第三章69 『捻じ曲げられた真実』
「――なさい! お――――ってば!!」
誰かの声が聞こえる。知らない様でどこかで来た事のある声だ。その声に引き寄せられて意識は戻って行くのだけど、最終的に急激な冷たさと息詰まりを感じて無理やり叩き起こされる。
「起きなさいっての!!」
「っぶぁ!?」
びしょ濡れになりつつも口の中に入った水を吐き出して必死に息を吸う。次に擦れた視界を精一杯開いて誰の声なのかを確認すると、目の前には意外な人物が映し出された。金髪のツインテールに真紅の瞳。そう、エルノスカールが。何故か頭に包帯を巻きながら。
何で彼女がここに。そんな当然の疑問はある。けれどアルは何よりも先にアルトリアの事を質問した。
「ようやく起きたわね。聞きたいこ――――」
「アルトリア! アルトリアはどうしたんだ!?」
「いきなりそれなのね……」
すると状況確認よりもアルトリアの事を聞いて若干の呆れ顔が浮かぶ。けれどアルの切羽詰った様な表情を見て彼女も何かを察してくれて、素直にアルトリアの事を話しだしてくれた。……のだけど、それは一番聞きたくない言葉であって。
「王国騎士団に追われてるわよ、あの子」
「え?」
「ここら一帯を破壊し尽くしたんだもの。当たり前じゃない」
「って事は、アルトリアは黒魔術を……!?」
「黒魔術かどうかは分からない。ただ何人もの命を奪った事だけは確実よ」
そう聞いて俯いた。殺させない為に戦っていたのに、結局はリトウスを死なせてアルトリアを暴走させてしまったのだから。あの時に自分が死ねばよかったのにって考えてしまう。
ある程度の状況は読んで冷静さを取り戻した。けれど次に気になる事が出来て問いかける。
「何で俺と一緒にいるんだ。確か俺、アルトリアの近くにいたと思うんだけど……」
「何故ならここは学院の避難所だからよ。あんたは運が良かったのか図られたのか、生き残って気絶した状態で発見された。だからここに運ばれたって訳」
「なるほど」
だから他の生徒や一般人もここにいるのか。包帯やガーゼを使ってる人がいる辺り、応急措置もされているのだろう。実際にエルノスカールも頭に包帯を巻いてある訳だし。アルも右手を持ち上げると包帯に染み付いた血を見て納得した。
ここにいる人はみんなアルトリアのせいでこうなったって訳なのだろう。中には片目を失った人も居る様子だった。
「何で俺と一緒にいるんだ。あんなに怖がってたのに」
「情報を聞く為よ。その為に衛兵にもあんたの事は黙ってある」
そう言って鋭い眼光をアルに投げつける。でもどうしてこうなったかなんてアルしか知らないのだ。他の人達はいきなりテロリストが爆発を起こしたとしか思ってないはずだ。
だからこそアルは彼女の質問に返答する。
「何があったの? 何があって、こんな事になったの?」
「……リトウスが殺された。そして俺は脇腹を貫かれて死にかけた。それがアルトリアに悪い影響を与えて黒魔術を発動させたんだ」
「黒魔術、ねぇ。……一応聞くけど、誰がやったの?」
「お前の部下だ」
「そういう、事ね」
するとエルノスカールは急に静かになった。それから少しの間だけ俯いてはもう一度前を向き、予想すらも出来ない言葉を言う。
「……ごめんなさい」
「え?」
「あんたの言う事が本当なら私の責任にもなるわ。彼らを止められなかったのは私だから」
まさかあのエルノスカールが謝るだなんて思わなかったから愕然とする。だって今までずっと悪役令嬢さながらの悪役フェイスをぶんぶん振り回していたのに、殺す事も厭わなかったのに、急にこんな事になるのだから。
流石にそこらのラノベでもこんな事にはならないぞ、と思いながらも自分なりの解釈を捻じ込んだ。
――アルトリアが「実は優しい」って思ってたからこうなってるのか……? それなら納得できなくはないけど……。
思い込みの力は凄まじい。それだけでこの世界の人々の記憶すらも改ざん出来るのだから。だからエルノスカールが急に良い人になるのも納得出来なくはないのだけど、急に来ると困惑すると言うか何というか。
とりあえずそう言い聞かせて納得させた。それから口を開くと彼女に喋りかける。
「……エルノスカールが悪い訳じゃないよ。きっと、こういう運命だから」
そう言って慰めにもならなさそうな言葉をかけた。確かに彼女から見たら自分の生にも成り得るだろう。でもこの結末を知っていたアルからすれば必然の事態だったって解釈できる。誰かが悪い訳じゃない。世界がそう定めているから。
やがてアルは彼女に問いかける。
「アルトリアは今、どんな感じなんだ?」
「何人もの犠牲を出した大悪党って認識になってる。そりゃ建物を破壊し人々を傷つけ、死者も出したんだから当然の事だけどね。その件もあって王国騎士団に追われてる」
「何日くらい経った?」
「大体三日ね」
「三日か……」
