第三章64 『終われない理由』
「ごっ、ごめんなさい! 私達が関わったせいで……!!」
「本当にごめん! どれだけ謝っても許される事じゃないけど、でも――――」
「いいっていいって。それより今はどうするかを考えよう」
放課後。アル達三人は学院の校舎裏に集まって作戦会議をしていた。
逃げればエルノスカールが二人の家族に何か不幸を振りまくだろう。いくら記憶の世界とは言え、そんな事はさせたくない。
だからこそ三人は真剣に考える。のだけど、二人の脳裏に根付いている彼女の印象は中々手ごわい物で。
「どうするかって言っても、彼女に勝てる訳ないよ! 剣術も魔術も学院第一位なんだよ!?」
「だからって何もしなければ負ける事は確実だ。俺はあの性格いやだからな……。まぁ、二人の為なら身を売る事も出来るんだが」
「それだけは絶対に駄目! 初めて出来た友達なんだから!!」
「だろ?」
アルは二人から離れたくない。そして二人もアルから離れたくない。なら何としてでも彼女にこの決闘で勝つしかない。貴族の力に抗うにはそれしか方法がない(らしい)のだ。
二人は元から負の印象が付いて回っている。だからアルが考えなきゃ。
「まず最初に……そうだな。える、何だっけ、エルスカンダル?」
「エルノスカール」
「そう。そのエルノスカールの実力に付いて教えてくれないか。何が得意~とか。取り巻きもついでに」
「えっとね……」
何も知らないアルにとって二人が唯一の情報源だ。そこから戦略を立てていくしかない。多勢に無勢の状況をひっくりかえせるような、そんな神の一手みたいな作戦を。
のだけどその考えは早速打ち消されて。
「全教科百点満点の天才少女」
「めんどくさいの来た……」
まぁ予想出来てた。何百人もいる学院で最強になるって事は全てにおいて百点満点じゃなきゃ無理な事だと思うし。
って言う事は戦闘面での弱点はないだろう。となると残るのは……。
「エルノスカールってどんな性格だ? こう、慢心的な~とか」
「そうだね。成績のいい生徒を引き連れて自分の興味ある事以外は全てその人達に任せてる。慢心的な性格な上に唯我独尊を極めた形って言ってもいいね」
「一番面倒くさいやつだ……」
その悪役令嬢の属性てんこ盛りな性格にある意味諦観にも近しい仕草をする。滅茶苦茶強いけど雑魚は部下に任せるって、本当にそんな人いるのか。
対処するのが一番面倒くさい性格なのは変わりない。だって本当の事だし。
「どうするんだい?」
「そうだな……」
リトウスからそう問いかけられて深く考え込む。
全員で突っ込むにも部下が返り討ちにするだろうし、だからといって守りを固めても一瞬にして粉々に砕かれるだろう。こっちは最下位クラスなのに相手は最上位クラスなのだから。
戦力差は圧倒的なまでに天と地の差。その差はどうあがいたって埋められる物ではない。例え何をしたって。
こっちは底辺魔術師が二人と底辺剣術士が一人。まぁ、誰とも戦った事がないからこの学院の剣士がどれくらいの強さなのか分からないけど。
それでも相手は魔術と剣士が混合している。例えアルが立ちはだかったとしても灼熱の炎に焼かれるだろう。――ただ一人だけを覗いて。
「作戦会議ごっこは終わったかしら?」
「ああ。終わった。策士の力をとことん味あわせてやる。……それに、ここで終わる訳にはいかないからな」
―――――――――――
「とは言った物のどうするか……」
「策士じゃなかったの!?」
決闘場所は学院の裏にある巨大な森。アル達はわざわざ離れた所まであるかされ、エルノスカール達は学院の間近で本陣を構えている。
対戦形式は防衛戦。チームで戦い、先に相手のチームの核を破壊した方が勝ちだ。もしくは敵の全勢力を無力化する事。
「作戦はどうするつもりなのさ!」
「作戦は……まぁ実は浮かんでない訳じゃないんだけど……」
アルはリトウスの問いに苦笑いを浮かべながらも頬を掻く。だけどこれを言うときっと二人は止めるだろうし、あまりにもリスクが高すぎるのは承知済みだし。
そうして考えているとアルトリアは問いかけて来る。
「アル、ちょっといいかな」
「ん。どうした?」
「さっきの「ここで終わる訳にはいかない」って、どういう事?」
「んぎっ」
意外と耳ざといアルトリアにびっくりしながらも咄嗟に言い訳を考える。のだけど、長い間思考をしていたから疲れ切った頭じゃちゃんとした理由なんて浮かばなくて。
「か、関係ないよ。こっちの話」
「ふぅ~ん?」
「それより作戦を伝える。よく聞いてくれ」
無理やり話を逸らして意識をズレさせる。ここで気づかれる訳にはいかないから。
作戦はいたって単純。きっと最終的になら誰もが思いつく事だろう。だからこそ一番シンプルかつ合理的な作戦を告げた。
「作戦は――――」
―――――――――
「……っ!」
「どうしたの?」
