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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第三章 君がいたから知った事
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第三章43 『絶望の始まり』

 ――最悪だ。


「それじゃあここをどうするかって話なんだが――――」


「どうせならコレ使っちゃえばいいんじゃねぇの?」


 ジルスとクリフは本や第四層に泊まっていた攻略者の情報を元に地図を確認しては対策を練っていた。それにアリス達が参戦し、せめて情報面などで役に立とうとライゼ達は必死に頭を使って必要な道具などをメモに書き写す。

 そしてその中にはアルも混ざっている訳で。


「ここにあの通路にいたみたいな魔物が出現するんだろ? ならいっその事ここで爆薬とか使っちゃった方がいいんじゃないのか?」


「駄目だ。爆薬は貴重だから使えない。何か他の手を考えるんだ」


 ――気持ち悪い。吐き気がする。


 クロードにそう言われて別の事を考えた。

 必死に掻き集めた薄い情報を繋ぎ合わせて出来たのが“第五層の入り口間近に上級の魔物がいる”という事。きっと下るなりいきなり襲って来るだろうだからそれの対策を考えている訳なのだけど、爆薬が駄目となると何があるだろう。


 マナという手は絶対に駄目だ。マナによる身体能力の強化の技術はみんな使うし、確かにマナなら数が制限されないものの、それでも大量の爆発を引き起こすにはかなりのマナを必要とするはず。だからマナだけは絶対に駄目だ。

 みんなもそれを分かっているからこそその手は使えなかった。


 ――逃げ出したい。背を向けたい。目を逸らしたい。


「あ、じゃあ坂道から火を放って出口付近の魔物を一掃するとか?」


「それは不可能じゃないが手段はどうする」


「そっかそれがあったかぁ……」


 ――気持ち悪い。吐き出したい。気持ち悪い。吐き出したい。


 アリシアの索敵魔術で出口付近の敵を索敵できれば何とかなるだろうか。アリスとノエルは殲滅力の高い技を複数知ってるって言うし、アリシアなんか対城魔術も使えるとか何とかって言ってた。だからこそ会談に向かってそれを放てばいいと思ったのだけど……。

 どうやらジルスは三人の力を序盤で使いたくはないらしい。まぁ、理由は分からなくもないけど。


 でもいつまでも取って置いたら何も出来ないのも確かだ。必ずどこかで誰かが何かをしなきゃ第五層は進める訳がない。ジルスもそれを分かっているはずだ。

 そしてみんなも。


 ――何でこうなった。どうしてこうなる。何で何で何で何で何で何で。


「でも何もしないって選択肢は存在しないわ。必ずどこかで手を打たないと」


「分かってるんだけどなぁ……」


 アリスの言葉に珍しく優柔不断となったジルスは深く考えこんだ。いつもは軽くパパパッと決めるジルスだけど、今回ばかりは状況が厳しいから慎重に考えているのだろう。

 みんなも同じだ。状況が状況だからこそ行き詰って険しい表情をしている。


「他に方法がないか考えよう」


 ――気持ち悪い。


「にしても他の方法っつってもなぁ」


「いっその事坂道に向けてブレスみたいなのを撃ち込むとかどうかしら」


 ――何でこうしてるんだ。


「誰が撃ち込むんだ?」


「アリシア」


「私任せですか!?」


 ――何でこんなバカみたいな事をしてるんだ。


「ウルクスはいい考え浮かんでるか?」


「僕はまだ何も……」


 ――何で。


「そう言うライゼはどうなのさ」


「こっちも全然」


 ――何で何で何で何で何で何で何で何で。


「あ、じゃあこういうのはどうかな」


 ――何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。






「っ!!!」


 アルは乱暴に壁を両手で叩きながらも体を預けた。

 今まで抱え込んでいた物を全て吐き出しつつも霞む視界で地面を見つめる。同時に息も荒くなりどれだけ抱え込んでいたのかが自分でもようやく自覚した。


 ――何やってんだ俺は。馬鹿みたいに考えて、馬鹿みたいに話し合って、馬鹿みたいに自分の願いを仲間に押し付けて。


 これまで最低最悪だと思った事はないだろう。どんな物語を見たってここまでのクズは見当たらなかった。今自分がどれだけクズな奴なのかを自覚する。こんなクズに仲間なんていていいはずがないって思えてしまうくらいに。

 自分自身の行動を振り返って脳裏で叫んだ。


 ――反吐が出る。


 両手に力を入れて壁にこすり付ける。あまりにも力を入れ過ぎたせいで血が出たって今はどうでもいい。自分がどれだけクズなのかに耐えるだけで精一杯だった。

 形は違うけどアリシアがあの時に自分を卑下しまくった理由がわかる気がする。アルだって今誰かと会ってしまえば自分の事を卑下しまくった挙句に醜態を晒しまくるだろう。


 ほんの数分。たかが数分。それだけで自分の取っていた行動は自分自身に跳ね返っては最低最悪な結果を刻み落とす。

 振り返っただけでも吐き気がするくらいに。


 ――何が英雄だ馬鹿馬鹿しい。自分の目標すらも叶えられずに誰かに押し付ける様な奴が英雄になんて慣れる訳ないだろ。


 これが現実。何度も何度も目を背けたくなった、世界が用意する運命。

 その運命を打ち壊す? よくもまぁそんな責任も何もない言葉を出せたものだ。思い返しただけでも反吐が出る。


 ――こんなクズに英雄を目指す資格なんて……。


 そう思う事は今回だけじゃない。《深淵の洞窟》へ潜る前にも幾度かあった。街の防衛線の時も、ルシエラの複製体と戦った時も、神秘の森でクリフと一緒に戦った時も、洞窟を攻略している時も。