前に話してくれた内容じゃこれから騎士団を退けつつも逃亡生活が始まるって言ってた。その間に色んな人と触れ合いつつ、その人達を最終的に自分の手で殺し、そして次第と邪竜に変わっていくと。
結局何も出来なかったんだ。ただアルトリアっていう存在に触れ合っただけで、何も変える事は出来なかった。その事に奥歯を噛みしめる。
あの時にこうしていればなんて後悔はもちろんあった。ありすぎてよく分からない程だ。でも、どれだけ悔やんだってこの結果が変わる訳じゃない。だからこそアルは深く考える。
確かにアルトリアは王国騎士団に追われる身となった。そうなったらもう会える可能性は少ないだろう。普通なら。
アルには少なからずどこへ向かうかの予測が出来る。何故なら今この瞬間に彼女が抱いていた想いを欠片ながらも知っているから。
だからって必ずしも変えられるとは限らない。もしかしたらアルトリアの抱えてる闇はアルでも振り払えないかもしれないから。でも、仮にも可能性があるのならやらなきゃいけないのではないか。
覚悟は決まった。アルに出来る事なんて最初から一つだけだから。今から追いかけなくちゃ。アルトリアの跡を。
それしか、道はないから。
――――――――――
「どこにいくのかしら?」
「何でここにいるんだよ……」
三日後。
必要最低限の道具を見繕い、衛兵の警備も手薄い時間帯に逃げ出そうとしていた時だった。途中までは完ぺきだったのに一番最後でエルノスカールが待っている事に軽くため息をつく。
もう止まる訳にはいかない。だからこそアルは彼女すらも斬り伏せる覚悟で神器に手を添える。
「そりゃ、あれだけ救うんだ~って言ってた子があんな事になれば嫌でも気になるはずだからね」
「よくわかったな。で、止める気か?」
そうしてアルは神器を軽く引き抜いた。するとエルノスカールは若干怯んでは一歩だけ後ずさる。そりゃアルに対してはトラウマ物なんだから当然の反応だろう。けれどいくらいい人になったからって止めるのなら容赦は出来ない。現実世界での生死も掛かっているのだから。
やがてエルノスカールは両手を上げると降参のポーズを取る。
「お、落ち着きなさい。戦う気はないわ」
「じゃあ何の為にいるんだ」
「そうね。強いて言うのなら一緒に付いて行く為よ」
「……は?」
そんな事言われるだなんて思いもしなかったから驚愕する。だってエルノスカールが付いて来る理由なんて微塵もなくて、むしろ止めるのが当然の立ち場だ。
何で。当たり前の疑問は尽きない。
「お前、何言ってるのか分かってるのか。何で急にそんな事を……」
「わからないわ。ただそうした方がいいかもしれないって思っただけ」
「…………」
理由は理解してるつもりだ。
恐らくアルトリアの思い込みの影響だろう。もしかしたらエルノスカールはいい人かもしれない。そしてアルは追いかけてくれるかもしれない。だからその手伝いをしてくれるかもしれない。そんなかも知れないの連鎖でも思い込みなのは違いない。
今も何処かで願っているんだ。誰かが自分を助けてくれる事を。それを遠回しながらもエルノスカールが教えてくれる。だから、アルは更に覚悟を決める事が出来た。
助けなきゃ。絶対に。
「今のアルトリアを、どう思う」
「どう思うって?」
「こうした理由は何なのかって考えた事はあるか?」
するとエルノスカールは深く考えこむ。
今の時代に伝えられている大罪の話なんて偽物だ。だってアルトリアは――――アリシアは優しい女の子なのだから。確かに世界を崩壊させた事は事実だ。幾億もの命を奪った事も、揺るぎない事実。でもその中に優しさがあった事も絶対に揺るぎない真実だ。
捻じ曲げられた真実を誰も知らない。アルが知ってるからって今更大罪の物語を変えられる訳がない。だからこそアルに出来るのは共感だけなんだ。
やがて深く考えこんだ果てに出た答えを伝えてくれる。自分だけで考え、思い込みの影響もない事を。
「……あの子は優しいわ。だから、優しさから来る怒りでこうなったって事なんでしょう」
崩壊した街の方角を見つめた。地面に無数の亀裂が入っては紫色の光が漏れる、まさに世界の終焉とも呼べるような光景を。
今の彼女が記憶通りの姿なのか思い込みで生まれた新しい人格なのかは分からない。けれどそう思う事が出来るのなら背中を預けられた。
「付いて来るのなら付いてきていい。でも、それが何を意味するのかは覚えておけよ」
「分かってるわよそんな事」
そう言って二人で歩き出した。彼女かこうしているのもアルトリアが紡いでくれた一つの手段。ならソレに縋らないでどうやって見付けられるって言うんだ。
どれだけの旅になるかは分からない。元々はこんな事するはずじゃなかったし。けれど行かなきゃいけなかった。
だって、アルは何もかもを救いたいんだから。
貴族令嬢が味方になるのはやはりいいですね。個人的な性癖ですけど。




