第一章13 『嵐の前の静けさ』
薬草採取が終わったあと、報酬の受け取りとかはライゼ達に任せてアル達はお客様と話し込んでいた。というのも二人に指名の依頼を出した張本人である騎士団長が来ていたのだ。騎士団長が直々に来たとあれば応じない訳にもいかず、二人はいかつい顔の団長と話す事となる。
「君達が依頼を受けてくれて本当に助かった。現在は騎士団も人手不足が重大でね。大勢の魔獣と渡り合えるかも分からないんだ」
「えっ? でも騎士団に所属する騎士は最底辺でも上級冒険者以上の腕前が当たり前だって……」
しかし聞いていた事とは全く違う事を言いだすからびっくりする。
いくら数が多くたって騎士団なら魔獣くらい簡単に掃討してもおかしくないって聞いたのに、どうしてそんな事を言うのだろう。
「そう。実はその件で君達に話しに来たんだ」
けどそんな疑問は次の言葉で解消される。団長は手を絡めて肘を机に置くと口元を覆って魔獣並の眼光をアルに見せつけた。
だから何かが起こったとすぐに察したのだけど、その何かって言うのが国をも動かす程の巨大な問題であって。
「――実は街で派遣した偵察隊が“約千以上”の魔獣・魔物の群れを君達のいた山で発見した」
「……へっ? えぇっ!? 千以上!?」
あまりにも予想外で斜め上の言葉だったからつい音を立てて立ち上がる。
だって、いくら何でもそんな事はあり得ない。あそこが魔物の発生源であるのなら問題はないはず。でもあそこは普通の山で魔物の発生源じゃないのだ。なのに千以上の群れが発見されるだなんて、そんなの絶対的にあり得ない。
アルの表情を見て団長は更に言葉を続ける。
「それに続き今朝には大罪教徒の存在も確認された。故に今回の事件には大罪教徒が関わっていると確認が取れた。現在、情報を纏め次第この王国にいる全ての手慣れた冒険者に掃討依頼を要請するつもりだ。そこで、私がこの事件の発見者でもある君達に提案しに来たって訳だ」
「て、提案……?」
「そう。大罪教徒が関わっている以上、敵の力は未知数となる。だがあの戦闘跡を見るに君達は通常の騎士よりも強いと私は見込んだ。だから、共に前線で戦ってほしいんだ。もちろん降りて貰っても構わない」
それは一緒に戦ってくれと騎士団長直々の依頼だった。まあ、あれ程の戦闘跡を見たら頼んだっておかしくはないだろう。それに相手がどんな強さで来るかも分からない。だからこそ強い人に協力を求めるのは当然だ。
でもアルはソレに答えるのに迷ってしまった。
あれはアルと彼女でやったのではなく戦闘跡の十割は彼女が単体でやって見せた技だ。でも彼は二人とも同じ強さだと思い込んでいる。そんな誤解を生んだままアルが前線に立てばすぐに死ぬだろう。それにアルは大罪教徒の殺害対象だから。
加速する事態に大いに戸惑った。どうするべきなのが正解なのか分からなかったから。
「その掃討作戦って三日後に行うんですよね」
「ああ」
「…………」
彼女の方に視線を向けると同じく戸惑っている視線が返って来る。薬草採取の時に聞いた「怖い」という言葉――――。
きっとアルが乗れば彼女も乗るし、アルが下りれば彼女も降りるだろう。ライゼ達でさえも距離を取ってしまう現状じゃ一人だけで前線には立てないと思うから。その証拠として戸惑いと一緒に不安の色も視線に乗っかり伝わって来る。
――大罪教徒の狙いは俺だ。つまり、俺が首を差し出せば向こうは退く可能性が僅かでも存在する。でも、首が狙いだからといってそこまで大きな行動に出るのか?
