第三章25 『気づかされた事』
翌日。
何か用があると言ってさり気なくアリスとノエルに叩き起こされたアルは、なるべく人が少ない様な所に連れて行かれては裏路地で話し合っていた。それもかなり重要な事で。
「朝早く叩き起こして何の用だ……?」
「ノエルが話したい事があるって言うからね。アリシアの事よ」
そう言われた瞬間にスパッと目が覚める。
自分自身でもアリシアの事に敏感になっていると気が付きながらもしっかりとした瞳でノエルを見ると、その切り替え様にびっくりしつつもノエルは話し出した。
「実は前々から言っておきたかった事なの。本当は神秘の森で話したかったんだけど、アルがすぐに《深淵の洞窟》に向かっちゃったから話す機会がなくてね」
「ああ、そうだったのか。何かゴメン」
「良いよ別に。どの道こうして話せれば文句はないから」
「話せなかったら文句あるんだ……」
妙な所で軽口を叩きつつも軽く振りかえる。
そう言われればそうだっけ。アリシアから《中枢回廊》と《深淵の洞窟》の話を聞いてからすぐに出発しちゃったから話す暇なんてない。それに合流してもみんなと一緒にいたし、逆にみんながいない所でしか話せないって事は大罪が関連しているはずだ。一言でも誰かの耳に入れば大変な事になるだろうから。
やがてノエルは話し出す。
「アリシアは《嫉妬の邪竜》。そうよね」
「そうだけど……それに何が?」
アリシアが《嫉妬の邪竜》と言う事は既に把握しているはずだ。それなのにどうして聞き直したのだろうと疑問に思ったのだけど、ノエルは意外な事を喋り出して。
「私が《大罪世代》って事は知ってるわよね」
「ああ。前にアリスから聞いたけど」
「……私は二千年くらい前にある人と一緒に旅をしたことがあるの」
「その人って言うのは?」
「――ご存知、《怠惰の賢者》とよ」
「っ!?」
その言葉に驚愕を通り越して戦慄した。
だって《大罪世代》ってだけでも十分びっくりすると言うのに、そこから更に《怠惰の賢者》の名が出て一緒に旅をしていたというのだから。
大罪が好きなアルでさえも戦慄する程の言葉。しばらくの間頭の中でその情報を処理してからあまり大声にならないようにノエルへ問いかける。
「一緒に旅ってどういう!?」
「言葉通りの意味よ。私は大罪が存在していた当時、《怠惰の賢者》と一緒に旅をしてたの。まぁ、旅っていうにはあまりにも残酷な世界だったけどね」
未だ驚愕は抜けない。アリシアが大罪だって言われた時にはすぐに受け入れる事が出来たのに、ノエルからこう言われた時にはそこまで受け入れられないだなんて。
やがてノエルはそんなアルを置いてけぼりにしながらもその物語を綴った。
「それで《怠惰の賢者》と一緒に旅をしている内に悟った。私なんかじゃ絶対にこの人には届かないんだって」
「届かないって、だってノエルは聖竜族な上にアリスと同じくらい――――」
「そこまでやっても届かないの。アリスも、私も、どれだけ強くたって絶対に大罪なんかには届きやしない。それをその旅で悟った」
確かに大罪は世界を破滅させる程の力を持っている。当然アリシアも例外ではない。彼女が本気を出せばこの世界はもう一度終焉を迎える事になるだろうから。
それでもノエルはあの時に古の大戦で脅威を振るった竜と互角に戦い、あまつさえ打倒したのだ。世界を崩壊させるとまでは行かずとも近い所まではいけるはずだ。それなのに彼女は自ら絶対にそんな事はないと否定し続ける。
「でも、近づく事くらいは……」
「私がどれだけ頑張ったって、何千年頑張ったって届かない。その理由はただ一つ」
やがてノエルは人差し指を立てるとアルに向かって正々堂々と言った。かつての大罪がどれだけ強かったのか。今のアリシアがどれだけ危険な存在なのか。
そして、アルがどれだけ重い物を背負おうとしていたのかを。
「――大罪は《屍の道》を歩いて来たからよ」
「屍の、道……?」
「ええ」
その言葉を聞いた瞬間からどんな道なのかを反射的に想像する。自分の足元にあるのは自分の手で殺した人々で、それが何十、何百、何千、もしくは何億人も積み重なって構成された大きな道。果てしなく続く、“罪の道”――――。
顔を左右に振ってその光景を打ち消す。だけどノエルはそんな甘えは許さないと無慈悲にも言葉を重ねて行った。
「それは自分の手で作り上げた罪の道。自分の手で作り上げた地獄よ。どれだけ弁明したって、断罪したって、絶対に覆り赦される事はない大罪」
「聞いただけでもゾッとするな。自分の足元に自分で殺した人で作った道があるなんて」
「それを大罪は歩いて来たの。《怠惰の賢者》も、もちろんアリシアもね」
そう言われてまた反射的に想像した。アリシアが《屍の道》を歩んでいる光景を。意図的じゃないとはいえ数々の人を殺し、何人もの大切な人を殺し、そして最終的には世界すらも滅ぼし、自分の手で積み重ねた死体の道に立ち尽くす。
きっとその瞬間に途轍もない絶望に襲われたはずだ。自分自身の手で作り上げた地獄に囚われ、足で踏んでいる道さえも自分の手で作り上げたのだから。
全ての大罪が《屍の道》を歩んで来た。その言葉だけでもかの大罪がどれだけ強大な力を持っていたのかが伺えた。アルも普通の人と比べればかなりの人を殺しているけど、大罪と比べてしまえば天地以上の差となる。だからこそ比較する事で大罪が――――アリシアがどれだけの罪を背負い人を殺し、そして強いのかが目に見えて理解出来た。
