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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章58 『色褪せる現実』

「アルはどこだ!?」


「無駄よ。もうテレポートされた」


 アルと偽アリシアが消えた直後、クリフは彼を必死になって探すのだけど、アリスから叩きつけられた現実によってその足を止めた。

 ほんの一瞬の攻防。それだけなのに偽アリシアを逃す事になるだなんて。

 悔しさに奥歯を噛みしめながらも音が出るくらいに拳を握りしめる。その悔しさをジルスが共感してくれた。


「クソッ。もっと早く動けてれば……」


「気持ちは分かる。目の前にいた訳だからな。だが、もう過ぎちまった事はいくら悔やんでも仕方ない。今は次の行動を考えようぜ」


「……そうだな。ありがと」


「良いって事よ」


 何度か背中を叩いて後押ししてくれる。

 そうだ。逃げられてしまった今、考えるべきなのは“どうすればよかったか”じゃなくて“どうするべきか”。だからこそクリフは必死になって考え始める。


「テレポートで逃げたって事は近くにはいないはずだ。多分もう遠い所に逃げたんだろ。それが黒魔術って物なんだから」


「その線で間違いないでしょうね。どうして全てを壊したいーとか殺したいとか言っていた挙句にアルを連れ去ったのかは謎だけど」


 みんなはアリスの言葉に同調して頷いては考え始めた。けれど当然の疑問だ。あの強さなら殺すのは瞬き程度と同じ等級のはず。なのにどうして殺しもせずにアルを抱えて逃げ去ったのか。

 するとクロードは一番嫌な展開を考え着く。


「まさか離れた所で殺す気か? こう、じっくり甚振ってとか……」


「あの性格ならやりかねないな。言いたくないが、ああいう性格のヤツは相手の反応を見て楽しみながら殺すのが多いし」


 確かにやりかねない。ゆっくり殺すのが狙いならクリフ達から離れた事にも説明が付くし。けれど違う理由だけがクリフの胸を突いていた。

 アルが言っていたじゃないか。アリシアの身を案じたって。

 ならその可能性だってあるんじゃないのか。


「……違う」


「違うって、何が?」


 そう言うとクリフは全員の視線を集めた。

 こればっかりは彼女の感情を全て理解出来ている訳じゃないから下手な憶測でしかない。でも、もし下手な憶測が当たっていたなら。


「オレはアルを信じてる。だから、アルが信じるアリシアの事も信じてる。――だから絶対に大丈夫だ。あのアリシアにも優しさが宿ってるはずだから」


「……確証はあるのか」


「ない。ただそう信じるだけだ」


 すると確証も何もない言葉に全員は黙り込んだ。そりゃそんな事を言われればそんな反応にもなるだろう。だって根も葉もないのだから。

 けれどアルの言っていた通り、アリシアは絶対に諦めたりなんかしない。今もまだ抗っているはずだ。


「だがみんなも見たはずだ。アルが割って入った瞬間に動きが止まった所を。それがアリシアが抗ってる証拠……だと思う」


 言っていく内に自信を失くしていく。所詮はそうだと信じたいだけであって現実は違うかも知れないのだから。

 でもみんなはその説得を呑んでくれて。


「……そうだな。俺もその線を信じる」


「クロード?」


「だってアル坊が心から信頼する相手なんだろ? なら大丈夫だって。きっと今も何処かで抗ってる。だからこそ俺達が出来る事は二人を追う事。そうだろ」


 クロードの言葉にジルスも納得する。続いてアリスやノエルも。

 目的は当初とは大幅に変更されてしまった。それでもやらなきゃいけない。だって、アルもアリシアも大切な仲間なんだから。

 やがてジルスは少しだけ考えるとアリスに問いかけた。


「なぁ、第四層を全体的に索敵する事って出来るか?」


「この洞窟から出れば可能だと思うわ。あの強さならオーラを隠そうとしてもクリフ並の反応が出てるはず。そこ辿って行けば行けるはずよ」


 さり気なく手を抜いてもクリフと同じ強さと言われて背筋が軽く凍り付くけど、気を入れ直して話をよく聞く。

 けれどその通りだ。彼女にとって普通の斬撃がクリフの全力を打ち破ったのは何よりも変わらない揺るぎない事実。だからこそアリスの説明に納得した。


「第五層に進むつもりだったが仕方ねぇか。今は二人を助ける事を最優先だな」


「ったりめぇだ。行くぞ!」


 クロードの言葉にそう返しながらもクリフは即行で出口に向かって足を向けた。今は何よりも二人を助けなきゃいけない。だって、この《深淵の洞窟》の最深部を誰よりも望んでいるのはあの二人だから。

 仮にもう一度出会ったとしてどうなるかなんてわからない。殺意が変わっていないのなら全員で襲いかかっても絶対に勝てないだろう。それでも二人の元に辿り着けるのなら構わない。まだ彼女に優しさが宿っている可能性だってあるかも知れないのだから。


 そう思っていたのだけど、そんな予想を不安にさせる様な出来事が全員を襲った。突如起きた巨大な地震。今までに起った物の比じゃなくて、ようやく階段に辿り着いたクリフ達は一斉に足を滑らせる。


「なんだ!?」


「地震だ、これ崩れるぞ!」


「みんな掴まって!!」


 するとアリスが鋭くそう叫ぶから全員で伸ばされた手に掴った。直後に通路は崩壊。天井は無数に亀裂を走らせながらも岩となって落下して来ていた。それを全て押しのけるとアリスは神器解放で無理やり地上への穴を作る。