今まで微かな証拠しか残さず数百年が経つ今でも本拠地が掴めない様な奴らなのに、どうしてそこまでして動くのだろう。首を取りたいのなら暗殺でも何でも手を打つはずだ。それなのにどうして魔物と魔獣の群れなんかを……。
考える度に違和感を浮き彫りにする大罪教徒へ疑念が沸く。もしかして今までの考えは勘違いなんじゃないかって。
――目的は俺じゃなくて他の事なのか? この国が何かを隠していて、襲撃する為に目撃者は全員抹殺……? でもそれじゃあ偵察で見つかるなんてヘマはしないはずだ。
「アル?」
「ん? ……あっ、えっと」
深く考え込むアルの顔を彼女が覗き込む。
その時にハッと我に返って目の前の団長を見た。そうだ、今は団長と話をしてるんだ。考える時間はない。
だからこそ少し申し訳なさそうに言った。
「少し、考えさせてください」
すると彼は穏やかに受け入れてくれて、依頼書はそのままで立ち上がり一足先に部屋から出て行った。ただ少しだけ言い残して。
「わかった。じゃあ明後日の朝、同じ時間にここへ来るから、それまでに考えを纏めておいてくれ」
「は、はい……」
そうして彼は対談室から出て行った。
その直後にまた考え事をする作業に戻ろうとするのだけど、隣からアルの心象を読んだ鋭い言葉が飛んで来てついびっくりする。
「……自分はそこまで強くないから、ですか?」
「それもある。ただ、少しだけ大罪教徒の事について違和感を覚えてさ」
「ああ、やっぱりですか」
アルは経った今違和感を抱いたけど彼女はそれよりも早く違和感を抱いていたらしい。その早さに驚きつつも気になる事を口にしていった。
といってもそれらはすぐに彼女の憶測で塗り潰されるのだけど。
「大罪教徒は今まで一度も偵察で見つかるなんて事はないんだ。なのに今回の件で見つかるだなんて、何でそこまでするんだろうって思ってさ」
「アルの首以外にも目的があるんでしょう。恐らく今回の戦闘で騎士団の戦力を削ぐのが目的のはず。となると、次は弱まったこの街に奇襲でも仕掛けるんじゃないですか?」
「……あ、ハイ」
アルが考えていたのよりもっと高度な思考を巡らせていた彼女に恐縮する。完全に置いて行かれながらもその考察に納得した。っていうかソレを聞いてからじゃそれ以外の狙いが全く浮かんでこない。
一先ず立ち上がると一緒に広場へと戻った。そこでライゼ達に何があったかを伝える。
「アル! どうだった?」
「とりあえず保留して貰った。明後日の朝にまた来るって」
「そうか。まあ、時間はまだまだ残ってるからじっくり考えるといい。……で、流石にこの依頼は―――」
「遠慮させてくれ」
――――――――――
「大罪教徒……」
「寝転がってから何回目ですか、ソレ」
「十三回目」
「意外と覚えてた……」
普通だったら一日かけてやる依頼だったのだけど、二人が手伝った事により余裕が出来たライゼ達はまた新たな依頼を受けて意気揚々と水辺の調査に向かった。
そしてアルはベッドに寝転がってはどうするかを考え続けている。
時々大罪教徒の名を口にしながら。
「仮にあそこまでする意味があったとしても、何を狙ってるんだ?」
天井に手を翳しながら考える。そこまでする事の意味や意図を。
既にアルの首を狙うだなんて考えは抜けた。可能性としては彼女の示唆した王国転覆などもあるけど、ただの虐殺だってありえる。
動機も何も分からないけど、奴らは何かに血眼になって求めているきがするのだ。
「血眼……。求める……」
「アル?」
何かが引っ掛かる。詳しくは言えないけど、直感の様な何かがその言葉に引っ掛かった。だからと言って何かが分かる訳じゃないけど詳しく考え続けた。
