第一章11 『襲いかかる脅威』
「あの人の救助は私達に任せて下さい。三人は救援要請を」
「でも、ジンは……」
「大丈夫。必ず戻りますから」
心配し続けるライゼにそんな言葉を投げかけた。それに彼女にとっては一人の方が戦いやすいだろうし、わざわざ力を押さえる必要だってない。そっちの方が黒装束を相手にしやすそうだし。
その後も心配そうな視線を向けるライゼ達だったけど、最終的には彼女の言葉を信じて頷いた。すると即座に回れ右をして馬車へと向かう。
「……気を付けて。二人はもう、仲間なんだから」
「大丈夫だ。安心してくれ」
そう言って残ったライゼも馬車に乗り、すぐさま街の方へと向かって走り出した。きっと彼らだって一緒に来たかったはずだ。でも、数十匹の魔獣と何十人もの黒装束相手じゃ統率を崩されて壊滅しかねない。
三人が街へ戻って行くのを合図に森の中へ駆け込むと、人目が無くなった彼女は宙に浮いてアルの後を追った。それから向かいながらも忠告される。
「……私だって完璧な訳じゃない。一人で突っ込まないでくださいね!」
「そんな事しないって。一人じゃ何も出来ないって事は分かってるから」
「…………」
すると急に黙り込む。流石にちょっと重い言葉を軽く言い過ぎただろうか。
周囲からはさっきみたいに魔獣の視線が向けられ、そして獣臭に囲まれていく。木の上からも誰かに見られていて。
「そろそろだ!」
「ええ!」
獣臭を押しのけるくらいの焦げ臭い匂いで判断し、その中心へ全力でひた走る。やがて爆発の衝撃で開けた所へ出ると、その真ん中で冒険者が蹲っている所に刃を振りかざす黒装束を見て半ば勝手に飛び出した。
そして腰から黄金の剣を引き抜くと何の躊躇いもなく奴へ刃を振り下ろす。
「そこまでだッ!!!」
「あっ、それあまり全力で振ると――――」
彼女の警告も聞かずに全力で振り下ろすと、黒装束がギリギリで避けた所に刃が突き刺さる。……その瞬間、周囲の地面が盛り上がっては大いに抉れた。そんな事になるだなんて思いもしなかったからバランスを崩して崩壊する地面に呑まれそうになってしまう。
「えっ? ……えっ!?」
すると地面の中から何か嘴の様な何かが飛び出して来るからびっくりする。何も出来ずに落下していると飛行した彼女が襟を掴んでは冒険者も一緒に救出してくれた。
やがて怒号が飛んでくる。
「だから言ったじゃないですか!!」
「あ、あんな威力が出るとは思わ――――っ!?」
けれどここは敵地のど真ん中。背後から襲おうとした黒装束に気づいたアルは即座に刃を振るい、武器どころか体すらも引き裂いて臨戦態勢に入る。
すぐに立ち上がった彼女も同じ様にして敵を退け背中合わせで剣を構えた。
でもさっき抉った地面からは巨大な魔獣――――いや、魔物が出現しては鼓膜を破るかの勢いで咆哮した。
「なんだ、あれ」
「魔物……。あんな大きいのがこんな山で出現するなんてありえない」
今までアルが見て来た魔物よりも遥かに大きくて絶句する。だけど絶句していれば黒装束が刃を振りかざして来て、一瞬だけでも隙を見せていれば殺されるんだと自覚させられる。
そうして黒装束を相手にしていると蛇と鷹が合体した様な魔物が攻撃してくるし、ソレに気を取られていると黒装束が襲って来る。だからアルは次第と追い込まれていった。
「しょうがない。アル、少し耐えて下さい!」
「えっ!?」
「こいつらを全員吹き飛ばします!!」
そう言うと大きく飛び上がっては魔法を展開した。アルから彼女へ標的を映した黒装束は炎等の魔法や武器を投げつけるのだけど全て到達する前に消滅して効果が打ち消される。
その隙に襲われていた冒険者を抱えて離れると一気に魔法を解き放った。
「こんの―――――――――ッ!!」
巨大な爆発を一直線に絞る事で威力を増幅させ黒装束や魔獣、巨大な魔物さえも蹂躙した。その衝撃で大きく吹き飛ばされたアルは何とか着地するけどまだまだ問題は山積みで。
「――ジン、後ろだ!!」
「っ!!!」
さり気なく仮名で呼びながらもそう叫ぶと、背後から向かって来る大量の魔法の爆発に巻き込まれた。だから自動的に意識は彼女の方へ向くのだけど、アルの方にも敵は襲いかかって来ていて、咄嗟に反応しては体を浅く引き裂かれる。
――こいつらどれだけいるんだ!?
