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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章44 『激動する事態』

「……アル、全然戻って来ないな」


「手洗いにしては少し遅くないか?」


 アルが手洗いで建物の外に出てから既に二十分が経過した。みんなはその間話し合いながらも戻って来るのを待っていたのだけど、あらかた話も終わり後はアルが戻って来てから説明する事のみになった。

 しかし全く戻らない所か戻る気配すらもない事を不思議に思ったみんなはざわざわし始める。

 でもアリシアにはその原因が分かっていて。


 ――きっと落ち込んでるんだ。あんな事言われればそうなるに決まってる。


 言った当人であるアリスも悪いと思っているのだろう。暗い表情をしては俯いたまま何かを考え続けていた。

 けれどあれはいつしか誰かが言わなきゃいけない事なのだ。言い方は悪いけど、アルには現実を見せてあげなきゃこの先でもっと辛い事が待っているはずだから。


「私、アルを探して来ます。そう遠くには行ってないはずなので」


「索敵魔術は使えないのか?」


「下の反応が強すぎて……」


「ああ、なるほど」


 そうして建物から飛び出してはアルの行きそうな所をしらみつぶしに探し始める。神秘の森では精霊術の結界のせいで使えなかったけど、今回はちゃんと使えるのに下の反応が大きすぎて使えないとは。

 アルが隠れるのなら普通に見つかる所にはいない。少なくとも建物の隙間にはいないだろう。いるとするなら薄暗い場所に一人隠れているはず。空を飛べばきっとすぐに見つかる。


 と思っていたのにどこにも見つからない。建物の陰にすらも。

 視界での確認が出来ないとなると残ったのは土の中とかになるのだけど……流石にそれはないと信じたい。っていうかモグラじゃないんだからそんな事はできないはずだ。


 ――アル、どこにいるの……?


 飛んでいると地上にいる人から注目の的になるけれど、それでも関係なしに飛行を続けた。どこかに必ずいるはずだから――――。

 そう、思っていた。

 けれどある所に人だまりがあるのを見付けて咄嗟に急降下を始める。


「これ……」


 そこにあったのは無残に撒き散らされた真っ赤な鮮血。第四層で魔物が沸くはずがない。だからこそ魔物の可能性は完全に打ち消される。次に攻略者同士の争いだけどそれもないだろう。ここにいる人は性格が悪くても喧嘩はしないはずだから。

 でもその中にある物を見付けてしまって確信する。それはアルがここにいたっていう証でもあって、異常事態が起こったって言う証でもあって。


「アルが大事にしてたペンダント……?」


 彼が両親に初めて作った、翡翠色の結晶が不器用に埋められたペンダント。それが血溜りの中に落っこちていて、アリシアは水魔法で軽く洗ってはそのペンダントを見つめる。

 死んでしまった両親との絆を結ぶ唯一の手段なはずだ。


 ――アルがこれを手放すだなんてあり得ない。神秘の森での戦闘でも絶対に手放さなかったのに。


 いつだってそうだった。戦う時も寝る時も、お風呂に入っている時でさえ肌身離さず大事そうに首にかけていた。第三層で死にそうになっても外さなかった所を見るに簡単には外れない様になっているのだろう。何があっても外す訳がない。

 だからこそ察せる。


「何か異常事態が起った。そう言う事なんだよね、アル」


 そう呟いては思いっきり飛び上がる。

 血溜りにペンダントが落ちていたって事はその血はアルの物のはず。つまりそこまで血が出るくらいの事が起ったって事だ。宝物を手放してまで手掛かりを残すような事が。


 第四層で血を流すかもしれない最後の可能性。それは二つだ。

 一つ目は原生生物の仕業。基本的に警戒心の強い原生生物は人の住む所には寄りつかないけど、何かが原因で寄って来た可能性がある。その原生生物にアルがやられた。

 二つ目は大罪教徒の仕業。仮定だらけの話になるけど、もし奴らの本拠地が第五層にあって、魔物や原生生物を避けて通れる道があるなら。もしくは第三層みたいに奴ら専用の隠し通路があるならあり得なくない話だ。


 ――見た所足跡はなかった。つまりやったのは足跡が残らない程軽い生物か空中を飛行できる誰か。どっちに可能性があるのかって言うと、原生生物の方……!


 いくらルシエラが黒魔術を使えるとはいえ手下たちは使えない様だった。と言うより奴から見てみれば手下は黒魔術を使う為の道具に過ぎないのだろう。

 そして奴はむやみには出て来ないはず。だって複製体がいるはずだから。


 しかし考えると足跡が残らないくらい軽い原生生物ってのもおかしい話だ。体の大きさと体重は比例する。だから足跡が残らないくらいの大きさとなると大体子猫くらいの大きさだろうか。そんな生物があれだけの血を噴き出させる程の傷を負わせるとは思えない。

 ……いや、ここは《深淵の洞窟》。どんな生物がいたっておかしくないはず。


「クソッ、情報が少ないから原生生物が特定でき……そうだ、血痕!!」


 仮に原生生物が襲ったのならそこで一匹くらいしか入って来ないはず。そして仲間にアルを届ける為に食い殺さず運ぶはず。アルならそこで傷口を塞ぐだなんて事はしない。少しでもアリシア達が追いかけやすいようにと手掛かりを残すはずだ。

