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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章55 『白黒』

 心臓が再生する。一度死んだ体は復活し、意識ももう一度宿って行った。その証拠として全身に黒い紋様が刻まれては“彼女”に存在を呑まれる。

 やがて全身を黒い霧が包むとルシエラもその異変に気づいて見下ろした。


「……?」


 魔物なら死んだ瞬間から消滅していく。それは黒魔術の効力が切れたからだ。そしてその一部が小石となってその場に残る。

 でもアリシアは神霊で魔物じゃない。だからこそルシエラは疑問を抱いた。

 黒い霧は全身を包んで今までのダメージや疲労を回復させていく。それこそがアリシアの全力。己すらも捨てる事で効果を発揮する、諸刃の剣。


 瞬間、黒い霧から飛んで来た一閃がルシエラの脇腹を掠っては胴体の八割を消滅させた。まだ心象世界だから死んでも復活する事は出来る物の、思いっきり驚愕しながらもその霧を睨み付ける。


「なにっ!?」


 そりゃそうだろう。一回は心臓を貫き完全に殺した相手がこうして攻撃を仕掛けて来たのだから。するとルシエラは全力で警戒しながらもアリシアを見つめた。……まぁ、もうアリシアではないのだけど。

 黒い霧は空中で停止すると渦を巻いては次第と晴れていく。やがて霧の中から出て来た姿を見て驚愕する。


「うむ。あの時から体は全く変わってない様だな」


 そう言って手を握っては腕を伸ばしたりする。

 腰まで届く銀髪とサイドポニーは変わらずに残り、顔には左右対称に紋様が刻まれ瞳は真紅に染まり、瞳孔は縦長く獣の様になる。更には邪竜の翼と尻尾も完全に生え、体の所々には漆黒の鱗も生み出されていた。まさに邪竜の化身と呼べるような姿。

 何よりも大きな変化が訪れたのはそのオーラで。


「ちょっ、そのオーラ!?」


「うむ、これか? それ」


 呟きながらも軽く手を払うとそれだけで暴風を発生させる。オーラとは強さの証。つまりルシエラがド肝を抜く程のオーラって事は、彼よりも遥かに強いって事だ。だからこそルシエラは驚愕の表情を隠さずに見せ続ける。

 やがて彼女は準備運動(攻撃)を終えると背中を伸ばして言った。


「さてさて。貴様がアリシアを追い詰めていた張本人だな?」


「ど、どうやら人格が変わったみたいですね……」


「察しが良いのだな。その通りだ」


 次に彼女は周囲を見渡して現状を把握する。今がどんな状況で、何があったのかを。……普通ならこんな地獄の様な世界を見れば恐怖するだろう。でも彼女は変り果てた世界を見てもここがどんな世界なのかを一瞬で見抜いた。


「なるほど、ここは心象世界か。つまり貴様がアリシアをここに閉じ込めて一度は完全に殺したと」


「それであってますよ」


「そうかそうか。なら――――」


 すると彼女は通常のテレポートじゃ届かない距離を瞬間移動してルシエラの目の前に現れる。それから狂気的な笑みを見せるとハッキリとした口調で言った。それもルシエラが心の底から恐怖を呼び覚ますような事を。


「余を楽しませろ」


「っ!?」


 左拳で思いっきり殴る。それだけでもルシエラを殺して溶けた地面へと叩きつけた。拳で一回。地面に激突した衝撃で一回。体を包むマグマで一回。

 一度の攻撃だけでも三回ルシエラを殺して見せた。

 やがて彼は起き上がって高速で突っ込んでは刀を振り下ろす。でも、それを神器ではなく指先だけで受け止めた。


「は!?」


「確か心象世界では真意さえ発動させれば死んでも蘇るのだったな。なら、余のお遊びに付き合って貰おうか」


「……お手柔らかに」


 すると指先の力だけで刀を粉々に破壊する。直後に蹴りを入れて遥か上空へ撃ち出すと軽い弾幕を幾つも発射する。それも触れただけで死ぬような威力の弾幕を。

 だからこそルシエラは弾幕に体中を撃ちぬかれて何度も死んでは何度も蘇った。


 数百もの鎖を伸ばして身動きを止めたって意味はない。例え捕まったとしてもいつでも脱出できるのだから。そんな事を見通せる余裕なんて微塵もないルシエラは全力で業火の槍を投げつける。それも太陽よりも遥かに熱い槍を。それも、一息するだけで完全に無効化出来てしまうのだけど。

 その光景を見てルシエラは信じられないかのような表情をする。


「一息しただけで、槍を……!?」


「余は世界を根っこから破壊出来る程の強さだぞ? こんな程度で傷つく訳がなかろう。あぁ~、やっぱり圧倒的な差を見せつけるのは楽しい物だな!」


「狂ってる……」


「貴様に言われたくない」


 そう言ってアリシアなら呑まれない程度の全力じゃなきゃ出せない鎖を少しの力で破壊する。結構自信のある拘束技だったのだろう。鎖を破壊された瞬間から驚愕の色を顔に浮かべる。

 狂ってる事は認める。アリシアからも同じ様な反応をされてたわけだし。でも自分以外から狂ってると言われるのは何か嫌な物があった。だからこそ神器を振り上げると天から光を降り下ろした。


 落下してくる光の柱は地面にぶつかるなり大爆発を引き起こす。それに当たれば触れた個所が溶けては再生できない程のダメージを負う。だからこそルシエラは驚愕しながらも即座に回避行動に専念した。

