第三章62 『改変方法』
――この世界は全てがアルトリアの思い通りになる。そしてここは記憶の世界。だとしたら、アルトリアの思い込みを利用しつつ記憶から揺さぶりかければ……。
考えた事をのべつ幕無しに紙へ書き込む。
授業中、アルは脳裏でそんな事を考えていた。行けるかもしれない。思い付きで飛び込んだ記憶の世界だけど、思い付きで浮かんだ発想で変えられるかも知れない。
全てがアルの予想通りに動くなら、だけど。
しかしやろうとしている事のリスクは途轍もなく大きい。だって、下手をすればアリシアの人格が崩れてしまうかも知れないのだから。
アリシアは意識の底。そして意識の表面に出ているのは偽アリシア。ついでに二人の記憶や魂は一緒。なら内側から記憶を揺らしてやれば、もしかしたら二つの人格が何かしらの反応を示すかもしれない。まぁ、難易度はメチャムズの激ヤバなのだけど。
……再び言うが今は授業中だ。アルトリアの思い込みによってしばらく学院をさぼっていた、という設定になっているとはいえ、授業を聞いていなきゃもちろん怒られる。だから飛んで来たチョークにヘッドショットされて背後へ倒れ込む。
「そこ! ちゃんと聞け!」
「へぶぁっ!!」
講義室だから角度調整とかもあるはずなのに的確に頭へ命中させて来る。そんな一流スナイパーも顔負けな狙撃を行うと溜息を着きながらも授業を再開した。
「だ、大丈夫かい?」
「ああ。意識が飛びかけたくらいで問題ない」
「それ大問題だと思うんだけど……」
リトウスから心配されながらも起き上がって真っ先に書き写していた紙を隠す。大きなたんこぶが出来た事に驚いていると、隣に座っていたアルトリアが肩をつついて来るからそっちの方を向く。指先近づけるとほんの僅かだけど痛みが引いて行った。
「あ、痛みが……」
「ごめんね。今の私にはこれが精一杯なの」
すると彼女は微笑みを浮かべて見せた。その光景が今のアリシアと重なる。
やっぱり、変わってないんだ。大罪になる前でも何も変わらない。アリシアもアルトリアも優しいまま。その事を知って少しだけ心を落ち着かせた。
「……何で笑ってるの?」
「えっ? そ、そうかな」
と、ここまでなら完璧なまでに幼馴染の会話だろう。けれどその瞬間にまたチョークが刹那を切り裂いて二人の間を通り抜けた。そして背後の席にめり込むと無数の亀裂を生み出す。
やがて入口にいた先生は鋭い眼光で睨むという。
「次はないぞ」
「「……ハイ」」
――――――――――
「終わった~……」
「お疲れさま」
ようやく午後の授業を終えて机に倒れ込む。そしてリトウスが背中を摩ってくれた。
まだ半日しか授業を受けていない訳だけど、それでもこの時代の事が少しだけ理解出来た。黒魔術は基本的に存在しなくて、使う魔法は現代と同じく科学技術を応用した物らしい。まぁ科学レベルはやっぱり下がっているが。
机に突っ伏しながらも尚考える。この先どうするべきかを。
真意で接続しているって事は、今もなお真意が維持されてるって事なのだろうか。ならば真意を遮断すれば現実世界に戻れるだろう。けどこれが一瞬にして引き起こされている現象なのだとしたら戻る事は出来ない。
果たして飛び込んだのが凶と出るか吉と出るか。個人的には吉を望みたい所である。
――内側から記憶を揺らすって言っても方法も何も分からないままだ。ここからどう出るか……。
そんな事を疲れ切った脳内で考える。今なら先生に狙撃される心配もないし。
ただアルトリアに接触するだけじゃ駄目だ。今の彼女に必要なのは意識の底から這い上がるくらいの衝動や覚悟。同時に偽アリシアにも同じ衝撃が行ってしまうかも知れないけど、今はアリシアが活発になるのならそれでいい。後は自分でどうにかしなきゃ。
半ば投げやりな思考をしつつもこの先の予定を立てる。
――一番影響を与える場面と言えば……。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
のだけど、二人の声に気づいてアルも立ち上がった。
そうか。学院と言えど寮な訳じゃないから家に帰らなきゃいけないんだ。二人の他にも様々な生徒達が一斉に帰宅していく。どうやら放課後もあるらしく、ここに残ってクラブ活動みたいな事をする生徒もいる様子。
まぁ、詳しい事は明日考えれば――――。
その瞬間に足が一瞬だけ止まる。
「どしたの?」
「い、いや、なんでもない」
けれどそう振り切って歩き出す。やがて特に大きな事もなく正門を抜けて十字路まで行くと二人は当然の疑問をアルに投げかけた。のだけど、ソレに応えるのにはかなりの難易度で。
「そう言えばアルの家ってどこらへんにあるの?」
「ふぇっ!? えっと、あっちかな!!」
どう考えても答えられないからこそ適当に街の方角を指さした。とにかく家が多い所なら大丈夫だろうと。
二人も焦り具合を気にすることなく納得してくれた様だった。
「へぇ~、結構街中にあるんだね」
「貴族か何か?」
「いやっ。貴族って訳じゃないけど、まぁ、そこらへんだよ」
「なるほどねぇ」
何とか納得させた所で道を分かれる。一先ずこれで何とかなった訳だ。後は寝床をどうやって用意するかだけど……どうやって用意するか。
