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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第一章 願いの欠片
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第一章12 『積もる話』

「で、あの後は国の騎士団とかが討伐隊を組んで魔獣を一掃するんだそうだ」


「そうか」


 朝。アルとライザとジンの三人で集まっては話し合っていた。パンを齧りながらも話を聞いていると大罪教徒の話題へと入り、それを合図にアルの意識は一気にその話題へと引き込まれた。

 そしてライザは一枚の紙切れを前に出すと真剣な眼差しで二人を見る。


「それで、二人にちょっとだけ依頼があるらしいんだ」


「依頼?」


 そうして二人で覗き込む。そこには【魔獣退治の同行依頼】と書いてあった。恐らく戦闘跡を遠くから見ていた人がギルドに伝えて二人の強さを見計らったのだろう。まぁ、あの戦闘の十割は彼女によって凌げた物なのだけど。

 互いに顔を合わせると少しだけ考えた。


「俺は別にいいけど、ジ……どうする?」


「私も別にいいですけど……」


 ジンの名前で呼びそうになった瞬間に威圧がアルだけに向けられた。そんな器用な威圧の仕方に驚きながらも彼女が頷くのを見て意向を固めた。

 するとライゼはホッと一息ついて事情を説明し始める。


「よかった。依頼者直々の指名は結構報酬がよかったりするし、ランクも上がったりするから一石二鳥なんだよ」


「え、そうなのか?」


「そうそう。色々と良い事尽くしなんだ」


 見てみると依頼難易度も上がっている様で、それで依頼者がどれだけ二人の強さを見込んでいるのかが見て取れる。

 けど、アルが気になったのは実行日時で。


「ちなみにこれ、いつ行われるんだ?」


「三日後だな」


「三日後!? そんなにかかるのか!?」


「冒険者ならそんなに時間もかからない。でも動くのは騎士団なんだ。だからちゃんとした討伐隊の編成や武器を準備する為に時間が要るらしい」


「そ、そうか……」


 考えてみればそりゃそうだ。冒険者なら依頼書を出すだけで済むだろう。でも、騎士団を動かすのなら最大限の準備に時間が掛かるのは当たり前か。

 しかしそんな時間を使っている間に奴らが何をしでかすか分かった物じゃない。街に攻め込むだなんて馬鹿な真似だけはしないと思うけど、魔獣や魔物を使役している辺り自らではなく魔獣たちで奇襲を仕掛けて来る事もありえるかもしれないのに。

 そうしてライゼは立ち上がると最後にもう一度二人に質問した。


「それで、俺達はこれから森には近づかないくらいの依頼を受けるつもりだけど、どうする?」


「俺達も同行するよ。じっとしてるっていうのは性に合わないし」


「ですね」


 アルの言葉に彼女も立ち上がる。三日もじっとしてるのなんて到底無理な事だし、むしろ外で体を動かしていないと満足できない体になっている。これも外で走れる嬉しさが続いてるせいなのだろうけど。

 するとライゼは表情を緩ませて軽く頭を下げた。


「すまない、助かる」


「いいよ別に。俺がただやりたいだけなんだし」


 これはただ自分がやりたいからやっているに過ぎない。善意とかそう言うのは全く関係なしに。それがアルの奥底から出た行動原理だから。

 彼女もアルの言葉に賛同してくれるようで頷いていた。

 ライゼは二人の言葉に甘えると早速受ける予定の依頼書を目の前に出して堂々と宣言した。


「じゃあ、これを頼む!」


「……薬草採取?」



 ――――――――――



「てっきりライゼ達みたいな冒険者は討伐依頼ばっかり受けてるかと思ったな~」


「そりゃ、薬草採取は冒険者の中じゃ基本中の基本みたいですし、大抵危険じゃない所に自生してたりするので手が付けやすいんですよ」


「あ、そうなんだ」


 依頼を受けた後、ライゼ一行とは離れ二組で薬草を取りに行く事となった。どうやら受けた依頼では薬の為に多くの薬草が必要らしく、手間がかかる代わりに報酬はそれなりに高いらしい。その為ライゼ、ウルクス、フィゼリアとアル、ジン(仮名)で別れる結果となった。