 確かに前と比べれば格段に強くなった。教えてくれた人が強かったからこそ「王国騎士の下っ端くらいにはなれるんじゃない?」とは言って貰えたけど、それでも全然足りない。努力も技術も何もかもが。


 頑張ってる。努力してる。でも駄目なんだ。どれだけ届かそうと手を伸ばしても絶対に届きやしない。それ程なまでにアルとアリシア達とじゃ絶対的な差が存在するのだから。何をしたって埋められる訳の無い差が。

 だからこそアルは何も出来ない。届かないから。弱いから。


 そのクセに望みは高く自分じゃ何も出来ないような目標を掲げ、到底達成なんか出来ないから仲間に押し付けて自分は見てみぬふり。みんなの為に考えていたのだって、所詮は己の無力さや愚かさを誤魔化す為の分かり易いポーズでしかない。現実逃避に酷似した最悪の手段。

 あれだけ心から英雄に憧れておいて、あれだけ英雄を目指そうと純粋な心を抱いておいて、その結果が今の自分だ。努力して頑張って生まれたのが最低の自分。

 そんな人間に英雄になる資格なんて……いや、英雄を目指す資格なんて、


 ――ない。


 完全に傍から見れば見苦しい程の自己嫌悪。自分を陥れるのは慣れている。そんなの、この世界じゃなくても飽きるくらいにやり続けて来た事だから。

 でも今回ばかりはそのいずれもとは当てはまらない。心が、記憶が、魂が、己の存在すらも現実を見て喉が掻き切れるくらいの悲鳴を上げてた。ここまで自分が嫌になったのは初めてかも知れないって本気で思えるくらいに。


「……ははっ。ばっかみてぇ。これが英雄に憧れた奴の思考か」


 そう自分自身を嘲笑いながらも座り込んだ。

 変わったんだって信じたい。今回に限ってあまりにも高望みし過ぎたんだって信じたい。強さと目的の高さが一致していないだけ。ただ、身の丈に合わなかっただけで――――。

 考えたって結論は出ない。


「最低だな。俺」


 全てアルのせいでこうなっている。《深淵の洞窟》へ向かったのも、みんなを巻き込んだのも、ライゼやフィゼリアを死なせそうになったのも、みんなにアルの目的を押し付けたのも。

 英雄なら全部自分で解決できちゃうはずなのに。


 ――諦めるな。


「諦めたくないよ。でも今回は駄目なんだ。今の俺にはもう、何も出来ない」


 反射的に蘇る父の言葉。けれどそれはアルには届かない。

 今回ばかりは本当に仕方ないのだ。一緒に第五層へ向かうのは簡単だろう。でも向かった先で何が出来るだろうか。死んでしまえばそれっきりの命で、何かが出来るって本気で思えるのか。


 どうすればいいのだろう。このままみんなに洞窟の攻略を任せるか、それとも自分も付いていくべきなのか。出来る物なら後者を選びたい所だ。でも戦力差を考えると自殺行為でしかないのは確定的に明らか。

 自殺行為だって言われながら《深淵の洞窟》に飛び込んでおいてなんだけど、命を軽はずみに危険に晒すような事はもうしたくない。そうしたらまたアリスに叩かれてしまうだろうから。


「戻らなきゃ」


 そう呟いて立ち上がった。あまり長い間隠れているとみんなに気づかれてしまうだろうし、変に気を使われてもそれはそれで心に刺さる気がするから。

 ただ戻っても心に刺さる結果となるのは変わらないと思う。戻ってもみんなはまだ第五層への対策について話し合っているはずだ。


「……戻って、何が出来る?」


 ――何も出来ないに決まってる。


 あまりにも綺麗な自問自答。

 建物の隙間から出てもみんながいる所には向かわずにそこで立ち止まった。向こうに行っても心が血を流すだけ。ならここにいたっていいんじゃないのか。

 ……もう仲間としても最低な思考になっている事を自覚する。


 全て自分で決めて仲間を引き連れながらこんなところで投げ出すのか。そんな疑問がアルの頭の中で渦を巻いていた。

 結局アルも普通の人間って事何だろう。現実を知っては押し潰されそうになっているのだから。


「何がしたいんだろ。俺」


 そんな風にして天井を見上げると子猫の鳴き声が聞こえて背後へ振り向いた。すると建物の間からこっちに向かって来る子猫が見えて、互いに視線が合ってはじっと見つめ続ける。

 やがて逃げもせずに子猫は近づいて来た。


「迷い込んだのか、お前」


 首元を指先で掻くと気持ちよさそうな表情をして自ら首を掻き始める。そんな無垢な姿を見て少し和みつつもその子猫の頭を撫でた。

 すると子猫は何の抵抗もなくアルの手を受け入れてお腹まで見せてくれる。だから柔らかい感覚でフテラの事を思い出しつつもその猫を見つめる。心が和むってこの事なんだろう。

 何だか、ちょっとだけ心の霧が晴れた気がした。だから何もしていないけど子猫に礼を言う。


「……ありがとな。ちょっとだけ勇気でたよ」


 でもそんな言葉は子猫には伝わらない。だからじっとこっちを見つめていた。

 のんびりとあくびをする姿に少しだけ心が動いた。こんな残酷な洞窟の中でものんびりしてるんだ。もう一度ゆっくり考えてみんなと話し合えばいい。そう思えた。



 しかし、その直後にはアルの手首から大量の血が噴き出していた。

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