一先ず誤魔化す事に成功すると二人は十字路で左右に別れて行った。
「じゃあ、私こっちだから」
「また明日ね~」
「ああ」
そう言ってアルは真っ直ぐに歩き出す。もっとちゃんとした場所を指定すればアルトリアの思い込みでアルにも家が出来たかも知れないけど、いくら記憶の世界とは言え他人の家に上がり込むなんて真似はしたくない。
――それに、偽物の家族なんて嫌だし。
しかし嫌でも夜はやって来る。どうにかして一夜を過ごさなきゃ。それに腹だって減るのだから食べ物もどうにかしなきゃいけない。
せめて手持ちにあるお金がこの時代で通じれば嬉しいのだけど……。
「はいよ! これで三百コルね!!」
「コルか……。って事は俺の持ってる通貨は使えないな。まぁ、二千年もありゃ通貨くらい変わるよなぁ」
現代で使っている通貨の名称は「リラ」だ。しかし「コル」とやらの名称だと恐らく使えないだろうし、円とドルの違いみたいなものだとしても不可能だろう。
仕方ないので街をブラブラしながら一夜を過ごそうと方向転換して歩き出そうとする。公園で寝泊りすれば衛兵に怒られそうだし、森の中で野宿するには道具も何も足りないし。せめて魔法さえ使えれば変わったのに。
そう思って振り向くのだけど、その先にはアルトリアとリトウスがいて心の底から驚愕した。そんな反応を見て二人は少しだけくすっと笑いだす。
「なっ。何でここに!?」
「何でって、アルが気になったからだよ」
家に帰ったはずなのに二人は我が物顔でそこに立っていた。
ここまでやる意味なんてまだないはずだ。だって、アルと二人の付き合いはまだ半日なのに。それなのに二人はハッキリ言って見せる。
「家、ないんでしょ」
「えっ?」
「あんなのすぐに分かるよ。何で嘘を付いてるか分からない。何で家がないのかも分からない。でも、だからこそ付いて来た」
「…………」
半日程度の付き合いなのにどうしてそこまでするのか。そんな疑問が脳裏をよぎる。それに普通なら気味悪がるはずなのに何で。
その疑問は一切隠さず表情に出ていた様で、リトウスはアルの思考を読んだかのようにその理由を話し出した。
「何でって顔してるね。半日程度の付き合いなのにどうしてって。――この半日で、そこまでするくらいに信じる事が出来たからだよ」
「えっ!? ちょまっ、半日だぞ半日! 一日も満たないで授業受けてただけなんだけど!?」
「そうだよ。それだけでも、私達はアルを信じる事が出来た」
「――――――」
とんでもない理由に愕然とする。これは人がいいのかただのバカなのか……。現代のアリシアだったら絶対にしない事を平気でしてくるからびっくりする。
やがてリトウスは質問して来た。
「どうして家があるって嘘を?」
「…………」
その返答に困って黙り込む。まさか半日ぽっきりでアルを信用するだなんてあまりにも予想外過ぎる事だし、付いて来るだなんて余計に思わない。半日一緒に授業をしただけで仲間として信じるだなんて、どうして――――。
疑問は尽きない。けれど今は二人の質問に答える。もちろん「記憶に干渉してるから」なんて言えないからこそ、ちょっと嫌だけど嘘を付いて。
「……家出、したから」
「家出?」
これが一番信憑性のある話だろう。アリシアはこの時代じゃ学生間のしがらみで問題が起る事はよくある話だって言っていた。でも、この世界で村が襲撃されたりするのがよくある話なのかは分からない。なら一番事情を探しにくく信憑性のある家族間でのしがらみの方がいいだろう。
それっぽい話をでっち上げては二人に信じ込ませた。
「成績関連で色々あってさ。それで何もかもが嫌になって、飛び出した。久々に学院に顔を出したのだって行き場がなかったからだ」
――あぁ、嘘を付く感覚ってこんなにも気持ち悪いんだな。
第五層の攻略作戦の時に感じた物と酷似した感覚。喋る度に罪悪感とか気持ち悪さが募っていくけど、正直に話す訳にはいかないからこそ嘘を付き続けた。二人はその言葉をずっと聞き続けてくれる。
「だから嘘を付いた。その……ごめん」
――これでどうだ。
引き籠りなら成績が悪くて当然。そこから来る家族間でのしがらみ。実際に経験した訳じゃないけど、これなら信じてくれるのではないか。
アルの予想通り二人はその話を信じ込むと鵜呑みにしてくれる。これでアルトリアが思い込んだ事で何処かにアルの偽物の家族が出来たって訳だ。
「そうだったんだ。何か、こっちもずかずか踏み込んでごめん」
「いいよ別に。話し出したのはこっちだし――――」
「だからと言っては何だけど、今夜、僕の家に来ないかい?」
するとこれまた予想外の言葉が出て来て硬直する。だって出会って半日の友達を家に招待するだなんて思わなかったから。いくら家出の話に同情したって流石にそこまでするのは無防備過ぎる気が……。
いや、逆に言えばそこまでの優しい人って事になるのか。
もしかしたらアルトリアの優しさは彼から伝染した物なのかも知れない。そう思いながら、その優しさが本物なんだって噛みしめつつも彼の言葉に頷く。
「……うん。じゃあ、お願いしようかな」




