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てことわおまえか

作者: 大橋 秀人

瞬くと、今日も嫁は三男を背負って寝かし付けながら次男を叱りつけていた。


長男は何事もないように黙々と教科書に向かっている。


次男はいくら怒鳴られようと動じず勉強しようとしない。


その様子を見て嫁はさらにエキサイトする。


家族のいつもの光景だ。


仕事から帰ってきて、そんな光景を見せつけられ、飯もろくに用意されないで愚痴を垂れられる。


三男が下ろしてくれと泣きじゃくる。


時刻は8時半。


2才ならもう寝てもいい時間だが、三男は兄貴二人を見ていて眠る気はさらさらない。


くたびれ切って帰ってきたのに、怒涛のように子供たちから責められる。


スマホ貸して、とツンツン長男。


勉強したくない、と逆ギレ次男。


だっこー、とギャン泣き三男。


挙句に鬼嫁は怒り出す始末。


ああ、修羅だ。


修羅場にいる。


そう言い三男を抱っこしながら次男の隣に座り、長男にスマホを渡して鬼嫁の愚痴を受け止めた。


仕事はなかなかきつい状況だ。


ごまかしが利かなくなっている。


自分の力のなさを突き付けられる毎日だ。


目立った人間関係の亀裂は免れているものの、細かい綻びはそこかしこに表れ始めている。


勝手にハードルを高めているのかも。


いや、逆に見て見ぬふりをしているきらいもある。


自分の仕事が何なのか。


足らない足らないと無言の圧力がどこかから聞こえてくる気がする。


とにかくしんどい期間に突入している。


平気なふりも、そろそろ限界かもしれない―—――—―。


そんなことを考えていると、顔にお湯をバシャバシャかけられた。


目の前で三男は裸ん坊で。


こちらの反応を期待いっぱいの顔で待っている。


ザブーンと大波を立ててやると、待ってましたと赤ん坊は嬌声を上げる。


体いっぱいを使って浴槽をかき回す。


浮かんでいるアヒルのオモチャを追い回す。


落ち着くと、当然のように膝の上に腰を下ろす。


少し上がった息を殺して、覚えたばかりの数を一から十まで数え始めた。


その小さな背中が愛おしい。


小さいけど、どんどん大きくなっている。


最近、言葉数が増えた。


完全ではないものの、歌も覚えた。


結構、音程もしっかりしている。


子供ら三人の中でこの子が一番、歌が上手いかも。


そんなことを言うと、上の二人から真剣な抗議が起こる。


大人ぶり始めた長男は、流行り歌を。


次男は好きな野球チームの応援歌を歌ってみせた。


みんな、自然に笑っていた。


あ、なんだ。


幸せか。


そんなことをふと思う。


幸福感とはこのことか。


そんなことを思って、おむつを履こうとしない三男を追いかけまわす。


なんだかんだで幸せなんだ。


ソファーに座り、子供たちに囲まれているとじわじわそんなことを思う。




そうか

てことわおまえか




ここでようやく、嫁の頭に角が生えていないことに気づく。


お前がいなけりゃ、こんな幸せ、手に入らなかったんだもんな。


そんなことを思って、でも、絶対口にはしない。


久しぶりに目が合って、気持ち悪がられて、鼻で笑って。


それで、感謝した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 全然違うのになんとなくスラムダンクの三井を思い出しました。「この音が何度でも俺を蘇らせる!」子供たちのふとした可愛さや成長の喜びが、仕事や妻への不安や疲れをすっ飛ばしてまた戦えるようにする、…
[一言] 途中どうなることかとハラハラしました。 こういう日常を、幸せだと感じられる旦那様は素敵だと思います。 ちょっとしたことなんですよね。そこでふっと幸せになれるか負のスパイラルに入ってしまうか……
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