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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章70 『邪竜となった少女。少女となった邪竜』

「大丈夫か?」


「ええ」


 そう言って手を取り合い大きな段差を登る。

 あれから大体一週間の時が過ぎた。魔法を使えるおかげで野宿はかなり楽な物となり、特に苦難も無く目的地の村へと辿り着く事が出来たのだ。

 アルの予想ではここにアルトシアが逃げて来るはずだけど……。


「……遅かったみたいね」


「だな」


 既に村は壊滅状態だった。建物が崩壊しては焼き尽くされ、見るも無残な光景にされていた。これがアルトリアのやった光景だなんて信じられない。

 せめて何か手がかりがないかと思って村を歩き回る。生きてる人はいないだろうけど、せめて何かしらの跡があれば。


 そう、思っていた。


「――――っ!?」


 異常な光景を目にする。それも一度見た光景で、一度でも見れば嫌でも脳裏に焼き尽くような光景を。エルノスカールもその光景を見て反射的に口元に手を当てた。

 だって、村人が一カ所に集められては燃やされ伸びた手首に金の輪っかが掛けられていたのだから。


「これ、あの子がやったっていうの……?」


 初めて見るエルノスカールはそう思うだろう。けれど一度この光景を見ているアルは確信する。これはアルトリアのせいじゃないと。っていうか前々から思っていた。アリシアは絶対にそんな事しないって。

 やがて歩み寄ると死体の山に手を触れさせる。けれど指先に触れた瞬間からその部分が崩れては灰となって風に飛ばされていく。


「アル、どうしたの?」


「これはアルトリアがやったんじゃない。大罪教徒……じゃ分からないだろうから、やったのは黄金の輪っかの付いた錫杖を持ってた奴らだ」


「例の奴らね……」


 ここへ来る道中でアルは覚えている限りの事を話した。「錫杖を持った集団は残虐非道な事を普通でやる奴らで、治安が崩れている今出現しやすい」と。まぁ、もちろん彼女の部下である事は伏せながらではあるが。


 となると話は大きく異なってくる。やっぱりアリシアは何もしてないんだ。関わった人々を殺したのは彼女自身じゃない。大罪教徒だ。

 じゃあ何で「この手で」って言ったのかって疑問になるけど、恐らく今のアルトリアは極限状態の中にいる。そんな中じゃ例え自分の手で殺してなくても「関わったから殺してしまった」と解釈しても何らおかしくはない。


 つまりアルトリアは本当に何もしてないって事だ。ただ助けを求めて彷徨ってただけ。それなのに全てアルトリアが悪いと解釈されアルトリア自身も忘れられ邪竜になるだなんて、報われなさ過ぎるじゃないか。誰も真実を探ろうなんてしなかったくせに。

 だからその事に拳を握りしめる。音が出るくらいに。

 やがてエルノスカールは当然の疑問を聞いた。


「ねぇアル、何であんたは奴らの存在を知ってるの。だって奴らは神出鬼没なんでしょう? ――あんたは、何者なの?」


「…………」


 その質問に黙り込んだ。だってそれは一番隠さなきゃいけない事だから。

 アルは本来この世界のいちゃいけない存在だ。故に矛盾やおかしな事が起る。それに誰かが気づいたっておかしくない。

 話しちゃいけない事なのは分かってる。でも、アルは答えるついでに問いかけた。


「なぁエルノス」


「エルノス?」


「もし俺が未来から来た存在だって言ったら、信じるか?」


 普通なら冗談だと笑いながら一蹴される問いかけだ。実際アルも同じことを言われたら最初は信じないだろう。それなのに彼女は真面目に考えると答えてくえれる。


「……信じる事は出来ない。でも納得は出来るわ。私達の知らない技術を知ってるからね。『れーるがん』ってやつとか」


「そっか」


 初めて異世界っぽい受け答えが出来た事に妙な感情を覚える。

 というより普通なら納得すらもできない話だというのに納得してくれるだなんて、相当お人好しなのかただの馬鹿なのか。

 互いの質疑応答は短時間で終わりアルトリアの痕跡を探そうと動き出す。足跡でも何でもいいから見付けられればいいのだけど……。


「アル、こっち来て」


「ん?」


 即行でエルノスカールが何かを見付けた様で駆けつける。するとそこには人ひとり分の足跡があって、森の方へと続いていた。だからこれがアルトリアの足跡なのかと思って互いに顔を合わせる。ずっと逃げ続けて来たのだから流石にもっと足跡は残さないと思うのだけど。

