五日目 夜
すねこすり村に戻ると子供達が猪を見て集まってくる。
「重くないのぉ~?ねぇ~ねぇ~」
子供達が纏わり付き猪を落としそうになる。
「大丈夫だけど余り近づかないでね、落としちゃいそうだから」
「凄い力持ちなんだねぇ」
「ほら、危ないからちょっと離れてなさい」
「は~い」
リンが子供に注意すると聞き分けよく離れてくれる。
「リンありがとう」
「そんな事より井戸がある場所まで運んでくれる?」
「村の真ん中だったよね」
「そうよ」
「しゅっぱ~つ」
「「「お~」」」
子供達が元気いっぱい付いて来る。
「皆にお願いしたい事があるんだ」
「な~に?」
「大人の人を井戸の所に呼んで来てくれないかな?」
「「「「え~」」」」
みんな仲良く不満の声を上げてくれる。どこかで練習でもしていたのかな?
「あんた達、大人の人呼んできてくれる?」
「「「「は~い」」」」
子供達はワイワイと大きな声を上げながら走って行く。リンの言う事は素直に聞くが僕の言う事を聞いてくれないのはなんでなんだろう。
「リンの言う事は聞くんだね・・・」
小さな声で不満を漏らすとリンが返事をくれる。
「何拗ねてるのよ」
「僕の言う事は聞いてくれないのになんでなんだろうって思っただけだよ?」
「単純になめられてるんじゃないの?」
真顔で言われると僕でもちょっと傷つきますよ?
「そうなの?」
「違うの?」
「・・・そうかもしれない」
井戸につくとすでに人が多く集まり始めている。
「妖一そこに置いてくれる?」
大きな平たい石の台を指差すのでその場所に猪を置く。
「リン、この平たい石ってなんなの?」
「何って村で捕った大物を皆で分ける時に使ってる解体用の台よ?」
「普段から皆で分けるの?」
その質問には、最初の日に僕の足の間に頭を突っ込んで遊んでいた女の子が答えてくれる。
「あのねぇ、おっきいのは皆で食べないと痛んじゃうんだよぉ~」
「まあそう言う事よ」
燻製とかにすれば長持ちするんじゃないかなぁ
「そうなんだ、教えてくれてありがとう」
女の子を撫でると喉をゴロゴロと鳴らす。
「お兄ちゃんは何にも知らないんだね」
「そんな事ないよ」
「じゃぁ何を知ってるの?」
不思議な事聞く子だね。きっと僕は君の知らない事をいっぱい知ってるよ
「そうだねぇ、例えばリンはとっても優しい女の子なんだよ。知ってた?」
「そんなの私だって知ってるよぉ?」
「そっかぁ、リンが優しい事に気付いたのは僕だけじゃなかったんだねぇ」
女の子の頭を撫で続けながら話していると、リンが半眼でこちらに話しかけてくる。
「妖一・・・趣味は人それぞれだと思うけど・・・正直引くわ」
「違うよリン、前にも誤解だって言ったじゃないか」
「そうだったかしら?」
人を喰ったような笑顔をしているのに気付く。
「揶揄わないでよ」
「いい暇潰しになったわ。皆集まってくれたみたいだし分けましょ」
小さな声でリンに話しかける。
「大きな包丁を出そうか?」
「いらないわよ」
リンはそれだけ言うと大きな声で皆に呼びかける。
「皆!村長には前から話してあったけど、私はもうすぐ旅に出るつもりなの!妖一も連れて行くわ!今までありがとう!もう少しの間よろしくね!これは私からの最後のお返しよ!皆で食べましょ!」
皆が思い思いにリンに声を掛けた後、リンの手によって猪は綺麗に解体され部位別に分けられる。
「リンの解体技術はいつ見ても素晴らしいのぉ。あの子が解体するとこの村では一番早いからのぉ。そうそう、リンに付いて行くなら一つ頼みがある」
リンを少し離れた場所で見ていると村長が話しかけてきた。
「僕に出来る事なら」
「儂にとってあの子は本当の孫と変らぬ程可愛い子なんじゃ。だけど儂以外の者からはいつも冷たくされてのぉ。あの子の責任では無いのに皆気味悪がってのぉ・・・」
哀しい目をして語る長老を見ると、心の底からリンを想いこれからの事を心配しているのが分かる。
「それはリンが犬型のすねこすりだからですか?」
「それもあるのじゃが、あの子が生まれるにあたって不幸な事故があってのぉ・・・」
前に聞いた死産の事を言っているのだろう。
「それで頼みなんじゃが、あの子は他人を頼ったりせん子じゃ。じゃがお主と出会ってそれほど時も経たぬ間に、人にあんなにも心を許し笑っているのを初めて見た」
村長は真剣な眼差しで僕を改めて見る。
「願いとはたった一つじゃ、あの子をこれからも1人にせず、一緒に居てやってほしい」
村長ともあろう人が僕に頭を下げようとする。
「そんな事しなくても一緒に居ますよ。それに僕にはリン以外頼れる人が居ません。もし離れるとしてもそれはリンからですよ」
「ありがとう・・・『人の子』よ」
あれ?最後に小さな声で何て言ったんだろ?まぁいっか。
「またの」
長老は後ろ手に手を振りながらリンの隣へ歩いて行く。
「ねぇ~ねぇ~」
いつの間にか女の子が足の間に挟まっている。
「なに?」
本当にこの子は僕の足の間が好きな様だ。
「リンちゃんとどこまで行くの?」
「僕は分かんないなぁ」
女の子は小さな唇を尖らせる。
「分かんないのぉ?つまんない」
「ごめんね」
又頭を撫でてあげると、不満そうな顔をしながらもゴロゴロと喉を鳴らす。
「ねぇ~ねぇ~」
「今度はなに?」
「あれ重くなかったの?」
バラバラになって皆に分けられている最中の猪を指差しながら訪ねてくる。
「僕はこう見えて、とっても力持ちだからあの位はかるーいかるい」
「じゃぁ私を高い高いして~」
なにがじゃぁなんだろ?まぁいっか。女の子の脇の下に手を入れ待ちあげてあげると、楽しいのかニコニコと笑ってくれる。
「もっともっと」
「これ以上は手が伸びないよ?」
「お父さんはポ~イってしてくれるよ」
ポ~イって言われてもしていいのだろうか?落としたりしたら大変じゃないのかな?そんな事を考えてると女の子に怒られる。
「はやく~」
「分かったけど一回だけだよ?」
何も考えずに軽い気持ちで投げてみる。
「わぁ~~・・・・・・・・・ぁぁあああ」
女の子が凄い勢いでゴマ粒になっていく。少しして段々と大きくなって落ちてくる。
「あ、落としたら流石に駄目だよね・・・」
落ちてきた女の子をうまくキャッチでき、ほっとしているとリンが凄い形相で迫ってくる。
「ちょっとあんた!何てことすんのよ!皆は猪の方を見てて気づかなかったから良かったけど、あんなことしちゃ危ないでしょうが!」
「ごめんね・・・あんなに飛ぶとは思わなかったんだ・・・」
投げられた本人は楽しかったのかもう一回!と催促してくる。
「もう駄目よ」
「分かってるよ」
女の子を下ろすとリンが「皆には内緒よ?」と約束をさせていた。
「さて、皆にも猪を分けたし帰りましょ」
リンの手を見ると葉っぱに包まれた小さな肉の塊を持っていた。
「もういいの?」
「別に明日出るってわけじゃないし、もうお腹空いたのよ」
「そういえばお腹空いたね」
「ほら、さっさと帰って食べましょ」
家に帰ったらリンは手早く食事を作り、いつもの通り机の上に用意をしてくれる。
「食べて寝ましょ」
机の上には水煮が用意されている。どうやら猪肉は明日になるらしい・・・楽しみにしてたからちょっと残念だな。
「この水煮美味しいね」
「塩が効いてるからね」
白は自分の分を食べて眠ってしまった。
「妖一、今度子供を投げる時は事前に私に言いなさい」
僕の信用は地の底まで落ちた様だ。
「もうしないよ」
僕達は食事を終えるとリンは素早く片付けをする。そして僕達は直ぐに眠りにつく。
8月11日に上げる予定です。