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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第一章 願いの欠片
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第一章9  『とある冒険者の団欒』

「ジン……? 何か、男みたいな名前なんだな」


「ああっ。えっとその……そう! 本名はアラジン! 小さい頃は男の子みたいだったからジンって呼ばれてて、そしたらその呼び方で慣れちゃってさ!! ね!?」


「あ~そう! そうです!!」


 話を合わせてくれた彼女に全力で感謝しつつもみんなを説得させた。動揺具合から結構危うい判定になるかと思ったのだけど、みんなはその名前を難なく受け入れてくれる。


「そうなのか。まぁそれはいいとして、これからよろしくな!」


「あ、ああ。よろしく……」


 一先ず彼女の事が疑われずに済んで良かった。二人で同時に大きなため息をつくと、即座に背後から殺気にも近しい視線が向けられて冷や汗がにじみ出る。やっぱりジンって名前はマズかったか……っていうかマズくて当然か。

 亜麻色髪の――――ライゼは新たな仲間が増えた事に喜んでいたのだけど、アルがついさっきまで焼かれた村の生き残りだという事を思い出して咳払いする。


「それで早速だけ――――ン゛ン゛ッ゛! ……その、すまない。もっと早く気づいていれ――――」


「そう言うのはいいよ。気を使わないでっていうのも無理な話だと思うけど、今は同じ仲間として接してくれると嬉しい」


「そ、そうか」


 今は思い出すだけでも気が狂いそうだったし、特別扱いをされると自分しか生き残らなかったんだって実感が襲って来るから精神が保ってられなかった。だからそう言うとライゼは早速言い方を変えて仲間だと接してくれる。


「……もう大丈夫だぞ。アルフォード」


「ありがとう」


 その言葉だけで安心できる。長きに続いた絶望に幕が下ろされた気がして、ここからまた新しく始めようって思えるから。生き残ってしまった後悔と英雄になりたいっていう自己矛盾を抱えながら。

 不器用な“作り笑顔”を見せながらもライゼ達に言った。


「それと、俺の事はアルって言ってくれないかな。ずっとそっちで呼ばれてたから、そっちの方が安心するんだ」


「分かったよ、アル」


 うん。やっぱりあだ名で呼ばれた方が安心する。っていうか慣れ過ぎてフルネームの方に違和感を感じてしまうくらいだ。

 そんな風に話していると急に馬車が止まり、フィゼルが顔を出しては街に付いた事を告げた。


「さ、街に着きましたよ~」



 ――――――――――



 その後、アルと彼女――――仮名としてジンは街の宿に泊まる事になった。それまでの間でライゼ達が色々と手続きをしてくれたみたいで、まだ正式な冒険者とはいかずとも“見習い冒険者”として上に伝わったらしい。

 と言うのも冒険者っていうのは色々と手続きが必要で、証明書的なのを作るらしい。それまでの期間で“お試し”として冒険者を営み解決した依頼の数で正式に登録されるのだとか。ちなみに期限は約一週間。


 それらを一通り説明されたアルとジンはくたくたになった体で宿へと足を運んだ。……まぁ、足を運んだのはアルだけで彼女に至っては夜で人目がないからと浮いていたのだけど。

