ノット・ボイス
はっとしたと同時に私は呆然としていた。なぜか。つい数分前まで私は本を読んだいた。その本の中で意味のわからないことを言われ、挙句殺人犯になれとまで言われた。これが誰だろうと混乱するに違いない。冷静になろうと深呼吸をする。するとまた、あいつの声がする。私はどこまで本の世界観に入り込んでいるんだと自分に呆れるほどにはっきりと。聞き違いではない。いや、聞き違いと表現するのは間違いか。頭の中。意識の中で声がするイメージだ。
「無事か?いや、すまないな巻き込んでしまって。はじめてにしては嫌に冷静だから、なにか体に問題でも生じたのかと思ったんだ。」
なにを言っているんだ。体に異常なんて起きるわけがない。強いて言うなら、今あいつの声がはっきりと聞こえ、それに対して否定していることくらいだ。それにしても、入り込みすぎている。今までこんなにも物語の中に入り込んだことはない。どんなに面白い物語でも、どこか必ず現実と分けているものだ。だか今はどうだ。読むと言うより感じている。この状況、全てを自身の感覚を持って整理している。まるで現実の世界でなにかをしている時のような。
「おい、聞いているのか?無事なのか?」
うるさいな。まだ聞こえてくる。(いい加減黙ってくれないか。)
「黙ってくれと言われても、あなたが無事かわからなかったら心配するでしょう。」
(ん?今私は独り言を言ったのか?)
「独り言だなんてなにを言っているんだ。いや、言ってはないか。あなたは私に黙れと言ったでしょう。言ってはいないけれど」
混乱し始めていた。口には出してないが言っている。そしてその音にならない言葉を介してあいつと会話をしていた。バカだと思うが事実私の声はあいつに聞こえていた。そしてそれに対するあいつの回答が私に聞こえていた。
(そんな小説の中のようなことがあってたまるか。おい、聞こえてるなら返事をするんだ。)
「小説の中じゃないさ、ちゃんと君の体が感覚的に受け取っているんだ。返事は聞こえてるだろう?」
嘘ではない。聞こえている。心の中で思った言葉があいつに聞こえてそれに対しての返事だ。こうなってしまうと困ったものだ。小説のようなことが起きてしまう小説を読んだことがある私が今現実でそうなってしまっているのだから。こうなってしまったら一旦この状況を受け入れて、流れに身を任せつつ早めにこの状況を打開することのが得策な気がする。
(おい、今私がどういった状況にありこれから何をすればいいのかを教えてくれないか。)
「やっと会話ができそうだな。」
(いいから、早く教えるんだ。このわけのわからない状況を早くなんとかしたいんだ。)
「いいだろう。まず君がどういう状況なのかだが、簡単に言えば君の状況、いや環境、正しくは時間は先ほどとなんら変わりはない。先ほどと違う点といえば、私と会話ができていること、あとは君が先ほどいた場所ではないということだ。」
(あなたと会話できていることは信じがたいが受け入れた。場所に関してだが、ここはいったいどこなんだ。)
「ここは、あなたがこの先、この物語の主人公として活躍する場所だ。つまり、あなたにはここで私を殺してもらう。」
やはりわけがわからない。確かに、あいつはさっきこの場所に移動する前に同じことを言っていた。だとすればそれについて書くべきか。
(おい、お前を殺すというのはなぜなんだ。理由があってのことだろう。)
「ああ、私を殺す理由は明確に存在する。だがそれはいずれ分かることだ。今話す必要はないだろう。」
(ダメだ!今話すんだ。)
返事がなくなった。とんだ厄介者に憑かれてしまったと自信を呪いたいほどだ。さて、どうするべきか、この場所に来た時と同様、わたしは呆然としていた。