血眼になって求める。じゃあ何をそんなに求めるのだろう。大罪教徒だなんて言う程なんだから大罪に関連していておかしくない。じゃあ《憤怒》? 《怠惰》? 《嫉妬》? 情報が少なすぎてよく分からない。
だからこそ動こうと決めた。
「俺は大図書館に行こうと思うけど、どうする?」
「大図書館? どうしてそんな所に……はっ」
「そっちにもあったか?」
「ええ。バッチリと」
そうして彼女は机の上に五冊ほどの本を置いて見せた。
考えている内に夕方になっていた訳だけど、それでも走って大図書館に向かっては《七つの大罪》に関する情報を集めようと思ったのだ。
すると早速合計で十五冊くらい溜まった本に目を通す。
大罪教徒は《七つの大罪》を信仰する団体だったはず。ならそれぞれの大罪が神様みたいに崇められていてもおかしくはない。なら、その大罪を行動原理にしてもおかしくはない……はずだ。かなり無理やりな思考だけど、ありえなくはないと決めつけて血に関する大罪を調べ上げる。
そうしていると同じく本を読んでいた彼女が呟く。
「しっかし、よくそんな考えが浮かびましたね」
「大罪教徒は大罪を信仰する。ならそういう発想に至ったって何ら不思議じゃないって考えだ。かなりやけくそだけどな」
「文字通りのやけくそですね。無理もいいトコです」
「あまりハッキリ言うと拗ねるぞ……」
軽口を叩きながらもページをめくった。辞書みたいなドでかい本から絵本みたいにうっすい本も集めてあるからとにかく数が多い。元々作業になる事は分かっていたけど、地味な作業に耐えながらも必要な情報を探し求める。
彼女の読みである王国転覆とアルの読みである大量虐殺。それらに合う罪を探し続けた。きっと見つかれば彼らの行動原理が少しでも分かるだろうと思ったから。
そして、ふと口から言葉が漏れる。
「……大罪ってさ、結構優しいんだな」
「えっ?」
「だって物語を見るに全員が正義みたいな物を持ってるみたいだし、それってかっこ――――むぐっ」
でも稲妻の如き速度で伸びて来た彼女の手によって口元を塞がれる。
いきなりそんな事をされるからびっくりするのだけど、彼女は少し焦ったような声でこの世界の常識を今一度アルに教えてくれる。本来だったらこっちが彼女に教える立場なのだけど。
「思うのはいいですけど言うのは気を付けた方がいいですよ」
「あ、そっか。ごめん」
この世界で《七つの大罪》は絶対的な悪。何よりも恐れるべき恐怖の象徴なのだ。それなのに人前でカッコイイなんて言ったしまった暁には何をされるか分かりやしない。
実際子供の頃じゃ大罪の物語を気に入っていたのだけど、あまりにも両親が「いけない事だ」と言うから表面だけは嫌いだと装わなきゃいけない程だ。
すると彼女は小声でこんな事を質問しだして。
「ちなみに、どの大罪が気になってるんですか?」
「ん? そうだな……」
本を読んで内容を頭に入れる事で精一杯だったからか、特に何も考えずにその質問に答えてしまう。それも「怪しいと思ってる大罪は?」という質問に対して「一番好きな大罪は?」という大きな勘違いを起こしたまま。
「《嫉妬の邪竜》が好きかな。本では世界を――――」
「えっ!?」
「え?」
けれど彼女が普通よりもオーバーな行動を取ったからこっちもびっくりする。咄嗟に彼女の顔を見ると凄く驚いた様な表情をしていて、どうしてそんな顔をしているのだろうかと首をかしげた。
……その時、彼女に気を取られていたからページをめくるのを忘れていた。
開いていたページに書いてあったのは《嫉妬の罪》。
曰く、《嫉妬》の力は世界を上書きする程の黒魔術である。
曰く、罪は異常なまでの『恨み』であり、一つの『呪い』である。
曰く、彼女の願望は世界の理にまで届く『真意』である。
曰く、竜は巨大であり空を飛べば国を一つ滅ぼす程である。
曰く、その姿は元々少女の体である。




