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10月2日(火)

「アセンブリの命令セットはCPUに依存している為〜」


教室ではx86アーキテクチャのCPUについての授業が行われていたが、全く頭に入ってこない。昨日の女の子は一体誰だったんだろうか、見た目的には年下なんだろうけど。女の子の姿を見たのは一瞬だったが、鮮明に思い出すことが出来る。出来ることならまた会ってみたいが、今日も同じ場所で会えるだろうか。教室の窓から秋の空を眺めながらそんなことを考えていると、友達が声を掛けてきた。


「昨日先帰っちゃってごめんな、突然彼女に会いたくなって」


なんだこいつは。友達のせいで考えていたことが分からなくなってしまった。仕方が無いので、今日の放課後にもう一度あの足場に登ってみることにした。


「であるからして、逆アセンブリの手法はCPUアーキテクチャの理解が不可欠であり〜」


僕の感情に反して、授業は淡々と進んでいった。


***


昨日と同じ場所から塗装用の足場へ立ち入り、昨日女の子が居た最上階を目指して外壁を登った。登る途中で何度か塗装工の人に見つかりかけたが、その度に足場の端を掴んで身を隠した。やっとの思いで最上階まで辿り着くと、夕日に照らされている女の子が居た。昨日出会った少女だ、また逃げられてしまう。何か声を掛けなければと口を開こうとした時、女の子は僕に気がついて再び逃げようとした。


「待って、逃げないで」


一応言ってみたものの、やはり女の子は聞く耳を持たず逃げてしまった。今度は逃さないで、ちゃんと話がしたい。そう思って追いかけると、女の子は塗装用具に足をぶつけてよろけてしまった。


危ない。


体が反射的に動き、僕は女の子の手を掴んでいた。女の子は驚いた顔をしたまま僕の目を見ていた。夕日に照らされているせいか、女の子は頬を染めているようにも見えた。


「ありが、とう……」


初めて聞いた女の子の声は儚くて、今にも崩れ落ちてしまいそうな声だった。やっと話す機会を手に入れた、ここを逃したら次のチャンスはもう来ない。そんなことは分かっているはずだったが、いざ話そうと思うと緊張して言葉が出てこない。しばらくの間、無言で見つめ合っていたが、やっと言葉が思い浮かんだので口してみる。


「どうして逃げるの?」

「人見知り、なの……」


途切れ途切れの言葉で返ってきた返事は、あまりにもありがちな理由だった。人見知りなだけであんなに必死に逃げるのだろうか。これは予想だが、立入禁止のこの場所に登っていることを知られるのが嫌なのだろう。だが、この場所に来たくなる理由は良く分かる。夕日に彩られたうろこ雲と乾いた空気が、どことなくノスタルジーな気分にさせてくれるのだ。


「夕日、綺麗だよね」

「……そうね、絵に描いたみたい」


会話が途切れてしまった、どことなく気まずい。


「疲れたし座ろうか」


そう言って僕は両足を足場から投げ出して、立っている場所に腰を掛けた。女の子も同じように座り、再び夕焼けを眺めた。何か言おうとしたが何も思いつかなかったので、夕焼けを眺めることにした。ふと、女の子の方に目をやるが、無表情で何を考えているか分からない。


「もう、帰らなきゃ」


夕焼けを見ていた女の子は立ち上がり、僕に背を向けた。


「明日もここに来たら会えるかな?」

「私は、いつもここにいるわ」


そう言い残して、女の子は足場の階段を降りていった。


女の子が消えてからも、僕の心臓はハードコアのように響き続けた。

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