メルヒェン82 イリスアゲート
二次創作だけじゃフラストレーション溜まるんで不定期オリジナルします
「ひゃっ!?」
「くっ!?」
瞬間、流れる星が私とエリスさんの間に落ちた。
すごい衝撃波が私の体を叩いて、吹き飛ばされる。
「王子様、大丈夫!? まだ諦めてない!?」
「いったた……だい、じょうぶ……」
起き上がって見ると、そこにはルナちゃんの後姿があった。
「復活したんだね、良かった……」
「アヤメがやられちゃったんでしょ? なら私の出番よね!」
毒に苦しんでいたルナちゃんはもうどこにもいない。いつもの調子のルナちゃんだ。
そして、エリスに向き直って歯をむき出しにする。
「にしても、やってくれたわね。まさか永遠に殺し続ける毒と呪いだなんて。死ぬかと思ったわ」
「私の魔法を素で受けて死なないということは、本当に不死なのですね」
「まあ、ユートピアの実験ほどじゃないけどね」
「なるほど。それくらいでなければ、不死者は務まらないということなのでしょう」
夜空に抱いた狂想の月。金銀赤青の月。
夜想に抱く理想は空想。白馬の王子を夢に見ていた。
「ちょうど、日も暮れる。さっきみたいにはいかない」
ルナちゃんの言葉で、気付いた。
空は橙色の夕方から紺色の夜に染まりつつあった。
「イリス、私が貴方を護ってあげる。だから、イリスが攻めて」
「でも、アヤメが……」
「たぶんね、これは王子様の理想比較だから、王子様じゃないとダメだと思うの。だから、今は私がディフェンス。不死身の身体で、あなたのことを守りきってみせるから」
ルナちゃんはそう言うとエリスさんに向き直って、手指を獣のように力ませる。
「空想月下……貴方のためなら、地獄の底に落ちたってへっちゃらよ!」
十の指から赤い光の爪が生える。
赤色の光翼を生やして、一気に空を打って推進、弾丸みたいに一直線に飛んでいく。
「聖域!」
ダイヤモンドの輝きを放つ障壁が、ルナちゃんの爪を阻む。
ガリガリと引っ掻いても、アダマスには傷一つ付かない。
「こんの……ぶっ壊れろッ!」
赤色の翼が触手のように伸びて、自分ごとエリスさんを包み込むと、今度は大きな炎になった。
魔窟の森を焼け野原にしかけたのは、ああいう力の使い方の結果だったみたいだ。
それでも破れなかったのか、次には炎は青くなって、夜空から流星をしこたまに叩き付ける。
耳を塞ぎたくなるような轟音を放つほどの威力のラッシュ。
間髪入れない破壊の流星群、アダマスを破ることは出来なくても、相手に攻撃する隙を与えない。
なら、私は私のやるべきことをしなくちゃ。
「でも、どうすれば……」
「さて、どうするか」
前世で生きていた頃、私が現実で困っていると、必ずアヤメは相談に乗ってくれたし、勇気付けたりしてくれた。
この世界でアヤメは殺されてしまったけれど、最初の状態に戻っただけだ。
「みんなから力を借りて、まだ届かないなんて……」
「私も真正面から殺されてしまったからな……」
エリスさんの力は、何もかもが死に結びついている。
その上、私と同じ宝石魔法が使える。
そしてどちらも私より同等からそれ以上……。
「とはいえ、やるべきことはもう決まっている」
「そうなの?」
「ルナの言っていたとおりだ。お前がやるしかない」
嫌な予感しかしない、心の中で後ずさってしまう。
「お前自身の手で握り、お前の手で斬り込むしかない」
「それはっ……!」
それは、アヤメのためのものだ。私がしていいことじゃない。
そんなことをしたら、アヤメは……。
「確かに、イリスに私の代わりは出来ない。だが、私と一緒なら問題ない」
「……どういうこと?」
「私とイリスが二人で一つなら、イリスが私に、私がイリスになればいい」
意味が分からない……こともなかった。なぜか、すんなりと理解できた。
私がアヤメになるということ。それは私が理想の姿になるということ。
アヤメが私になるということ。それは私と一緒になるということ。
「私は……いいよ」
アヤメではなく、私が刃を手に取るということは、殺意ではないということ。
護るための意思を刃に変えるということ。それは自分たちの理想のために誰かを切り捨てるということ。
それを、私自身の行いを、肯定できるかどうか……。
「理想に善も悪も無い。絶滅理想でさえ、力が足れば叶いうる。そして、お前の理想を応援し、手を貸してくれる者たちが居るのだ。ここまで来たら何をしてでも成し遂げなければ逆に怒られそうだ」
それもそうだ。私たちは色々な理想を見て、触れて、繋げて、此処まで来た。
もう私の理想は、私だけの理想じゃない。私に力を貸してくれた皆の、私たちの理想だ。
それならもう迷う必要は無い。
私は皆の理想を束ねて、エリスさんの理想を押し退ける!