 それでも可能性はあるからこそ跡を追って洞窟に辿り着く。


「洞窟……? 確かに隠れやすいけど、流石にこんな分かり易い所に隠れるだなんて……アル?」


 確かに一見すると嘘っぽい。けれど今可能性があるのならこれしか。

 炎を明にして進むと少し進んだだけで行き止まりに当たってしまい、エルノスカールは外れだと思い込んで溜息をついた。けれどアルは可能性を望んで呼びかける。


「アルトリア、俺だ。アルフォードだ」


「…………」


 応答はない。その間エルノスカールは「何やってんのコイツ」みたいな目線で見つめて来る。そりゃ壁に向かって呟いているのだから当然の反応か。

 すると壁が揺らいでは消滅していく。その先には蹲っているアルトリアがいて、その光景を見たエルノスカールは驚愕していた。


「えっ、何これ!?」


「アルトリア……!」


 姿を現してくれた事を喜んで駆け寄っては彼女の体を思いっきり抱きしめた。だってこれでようやく彼女を変えられるかも知れないから。涙を浮かべながらも抱き着くアルを見て、エルノスカールは何も言わずに黙って入口に立ち尽くしていた。


「アルトリア、よかった。本当に……っ!!」


「アル……」


 二週間の逃亡生活を得て着ていた服はボロボロになり一部がはだけ、傷すらも残っていた。だから無事だった事と出会えた事が嬉しくて必死に抱きしめる。

 アルトリアも服を掴んでは軽く抱き寄せた。

 のだけど、何かを思い出したかのようにアルを突き飛ばしては距離を離した。やがて威圧も何も放たない眼で睨んで来る。


「ち、近寄らないで! 私は王国騎士団に追われてるから!! ――大悪党、だから」


「…………」


 そりゃ、そんな選択を選んで当然だろう。自分は殺人鬼だから近づくなって行ってるような物なのだから。アルだって同じ立場だったらきっとそうする。

 でも今はそんなの関係ない。アリスが教えてくれたじゃないか。命は全て等しいんだって。

 だからこそいう事が出来る。


「アルトリア。俺はお前と一緒にいる為だけにここにいる」


「え――――?」


「会ってさよならなんてしない。俺はアルトリアを助けたくてここにいるんだ。だから、大丈夫」


 こう言っても彼女には態の良い言葉かも知れない。けれどこれしか言葉が見つからなかった。それを聞いた本人はアルの真剣な眼を捉え、それだけでも瞳に涙を浮かべはじめた。

 ヘラスが言っていたのはこういう事なんだろう。頑張れって背中を押してあげる。それが、今のアルに出来る事だ。


「でも、私は何人も殺した大悪党……。誰かに助けて貰う資格なんて……」


「資格がないのなら俺が与える。許されないのなら俺が全てを許す。――俺は、唯一アルトリアを知ってるから」


「……っ!」


 神秘の森でアリシアが拒絶した時にもかけた言葉。それを言った瞬間にアルトリアの瞳は涙で輝いた。きっと今の彼女に必要なのは許しだ。絶望の中で許される時ほど嬉しい事はないだろうから。


「俺は知ってる。アルトリアがどれだけ優しい人なのかを。俺は知ってる。アルトリアが誰かの為にどれだけ動けるのかを。――俺は知り尽くしてる。アリシアは、独りじゃ駄目な女の子なんだって事を」


 全てアルの記憶に刻まれたアリシアとの思い出だ。どれだけ時間が違ったって、どれだけ名前が違ったって、絶対に変わる事はない。与えられた名前がアルトリアだとしても。アリシアだとしても。

