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リバーシブルな日々  作者: 古岡達規
第一章 ー 平凡な春の日
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第一章(3) ー 平凡な春の日

「で、その心の友がこんな朝から何の用だ?」


 迫原は広げていた新聞の朝刊を折畳んで芥川に向き直る。どうせ言ったって来たら当分帰らないのだ。暴言に聞こえる言葉も二人の間では所詮『おはよう』という挨拶程度のものでしかない。


「起きてから速攻で来たから朝飯を食ってへんねん」


 何の臆面もなく言う芥川。もしかしなくても『朝飯を食わせろ』と言っているのだ。


「あのなぁ……」


 露骨に嫌そうな顔をする迫原。渋面のまま台所に向かうとレジ袋をごそごそと漁り始める。


「……おかずは缶詰でいいか?」


 迫原はレジ袋から缶詰の一つを取り出すと、カウンター越しに芥川に放り投げる。


「おお、サンキュー!鯖缶でもまぐろフレークでも全然オッケーよ」


 缶詰を受け取った芥川は上機嫌で缶詰のプルタブに爪を立てようとした。


「ってこれ猫缶やんけ!」


 プルタブを起こす寸前で声を上げる芥川。見ると缶詰の側面には可愛らしい猫が舌なめずりをしている写真がプリントされていた。


「なんだ、ダメなのか」

「アカンに決まっとるやろうが!」


 食えなくはないだろう。しかし人間のプライドというものがある。


「じゃあシリアルでいいか」

「牛乳はつけてくれや」


 今度は缶詰の隣に置いてあった袋詰めのシリアルを渡す。


「キャットフードやんけ……」


 わなわなと肩を震わせる芥川。


「ダメなのか」

「むしろなんでダメじゃないと思ったん?」

「贅沢な奴め」

「まずは人間の食い物を出してからそう言うことは言えや」

「他人の家にあがりこんで飯をタカる人間が何をいけしゃあしゃあと」


 迫原はやれやれと肩を竦めてみせる。


「昔は川で採ったザリガニを茹でて一人で食ってたくせに」

「あれは神条が『ザリガニと伊勢海老って似てるよね』とか言うからやんけ!」

「そんなお前なら、猫缶をおかずにキャットフードを食えるさ」


 芥川の肩に手を置いて笑顔で親指を立ててみせる迫原。


「そんないい顔で言われても食わへんぞ」

「そうかい、ならお前に食わせてやれる朝飯は無いな」

「そんなー」


 しょぼくれた顔をする芥川を尻目に迫原は再び台所に向かう。


「おお、そう言えばまだ仰木さんに飯をやってなかった」


 そう言って冷蔵庫から何かを取り出す迫原。


「おい、餌なら今の缶詰でええんちゃうんか?」


 芥川は炬燵から仰木さんを引っ張り出して言う。さっきまでテーブルの下でキャットフードを食べていたのにいつの間にそこ移動したのか。しかし迫原は芥川の言葉には答えずに調理を進める。


「昨日オカンが魚屋でもらってきたマグロのアラがあるからその食える部分をほじくり出して……」

「………」


 いつの間にか背後に立っていた芥川が迫原の手を握っている。たった今まで炬燵の傍で仰木さんを転がしていたのに、まるで瞬間移動でもしたかのような動きだった。

 そんなに腹が減っているのだろうか。少し引く。


「男と手を繋ぐ趣味はないぞ」

「俺もない」

「じゃあ放せ。俺は仰木さんの飯を用意せにゃならんのだ」


 さっきキャットフードを食べさせたことは言わない。


「………」


 手を握ったままじっと目を見つめられる。


「そんな捨てられた子犬みたいな目をしても無駄だぞ。言いたいことがあるなら口に出して言え。人間だもの」


 どっかの詩人みたいなことを言うものである。


「知っとるか、魚はアラに残った身の部分の方が普通の刺身より美味いんやで」


 なにやら唐突に豆知識みたいなことを言い出した。少女漫画の絵みたいに、瞳がキラキラしている。身長百八十センチを越える大の男がやると割と気持ち悪い。


「……しょーがねぇなぁ」


 迫原とて別に何も出さないつもりだったわけではない。このマグロも残りの身をほじっていたのも叩いて丼にしてやろうとしたからだ。


「ありがてぇ……ありがてぇ……」


 跪いて礼を言う芥川。


「お前、プライドとか無いの?」

「チンケなプライドを意固地に守ったって腹は膨れんからな」

「ああ、そう……」


 そんなことを誇らしげに言う芥川。こういう潔さになぜだか妙な説得力を感じてしまう迫原であった。


「冷蔵庫の魚肉ソーセージも食っていいぞ」

「マジで!?急にどうしたん」

「賞味期限が切れてるからな」

「……ちなみに何日ぐらい?」

「一週間」

「せやったら全然イケるな」


 そんな上機嫌で勝手に冷蔵庫を漁って魚肉ソーセージを取り出す芥川に、迫原は棚の奥から引っ張り出したひとつのレジ袋を手渡した。


「ナニコレ?」

「五年前にお前が置いていったあんぱん」

「お前まだそれ置いとったんかよ!」

「未開封だぞ?」

「いらんわボケ!」


 その後も二人は気心知れた同士の互いに気後れしない遣り取りを交わしながら時間を過ごすのだった。


▽ ▼ ▽


 県立神川東(かみかわひがし)高等学校。それが今日から迫原達が通う高校の名前である。

 創立から百年を超える、神川市内では一番の県立進学校であり、県内と言う括りにおいても公立では五本の指には入るであろう偏差値を誇っていた。

 流石に有名私立高校程ではないが、卒業生が旧帝大へ毎年そこそこの人数進学している実績もある。校舎は鉄筋コンクリート四階建てが二棟に体育館と武道館、狭くて水捌けの悪いグラウンドという、設備は公立ということを差し引いても並、またはそれ以下であった。