「……理想を、束ねて」
そう、理想を束ねる。贈り物の宝石を集める。
色とりどりの宝石はそれぞれの理想を帯びて、私の魔法は全ての障害を打ち倒す刃になる。
そんな私の理想を、一つの宝石にするならば……そう、それは虹色の水晶。
十人十色を一束にして、この手の中に水晶の結晶を生む。
その宝石の名を、私は知っている。
私の中のとっておき、私が一番大好きな宝石。
「十色の、虹色瑪瑙!」
手の平に宿る光は十色。炎のように揺らめいて、私の心の昂ぶりと同調している。
炎はうねり、煌き、刃の形をした宝石になる。
この刃に殺意はない。ただ私が抱く理想の意地だけが込められている。
「よし、いいぞ。あとは握りを、こう。体は……」
妄想の中で、アヤメが私の姿勢を手直ししてくれる。
背中から体を重ねて、動かし方を教えてくれる。
「こうして、こう……いいか?」
「うん、こうだよね」
「そうだ。あとは私がお前の妄想に同調わせる」
「わかった」
顕現したアヤメは今はいない。私自身がアヤメになるしかない。
「ルナちゃん!」
「王子様……くっ、ごめん硬すぎる!」
まあ、ほぼ私の魔法だからね。なんて、ちょっと心の中でイキってみる。
でも私は、今から私以上のあの人を、その理想を越えないといけない。
あの人の理想がなんなのかは未だに分からないままだけど、それがなんであっても……。
「私は、貴方を越えます」
「そうなることを願っています」
「こっちは眼中に無いってわけッ!」
ルナちゃんの赤い瞳は身を焦がす狂想月下、焔の光、青い瞳は流星の雨を降らす空想月下、月明かり。
銀の瞳は獣性を呼び起こす、銀狼の毛皮。
金の瞳は魔性を呼び覚ます、妖狐の金毛。
白の瞳は不死性を湛えて、諦観を踏破する。
あの頃のルナちゃんの力なら、もしかしたらあの守りを破れたかもしれない。
あらゆる現実を拒絶し、不屈を体現する力……でも、それだと毒に永久に殺され続けていたかもしれない。
「ルナちゃん!」
「オッケー!」
ふとイリスアゲートのナイフに目を向ける。
私と同じ名前の宝石は、空に架かる虹のようでいて、虹よりも色濃く鮮やかだ。
「綺麗な宝石ね。王子様にピッタリ」
戻ってきたルナちゃんが楽しげに言う。
皆が力を貸してくれた私、皆の理想を背負った私。
私たちの理想が詰まった私の宝箱、この宝石が私のジュエルボックス。
「ルナちゃん、準備はいい?」
「もちろん! いつでもどうぞ!」
私は初めての前衛へと飛び出す。
ルナちゃんは私より前に出て、アヤメの代わりに護ってくれる。
「……ウラン」
地を這っている緑の光が放たれた矢のように伸びる。
幾つモノの尖端がルナちゃんの眼前にまで迫って……降り注ぐ流星が、それを精密に払い落とす。
「同じ手は食わないわっ!」
「チッ……アダマス!」
「王子様!」
ルナちゃんが横に避けて、私が紙一重ですれ違って前に出る。
虹色の刃で、アダマスの障壁を斬りつける。
七色の火花と、硬い感触……。
弾かれたかと思った次の瞬間、驚くほど呆気なく、アダマスに刃が滑り込んだ。
「まさか……ホープダイヤ!」
飛び退ったエリスのダイヤソードで受け止められる。
「イリス、一点狙いだ」
「うん!」