 まぁ、彼女とはまだまだ話したい事が多いからこの展開は持って来いだけど。

 薬草を入れるようのカゴを背負い揺らしながらも問いかけた。


「……なぁ、たまには歩いたらどうだ? 人目がない時は大抵そうやって浮いてるけど」


 彼女は人目がない時に限っていつも浮いては楽そうに移動している。正直かなり羨ましい能力だと思うけど、「せっかくなら歩けばいいのに」と度々思ってしまうのだ。それも部屋にいる時でさえ浮いてるし。

 すると腕を組み人差し指を振りながらも答えた。


「歩くより浮く方が楽なんですよ。神霊ですから「歩かなきゃ足が弱くなる~」とかもないですし」


「ああ、そうなの……」


 そりゃ浮きたくもなるはずだ。アルだって普通の人生を辿ってこの世界へ転生していれば普通に彼女の能力が羨ましくなるだろう。歩かなくても足が弱くならないのは本当に羨ましい。歩かなきゃどうなるかは前世で散々思い知らされたから。

 目的地を目指しながらも道中の時間を質問と返答の応酬で埋めていく。


「アル」


「どうした?」


「前に何度か聞こうとしていた事、聞いてもいいですか」


 彼女から問いかけて来たと思えばそんな事を言われ、今一度過去に自分が何を聞こうとしたのかを思い出す。そうか。聞こうとした二回とも何かしらの邪魔が入ってそれどころじゃなくなったっけ。

 だから彼女の質問通りアルは聞こうとした事を今一度問いかけた。


「……封印された理由っていうのが聞きたかったんだ」


「…………」


 その直後に二人の間で少しだけ静寂が流れ込む。

 始めて出会って色々と説明された時、彼女は自分が「神器に封印された存在」と言っていた。はぐらかしてしまう辺り何かしらの事情があるのだろうけど、アルはどうしてもその部分を聞きたかった。アルは彼女を救いたいと心から思っているから。

 まだ信頼されていない分隠される事は多いはず。それでも話し出してくれる。


「……アルと似たような物です。全てを救おうとしただけ。崩壊したという結果が違うだけで、私達は似てるんです」


「そっか」


 詳しくは語られなかった。でも彼女の瞳や言葉が教えてくれる。その過去にどれだけ残酷な結果が待ち受けていて、過酷な運命を辿ったのかが。

 ……救えるだろうか。そんな疑惑が脳裏をよぎる。

 確かにアルは英雄で“ありたい”事を願った。その願いが彼女と似てるから契約し、そして今に至る。でも言ってしまえばあの時の願いは咄嗟に出した言葉に過ぎない。あの瞬間に決めた仮初の覚悟。


 今となっては“身から出た錆”にも近いあの言葉はアルを縛り付ける。誰も救えないけど英雄になるんだって自己矛盾を離せないまま。

 だからこそそんな自分に救えるのだろうかと疑惑がよぎってしまう。

 未だ現実を否定しまうような自分に。


「似てる、か」


 崩壊したと言う結果が違うだけで、アルと彼女は似ている。その言葉だけで何が起こったのかはたいてい予測は出来る。森にいた冒険者を助ける時に言われた言葉を掛け合わせる事で更に確信を得た。

 救おうと望み過ぎて全てが崩壊するという言葉で――――。


 ――英雄になりたがってた。つまり彼女は英雄に憧れて全てを救うとした結果、全てを救えずに崩壊したのか。でも、そんな俺と似た状態なのに剣に封印される程なのか……?