 そして、見つけた。


「あったこれだ! こっちの方角に続いて……あそこね」


 かなり苦しかったはずだ。転々として残っていた血痕は森の方角へ引かれていて、アルがそこに運ばれたんだって証拠が残されていた。

 みんなに話した方がいいかもしれない。でもそんな事をしていれば間に合わなくなってしまうし、相手は野獣ともいえるのだ。きっと集団に引き込むなり四肢を食いちぎってアルを殺すだろう。だからこそアリシアはキャンプには戻らずに森の方向へと突っ込んで行った。


 早くしなきゃアルが食い殺される。この洞窟の原生生物は何をするか分かった物じゃないんだから。

 全速力で飛行しては森の中を突っ切り、木々をギリギリの距離で避けつつも目視での索敵を続けた。原生生物なら必ずどこかに自分達の住処がある。だから獣臭とかが感じる方角に行けばきっとアルがいるはずだ。


 ――いくら魔物がいなくても簡単に分かる所にはいない。なら、これしか。


 アリシアは森の中で一人立ち尽くすと目を瞑り耳を澄ませた。焦った心を無理やりにでも落ち着かせて周囲にある全ての生物の“息”を感じ取ろうとする。

 目視でも魔術でも索敵は難しい。なら残ったのは感覚での索敵だけ。常人じゃ到底不可能ともいえる技術だけど、二千年も生きて来たアリシアにとってはお茶の子さいさいってものだ。


 ――生き物特有の息。鼓動。視線。存在。それらを全て感じ取るんだ。


 超感覚。

 それが技術の名前。相手から殺気や息を感じ取りどこにいるかを特定する物だ。言わば第六感に近いのかもしれない。

 聴覚だけじゃない。足元に響く生き物が土を踏む触覚。近づいて来る方角から流れて来る獣臭を嗅ぐ嗅覚。それらすべてを駆使して息を感じ取るんだ。

 そして、捉える。


「そこかッ!!」


 感じ取った瞬間から風魔法を飛ばしてその方角にいた原生生物の体を切り裂いた。すると離れた所から血飛沫が飛び出し、同時に甲高い鳴き声がアリシアの耳に届く。猫の様な高い鳴き声が。

 まさか猫が原生生物なのか。そう思いつつも鳴き声が響いた方角へと飛び出す。


「これ……」


 そこにいたのは一見すると真っ黒の毛をした猫。でもこんな森の中にいるって事は少なくとも普通の猫じゃないだろう。恐らく何か特殊能力とか凶暴性のある猫なはずだ。

 物音がしてそっちの方角へ振り向くと何匹かが群れを成して逃げている様で、集団となってはある方向へと逃げて行った。だからその先が奴らの住処なんだと信じて追い始める。


 ――もうすぐだから待ってて、アル……!


 今思ってみれば当然の事だ。魔物がいないのだからこの層に住む原生生物にとって天敵はいないも同然。互いに近づく事も無ければ争いも起きないし、そうなれば互いに殺し合う理由もない。だからこそこの層では原生生物にとっての天国にも成り得るんだ。

 天井に住んでいる原生生物は元から魔物が飛べない為さして変わらないだろう。でも地上に住んでいる原生生物は増え放題食べ放題。故にここまで増殖してるんだ。それもキャンプに入ってくるまで。


 やがて後を付いていくと大きな血溜りを発見して少しの間だけ空中に制止する。まさかもう食べられたのか、なんて最悪の結末を思い浮かべてしまったから。

 しかしそこから更に血が伸びているのが見えてその方角を辿って行く。どうして一旦とどまってからもう一度移動なんてさせたのだろう。周囲には原生生物がいるのだからそこで食べた方が合法的なのに。そう考えつつも血の跡を見つつ進む。


 アリシアのオーラが大きすぎるからだろうか。襲われると思ったのだけど、原生生物達は近づくどころか逆に離れてどこかへ行ってしまう。

 どこまで続くのだろうか。あまり長く血を出し過ぎるとアルの身が持たなくなるはず。

 そう考えた時だ。ついに行き止まりが見えたのは。


「――――!?」


 視界の中に映った物を見て驚愕する。だって、こんな森の奥底に階段の入り口があったのだから。それもかなり深そうな階段が。

 こんな所に階段を作るなんて奴らくらいだ。


「大罪教徒……」


 恐らくこの下は第五層。みんなで対策を練りまくっては完璧に対策の仕方も整えた。今アリシアはその場所へ単身で乗り込もうとしている。

 冷や汗がにじみ出る。いくら正規のルートではないとはいえ何が出るか分からない。そんな所へ単身へ突っ込むだなんてそれこそ正真正銘の自殺行為――――。

 でも、アルの為ならそんな事くらい容易い。


 ――アルを助けるんだ。その為なら、命だって惜しくない。


 そう言い聞かせて階段を下って行った。今更みんなに応援要請する余裕なんて微塵もない。早くしないとアルが死んでしまうのかもしれないから。

 向こうには感の良いアリスだっているのだ。きっと大丈夫。

 階段を作ったのは大罪教徒。そしてアルをここまで運んだのは原生生物。つまり大罪教徒は原生生物すらも操れるって事になる。まぁ、黒魔術なんだから何をやっても不思議じゃないのだけど。


 やがてアリシアは第五層へと単身で突撃する。アルを助ける為に。

 その先でどんなものが待っているのかも知らないのに。

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