 だから浮遊しては思いっきり体を地表へと撃ち出した。それもあまりの速度に木々なんて余裕で飛び越えるくらいに。


 でも、次に視界に映った物を見て驚愕する事となる。


「は――――?」


「何だ、あれ」


 きっとキャンプから見ているライゼ達も同じ反応をしているだろう。

 だって、第四層の真ん中辺りにある大きなくぼみから一人の巨人が地面を突き破って出て来そうになっていたのだから。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「巨人……!?」


 偽アリシアに抱えられながらも地中から突き破って来た巨人を見つめた。それも全身が真っ白で見ているだけでも気持ち悪くなるような見た目の。

 彼女は巨人が現れるのが分かっていたかのような反応をする。


「ほぉ、あれが例の巨人か」


「知ってるのか?」


「知ってるも何も、あれだけデカい気配を漂わせておれば嫌でも理解出来る」


 そう言えばあまりにも反応がデカくて小さい物の探知が出来ないってアリシアも言っていたっけ。それ程なまでに巨大な相手なんだ。

 今の彼女なら勝てるだろうか。いや、勝てると信じたい。だってアルの予想通りなら彼女は本当に世界を滅ぼす程の力を手に入れているのだから。そう考えていたのに彼女は巨人から離れてどこか遠くの所へ行ってしまう。


「ちょっ、どこ行くんだ!?」


「黙っていろ」


 それ以降は何を問いかけても一言も答えずに地上へと降り立った。分かっていたのか偶然か。彼女は着地した先に中くらいの洞窟を見付けるとそこに入り込んだ。洞窟と言ってもちょっとした横穴みたいな感じなのだけど。

 やがてアルを洞窟の奥底に叩きつけると彼女はアルを見下ろしつつも言った。


「そこでじっとしていろ」


「待って待って! 待ってってば!!」


 けれどアルは彼女の言う事は聞かずに飛んで行こうとする彼女のローブを掴んで引き戻した。聞きたい事は山ほどある。不可解な事も。

 でも何よりも気になっていた事を真っ先に質問した。


「……何で、俺をここに連れて来た。殺す気なんじゃないのか」


 話し合いをしたいと言うのなら十分に理解出来る。けれど今の彼女にそんな事をするような気配はなさそうだし、むしろ全力で殺して来そうな勢いだ。なのに彼女は何もせずにここを去ろうとしている。その理由を知りたかった。

 少しの間だけ静寂が流れ込むと彼女はその理由を喋り出す。でも、その内容は想像よりも斜め上の物で。


「……分からぬ」


「え?」


「余にも、何がしたいのか分からぬのだ」


 嘘じゃない。それだけは一番最初に分かった。

 どうして今になってそんな迷いの中にいるのか。そんなのたった一つしかない。――まだ抗っているんだ。意識の底で、誰もかもを死なせない為に。

 彼女は掌を見つめると思い出に浸るかのような声で話し始めた。


「余は憎悪の集合体。今も尚破壊衝動が尽きぬ。……なのに、お前を殺そうとした瞬間、途轍もない迷いに襲われた。殺したいはずなのに殺したくない。こんな感覚、初めてだ」


「…………」


 ただアリシアが抗っているだけじゃない。彼女は言わば“別離された感情”だ。そしてアリシアは“別離された記憶”。それらが一つに重なるって事は、本来のアリシアが生まれるって事なのではないか。確かに彼女の憎しみは途轍もなくて、それがかつてのアリシアが大罪に成り得る存在なんだって確証をくれる。

 でも、そこだけじゃない気がする。

 もっと他の何かが関わって来ている気がするのだ。


「壊したい。壊して壊して壊し尽くしたい。でも、妙な感情がそれをさせてくれない。この感情は、一体なんなのだ?」


 自分にとって自己矛盾と言っても過言じゃないだろう。破壊衝動のみが自己の存在理由なのに、それをさせてくれない何かがそこにあるのだから。

 だからこそアルは言う。


「それは――――優しさだと思う」


「なに?」


「アリシアは優しい人だ。例え憎しみだけで世界を崩壊させたとしても。だから、君が“別離された感情”だって言うのなら、その中には優しさも宿っているはずだ」


 すると彼女は目を丸くして驚いた様な表情を浮かべる。

 当然だろう。ある意味じゃ自分の存在を否定されたような物なのだから。やがて彼女はアルを睨み付けると当然の考えを投げつけて来る。


「ふざけるな。余は憎悪だけが残った姿だ。優しさなど期待しても――――」


「じゃあ何であの時に彼女の為だって言ったんだ」


「そ、それは……」


「いずれ辿る結果だとしても、彼女には辛いだろうからな。その言葉は無意識に出た言葉なんだろ? ならそれはアリシアを想ってるのと同意味だ」


 言う度に彼女の眉間へしわが寄って行く。彼女にとってこれまでに辛い事はないはずだ。

 ……だからだろう。急に反発したのは。


「だから――――」


「――黙れッ!!」


 そう言った瞬間に彼女はアルを黙らせようと手を振った。それだけでも発生した暴風はアルを吹き飛ばして壁に叩きつける。衝撃で吐血するくらいに。

 額を押さえると苦しそうな表情をしながらも俯く。自己矛盾を抱えるって事は、自分の存在が見えなくなってきているって事の証明だから。


 だからこそアルは動き始める。

 本当の彼女を取り戻す為に。

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