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リバーシブルな日々  作者: 古岡達規
第一章 ー 平凡な春の日
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第一章(1) ー 平凡な春の日

「で、なんでこうなった?」


 一人の少女が苛立たしげな口調で言った。


「なんで?」

「………」


 しかし返ってくるのは無言。少女は右手で頬杖をつき、左手の人差し指でテーブルをコンコンと叩く動作を繰り返す。見るからに不機嫌そうな表情だ。


「……聞こえてる?」

「………」

「おーい」

「………」


 勿論、彼女はこの場に一人で独り言を呟いているというわけではない。

 彼女が座っているのは、春先で片付けるタイミングが掴めないまま出しっぱなしになっている四角い炬燵テーブルで、その対面にはちゃんと人が座っている。

 ただし、額をテーブルに突っ伏しており、その顔は確認できない。解るのはうなじで無造作に束ねられた濡れたような黒い髪だけだ。着ている服も背中にランバードのロゴが入った黒いジャージであり、それだけでは男か女かの区別もつかない。


「おーいってば」

「………」

「こーらー」


 テーブルに突っ伏した方は少女の呼び掛けに反応する素振りは見せず、ただのしかばねのように微動だにしない。当然、まともな反応を示さない相手に、少女の口調にも徐々に苛立ちが混じり始める。


「………」


 試しにつむじの辺りを人差し指でつついてみる。


(……へんじがない。ただのしかばねのようだ)


 そんなテロップが出そうなほどピクリとも動かない。ならばと今度は頭を軽くはたいてみる。


(……へんじがない。ただのしかばねのようだ)


 全くと言って良いほど微動だにしない。本当に死んでいるわけでもないだろうが、こうも一切反応を示さないと流石にどうしてやろうかという気になってくる。

 一応、頭を軽く拳でぐりぐりしてみたり、髪の毛を引っ張ったりもしてみたが一切反応しないので、彼女は実力行使に出ることにした。呼び掛けても返事をしない方が悪いのだ。

 炬燵から立ち上がると台所まで移動する。するとガスコンロには業務用の金色のヤカンが放置してあった。中には麦茶が入っており、昨夜のうちに沸かしておいて一晩そのまま置いて冷ましてあったのであろうことが伺えた。

 ちょうど良い、そう思って少女はその麦茶を火かけて再加熱する。

 待つこと数分。ヤカンの麦茶が激しく沸騰を始めたところで火を止め、蓋をしてそれを運ぶ。そのまま屍が突っ伏している炬燵まで戻ると、ピクリとも動いた様子のないその頭に狙いを定める。

 そして、躊躇うこと無くヤカンを傾けた。中に入っていた再沸騰された麦茶は注ぎ口を通り、重力に引かれてロックオンした位置に降り注ぐ。


「あ゛っ゛つ゛ッ゛!!」


 直後、物言わぬ屍が文字通り飛び上がって息を吹き返す。

 何せ沸騰したばかりの熱湯である。寝耳に水ならぬ寝耳に熱湯、呪泉郷に落ちた人間を元に戻すのにも流石にここまでの熱湯は使用するまい。よい子のみんなは危険だから絶対に真似しちゃダメだからネ!


「熱、アツ、あっつッ!!」

「熱男ぉー」


 とあるプロ野球選手のポーズを真似る少女。


「おいゴルァ!」


 熱湯をかけられた方は涙目になりながら、麦茶が直撃した後頭部辺りをしきりに擦っている。


「起きたか?」


 一方、熱湯をかけた側は全く悪びれる様子はなく、むしろ当然だと言わんばかりの顔だ。

 ヤカンをコンロの所に戻すと、台所から睨み返す。

 カウンター越しに視線を交わす二人。


「………」

「………」


 一方は涙目で相対する相手を睨み付け、もう一方は向き合う相手を小馬鹿にするような目で見ている。こうしてようやく二人はお互いに顔を見合わせることができた。

 台所に立っているのは茶色掛かった黒髪を肩口辺りで短めに整えた少女。ぴんと伸ばした背筋の凛とした佇まいと、強い意思を宿したやや吊り気味の目が印象的だ。それに綺麗な白い肌、くっきり二重の整った顔立ち、すっと通った鼻梁。紛れもなく美少女というカテゴリーに分類される。

 対するのは頭から微かに湯気を立ち上らせている少女。うなじ辺りで雑に束ねられた髪が背中の中程まで伸びている。こちらも整った顔立ちをした美少女で、左目にある泣き黒子が印象的。悔しそうに涙目になっているところに庇護欲を刺激するかわいらしさがある。