エルノスカール陣営。彼女は核の前に立ちながらも進軍の準備を進めていた。けれど偵察の内の一人が妙な反応をした事に気づく。
そして偵察していた部下が指さした方角を見てエルノスカール自身も驚愕する事になる。
「あ、あそこに!」
「え? ――――え!?」
そりゃそうだろう。だって敵のリーダーが単身で自身の本拠地へやって来たのだから。アルは内心で怯えまくりながらも悠然とした態度で歩みを進める。如何にも「俺最強ですけど何か?」みたいな面をして。
みんなアルが現れた事に驚愕しているみたいだった。誰一人も魔法での狙撃は行わずにアルを見つめ続ける。
けれど一人が硬直から回復すると即座に攻撃へ転換して。
「こ、攻撃! 攻撃し――――」
「待ちなさいッ!!!」
けれど彼女の鋭い叫びが周囲に響き渡って全方向からの炎が一斉に消え去る。その事に心の底から安堵した。――だって、彼女は既にアルの作戦にハマってくれているのだから。
エルノスカールもそれを自覚している様だった。
「なるほどね。私の性格を逆手に取ったと」
「まぁな。自分の気に入った物は傷つけない。それがあんたの性だ。……読み通りで本当に良かった」
アルの瞳がエルノスカールに気に入られ、彼女が唯我独尊かつ慢心的な性格だったからこそ成功した作戦だ。きっと冷徹冷酷だったらアルは今頃丸焦げだろう。しかしエルノスカールが作戦にハマったからって何かが変わる訳ではない。
「でもここからどうするつもりかしら。あのクズ共は本陣で守りを固めてるんでしょう? 例え部下からの攻撃がなくても部下を向かわせればそれで終わり。さて、どう出るのかしら?」
「そうだな……」
左手を鞘に。そして右手を柄に持って行った。それから高速で神器を振り抜くと高い音を鳴らしつつも黄金のきらめきを解き放つ。
それを見た瞬間に全員が驚愕する。そりゃそうだ。底辺レベルの生徒が神器を持っているのだから。つまりこれこそがアルの切り札。
「あの二人はクズなんかじゃない。俺の大切な友達だ」
「へぇ~、友達ねぇ。じゃああなたはその友達を守るべくここに来たと」
「厳密には違うな。俺にはこんな所で終わるつもりがないからだ。俺には自由じゃなきゃ出来ない事をしなきゃいけないから」
「なるほどね」
きっと彼女に捕まったら自由を奪われる。いくらアルトリアの思い通りに行く世界だとしても、この世界に住む人の記憶改変が容易だとしても、流石にそこまで行けば脱出は困難になってしまう。だからこそ今ここで負ける訳にはいかなかった。
それに、この戦いでの切り札はアルよりも凄い物だし。
「せめてやりたい事が終わるまで待ってくれって言いたい所だけど、どうせ待ってくれないんだろ?」
「あら、私の事分かってるのね」
「だってそういう性格の人は大体そういう事するもん……」
暴君とも呼べるエルノスカールは有言実行タイプだ。話し合いなんて意味を持たない。つまり、今ここで彼女を倒せなきゃ現実世界での明日はないだろう。
一人の少女を倒す事に世界の命運を背負ってるだなんて、ある意味英雄っぽい事をやってるのではないだろうか。
しかし切り札はアルじゃないと言ってももちろん時間を要する。現代のアリシアじゃ即座に準備を終わらせただろうけど、この世界のアルトリアは全く知識がないのだ。だからこそ準備をするのにいくらか時間が掛かる。どれだけ時間が稼げるか。そこが運命の分かれ道。
やがて彼女はアルの望みどおりにすると部下を引かせて自ら前に出る。
「いいわ。あなたの作戦にハマってあげる。どうせ私達が勝つのは確定事項だしね」
「そりゃ底辺レベル三人に対してこんな数で挑めば普通はそうでしょうよ」
「勝てるとでも?」
「思ってるからこそここにいる」
こういうのは最強の力を隠してる主人公が圧勝して彼女が惚れるんだろうなぁ、と絶対にあり得ない事を妄想しつつも神器を構える。
この世界で魔法を使えないアルはアルトリア以上の最弱と言ってもいい。現代でもこの時代でも剣士は必ず魔法が使えるのだから。故にアルの武器は誰も知らない《桜木流》の剣術と神器の威力。そこに全てが掛かっている。
――多分エルノスカールがアリシアの言ってた苛めっ子のリーダーなはずだ。つまり、仮にも今ここで俺が強さを証明してしまったらエルノスカールが手を出す可能性が低くなる。つまり、リトウスは殺されなくなる……。
その時こそが人格の崩壊を招くだろう。だって、リトウスが死なないって事はアリシアが大罪になる未来も無くなってしまうのだから。
実際に時を遡っているのなら世界を救った事になり、アルトリアも苦しまずこの時代で死んでいくだろう。でもここが記憶の世界だからこそ運命は捻じ曲げちゃいけない。だからって彼女に負ける訳にもいかなくて。
――こんなに嫌なループは初めてかもな……。
そう思いつつもアルは神器を構えて飛び出した。
勝ってはいけない。けれど負けてもいけない。そんな戦いをどうにかする為に。