相手の足を踏みつけるような勢いで押し入って、全速力で切っ先を打ち込む。
「わっ……」
「っ!?」
ダイヤの剣身が、切っ先の触れた部分から皹が広がっていく。
「ぼっとするな! 畳みかけろ!」
「は、はぁっ!」
更に力を込めて差し込むと、アゲートの刃はダイヤの剣身を割って、欠けて、ついに砕け散った。
呪いのダイヤは散り散りになって、地面に落ちる。
「通った!」
「よし、身を退け!」
「あなたは……」
アヤメの言うとおり下がると、エリスライトの赤い刃が前髪を掠めた。
「あなたなら、きっと私の……!」
「気を散らすな!」
するとエリスさんは追撃の手を止めた。
私はそのまま数歩下がって距離を保つ。
「今のって……」
何かがチラっと脳裏を過ぎった。
朱色に染まる両手、眼前に広がる赤黒い光景……
もしかして、あれがエリスの……?
「……でも、もう迷わない」
「あらゆる災厄から守護する魔法を、そのまま丸ごと攻撃に転じるとは……それがあなたの覚悟なのですね」
「私は、貴方を乗り越える!」
「そう、それでいい。そうでなくては」
きっとこの人は何かを想っているのだろう。
私に何かを抱いているんだろう。
でも、今は何もかもを置き去りにして、まっすぐに進む。その後で振り返ればいい。
「やがて夢に至る旅路なら、私はそれを迎え入れます」
「アリスちゃん!」
私の体を暖かい赤が這う。
それはほんのりと暖かく、それでいて勇気が湧いてくる心強さを感じる。
「ジャバウォックの鱗、胡蝶の羽、そして獏の指輪……どうか、ご武運を」
「ありがとう、アリスちゃん、眠り子さん!」
「私のアリスのお願いでも、今回だけよ」
眠り子さんのツンデレを聞き届けてから、私は手に入れた翼を羽ばたかせた。
新しい感触、軽く空を打ったつもりだったのに、体がすごい勢いで舞い上がった。
「これなら……!」
私の魔力はアゲートの刃に集中、アリスちゃんのバフで俊敏性と耐久性を手に入れた。
「それなら、もう小細工なしで、まっすぐにっ!」
「そうだ、行け。ただひたすらに、真っ直ぐッ!」
炎のような翼で空気を掴んで叩くと、あっという間にエリスの前に出る。
ふと殺意を心が感じ取った次の瞬間、エリスの足元から緑の閃光が光る。
「怖れる必要は無いわ、愛しのイリス」
緑の光を挫いたのは、槍のように伸びる黄金の尾。
「迎撃はこっちに任せて?」
ヤグラさんの自動迎撃に、エリスは飛び退る。
「私を忘れないでよねっ!」
彗星のように光の尾を引く右拳が、アダマスを軋ませる。
下がれなくなったエリスは翡翠の盾を構えて突貫する。
「なっ……」
エリスは明後日の方向に突っ込んで、そして驚く。
「幻覚香、マジックマッシュルーム」
白卯の謎アイテムが放った香には、幻覚作用があるらしい。
エリスは私の姿を捉えきれて居ない。
「……いや」
アヤメの提案で、神無月さんの刀を投擲する。 真っ直ぐ向かってアダマスの魔法に突き刺さる。
それに気付いたエリスは、私が居た場所を振り返る。
でも私はもうそこにはいない。声は出さずに、確実な必殺のために、急転直下に降り注ぐ。
今此処に全身全霊の一刺しを、貴方の理想にささげます。
お願い、どうか届いてッ!!
宝石魔法・十色結晶。