 どっちもアルの知ってる優しい女の子なんだ。


「だから大丈夫。きっと、何とかなる」


「何とかなるって、なんで……」


「俺が傍にいるから。いたいから」


 そう言って彼女の体を抱きしめた。もう、記憶の内側から影響を与えるとか、特に考えていない。自分の伝えたい事を伝えたい。ただそれだけしか考えていなかった。

 苦しんで、悲しんで、辛い思いをして、でもそれらはアルには理解出来る物じゃない。理解出来る、なんて簡単にいえる物でもない。この世界の彼女に触れてもそれは一緒。アルには今の気持ちを創造する事しか出来ない。だからこそ共感しか出来ないんだ。


「ねぇ、アル。どうしたらよかったのかな」


「…………」


 ふとそう問いかけられて黙り込む。そんなの、アルにだって分からないから。

 生きていれば「あの時に」なんて思う事は山ほどあるだろう。でもそれらは全て過ぎてしまった選択だ。どれだけ足掻いたって戻れる訳じゃない。だから、もうそんな間違いをしないようにって新しい選択をしていく。

 それが人の命を選択する様な物であったのなら――――。


「……分からない。その選択肢に、俺が答えられる答えはないから」


「え?」


「咄嗟に動いた事の理由なんて後付でしかない。だから、それに俺が答えられる答えなんてない。アルトリアがその時に抱いた想いこそが、本当の答えなんだと思う」


 あの時も一緒だ。体が勝手に動いて、その行動原理なんて後からついた物でしかない。“考えるよりも先に体が動いた”。それは誰かが理由を付けられる物ではない。自分で導き出した本当の想い。それこそが答えなんだ。

 アルは大切な人を守りたかった。ただ、それだけでよかったのに。


「私の、想い……」


「そう」


「守りたかった。リトウスを、守りたかった。でも守れなくて、死なせて、凄い悔しくてっ。私は無力なんだって思い知らされた。でも、どうしてもアルだけは守りたくて……っ!」


「それがアルトリアの想いか?」


「うんっ。もう誰にも傷ついてほしくなんかない。何も失いたくない。父さんみたいに、死んで欲しくなんてない……!」


 初めてアルトリアの父さんが死んでたって事に気づきながらも彼女の言葉を聞き続ける。その後ろでエルノスカールもしみじみとしながら聞いていた。

 あの時に彼女が抱いた想い。それは絶望の最中でも誰かを守りたいっていう強い意志だった。決して憎悪なんかじゃない。憎悪が浮かぶよりも早く、誰かを守りたいって考えが浮かんだんだ。


 それが出来る人なんてごく一部しかいないだろう。とてもじゃないけど、今だ過去の記憶に縛られてるアルじゃ出来そうにない。今も大罪教徒に会う度に殺意が沸き出て来るのだから。

 失った人はもう戻って来ない。だからこそ命を大切にしなきゃいけない。彼女は、それを誰よりも理解してる。

 だからこそアルは彼女の頭をそっと撫でた。


「ありがとう。助けてくれて」


「……!」


 するとアルトリアの身体は震えて嗚咽が聞こえ始める。きっと辛い思いを沢山したはずだ。だからこそ誰かにこう言われる事は彼女にとっての救いになる。神秘の森でのアルみたいに。

 けれどそれだけで全ての闇が払える訳ではない。


「でも、私、アルしか助けられなかった。私の力で何人も殺して、出会った人も全て死んで、大悪党って言われる様になって……! 私がおかしいんだって……っ!!!」


「うん。うん。分かってるよ、全部」


 零れ出る言葉に優しい相槌を挟む。

 確かに第三者から見ればアルトリアは異常者でしかない。「いくら憎んだってそこまでする必要はないだろう」「あいつは人殺しだ。大悪党だ」「おかしいよあいつは」なんて言葉、避難所で沢山聞いた。


