メルヒェンLast…Never,Happy,Marchend!!
最終回となります。読了、評価に感謝
あの戦いの夜から、何日も経ってしまった。
まるで見計らったかのように冷え込んで、雪の降る日が続いてる。
季節は冬。よく雪が降って積もるけれど、快晴の日も多くて、そこまで嫌じゃない。
でも寒いのは苦手だ。部屋の中で、炬燵の中でぬくぬくとしていたい……普段ならそう思っていたはずなのに、自分でも驚くくらいに外を出歩くようになっていた。
今でもエリスのことを考える。
あの人が納得するような、満足するようなメルヒェンな理想郷を、ずっと考え続けている。
やり直せないわけじゃないのかもしれない。私が私の理想郷の主である限りは。
でも、何か引っかかる。みんなの理想を、理想郷を繋ぐ。それはいい。
ただ、何かが足りない気がする。それを雪の中、ずっと探し続けて、彷徨っている。
アルカディアの街並みは白一色だけど、聞くところによるとユートピアはある程度気象操作できるからか、雪がそこまで降らないらしい。この光景はユートピアにとっては希少な景色だ。
後はヴァルハラの方も雪が積もっている頃かな。
白銀の衣装を纏ったアルカディアの景色を一望するために、私は今日もアルカディアの北区を歩いていた。
「綺麗だね、アヤメ」
「ああ。……だが昨日も見た。私はそろそろ見飽きたな」
もう何度も、何度も、この場所を訪れている。
「やはり、お前には辛すぎたか」
「……そんなことないよ。今はただ、何が足りないのか考えてる」
あの人の理想を継いだんだから、半端なものじゃ許されない。私が私を許せなくなってしまう。
まるで一種の呪いみたいに、やりきれない感覚が心の中に住み着いている。
「それは……」
アヤメが何かを言おうとして、口を噤んだ。
どうしたんだろう、遠慮なんてしなくていいのに。
「どうしたの? アヤメ」
アヤメは少し悩んで、一つ深い息をこぼした。
「いい加減、進まなければな……イリス、お前の足りないものを私は知っている」
「うん」
「それは、私たち自身の世界だ」
「……あーっ、そっかー」
そういえば前世の世界、私自身の妄想の世界が無い。
この世界に、私の理想郷を創る……私の妄想の世界を現実にする。
考えてみれば、私が創る理想郷はみんなの理想と繋がれる場所だ。それなのに、私自身の妄想が無いんじゃ、私が創る意味が無かった。
でも、それはどこにすべき? 南の海? この大陸のどこか? 夢の世界? それともヴァルハラの一室?
どこでも作れるからこそ、此処に創るべきという理由が無い。私は優柔不断だった。
雪景色のアルカディアを眺めていると、不意に声をかけられた。
誰かと思って振り返ると、もこもこフードを被った着込んだ彩花さんだった。
「こんにちは、イリスさん」
「あっ、彩花さん。こんにちは」
「今日は晴れているとはいえ、この季節に散歩ですか?」
「大丈夫ですよ、魔法でポカポカなんで、ほら」
私が手を差し出して、彩花さんが触れる。
目を丸くして驚く反応が、可愛くてちょっと面白い。
エリスを倒して、私は色々な宝石魔法を使えるようになった。
死をもたらす怖ろしいものから、こうやって体をポカポカにしたり、心を前向きにしてくれるような優しい宝石魔法……。
「すごい、こんなに……お見事ですね」
「いえいえ、それほどでも……あっ、そうだ。彩花さんは、どこに理想郷を創るんですか?」
「私は、ここから北東の方に創ろうと思っています」
「北東……?」
「魔窟の森から遥か北……ヴァルハラからは東にいったところの大きな雪山、そこに永久の花園にするつもりです」
「花園……永久の」
「ここより深い雪を解かせば、雪解け水は山を駆け下りて、葉の先、花びらの隅々まで行き渡る……」
彩花さんの語る理想郷はまさに楽園のようで、イメージが不思議なくらいに湧き出る。
「イリスさんも理想郷を創るんですよね。もう決まっているんですか?」
「えっと……」
答えあぐねていると、彩花さんが察してくれた。
「そうですか、んー……こういう問題は本人にしか決められないことなので……」
「だ、大丈夫です! 迷ってるだけで、困ってるわけではないので!」
「分かりました。でも、力になれることがあればいつでも言ってくださいね。相談するだけでも」
「ありがとうございます、彩花さん」
彩花さんはにっこりと手を振って、どこかへ歩き去っていく。
「北東の雪山かぁ」
「てっきり温暖な場所を選ぶと思っていたが……そうか、理想があれば気候も思いのままか。そう考えると神話のみたいだな」
「うーん……私はどうしたらいいものか……」
自由に描いていいと言われて、いざ白紙を目の前にすると筆が走らないというあれ。
ただひたすらにメルヒェンを追い求めていた私には、自分の理想郷を創るというのがイマイチ分からないみたいだ。
「ところでイリス、仮に理想郷を創ったとして、その後はどうする?」
「それは……みんなと楽しくお茶会したり?」
「永遠の大団円……イリス、お前はもしかして、物語の終わりを惜しんでいるんじゃないか?」
それは、お気に入りのアニメの最終回を見たくないと思うような。
素敵な物語の最後の一冊、一枚一枚が鉛のように重たいような。
ああ、このもやもやな感覚はそういうことなのかもしれない。
見届けて終わらせなきゃいけないのに、終わらせたくない、一歩手前で、ずっと一緒にいて欲しい。
でも、終わらせないわけにもいかないし……あっ。
「あっ」
「あっ?」
思いついてしまった。終わっても、終わらせない方法を。
なんだ、こんなに簡単なことだったんだ。今までのもやもやが嘘みたいだ。
「そっか、そうだよね。終わったらまた、始めればいいんだよね」
「ふむ……なるほど?」
そうと決まれば憂うことはなにもない。はやく理想郷を創って、新しいメルヒェンを始めよう。
こんな素敵な物語、はい終わり……で終わらせるにはもったいなさすぎるもんね。
「レインボーガーネットもあるし、移動できたほうが何かと便利だよね。それに、お金はアヤメと一緒なら稼げるし……」
「理想を果たした者が新たな理想を目指す、か。なるほど確かにそうらしい……」
アヤメが優しく微笑みかけてきて、私は同じように微笑で返す。
「となると、一箇所に留まることの無い、私の理想郷……」
夢想の世界は、現実に干渉しづらくなるからダメ。
アルカディアかユートピアが近くないといけないから、南の島というのもちょっと……。
となると、私の理想郷はこの大陸にないといけなくて、私が留守にしてもいい問題なさそうな秘境。
「……無何有の郷とか? いや、でも……むずかしい」
「ねえ人間、一つ質問よろしくて?」
ふと、ポケットに入れていた端末がぶるぶると震えて、声が聞こえてきた。
「えっ、あっ。ネオン、珍しいね」
「データによると、あなたの相方であるアヤメっていうのは、妄想で創ったのよね?」
「まあ、そうだね。私のイマジナリーフレンド、空想の友人……妄想の世界でもずっと一緒だったよ」
「なるほど。つまりあなたが言う妄想の世界は、貴方の心の中にある世界というわけね」
「そう、だね?」
「なら、貴方の心の中に妄想の世界を創れば良いのではなくて?」
「心の中に妄想の世界を創る……?」
「ああ、なるほどそういうことか。初めて役に立ったな、ネオン・エメラルダ」
察しのいいアヤメは何かに気付いたらしい。
でも私にはイマイチよく分からない。
「……どゆこと?」
「ああ、つまりだな……お前の中に世界を創るんだ」
「なにそれこわい」
私の中に世界を創るとは。
「感覚としてはヴァルハラにあった異空間への扉や、アリスの夢想世界に近い。私がお前の中に存在できるように、妄想の世界をお前の中に創るわけだ」
なんとなく、理解できる気がする。
私の妄想がパンクするんじゃないかと思ったけれど、あの形式ならたぶん大丈夫。
私の世界を、私の妄想の中に異世界と言う形で創るということ。
私の心は扉、妄想は鍵。前世の私が築き上げたメルヒェンの世界。
メルヒェンの世界への扉が私の心にあれば、私はどこからでも妄想の世界に行けるし、この世界での旅も続けられる。
そう、この世界も繋げられる。
「ああ、そっか。私にとって、この世界はもうとっくに……」
数々の素敵な理想とメルヒェンに出会わせてくれたこの理想の世界・ネクストワールド。
ここもとっくに、私にとってのメルヒェンの一つだった。
だからここを去るなんて出来ない、一つ所には留まれない。
欲張りな私の新しい理想を叶えるための、まずは最初の第一歩。
新しい理想を叶えるために、最後の一歩を踏み出す。
物心ついた時から御伽噺が大好きで、夢物語に憧れていた。
現実は痛くて辛いことばかりだけれど、素敵なものもたくさんあるから、生きることは別につらくはなかった。
それでも、耐え切れない痛みからはすぐに逃れて、怖い事は遠ざけた。
脱兎みたいに逃げ続けて、夢を見ることを謳歌していた。
特技は現実逃避で、色々なメルヒェンを見知っていくにつれて、自分だけのメルヒェンが欲しくなった。
この世界に来て、現実に嫌気が差したという前世をよく耳にしてきたけれど、私はそれをとてもすごいことだと思う。
だってそれは、現実と戦ってきた証だから。
私は気が付いたときには現実なんて見ていなかった。ただ妄想だけを心の中に繰り広げていれば満足で、ただそれだけが私の生きる理由だった。
イマジナリーフレンドのアヤメも、アヤメと一緒に生きる妄想世界も、私にとっては現実よりも現実で、本当の現実は私にとって妄想するための必要経費としか考えていなかった。
その在り方を、よく純粋で強かだと言う友達が多いけれど、そんなことはないのに。
現実の私は平々凡々よりちょっと下くらいで、社会というものにもうまく適応できなかったし、夢のために命をかけるような強さも無い。
淡々と現実が過ぎ去っていくのを横目に、妄想を練り続けてきただけの私だ。
だから前世の私について語れることはほとんどない。
その代わり、私が創った妄想ならいくらでも話が出来ると思う。
そこはもちろん剣と魔法の世界で、胸の躍る冒険や浪漫の溢れる世界だ。
人間を脅かすモンスターや、陥れる悪魔がいて、それと戦う人間たちがいて、悪い人たちもいる。
世界の営みを見守る女神が居て、それを信仰するシスターが居れば、魔法使いも居る。
ドラゴンが暴れて空から火の雨を降らしたりするし、ゴーレムや巨人が地面をひっくり返したりもする。
妖精が悪戯に大きな嵐を作ったり、邪教の魔女がシスターといがみ合ったりもする。
そんな世界では問題を解決することで生計を立てる冒険者が居て、その力を比べあう探求者が居る。
私とアヤメは冒険をして色々な人と仲良くなったり、協力したり、競い合ったりする。
そこでは魔力を持った石<魔石>があって、生活や戦闘、あらゆる場面で使われている。
他にも不老の霊薬、不死の林檎、女神の武具、金銀財宝……戦う理由もそれぞれ。
そんな世界で、私とアヤメは平穏な午後のティータイムを、もしくは力と技の鬩ぎあいをしてきた。
そして物語の結末は、誰も彼もが笑えるハッピーエンド。
誰かにとってはただの虚構でも、私にとっては大切な現実だ。
だから、現実がどれだけつまらないものでも、私は耐えることが出来た。
でも私が妄想できるのは、私だけの力じゃない。
現実に産み落とされたありとあらゆる空想の御伽噺、幻想の夢物語を知ることが出来たからこそ。
それらを繋ぎ合せ、私だけの新しいメルヒェンを創り上げることが出来た。
だから私の理想は、私一人ではダメなんだ。
私以外の誰かの理想と繋がりたい。そうしなければ私のメルヒェンは、私たちのメルヒェンにならないから。
私の妄想は、とっくの昔から私にあった。
「……出来た、私の理想郷」
瞑っていた目を開く。心の中には、確かに私だけの世界があるんだと実感できる。
そして銀色のアルカディア、雪景色と蒼穹は私の妄想にはなかった景色。
「そうか、それは良かった」
「妄想する時に身を守れるような宝石魔法を考えておかないと」
「そうだな。長い寝こみを襲われたら大変だ」
いつの日か、私の妄想の地に皆を招待する日が来るかと思うと、とてもわくわくする。
そして、それと同じくらいに、新しい理想に出会う日も待ち遠しい。
「それじゃあ、行こうアヤメ。新しいメルヒェンを探しに!」
「ああ、楽しみだな」
雪の積もった道を、湧き出る力でしっかりと踏みしめて進む。
こうして、新しいメルヒェンを探し求める、終わらない楽しい旅が始まったのでした。
~Never Happy March-end~