第一章(5) ー 平凡な春の日
今回はちょっと短いです
ほぼ全ての新入生がそれぞれの教室に収まったであろう頃、校内にチャイムが鳴り響いた。それを聞いた生徒たちは各々割り振られた席へと移動し、自分の席に腰を下ろす。
迫原も芥川との雑談を切り上げ、自分の席に。すると、静かになった教室に廊下を歩く複数の足音が聞こえてきた。
足音は段々近づいてくると、そのうちの一つがこの一年二組の教室の前で止まり、ワンテンポ置いて教壇側の扉が開かれる。
「どーもどーも!」
笑顔で手を振りながら教室に入ってきたのは女性だった。手に出席簿を持っているので、どうやらこの人がこの一年二組の担任だろう。
小豆色のパンツスーツを着た女性は白いチョークを手にすると、黒板の空いたスペースに結構な達筆で『黒木茜』という三文字を書き込んだ。
「儂の名前は黒木茜、このクラスの担任を勤めることになった。担当科目は英語じゃ!一年間、よろしく頼むぞ」
にっ、と白い八重歯を見せて屈託のない笑顔を見せる黒木茜教諭。背中で束ねられた腰より長い髪が、黒木教諭が動く度にまるで猫の尻尾のように躍動する。
そんな髪は色素が薄く、寝癖を無理矢理撫で付けたようにあちこちハネていた。そして、少女の面影を残したような化粧っ気のない顔。
(つーかあれすっぴんじゃね?)
ナチュラルメイクではなく、明らかに素肌である。口紅もひいていない。
それでいてシミひとつない瑞々しい肌をしている。ひょっとしたらかなり若いのではなかろうか、そこはかとなくざわつく教室。
「ん?どうした皆」
そんな生徒たちの困惑を知ってか知らずか黒木教諭は首を傾げる。耳触りのいいハスキーボイスが困惑する教室に反響する。
「そうじゃなぁ、とりあえず入学式までちょっと時間もあるし……出席番号一番!」
「……ひゃいっ!?」
不意に指名された窓際一番前に座っていたポニーテールの女子生徒が素っ頓狂な声をあげる。
経験があるのでは無いだろうか。教師が授業中に無作為に生徒を指名する際、手近な人間として教壇近くに座っている生徒が被害を被ることが多い。その他にも、出席番号が日付の人間とかいう場合もある。
入学式というこの日に於いては出席番号が一番最初の人間が指名されるのはある意味必然とも言えた。
「えーと、名前は……と」
出席簿を開いて黒木教諭は出席番号一番の女子生徒を指名する。
「相内沙織!儂に何ぞ聞きたいことあるか?」
黒木の指名するところによれば、首席番号一番の女子生徒の名前は『相内沙織』というらしい。
「ぇあっと……先生はおいくつですか?」
いきなり指名された戸惑いとクラス中に注目されている恥ずかしさで顔を赤らめながら質問を搾り出す女子生徒。
「早速じゃのぅ、女に年齢を聞くとは……」
一方の黒木は質問を受けるとうんうん、と頷くと胸を張って答えた。
「驚け、ぴっちぴちの二十三歳じゃ!」
おおー、という声が生徒たちから上がる。
その声に得意げな顔でサムズアップしてふんぞり返る黒木。若いのは見た目でわかるがまさかそこまで若いと予想していた者はいなかったらしい。計算するに、早生まれでなければ大卒二年目であろうか。
「他にも何ぞ聞きたいことあるかー?」
気を良くしたのか生徒から上がる質問に、時には答え、時には適当にあしらう黒木。生徒達も最初の質問で緊張感が薄れたのか、積極的に質問を投げ掛けている。誕生日や血液型のような軽い質問から、彼氏がいるのかどうかのような突っ込んだものまで色々な質問が投げ掛けられた。
「お?」
やがてチャイムが再び鳴り響き、質問タイムがお開きとなる。
「さーて、それじゃあ入学式じゃ。全員廊下に出て出席番号順に並べー!」
八月二十日生まれのB型、彼氏いない歴=年齢の黒木茜教諭はそう言って生徒達を廊下に先導するのであった。
▽ ▼ ▽
入学式は第三まである体育館のうちでもっとも広い第一体育館で行われる。
体育館も新しく建てられたばかりのものなので、天井にバレーボールやバドミントンのシャトルが挟まっていることもない。
そんな第一体育館には現在、新入生三百六十人とその保護者、及び在校生代表の三年生三百六十人と。彼らが腰掛けているパイプ椅子ももちろん今年納入された新品であり、クッション部分が破れて穴が空いていたり、パイプが錆びていたりとかも全くない。
舞台正面には国旗の日の丸とこの学校の校旗が垂れ下がっており、現在はその舞台の上に設置された教壇で校長とおぼしき人間が新入生に対する歓迎の言葉を並べていた。ありがちなイメージの禿げてメタボな中年男性ではなく、白髪混じりの頭にがっしりとした体付きが印象的な初老の男性。「昔は熱血教師で野球部顧問だったんじゃ」とは入学式が終ったあとの黒木による談である。
「………」
それでも、何もせずに何十分も座りっぱなしと言うのは退屈なものだ。最初は壇上で喋る人間の話を聞こうと努力していたのだが、それも長くは続かなかった。
「ぁふ……ぐっ」
(こらっ!)
堪らずあくびが漏れたが、すぐに隣に座っていた神条に脇腹に肘打ちを入れられる。
迫原は襲い来る睡魔に抗いながら、顰めっ面のまま壇上を睨み付けていた。
リアル仕事忙しくて間隔開きました。
というかストックしてた昔の文章が酷すぎてもう参考にならないレベルだったので大幅に手直ししてたせいかも・・・。
H31.3.27 加筆修正しました
R1.6.10 微修正