 でもその人達は全員アルトリアの本当の想いを知らないからそんな事が言える。どんな思いを背負ってこんな事をしたのか、みんな分かってないんだ。……分かろうとしないんだ。

 孤独は辛い。救いは与えられず、その苦しみを知っているからって救いを与える事さえままならない。出来る事はただ一つ。手を差し伸べてくれる誰かが来る事を祈って待つだけだ。


 誰も彼もを救ってくれるヒーローなんて存在しない。英雄だって人間なのだ。手の届く距離には限りがある。だから、困ってる人を全て助けるなんて土台無理な事だ。どれだけ意志が強くたってそれだけで誰かを救える訳じゃない。

 アルはアリシアと出会うまで、孤独から解き放ってくれるヒーローなんていなかった。だから、アリシアはアルの英雄なんだ。

 だからこそ今度はアルが彼女の英雄になる番だ。


「ねぇ。どうすればよかったのかな」


 もう一度同じ質問が飛んでくる。

 どうしようもない事だ。何をしたって避けられない運命なんだから。……第三者から答えを与えられたって戸惑う時はある。今のアルトリアはまさにそれだ。答えを見つけたってそれが不確かだからこそ誰かに確定させてほしい。その意志は痛い程理解出来た。

 だからアルは答える。


「……もっと平和的な解決方法があった事は確かだ。それを選ばなかったからこそ犠牲になった命があるのも揺るぎない事実」


 あの時、アルトリアが黒魔術を発動させなくたって別の方法は確かにあった。リトウスは死んでいるしアルは死にそうになり、そんな余裕がないのも理解出来る。でも他にも選択肢があったのは揺るぎない事実なんだ。


「――でも、アルトリアは俺を助けてくれた。それも揺るぎない事実だ」


「…………!!」


「誰かを助けたい。守りたい。その思想そのものは間違ってないんだ。どれだけ選択を間違えていようと、抱いた想いは違えようのない綺麗事だ」


 全ての人を救いたい。それこそ絶対に叶える事は出来ない綺麗事。偽善者の戯言に過ぎない。けれどそんな理想を貫き通す事が出来たからこそ大英雄は生まれた。そんな誰もが到達した事のない境地に大英雄がいたから、受け継がれた話に憧れた人々がいる。

 どれだけ時代が違ったって意志は変わらない。だって、アルトリアだって同じなんだから。


「アルトリアは、もう立派な俺の英雄だよ」


 そうして体をもっと抱き寄せる。彼女もアルの体温を求めようと更に抱き着いた。大粒の涙を頬に流しながら、嗚咽を漏らしつつ。

 英雄に憧れた人が大切な人に英雄だって言われる。きっとそこまで嬉しい事はないだろう。アルだってそうだから。

 でも、何よりも伝えたい言葉があって。


「一つだけ伝えたい言葉があるんだ」


「うん。なに?」


 別に愛の告白って訳ではない。それはアリシアの方で既に済ませてあるし、OKサインも貰っている。今アルトリアに何よりも伝えたい言葉。それは――――。

 もう一度頭を撫でると言う。


「アルトリアは、おかしくなんてない」


「―――――っ」


 すると更に涙を流しては遠慮なしに嗚咽を漏らした。

 おかしいって、大悪党だって言われ続けた中で、おかしくないと一言かけられる。それだけでも彼女にとっては十分すぎるくらいの救いになるだろう。

 やがてアルは抱きしめながらも囁く。


「よく頑張ったな。これからは、ずっと俺が一緒だぞ」


「うんっ……!」


 涙で震える小さな体を抱きしめる。……これでいい。これこそがアルの選択だ。悩みに悩み抜いた揚句、今までの思考は全て捨てて思った事を伝えられた。それにいいじゃないか。

 その後は互いに言葉はいらなかった。ただ無条件に投げられる救いを受け入れ、そんな彼女を受け入れる。


 エルノスカールもそんな姿に涙を流す中、アルはずっと抱きしめ続けた。

 アルトリアが泣き止むまで、ずっと。ずっと。ずっと―――――――。

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