アンデイルセン
「10年前。ワシはノンキ村全体に記憶操作の魔法をかけた。ワシが魔法使いであることがバレぬように。それを解く呪文がワシの名前、”アンデイルセン”だったのじゃよ。今まですまぬのうへーゼル。ナッツが死んだ日のお主の顔が酷く可哀想でその記憶も消してしまった」
「じゃあ首輪のナッツって……」
へーゼルが尋ねるとアンデイルセンは小さく頷いた。愛犬の姿を思い出したら涙が止まらなくなったのか、今まで強気だった彼女がへたりとその場に座り込む。
「おい老いぼれ! じゃあこの首輪、お前の魔法の力が付与されてただけなのか!」
「不思議な力。間違ったことは言っておらん」
「ええい!犬ッコロは黙っておれ!」
グレーテイルがナッツに向かって黒い光を放った。すると、ナッツの体はみるみるうちに大きくなり、入り口を塞いでしまった。目は赤く、鋭くなり、牙ものこぎりのようにギザギザしている。
「アンデイルセン。再びチャンスをやろう。犬と人間の共存などありえんと言え。そうすれば、ここに戻ってきてもいい。そこのへーゼルもあの狂犬に食われずにすむだろう」
「グレーテイル、お前はなんということを……」
――にゃあ
二人が入り口の方へ目を向けると、狂犬と化したナッツのもとへ、グレーテイルの黒猫が呑気にあくびをしながら近づいていた。それに気づいたへーゼルは涙をザッと拭ってシャベルを手に持ち、駆け足で猫のもとへ行くと、閉じられようとしたナッツの口をシャベルで封じ、口の中に入りそうになった猫の首根っこを掴んで救出した。バリンとシャベルが砕ける音がする。
「あぁ、おはぎ。大丈夫かい!?」
座布団に座っていたグレーテイルが慌てたようにへーゼルから黒猫を取り上げ、大事そうにその頭を撫でた。
「大事だったら、ちゃんと見ててあげないと。動物は気まぐれだから何をするかわからないのよ。犬も猫も関係なくね」
へーゼルが呆れたように溜息をつく。それを聞いて、グレーテイルは心を打たれたのか、ナッツの凶暴化の魔法を解いた。そして全ての犬の凶暴化の魔法も。
「私が悪かったよ……本当は寂しかったんだ。アンデイルセンに戻ってきてほしくて、こんなことを……ナッツ二号、悪い事をしたね。ごめんよ」
「誰がナッツ二号だ!!」
アンデイルセンが提案した。
「グレーテイル。ノンキ村で一緒に暮らさんか?」
それは、二人の仲直りのきっかけでもあった。そして家なき子へーゼルに祖父と祖母が出来た瞬間でもある。
「ナッツ! あんたも一緒に!!」
これで、ノンキ村の騒動は終わった。
――と思われたが……
「目玉焼きには塩胡椒で十分じゃ!」
「いいや、ソースが一番じゃぞ?」
「もう、ばあもじいも朝っぱらからうるさい!」
「オレの朝メシまだか~」
小さな紛争はへーゼルの家で毎日頻繁に起こっているのでした。
おしまい。
この物語は「誰か」さんと一緒に考えて作りました。
自分で言うのもなんですが、なかなか面白い物話になったと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございます!