第二章(4) ー 非凡になった春の日
「親に正直に伝えるだぁ?」
露骨に嫌そうな顔をする迫原。
「当たり前じゃないか。生まれてから十数年一緒に暮らしてきた家族でしょ。隠し通せると思ってるの?」
「…………」
当たり前の事実を言葉にされて、迫原はげんなりした様子で身体をソファに投げ出す。
「僕には何も出来ないけど、ひょっとしたら親御さんなら何か知ってるかもしれないしね?」
「朝起きたら突然美少女になってましたーってか?完全に頭オカシイ奴じゃねーか」
「でも事実じゃない?」
(自分で美少女とか言うなよ)
お茶請けのクッキーを摘まみながら内心でツッコミを入れる神条。
「事実でも親に自分で説明するとかどんな羞恥プレイだっつーのよ。かーさんにどんな反応されるか今から恐ろしくて恐ろしくて……」
「あ、これ美味しい」
「本当?それは良かった。実は女性向けに開発したうちの会社の新商品で、砂糖とバターを極力使わずに雪花菜とか……」
「話の腰を折るんじゃねー!」
竹中と神条のお茶会トークですっかり毒気を抜かれてしまった。と、いうかサラッと“うちの会社”などと宣う通り、クッキーの缶に貼り付いているラベルには『かぐやフーズ』の文字と会社のロゴマーク。
この男は正真正銘、『かぐやグループ』会長の息子なのだろう。
どうせここまできたら鬼が出ようが蛇が出ようが気にしない。この竹中幸司という少年について突っ込んでみようと思った。
「この部屋は何なんだ?何でお前は俺たちに声をかけた?俺たちの何を知ってる?目的は?」
矢継ぎ早に思っていた疑問点を口にする。
先程、この少年とまともにやりとりするのは辞めようと思ったばかりだが、これが最後だと開き直って聞くことにしたのだ。
問いを投げられた竹中は特に困った様子もなく平然とした様子で答える。
「この部屋には室名札が無かったでしょ?あれはね『この部屋がかぐやグループ』だからなんだ。うーん……ここは『神川東高校』の中にある『かぐやグループの事務所』ってところかな?」
「大使館みたいなもんか」
「そういうこと」
「何のために」
「それは内緒」
イタズラっぽく微笑む竹中。胡散臭い、だが人を不快にはさせないその笑顔。
「次に声をかけた理由だね。さっきも言ったけど、『君たちに興味があったから』」
「理由になってないだろそれ。具体的に、何で俺たちだったんだよ」
「単純に面白そうだったからだよ。視線だけじゃない、雰囲気だけで会話して、理解しあってる。なのにお互い明確に一線引いて接してた」
たった一週間そこらでそんなところまで見透かされていたことに驚きを隠せない迫原と神条。
「君たちがこれからどんな高校生活送るのかなってことに興味があった。それを近いとこで見られたらいいな、って思ってね。貴重な高校生活三年間、青春真っ只中じゃないか。楽しまないと損ってものでしょ?」
「その楽しみが他人の観察かよ。お前の青春それでいいのかよ」
「構わない」
あっさりと言い切った。
「僕にはもう決まったお相手がいるんだ。俗に言う許嫁ってやつ」
特に悲壮感など見せる様子もなくあっけらかんとしている竹中。
「親に無理言って高校生の間だけは自由にしてもらった。その代わり、高校を出たら脇道無しの一方通行さ」
「…………」
「ああ、誤解しないで欲しいんだけど、僕はこの人生に納得してる。この学校の改装にしたって、親が好意でやってくれたことさ。『人生にとってわずかな時間だとしても、その三年間が輝きを持った宝物とするために。少しでもその可能性を広げる為の手段だ』ってさ。ここまでするのは大げさだけどね」
表情は相変わらずだし、言葉も割と事務的で感情が籠ってないように見える。だがその節々には竹中の意志が在るようだった。
「知ってることっていうのも大したことないよ。僕は迫原くんや神条さんのことは自己紹介の範囲でしか知らない。ただ『一週間隣の席で観ていた』っていうプラスアルファがあるだけだね」
「……そうかい」
迫原はため息を吐いて肩を竦めた。
「目的もただの挨拶さ」
「妙な挨拶もあったもんだ」
「インパクトは大事だからね」
「そうかよ」
この少年に関して、警戒は怠るべきではないだろう。だが、無条件に敵視する意味もない。迫原はそう判断した。
神条に視線をやる。彼女も嘆息して肩を竦めてみせた。
(あんたがそれでいいならあたしもそれでいいよ)
「また目で会話してる」
「あ゛ん?」
可笑しそうに笑う竹中と睨む迫原。
「これからよろしく。迫原くん、神条さん」
「智也でいい」
「あたしもゆかなでいい」
「……ありがとう、智也くん。ゆかなさん」
最後の笑顔は仮面とは少し違って見えた。
「両親にはちゃんと説明しなよ?」
「……帰りたくねぇ……」
※