 ()()()()()()。過去形である。なぜか。


 現在の県立神川東高校は以前のそれとは完全に別物へと変貌を遂げているからである。

 では具体的にどのような変貌を遂げたのか、簡単に説明しよう。


 まず、この日本には『かぐやグループ』と言う世界トップクラスの収益を誇る有数の大企業がある。

 そこのグループのトップ、かぐやグループ会長、竹中惣太郎(たけなかそうたろう)には一人息子がいる。一代で大企業を立ち上げたものの、長い間子宝に恵まれなかった彼が老年になってようやく授かった息子を、それはもう可愛がっていた。目に入れても痛くないとはまさにこのことだ。

 そんな彼の息子が今年高校に入学する年齢で、神川東高校を受験することになったのだという。

 というのもその息子が出来た人間であり、親がどのような名声を持とうとそれを誇ろうとはせず、自分の足で立つのだと言い、親の勧める私立高校への進路を拒んで普通の県立高校である神川東高校を選んだ。


 だが、問題があったのは息子ではなく親の方だった。


 彼の息子は小学校高学年の頃には親離れしていたのに、親は未だに子離れが出来ていなかったのである。

 ある時、息子が自分の勧める名門私立ではなく県立の神川東高校を受験するということを知ったグループ会長は、当時の神川東高校の設備を見て嘆いた。『こんな環境では息子が勉強するのに支障があるのではないか』と。

 息子に説き伏せられ県立の高校に進学することは渋々ながらも了承したものの、どうしても息子に関わりたかったのである。

 そこからバカ親は息子に黙って高校の周りの土地を買収。敷地を広げ、校舎を新しく改築し、設備を一新した。

 結果、現在の神川東高校は金持ち私立も真っ青な姿へと生まれ変わったのである。ごく普通の県立高校を増改築することに対しては方々から様々な意見が出たものの、天下のかぐやグループ会長に最後まで楯突ける者がいるはずもなかった。


 しかし、息子がもし仮に高校受験に失敗ていたらどうするつもりだったのだろうか。


「広いなぁ」

「ああ、広い」


 迫原と芥川は現在、教職員の先導に従って自転車を駐輪場に移動させている途中だった。

 神川東高校の登校は基本的には自転車でということになっている。徒歩でも登校は可能だが大半の生徒が自転車で登校するが、一部の遠方の生徒はバスや電車を使う場合もあるようだ。

 去年まではあくまでごくごく普通の県立高校だったため、生徒は基本的に市内の人間に限定される。そのため寮や下宿などは存在しない。

 入学式のために登校してきた新入生達はまず、教職員や生徒会役員の上級生達の指示に従って自転車を所定の位置に移動、各々の教室に入ることになる。

 クラス発表は春休みの間に郵送された書類に明記されており、それに従うことになっていた。


「つかスタッフもまだこの学校の全部を把握してないんちゃうか、これ?」


 自転車を指定された駐輪場に移動させたところで周囲を見渡した芥川が言う。

 迫原もそれにつられて周りに視線をやる。

 首から青い紐でネームカードを下げた大人は教師や事務員、制服を着て黄色い腕章をつけた生徒はおそらく生徒会役員と言った具合に、スタッフは一目で保護者や新入生と区別が出来るようになっている。

 しかし、時折そのスタッフの人間が紙を片手にオロオロ走り回っている姿が散見されるのだ。


「言われてみれば確かにそんな風にも見えるな」

「まぁ、しかたないっちゃ仕方ないんかもしれんけどなぁ」

「こんなことになるとは誰も思わなかっただろうしな」


 ほんの数ヵ月で一新された校舎や設備。教職員にとっても寝耳に水だったことだろう。

 自転車を停めた二人は他の新入生らしき生徒達に混ざって校舎へと歩みを進めた。

 校舎に入ると尚一層真新しさが目につく。真っ白な下駄箱、傷や落書きなど一切無い壁や柱、全てが新品。なんというか、大正時代旧制中学から続く創立百年超の伝統とか歴史とか微塵も感じない。


「教室どこだっけ?」

「そこら辺の新入生に着いていけばわかるやろ」

「それもそうか」


 二人は同じ一年二組に配属されていた。

 一年生は五階建て二棟ある校舎のうち、西棟の一階に陣取っており全九クラスである。下駄箱のある昇降口に近い方から九組、逆に遠いのが一組となっており、二組は校舎南側の階段のすぐ側の教室という位置にあった。

閲覧ありがとうございます。


第一章その3になります。


序盤は説明とか提示ばっかりですね・・・加筆修正だけじゃなくてもうちょっと大本から組み直した方がテンポ良かったかも。


とりあえず今日の更新は以上になります。


またお会いできたら嬉しいです。


では。


H31.3.27 加筆修正しました

R1.6.10 微修正

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