 だったらアルだって剣に封印されたっておかしくないはずだ。まだ隠している事も多いのだろうけど、でも、それはどっちもどっちでお相子とも言える。アルだって転生者という事実を隠して彼女の真実を知ろうとしているのだから。

 信頼を得る事は難しい。それも心に傷を負っている人なら尚。だからアルが彼女の過去を知る為にはまず信頼を勝ち取らなきゃいけない。

 その方法も分からないのだけど。


「……あ、アレかな」


 川沿いにそれっぽい草が生えているのを発見して駆け寄った。そこには依頼書と同じ形の草が生えていて、それを確認したアルはすぐに背後のカゴに出来るだけ多くの薬草を詰め込んで行く。

 すると隣で薬草を取る作業を手伝ってくれる彼女が呟いた。


「あの、アル」


「うん?」


「どうしてあの時、私の名前がない事にあれだけ共感したんですか」


「っ――――」


 その時動いていた腕がピクリと動かなくなる。

 予想自体は出来ていた。いつかこの質問が飛んでくる事になるだろうって。あれだけ共感していれば疑問に思うのも当然だろう。彼女にとってみれば名前があるのに同情しているように見えたはずだから。だからこそ気になったって不思議じゃない。

 何て言おう。その言葉が頭の中で渦を巻く。


「アルにはアルフォードっていう名前があるのに」


「…………」


 ここで真実を言ったって構わない。けどソレを今ここで言ったって彼女は信じないだろう。この世界で異界からの転生・転移の伝承はどこにも伝わってないはず。故に今のままじゃアルの話は信用されない。けどその真実を伝える為にはどうするべきか……。

 最善の答えを導き出す中で一つのヒントを見付ける。彼女の言葉を借りる形となってしまうけど、真実を伝える為にはこれが最善だから。


「一緒だよ。ただ境遇が似てるだけ」


「……真似しないでください」


「ごめん。でも、それ以外に伝える方法が見つからなかったんだ」


「そう、ですか」


 そう言うと彼女は結構あっさりとアルの言葉を受け入れてくれた。最初は突き放して来るかと思ったのだけど、彼女は結構人の心理とかを読むのが上手いのかもしれない。まあ、魔法を使わずとも気配で探知出来るらしいから当然と思ってしまうけど。

 今度はこっちから質問する。


「何でライゼ達から距離を取るんだ?」


「っ……!」


 すると今さっきのアルみたいに今度は彼女がピタリと動きを止めた。

 これは毎回思う事だ。初めて会った時から今日までライゼ達となるべく距離を取るし、一緒になって歩く時は必ずアルの陰に隠れる様に歩いている。だからそこまでする理由が気になっていた。

 以前に言っていた言葉から察するに人が苦手なだけかもしれない。でも、だったらアルだって常に距離を取ろうとしても不思議じゃないはずだ。まぁ、別の意味で距離は離されている訳だけども。


 彼女にとって願いや境遇が似ているアルは唯一の隠れ場所なのかも知れない。けど質問されてすぐにあの答えが出て来るって事は、“人その物”に対してその考えを抱いていてもおかしくないだろう。なのにどうしてアルだけは普通に嫌がらないのだろうか。

 その答えだけはしっかりと答えてくれて。


「……怖いんです」


「怖い?」


「またあの目で見られたらって思うとどうしても距離を離してしまって、だからいつもアルの陰に隠れちゃうんです」


 その気持ちもよく理解出来た。アルだって前世じゃ人の眼を気にしまくっては愛想笑いを振りまいていたのだから。

 何も出来ずに迷惑をかける事しか出来ない。だからこそ周囲の目が怖かった。きっと蔑まれてるんじゃないかって思えてしまって。


「……大丈夫だよ。今はみんながいるから」


「みんなが……」


「そう。今はみんなが、俺がいる。だから安心していいんだ」


 根拠も何もない言葉を伝える。でも、そんな仮初の言葉でも言われればどれだけ安心できるかをアルは知っていた。苦しみの中で与えられる優しい言葉はその時の救いになるから。

 すると彼女の口元が微かに緩む。

 そして、言った。


「ありがとう、ございます」

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