 しかし追い打ちをするかのように彼女は飛ぶ斬撃を放つとルシエラの体を真っ二つに切り裂いた。


「まだ、まだだ! まだまだ壊したりないぞ!!」


 そう言って彼女は感情の赴くままに全てを破壊する。ルシエラ以外の全て。もちろんこの心象世界も、現実世界すらも破壊しようとする。

 故に“アリシア”は動き出す。


「おっと。体が……」


 彼女の体が一時的に動かなくなった。その原因はたった一つ。既に意識の底に幽閉されたはずのアリシアが全力で抵抗しているからだ。それも、真意を使って直接魂に接続しながら。

 しかしそんな抵抗なんて意味はないと言わんばかりにまた体を動かすとさっきと同じ様に攻撃を始めた。



    ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「させない!」


 真っ暗な意識の中で、アリシアは必死にもがいては手を伸ばし続けた。今にも消えてしまいそうな弱々しい光へと。

 そんな風に抗っていれば当然アリシアを呑み込もうと意識の底へと引きずり込もうとして来る。けれど今だけはどうしても呑まれる訳にはいかなかった。だって、ここで呑まれてしまえば彼女は絶対に世界を破壊し尽くすから。


 ――ぐっ。また……。何故だ。何故そこまでして止めようとする。今のお前に必要なのは力じゃないのか?


 既に肉体の制御は彼女の元にある。だからこそアリシアが干渉できるはずがないのだけど、それでも真意を使って嫌でも干渉し続けた。現実世界を破壊なんてさせないから。

 でも、現実はそう思い通りにはいかない。


「確かに今の私には力が必要になってる。でも、だからって世界を破壊するなんてさせない!!」


 ――どうやらまだ自分の事が理解出来ぬようだな。


 するとまた大量の感情が流れ込んで来る。殺意にも似た憎悪が。

 けどそれを受けたからって諦められない。確かにその憎悪や嫉妬は本物だし、彼女のいう事は正しい。でも間違っていた事だって一つだけ存在する。彼女は記憶がないからこそそれに気づけていないだけなのだ。

 だからこそ抗い続ける。真意を使って。


「理解してないのはあなたの方! 私から隔離された存在なら少しくらいは分かるでしょ!?」


 ――余に存在するのは怒りや憎しみといった感情だけだ。誰が理解など出来る。


「は!?」


 ――言葉で説明されても分からぬのなら体験してみるがいい。その魂で。


 そう言うと真っ暗な世界で白い花弁が舞いあがった。その瞬間に背筋が凍る。

 新たな生命として別れたのなら真意は別々に宿るだろう。でも、彼女はアリシアの意識から別離し、アリシアの魂の中で成長したもう一つの人格だ。だからこそ使う真意は同じであって――――。

 身体に途轍もない重力が乗せられる。


 引きずり込まれる。そう理解するからこそ真意を使って抵抗するのだけど、憎悪を元にした真意発動も十分な程に強い意志となりうる。だからアリシアは簡単に意識の底に引きずり込まれてしまう。

 果てしない憎悪の中へと。


 ――それこそが、本当のお前だ。



    ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 身体は完全に動く。だからこそ彼女はルシエラに刃を振り下ろした。それも同じ神器級の武器であっても真正面から叩き折れる程の威力で。

 アリシアの意識は完全に幽閉した。これで戻ってくることはないだろう。自分からアリシアを解放しない限りは。


「さて、そろそろ幕引きとしようか。この怒りを受け取ってもらうぞ」


「……いいでしょう。私だって、諦めきれないんですから」


 するとルシエラは右手を振り上げ左手でしっかりと固定する。そこから現れたのは不思議な物質。それを一点に収束させてはあり得ない程に凝縮しては威力を格段に強化していった。

 要するにこれで止めを刺そうって事なのだろう。


「なるほど。一つの星を作り爆発させようとしているのか。恒星が重力崩壊を起こす事によって生まれる超爆発――――ハイパーノヴァで余を葬ろうと」


「なんでそこまで知ってるんですかね……!」


「知識には詳しい方でな」


 本来ハイパーノヴァと言うのは星が一生を終える時に訪れる爆発の事だ。その衝撃波は計算なんて出来ない程の威力だろう。流石に世界を破壊させる程の力があるとはいえそれを真正面から食らえば無事ですまないのは確定的。

 何もかもが思い通りになる心象世界だからこそ出来る荒業だ。


「しかしそれを起こせばいくら心象世界といえど崩壊しかねないぞ。それに下手をすればブラックホールも生成しかねない。そうなればお前の夢の叶わないのではないか」


「これで倒せるのなら本望!」


「なるほど。覚悟か」


 これが大罪の全力。現実世界から隔離されているとはいえ恐ろしい力だ。まぁ、人の事は言えないのだけど。

 ただで傷を受ける気は断じてない。だから、彼女も対抗手段として黒魔術を展開する。

 星の終焉に耐えられる物なんてないだろう。同じもの以外は。


「では余の怒りを受けるがいい。――その身で愚かさを知れ」


 背後に展開された巨大で大量の魔方陣。それを見てルシエラは瞳に驚愕の色を浮かべた。

 黒魔術とは世界に干渉する事が出来る代物だ。ある者は世界を変え、ある者は世界を滅ぼし、ある者は時間を操り、ある者は次元を超越した。それこそが黒魔術の本質。

 決して心象世界を引きずり出す程度では片付けられない技だ。


 やがてルシエラの放ったハイパーノヴァは全てを巻き込みつつも彼女へ迫った。当然回避したってもう無傷じゃ避けられない。

 でもそれは普通の黒魔術なら、という条件下に限る。

 つまりアリシアが全力を出したって到底届かない黒魔術なら回避できるという訳だ。だからこそ彼女は神器を振り下ろした。迫って来ているハイパーノヴァに向かって。



 瞬間、その刃は時間すらも切り裂いて未来に干渉して見せた


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