今の攻撃で少なくとも数十人は消し炭になったはずだ。なのにまだまだ増え続ける黒装束に驚愕する。魔獣も次々と現れては手におえない数まで増えていき、守ろうとした冒険者までも食い尽くそうと牙を剥いた。
だから必死になって剣を振り回すけど数は一行に減らなくて。
「しまっ!?」
黒装束の残す血溜りに足を滑らせてバランスを崩す。その瞬間に彼女が助けに入ってくれるのだけど、戦況はどんどん悪くなるばかりだった。敵の持つ武器もナイフから錫杖へと変わって行き、リーチの差を上手く突いてはアルを攻撃する。
彼女も力を開放して様々な魔法を使って敵を一掃していった。なのに数は減らずむしろ増えていくばかり。二人で倒した数ならそろそろ四十を上回ってもいいはずなのに。
冒険者としてなら中級辺りの強さなアルが渡り合える辺り、個人の戦闘能力はそこまで高くない様だ。でも圧倒的な数で囲んでは押し潰そうとして来る。それも彼女でさえ対処できない程に。
やがて本格的に追い詰められるとついに綻びを見せてしまう。
「っ!!」
敵の刃が肩に突き刺ささり血が噴き出す。それでも剣を振っては前方の敵を薙ぎ払い、肩に刺さっていた刀を引き抜いてまで武器にし全力で抗い続ける。
文字通りの異常だ。常に魔獣や大罪教徒が蔓延っている山ならここまでの激戦になってもおかしくないけど、ここはそれらは存在せず普通な野生動物達が穏やかに暮らす山だ。だからこそコレがどれだけおかしな事なのかと認識させられる。
――まずい、このままじゃ……!
昨日の様に命の危険を本能で感じ取る。このまま押されれば絶対に死ぬだろう。彼女は強さ的に見ても平気だろうけど、人間であるアルにとっては絶体絶命と同等。後何分持つかさえも分からない。
その証拠として敵からの攻撃を防ぎきれずにギリギリの距離で掠めては血が噴き出す。
「アル!!」
彼女が精一杯のカバーに入ってようやくまともに戦える程度。互いに背中を守りつつ戦う事でようやく戦線を維持出来て、アルが微かでも隙を見せたりバランスを崩せばすぐに崩壊するだろう。
そんなギリギリの戦いを繰り広げていた。
やがてついに“その時”が訪れてしまって。
「あ―――――」
足を滑らせた瞬間に前後に敵が回り込んで互いに刃を振るう。絶対に助からない。そう悟った。前方の敵を倒しても背後の敵を倒しても結果は変わらない。必ずどちらかがアルの体を突き刺すのだから。
……そう思っていた。
せめてもの反撃で背後の敵を攻撃した時、前方の敵は突如現れた人影によって深く切り裂かれた。その直後にも周囲の黒装束は一瞬にして切り裂かれては血を吹きだして倒れる。だから誰がやったのだろうかとその人影を確認した時、心から安堵の息が飛び出た。
鉛色の羽織に肩くらいまでの髪をポニーテールで縛った少女。フィゼルが助けに来たのだ。
でも助けを呼んだってまだ十分も経っていないはず。なのに何で……。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。フィゼリア、救援を呼んだんじゃ……?」
「あんな爆発出されれば誰だって駆けつけたくなります!!」
そう言って稲妻の如き速さで互いの背後に襲いかかろうとしていた黒装束を斬り伏せた。するとアルの背後に回って背中を守ってくれる。
「もうじき救援が来ます。それまで耐えてください」
「分かった」
形勢逆転、とまでは行かなくても立て直す時間をくれた事に感謝する。フィゼリアがいてくれるだけでも敵を捌く余裕が増えるし、その分次の攻撃に対応する事も可能になる。
