い。

 一緒に歩けばどんな未来が待っているかだなんて分からない。けれど確信がない未来だからこそ希望が持てるって物だ。

 やがてアリシアは大きく顔を上げると涙を浮かべながらも笑顔で言った。


「……はいっ!!!」



 ――――――――――



 巨人が腕を振り下ろす度にライゼ達は尋常じゃない程のダメージを受ける。それをさせない為にもアリスやノエル、そしてナナが奮闘するのだけど、戦力差は歴然だった。

 それだけじゃない。流れ込んで来る大罪教徒は第四層に集まっている攻略者だけじゃ対処しきれない程の量で、既に全員がボロボロになって戦っていた。

 ――だからこそライゼの背後を取った大罪教徒を飛んで来たアルが叩き切る。


「あっ、アル!? 大丈夫なのか!?」


 すると【ゼインズリフト】の全員とジルス達が反応した。

 けれど答えずに神器を握り締めると一瞬だけでも黒魔術を発動し、周囲に向けて振り払っては近くの大罪教徒は全員薙ぎ倒す。

 そして少しでも間が出来ると笑顔でライゼ達に言って。


「もう大丈夫! ――俺達が来た!!」


「俺達……? って事はまさか!?」


 ライゼが巨人を見たのと同時に引き起こされた大爆発。アリスがいてもほとんどダメージが与えられなかったのに、その攻撃だけで軽く肉を溶かしていた。

 次に神器を握り締めたアリシアがゆっくり降下してくる。


「アリシア……」


「心配いらない。今のアリシアは、もう大丈夫だから」


 そう言って視線を向けると強気な笑みで返される。みんなもアルの言葉をすぐに信じてくれて、二人が戻って来てくれた事を凄く喜んでいた。ライゼなんか涙目で抱き着こうとして来るくらい。……でも、高速で突っ込んで来たクリフによって見事に回避される。

 やがて馬乗りになると目の前に涙ぐんだクリフが映し出された。


「アル! ったくもう、心配したんだぞこっちは!」


「心配かけてごめん。でも、アリシアと俺が戻って来たからには安心してくれ。――絶対にどうにかなる」


 もう誰も死なせない。そう誓った。なら何が何だろうと誰も死なせちゃいけない。それこそが英雄への第一歩なんだから。

 取り合えず起き上がってもう一度向かって来る大罪教徒を見るとみんなに呼びかけた。


「みんな聞いてくれ! もう絶対に絶望なんてさせない! だから、安心して戦え!!」


 するとさっきの攻撃の威力も相まって全員に士気が戻って行く。もちろん仲間からはまた無茶をしてるんじゃないかって心配そうな視線を向けられる事もある。けれどその視線に対しては微笑みで返して敵の方角を向く。


「面構えが違うな。何かあったか?」


「ああ。色々あって今の俺を変えてくれた奴がいたんだ。今思えば、ありがとうを言うの忘れてたなぁ」


 ジルスにそう問いかけられて軽口ついでに答えた。

 エルノスカール。最初は敵だとばっかり思ってたけど、最終的に彼女には助けられた。まぁ、アルトリアの思い込みもあってあんな性格になったのは確実だろうけど。

 やがて神器を握り締めると真意を発動させた。瞳が光っては刃から紅いペチュニアの花弁が舞い上がる。そして、その刃を向かって来る大罪教徒に叩きつけた。


 今度こそ、奴らに勝って見せる為に。

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