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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章59 『覚悟と殺意』

「行き場のない怒りを世界にぶつける為にアリシアの体を奪い、本人を意識の底に幽閉した。そう言ってたよな」


「何を今更。それくらい分かっているだろう」


「分かってる。本当に世界を破壊したいほどの怒りや憎悪がある事も」


 言いつつも抉り込んだ壁から抜け出した。ただ手を一振りされただけでもこの重傷。正直言ってかなり怖いしキツイ。でも、今だけは諦める訳にはいかなかった。

 アリシアが必死になって彼女を押さえているんだ。アルだけがじっとしているなんて事は絶対にできない。


 簡単に「俺も」とか「分かる」とか、言うだけの言葉を与えられたって嬉しくなんかないのは分かってる。だからこそ今の彼女に必要なのは少しでも共感してあげる事。きっとその怒りは誰にも共感される事はないはずだから。

 本当の怒りや憎悪がある。だからこそアリシアは世界を破壊させた。でも、それは本当の事なのだろうか。


「けどさ、その感情は見方を変えれば別の物にも変わるんじゃないのか」


「別の物?」


「今の二人は感情と記憶が別離された存在。そうだよな。なら互いに互いの事を理解出来ないのは当然の事だ。だって、記憶と感情は重ねあって初めて意味がなされるんだから……!」


 神器を杖に前へと進む。

 記憶だけじゃ意味がない。感情だけでも意味がない。その二つが組み合わさっていたからこそアリシアは自動的に感情を切り離したのだろう。つまり、彼女とアリシアが重ね合った瞬間、もう一度忘却したくなる程の記憶がよみがえるって事になる。

 でも、その中にも絶対にあるはずだから。


「その怒りは純粋な怒りも交じってるのかもしれない。負の感情が渦巻いた物なのかも知れない。でも、優しさから来る怒りだってあるはずだ」


「優しさ? 何を言ってる」


「もしアリシアが負の感情だけを切り離したとして、その隔離された感情が君なのだとしたら、優しさから来る怒りも存在するはず。誰かを失ったからこそ来る怒り。救えなかったからこそ来る怒り。その根底にあるのは優しさだ」


 本当は違うのかもしれない。でも、アルはそう信じてる。優しさがなければ、思いやる気持ちがなければ、誰かを失った事で後悔したり怒りが湧き上がったりはしないはずだから。


「俺はアリシアを信じてる。もし本当にそこまでの憎悪があったとしても、その根底にあるのが優しさなんだって事を。――だから、君にもその優しさが宿ってるはずだ」


「何を綺麗事を。余に優しさ? あまりの綺麗事に吐き気がする。夢を見るのはいいがそれ相応の現実も見ねばいかんぞ?」


「……そうだな」


 彼女の言う通りだ。本当な彼女に優しさなんてないかも知れないし、アルの言っている言葉は綺麗事に過ぎない。故に相応の現実も見なくては生きて消えない。

 優しさなんて微塵もないという現実を。


「俺を殺さないのもアリシアが抗っているからで、本来の君ならとっくに俺は死んでたかも知れない。でも俺は諦めたくなんてない」


「言っても分からぬ奴だな。ならその身で体験してみるがいい」


 すると彼女は人差し指をアルに向けたかと思いきや、そこから漆黒の雷が放たれてアルの肩を貫いた。そこから大量の血が溢れては激痛が迸る。

 ――痛い。凄く痛い。けれど奥歯を噛みしめて表情を歪めると必死に耐えて見せた。


「アリシアさえいなくなれば余は貴様なんぞ刹那で殺せる。――あまり余を舐めるな」


「そう、だな……」


 彼女の鋭い眼光がアルを捉えた。瞬間、一歩も動けなくなるような圧力を受けてアルはその場で硬直した。

 けど、そんな程度で止まって何かられない。

 瞳が光る。同時に赤いペチュニアの花弁が舞いあがった。


「なら俺からも言わせてもらう。――人の覚悟を、舐めるな!」


 そうして彼女の肩をしっかりと掴んでは思いっきり頭を振りかぶり、撃ち出しては全力の頭突きを繰り出した。真正面から食らった彼女は少し仰け反ってはすぐに態勢を持ち直してアルを見る。対してアルは反動に怯みながらも不格好な姿勢で彼女を見つめた。


「俺はまだ君の憎悪を完全に理解出来てない。だから「俺も」だとか「分かる」とか、そんな言葉は簡単に使えないし、俺の言葉は届かないって事も理解してる。だから――――」


 アルの抱いた殺意や憎悪は精々奴らを根絶やしにしたいって思った程度だ。彼女と比べてしまえば天地以上の差が生まれてしまう程だろう。だからこそ彼女の事を理解する日なんて絶対に来ない。アルの言葉が届く日なんて、絶対に来ない。