と思っていたのだけど、フィゼリアの言葉を聞いた途端に敵の動きがピタリと止まった。
「……?」
「何だ、急に動きが……」
少しだけ制止した後に今がチャンスと思い地面を蹴ろうとすると、敵は魔獣と一緒に背中を向けて森の奥へと走っていった。それも周囲の草木に隠れていた仲間まで撤退を始め続々と姿を現しては森の奥へ駆け抜ける。
残されたのは骸となった黒装束だけ。だからこそどれだけ敵を倒したのかは黒装束の死体の数が教えてくれていた。
「これ、勝ったって事でいいのか……?」
「少なくとも周囲に敵はいないみたいですし、向こう側から撤退したって事はそう言う事でしょうね」
アルの問いかけの彼女が答える。フィゼリアの救援って言葉に撤退したのかフィゼリアが参戦した事で撤退したのかは分からない。ただ、一先ず窮地を乗り越える事が出来たのは確かだった。
だから疲れ切った体から力を抜いて尻餅を着く。
「し、死ぬかと思った……。フィゼリア、本当にありがとう」
「英雄を目指す者として当然な事をしたまでですよ」
するとフィゼリアは眩いばかりの笑顔をアルに向けた。でもアルはそんな笑顔を返す事は出来なくて、代わりに拳を合わせる事で感謝を伝える。
本当に一時はどうなるかと思った。きっとフィゼリアが助けに来なかったら今頃串刺しになってただろう。……なんか、誰かがいなきゃ死んでる事が妙に多い気がする。
立ち上がった後に周囲を見るとどれだけの戦いだったかを思い知らされる。
だって、普通の冒険者が戦った跡にしては明らかに常軌を逸していたのだから。
その後、駆けつけたライゼと救援によってようやく一息つけるようになった。疲れ切ったアルは馬車の中で横になっていたのだけど、彼女は何かが納得できない様な表情で山を睨んでいた。
二人は山であった事の報告でギルドへ寄る事を余儀なくされ、そこで何が起こったのか、誰がいたのかを一通り説明していた。魔獣が大量発生している事も。大罪教徒がその森で何かをしているという事も。
アルの命を狙っているという事は隠したまま。
「……よかったんですか?」
「よかったって、何が?」
「あそこで助けを請えば匿って貰えたかも知れないのに」
「ああ、そう言う事ね」
宿へ戻った後、明らかに距離を取られながらもそんな事を聞かれる。一応契約の仲なのに距離を突き放されてる事に罪悪感を感じながらも答えた。
「巻き込みたくなかったっていうのもあるし、これは俺の手で何とかしたいから。それにもう、誰にも傷ついてほしくない」
アルのせいでみんなを命の危険に巻き込んでしまった。だって、もしあの時に黒装束が撤退しなければフィゼリアでさえもアルみたいに傷ついていたかもしれない。だからそれが嫌だった。
自分のせいで誰かが傷つくのは、もう絶対に嫌だったのだ。
だからこそ自分の手で解決したい。それがどれだけ大きな問題なのかは知ってる。でも、もう誰にも傷ついてほしくはないから――――。
すると彼女は背を向けながらも呟いて。
「……ホント、私に似てますね」
「えっ? 今何て?」
「何でもないです」
聞き直そうとすると彼女ははぐらかして話を終わらせてしまう。
その後も何度か聞こえなかった言葉を言わせようとするのだけど、最終的にまた枕が弾丸の如き速度で投げられるので黙り込む。
ただ、直後に呟いた言葉に対してはアルどころか彼女すらも意識してなくて。
「……無視できないんだから」