「…………」
我が家の玄関のドアノブを握る迫原の姿。
軽くノブを引いてみると、やはり鍵はかかっていない。
(そりゃ帰ってるよなぁ……)
竹中に放課後付き合ってからの帰宅で、現在の時刻は午後5時半を回ったぐらい。各家庭では夕餉の支度が進み、外で遊んでいた子供たちも徐々に帰宅しようという時間帯。
母親の今日のシフトは早番だ。朝は早いが昼過ぎ、遅くとも3時半頃には帰宅している筈。つまり今家にいて当たり前だ。
父親は少なくとも9時を過ぎないと帰ってこないのでそれは構わない。
(はぁ……)
当初の予定では下校してすぐに神条家へ直行し、一旦状況を整理してから帰宅するつもりであった。何ならさつきの血からを借りることも視野にいれていたのだが、放課後は竹中の介入によって大幅に時間を消費してしまったため、そういうわけにいかなくなってしまった。
それに、竹中にからは『ひとまず自分の両親には包み隠さず打ち明けてみろ』と言われたのだ。胡散臭いことこの上ないが、確かに実の両親に対して誤魔化せるとは迫原自身も思っていない。
「ふぅー……」
深呼吸を一つ。
意を決してノブを握ると一思いにドアを開ける。
「ただいまー」
ふわりと漂う芳しい香り。夕飯はカレーのようだ。
「ぅにゃあ」
ふと足元に目をやると、玄関マットの上で飼い猫の仰木さんが白いお腹を見せて転がっていた。
「あーもー、マットが毛まみれになってんじゃん!」
玄関の下駄箱横に置いてある粘着シートを転がして飼い猫の抜け毛を掃除する。外は大分暖かくなってきた時期だし、猫は換毛期真っ只中。仰木さんは雑種だが長毛種の血は混じっていないらしく、毛はそれほど長いわけではない。ただ毎年、特に冬毛から夏毛に変わる春の時期は、家の中の至るところで猫の毛が散乱している。
掃除機だって毎日かけているが、掃除が終わった後のフィルターはいつも猫の毛でびっしりだ。
「ブラッシングもしてやってるのになぁ……」
寝転がる仰木さんの腹を弄ってやるとゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らすのだった。
「おかえり」
頭の上からかけられた声に思わず肩がビクンと震えた。
目線を上げると母親の美奈がエプロン姿で廊下に立っている。
「た、ただいま」
思わず語気が弱々しくなってしまった。
「帰ってくるの、ちょっと遅かったんじゃないの?」
微妙に不機嫌な様子の美奈。
時刻は18時前。放課後に部活をしているような学生ならまだしも、迫原は部活をしていないのだから少し遅い帰宅ではある。
中学時代から帰宅部で、頻繁に寄り道してから帰宅するような人間でないことは親である美奈はよく知っているのだ。
「新しいクラスの奴とちょっと話してて……」
嘘は言っていない。
「ふーん、まぁいいけど。あんまり遅くなるなら連絡くらいはしなさいよ」
十代の少年少女なのだ、放課後に友人と談笑するくらいままあることだ。それくらい大人なら誰もが理解しているから別に深く追求したりはしない。
ただ、今日この日に限っては少し事情が違った。
「あんた、母さんに言わなきゃいけないことがあるんでしょ」
ぎくり。
思わず鳩が豆鉄砲食らったような顔になる迫原。
「な、なんで……?」
「さつきが何かメッセージ送ってきたからね」
そう言ってひらひらと自分のスマホを手に見せる美奈。
「とりあえず着替えてきなさい」
そう言って美奈は台所へと踵を返した。
「…………」
迫原は黙って立ち上がると、玄関に置いた鞄を背負い直す。もう構ってもらえないと悟った仰木さんも、欠伸をすると立ち上がって大きく伸びをした。そしてそのままリビングの方へ歩いていってしまう。
やや出鼻を挫かれた感はあったものの、一から説明するよりも手間が省けてよかったのでは、と思い直すことにした。
二階の自分の部屋へ行き、学ランとズボンを脱いでハンガーにかける。ワイシャツの下に着ているのは肌着代わりの黒いTシャツだ。その下には今朝、神条が巻いてくれたサラシがキツめに巻かれている。
(何だって言うんだろうな、一体)
愛用の黒いジャージに着替える。伸縮性に富んだジャージとはいえ、やはりこの身体にはサイズが大きい。
ふとタンスの扉の内側に付けられている小さめの鏡が目に入った。そこに映っているのは自分の姿。
普段から容姿を女顔だと揶揄されてきた。だが自分は歴とした男として生まれて男として育ってきたのだ。
なのに、今の自分は紛れもなく女である。
何故、どうして。
鏡に映る、自分にとてもよく似た少女と見つめ合う。その姿に思わず言葉が溢れた。
ーーお前は一体誰なんだ?
なんとか一週間に一本・・・。
色々やってると時間足りませんねー。
R1.6.11 微修正