 やがてベッドに腰を沈み込ませると真っ先に枕が顔面に吹き飛んで来て。


「わぶっ!?」


「もう、どうするんですか私の名前!! あのままジンで通ったらどうするんですか!?」


 それくらい怒ったって仕方ない。だって、女の子にジンっていう男みたいな名前を付けてしまったのだから。全面的にアルが悪い事にあの言葉を後悔しながらも頭を下げる。


「ご、ごめん。咄嗟に出て来た名前があれくらいしか無くて……」


「……一応聞きますけど、何から取ったんですか」


「『神霊』の神って『神器』とかだろジンって読んだりするだろ? だから神霊のジンって事でジンに――――」


「だったらまだ『名無し』からナナシィとかの方がマシじゃないですかぁっ!!」


 すると今度は弾丸の如き速度で顔面に枕が撃ち放たれた。その衝撃でベッドから転げ落ちて壁に体を打ちつけられるとズルズル落下して顔面から床に突っ込む。

 途轍もない威力に鼻血を出しながらも自分の名前に怒り続ける彼女の言葉を聞いた。


「これで本名がジンになったらどうするんですかっ! 私そんなお酒みたいな名前になっちゃうんですか!?」


「ご、ごめん……」


 いやまあ、確かに蒸留酒でジンって名前のお酒はあるって聞いたけどこの世界にもあるのだろうか。今の所酒場ではビール系しか見たことがないけど。

 そうしていると彼女はアルの胸倉を掴んで顔を近づけた。そして悔し涙を流し続ける瞳でアルの瞳をじっと見つめ続ける。


「責任取ってもらいますからね! いいですねっ!」


「ハイ……」


「声が小さい!」


「ハァイ!!」


 何だか後々立場が逆転しそうな会話に不安を覚えつつも忘れなように記憶に刻みつける。忘れたら本物の弾丸が飛んで来そうで怖いし……。

 それから責任の確認を取ると彼女は空中で何回か回転した後にベッドへ思いっきりダイブした。それから毛布を体全体に被ってはバタバタともがいている。

 でも自分にミーちゃんって付けられてる様な物だから当たり前――――。


「なぁ。一つ、聞いてもいいかな」


「……何ですか」


 まだ会話が出来る事に安堵しつつもとある事を問いかけようと口を開いた。

 でもその質問は突如フィゼリアによって扉が開かれた事によって遮られた。二人ともびっくりして扉を見ると元気溌剌で乗り込んで来た彼女は言う。


「この――――」


「一緒にご飯食べませんか~っ!!」





「……美味しい。素材の味がちゃんと生きてるんだな」


「分かるのか?」


「半ば山育ちみたいな物だから、素材の味はちゃんとわかるんだ」


 あの後、アルが聞きたかった事は一先ず保留してみんなで夜ご飯を食べる事になった。一階へ降りると既にみんなが料理の並んだテーブルを囲んでいて、二人を見るなり元気よく手招きしてくれる。

 そんな経緯を得てこうして夜食を食べている訳だ。

 でもライゼは少しだけ手を止めるとアルに問いかけて来て。


「そう言えば、アルとジンは戦えるのか?」


「っ……」


 ジンと呼ばれた事に対して反応した彼女へ冷や汗を掻きつつも頷いた。何か、彼女の名前をジンって思われている限り、彼らと一緒にいると安心できそうにないのは何故だろう。自分のせいなのだけど。

 とりあえず頷いて喋り始める。


「一応。小さい頃から英雄に憧れててさ、剣を振るだけなら十年以上も振って来た」


「十年以上!? 凄い執念なんだな」


「細かく言えば五歳の頃には既に英雄に憧れてた。だから英雄になる為ならどんな努力だって惜しまなかったよ」


 本当の事を言えば生まれる前から憧れてたのだけど。そんな言葉は胸の内に仕舞いながらもみんなの反応を見た。まあ、十年以上も英雄になりたいって一点だけを見つめて剣を振るなんて子供はそうそういないだろうから、そうなって当然だ。

 彼女へ視線を向けると仕方なしに喋り始めた。もちろん力の事は伏せながらレベルも合わせて。


「……私は火、水、風、雷属性の魔法なら上級まで全部使えます。もちろん、剣術もそれなりに」


「四属性を上級まで!? それもそれで凄いな……」


 普通の冒険者の腕前なら並大抵で三属性中級までが平均とされている。でも彼女の言ったレベルは上級者の平均値と全く同じで、ライゼ達はその事実に心から驚いていた。

 その後も色々と腕前の話をしていたのだけど、ウルクスの解き放った一言で場の空気が一気に変わる事となった。


「……二人は幼馴染なのかい?」


「えっ」


「はぁ!?」


 アルは普通の反応をするけど彼女は立ち上がってまで大げさな反応を取る。

 するとウルクスは両人差し指を揺らしながらもそう思った理由を話し始めて。


「だって二人とも基本的に常にくっついてるし、仲もよさげだからそうなのかなって」


「それはないです! 断じてないです!! ただ、その……慣れない街で不安だからで、決して幼馴染って訳じゃないですからっ!!」


「わ、わかったよ」


 ウルクスも彼女の勢いに圧されて軽く謝罪する。何だか一気に彼女との距離が突き放された気がするけど、自分のせいだと後悔しつつも料理を口に運ぶ。

 そんな風にしてみんなと一緒に団欒を過ごしていると、ライゼはまた空気を換えて喋った。


「で、茶番はここら辺にしてここからは大事な話だ」


 その言葉で全員が静かになってライゼへ視線を向けると、彼はアルと彼女をじ~っと見つめて続けた。それも今後の予定を。


「冒険者登録の手続きの話は聞いたよな」


「ああ。お試し期間がある~みたいな」


「そう。その話でさ」


 するとライゼは足元にあったバッグの中を漁り始め、ガサゴソと物音を立てながらもある物を引き抜いては見せつけた。それは一枚の依頼書で、その内容を見て何なのかを察した。

 そこに書いてあったのは魔獣討伐の依頼。


「二人にはこれに挑んでほしいんだ。もちろん手助けはするけど、いけるか?」


「もちろん。魔獣なら見た事もあるし、対処の仕方も知ってる」


「私も全然平気です」


「ならよかった。こういうのって薬草採取よりも難易度高いからどうかなって思ってさ。それでこれが終わったら薬草採取とかになるんだけど……」


 そんな話は微塵も聞かずに考え始めた。

 これからアル達は冒険者になり色んな依頼をこなしては世界を回って行くはずだ。そして英雄を目指していく。……その中で彼女を救う事も義務付けられている。

 どうしてアルが選ばれたのか。誰がアルを導いたのか。

 考える事はまだ山ほど残ってる。


「って事なんだけど、どう思う?」


「ああ。いいと思う」


「……ほんとに聞いてた?」


「聞いてた聞いてた」


 否、微塵も聞いていない。適当に相槌を打ちながらも考え続けては彼女を見る。

 名前を失くし記憶だけを持ち、アルを待つ為に三百年間もあの洞窟で待っていた……。そこまでさせる英雄とは何者なのか。そして、その英雄が選んだアルには何が出来るのか。

 次第と一番最初に考えていた事から逸れて行ってる気がするけど、それでも尚考え続けた。


 ――あいつは、何を望んでるんだ?


 まあ、後々話が分からなくて彼女に頭を下げてお願いしたのは、また別の話。

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