 まぁ、熱湯をぶっかけられたら誰でも泣きたくもなるだろうが。


「いつまでもウジウジしてんなよ、うっとおしい。そもそも、どうしてこうなったかをあたしはまだ説明してもらってないんだけど?」


 しかし、短髪の少女は中々に辛辣だった。潤んだ瞳を向けられても同情の念など一切抱いていないかのように、冷ややかな眼で相対する少女を睨み付ける。熱湯をぶっかけたのは自分なのに。


 そもそも、どうしてこのような状況になったのか。


 まず冒頭のように、とある少年が朝起きて、いつものように洗顔を行おうとした。

 そこで冒頭の事件が起きる。

 なんと、鏡には見知らぬ()()が写っている。しかし、その場には彼一人しかいない。そして彼は気付いた。『自分の身体があろうことか女になっている』という事実に。

 もちろん、そんな非常識な話いきなり許容できるものではない。彼は混乱し、なんとか『女になってしまった』と言う事実を否定しようと無駄な足掻きをした。これは夢だ、夢に違いない。そう思って的外れな努力を繰り返す。

 だが、現実は逆に彼を更なる絶望へと誘う結果へと繋がった。


 混乱した彼は服を脱ごうとしたのである。


 当然、女になっているわけだから、上半身を脱げばそこにあるのは平野ではなく各々の頂に蕾を持つ二つの丘があるし、下半身を脱げばそこには本来あるはずの砲身が存在しない。

 彼はそれをばっちり視認してしまったのだ。

 その瞬間、彼の理性と思考回路は限界を迎えた(オーバーヒート)。いや、むしろこの時までよく持ちこたえたと称賛にすら値するだろう。理性の臨界点を突破した彼は絶叫したわけである。


「なんじゃこりゃああああああああああああああああ!!!」


と。


 これが冒頭の内容だ。


 しかしこの絶叫、ハイキングで山に向かって「ヤッホー」と叫ぶのとはワケが違う。

 彼の家があるのは住宅街である。

 当然、周囲にはいくつもの家があるわけだから、嫌でもその絶叫は人の耳に届く。数百メートル先の商店街にある駄菓子屋のばあちゃんのやや遠くなりかけている耳にまでしっかり届いていたと言うほどの、まるでこの世の終わりのような叫び声だ。隣家の住人などはたまったものではない。

 その隣家の住人と言うのがこのヤカンを持った少女な訳である。

 彼女は当事者の少年とは幼馴染という間柄なのだが……それについては後々説明するとして、ともかくいつものように春眠を貪っていた彼女は、突然の絶叫に目覚まし時計より早く叩き起こされた。

 飛び起きてみれば居間で何事かと困惑している母親。その様子を見て彼女は少年宅に乗り込んだ。そして、半裸のまま洗面所でまるで彫刻のように硬直していた少女(しょうねん)を見つけて現在に至ると言うわけだ。


「あんたの趣味にとやかく言うつもりも無いけど、男辞めるなら高校デビューに合わせて春休み中にやっとけばいいのに。わざわざ入学後にやらなくても……」

「俺にそんな趣味はねぇ!」

「冗談にツッコミを入れる元気はあるんだ?」


 今更だがこの場にいる二人の説明をしておこう。

 冒頭の少年、名前は迫原智也(さこはらともや)と言う。この春に高校に入学した高校一年生の十五歳。

 一方、幼馴染の少女の名前は神条(しんじょう)ゆかな。彼女と迫原は同い年であり、通う高校も所属するクラスも同じ同級生である。


「それに豊胸手術みたいな中途半端なんじゃなくて、隅々まで女になってんだよ!」

「……隅々まで?」

「そうだよ!外見だけじゃなくて、()も完璧に!」

「ついてないの?」

「ついてないの!!」


 勿論、迫原は性転換手術はおろか豊胸手術などしていない。今朝起きたらいきなりこうなっていたのだ。


「ひょっとしてあたしが知らない間に中国に行ったとか?」

「行ってねぇ」


 迫原は中国四千年の歴史を持つ呪いの泉の修行場に行った経験などない、というか飛行機に乗ったことすらない。格闘ゲームの吸血鬼に超必殺技(ミッドナイトブ○ス)を食らった事もない。


「まぁ、そうだとしたらさっきお湯かけたときに戻ってるか」

「うぅ……畜生。なんで俺がこんな目に……」


 再びテーブルに突っ伏してメソメソし始める迫原。実に男らしくない。まぁ、今は女だが。


「どうしてこうなったんだろうねぇ」


 どうしてこうなったか、そう問われても誰も答えなぞ出せるわけがない。当の本人である迫原自身でさえわかっていないのだから。

 本編スタートです。

 拙い文章ではありますが、読んでいただけてありがとうございます。


 文章から察していただけると思いますが、私がTSに目覚めたのは小学生の頃にキッ○ステーションで『ら○ま』の再放送を見たせいなんですよね。


 それではまた。


H31.3.27 加筆修正しました

R1.6.10 微修正

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