 けれど届かないからこそ諦めきれないのではないか。


「――だから、俺に任せてほしい」


「は?」


「俺がどんな手を使ってでもその憎悪を振り払って見せる。だから俺に任せてほしいんだ」


 我ながら言っていて恥ずかしくなる。だってそんなの絶対に不可能な事なのだから。

 相手の事を理解してないクセにずかずか踏み込んでは任せてくれの一点張り。そんなの、文字通りの反吐が出るくらいの綺麗事だろう。

 だからこそ彼女は当然の反応をする。


「任せてほしいだと……?」


「ああ」


「ふざ、けるなッ!」


 するとそう叫んだ瞬間から今まで以上の圧力がかけられる。真意を使用していたとしても動けなくなるくらいの。

 やがて思いっきり睨み付けると彼女は叫ぶ。


「貴様如きが余の憎悪を払うだと? そんな程度で払えるのなら余は存在していない!! 何も出来ないクセに綺麗事を並べるな!!!」


 これ以上にない正論。全く以ってその通りだ。彼女の言っている事は全て正しくて、アルの言っている事は全てが破綻している。確かに、アルの力で憎悪が振り払えるのならアリシアは世界を崩壊なんてさせなかっただろう。そんな程度の憎悪なら必ず誰かに救われてるはずだから。

 本来なら何も言い返せない言葉だ。でも、アルはそこで言い返す。


「確かに綺麗事に過ぎない。何も出来ないクセして高望みするし、救うんだって叫びながら誰も救えない。俺はそんな最低の偽善者だよ。でも、綺麗事は理想だ。――理想を貫いてこそ、人は英雄と呼ばれる」


「英雄だと? 英雄なんて所詮は偽善者の高望みにしか過ぎない! 貴様如きが余の憎悪を振り払うなど、勘違いも甚だしい!! 反吐が出る!!!」


 世界を破壊させる程の憎悪。そんな物をアル程度の雑魚が振り払おうなんて、偽善もいい所だろう。ほんと、自分で言っておいて反吐が出る。

 だけど理想と貫くからこそ英雄は生まれる。なら、アルは偽善者と言われようと、綺麗事だと一蹴されようと、絶対に諦める訳にはいかない。

 だって、


「貴様如きに何が出来る! 何故そうまでして死に急ぐ!」


「――英雄になる事だけが、今ここに生きる理由だからだ」


 真正面からそう言うと彼女は目を皿にしてアルを見つめた。そりゃ、ここまで滑稽な偽善者はそうそういないだろう。だからこそ彼女はある意味で驚愕していた。

 やがて彼女は静かになるとついに決断する。


「……そうか。よく分かった。貴様は救いようのない偽善者だという事を。そして――――余の敵だという事が」


「――――っ」


「契約主だろうと何だろうと関係ない。邪魔をするのなら殺すまでだ」


 殺意。彼女の瞳に宿っている物はただそれだけだった。自身の目標を邪魔するのなら誰であろうと殺す。そんな覚悟が伝わって来る。

 それに契約の話だってここまで強くなれば全て黒魔術でどうにかなってしまうのだろう。多分、アリシアの抵抗も効力を失くして来た頃だ。


「せめて、理想を抱きながら死ぬといい」


「――そういう所だよ」


 やがて神器は高速で振り下ろされた。決して一度も止まる事はなく。――だからこそアルは鞘から神器を解き放つとその攻撃を受け流した。そんな事するだなんて思ってなかったのだろう。彼女は攻撃を受け流されると驚愕しては目を皿にして怯んだ。

 だからこそアルは真意を発動させて神器を投げ捨てるともう一度彼女の肩をしっかりと掴む。


 あの時にヘラスはアリシアがピンチだから背中を押して欲しいって言っていた。けれど現実は彼女が表面上に出て来た事によって窮地その物は脱する事が出来た。しかし、アリシアの人格は幽閉され彼女は世界を破壊すべく力を振るおうとしている。

 それを止める為の言葉はアルにはない。もちろん行動でも止める事なんて不可能だ。故に残った最後の武器は心だけ。


 この世界は志で何とかなるなんていうありきたりな軌跡は起ったりなんかしない。絶望的な状況を切り抜ける為にはそれに足る力が必要だし、仮に偶然が起ったとしてもその偶然には必ず合理的な理由がある。

 実際、アルだって今まで意志だけで乗り越えようとしていたことがあった。けれどそれらは必ず仲間や真意と言った物に救われ今に至っている。


「戻ってこい! アリシアッ!!」


 だからこそ彼女を相手にするという事は、絶対的に不可能という証明になる。アルなんかが何をやったとしても彼女には、アリシアには届かない。

 でも、届かないからこそ諦めきれない。


 ――今を燃やせ。


 流れ込んで来た言葉と共にもう一度頭突きを食らわせる。それもさっき以上の威力で。そのせいで脳震盪が起って気絶しそうになるけど、ぶっつけ本番で真意を発動して見せる。

 アルの魂から放たれた真意をアリシアの魂に接続すれば――――。


 流れ込む大量のノイズ。

 その量を処理しきれずに頭痛を発生させるけど、それでも構わずに真意を発動させ続けた。これからどうなるかなんて分からない。

 でもアルの出来る事なら、きっとなんだって出来るから。



    ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ふと目を覚ますと、アルは見知らぬ場所で寝転んでいた。目の前に映ったのは薄暗い洞窟の天井ではなく、美しく光る木漏れ日。そんなのおかしいと思い込んで置きあがると、アルはどうやら森の中で寝転んでいるみたいだった。

 転移でもしたのだろうか。そう思い込む。でも、一人の少女の声が聞こえてそんな憶測はあっさりと消えて行った。


「アリシアの声……?」


 その声の方角に導かれて歩き出す。

 服はこの世界に入る前のままだ。けれど服が綺麗になっている辺り、やっぱり現実世界ではなさそうだ。そんな事を確認しつつも前へ進むと目撃する。

 ――眩い笑顔で男の子と会話する、アリシアの姿を。

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