やがてようやくノエルの言いたい事が見えて来る。その言いたい事を悟ってアルは固唾を呑むのだけど、それ以上の緊張がアルの体を襲い始めていた。
だって、アルのしている事は――――、
「だからアリシアと一緒にいるって事は、アルもその《屍の道》に片足を突っ込むって事になる」
「っ――――」
ハッキリとそう言われて少しだけ怯んだ。
……そんな事、アリシアが大罪だって事を知ってから一番最初に分かっていた。大罪と一緒にいるって事はアルもその罪を一緒に背負うって事になる。とてもじゃないけど、アルにそんな大罪は耐えられない。
だからこそ無意識の内にその事実を見ないようにしていたのだ。でも、たった今ノエルがアルの視線を強制的にその方向へ固定させる。
きっとアリシアの背負っていた罪は自己矛盾を大量に発生させただろう。それも背負った罪と同等の大きさで。なのにたった一回、家族を失っただけで自己矛盾に蝕まれ自分自身すらも失いそうになったアルに、そんな大きな罪は背負えない。背負えばきっと自分自身で破滅してしまうだろうから。
つまり、今までアルの言っていた言葉は全て上辺の言葉に過ぎなくて――――。
「――目を逸らさないで」
「…………」
ノエルの鋭い言葉がアルを硬直させる。
今まで心の底からアリシアを救おうとしていた。だからこそ罪も涙も喜びも一緒に背負わせてくれってあの夜に言った。でも、その裏では一緒に大罪を背負う覚悟なんてなくて、ただ無責任にアリシアを救う事しか出来なかった。
――そう言う、事だったのか。
自分自身で今までの謎を導き出した。アルが急にアリシアを無視して転生した理由を探ろうとした理由を。
それは満足していたからだ。アリシアを救ったんじゃなくて、アリシアを救ったと思い込む事で自分も救われた気になり、自己満足に浸っていたから。だからこそ急にアリシアを見放して自分の事に夢中になっていた。
そう分かった途端に途轍もない無力感に襲われる。自分自身でも気づかなかった事実に気づいて絶望しているんだ。
そんなアルを追い詰めるかのようにノエルは言い放つ。
「もしあの子を助けたいのなら、幾人もの屍を踏む覚悟をしなさい。あの子は《屍の道》を通って来た子だから」
「…………」
どうすればいいのか分からなかった。たった今自己矛盾に気づいたばっかりなのに、そんな事が出来るのかって思ってしまうから。
迷い果てたアルを二人の視線が見つめる。今はその視線が途轍もなく痛かった。
何をすれば正解なのかなんてわかり切ってる事だ。本当にやるべき事も理解出来てる。でも、それをやる程の勇気がなくて。
「屍の、道……」
自分に歩けるだろうか。背負えるだろうか。たった今だってこんな自己矛盾を抱えているだけでここまで迷い果てているのに。
一緒に歩みたい。アリシアを助けたい。けれどそこまでする勇気なんてない。
そんなの、英雄なんて呼べない――――。
――諦めるな。
「俺は……」
父が付けた呪い。それを思い出して前を向いた。一切の妥協も許さないノエルと、アルの選択を待ち続けるアリスを。
どうするかなんてアルの自由だ。ここでアリシアを諦めようと救おうと決意しようと自由。でも、曖昧な理由なんて絶対に求めないはずだ。諦めるのなら絶対に諦めると、諦めないのなら絶対に諦めないと、そうじゃなきゃノエルは絶対に一切の妥協も許さない。
「アリシアを……」
諦めたくない。アリシアを救いたい。でも、アルにそこまでの罪は背負えない。だけど、罪を一緒に背負わずしてアリシアを救う術なんてない。
曖昧な答えなんて求めてないのは分かってる。でも、アルは曖昧な答えしか出て来なくて。
言葉にする事すらも難しくなるような曖昧な答えを……。
――諦めるな。
――諦めたく、ない。
深呼吸をして考えをまとめた。
救いたいと思うだけで救われる訳がない。だからこそこの世界は残酷で英雄がいるんだ。アルはその残酷な世界の中で自由奔走に行き人々を助ける背中に憧れた。罪を背負い理想を追う背中にも、何人もの想いを背負って世界を救った背中にも。
アルの覚悟はたったそれだけなのだろうか? この世界に生まれる前からもずっと憧れていたアルの覚悟は、女の子一人も救えないような、軟弱な覚悟だったのだろうか。
……いつだって強がってきた。弱いから強がって、無理をして、無理を押し通して。自分の命なんてどうでもよくて、ただ周りが生きてくれればそれでいいと思う時だってあった。
ハッキリ言えばアルなんかには英雄になる資格なんてないだろう。根が変わってもそれは同じ。だからこそ強がっていた。
憧れるだけで終わる理想なんてクソくらえ。
絶対に無理だと言われる様な理想を貫き通すからこそ、英雄は生まれるのだから。
「俺はアリシアを助けたい。だから、その罪だって背負う。……おしえてくれて、気づかせてくれてありがとう」
「……いいよ、別に」
そう言うとノエルは表情をほころばせた。
これでいい。例え強がっていると誰かから真実を言われたって、それでも構わない。今はそう思う事が出来た。
これから第三層の攻略が始まる。そこからまた新しいアルも始めるんだ。
英雄に憧れたあの頃を思い出すのと同時に、憧憬を重ねた。




