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メルヒェン80 ファイナルバトル

あと五回くらいで完結します

 私は朝になってむくりと目覚めた。


「んー……アヤメ?」

「おはようイリス。今日はまた早いな」

「ふわぁ……あのさ」

「分かってる。さっさと準備してくるといい」


 シャコシャコと歯を磨いて、軽い運動で体をほぐす。


「よし、忘れ物は無いな。ルナはどうする?」


 ルナちゃんの方を見ると、毛布を蹴飛ばして気持ちよく寝ている。

 毛布をかけなおして、私たちは外に出た。


 気持ちの良い朝だ。

 冬はまだだけど、秋の冷たい風が体をすり抜ける。まだ残っていた僅かな眠気を攫ってくれる。


「じゃあ、行くか」

「うん、行こう」


 アヤメと一緒にアパートを出て、グレイさんの猫喫茶で朝食をとることにした。

 朝は猫もご飯の時間で、もしゃもしゃと餌皿に顔を押し込んでいる。

 向けられたお尻と尻尾がとても愛らしい。


「悪いな。給仕のキャットはまだ出勤してないんだ。あいつ夜型だからな」

「そういえば猫娘でしたね……初めましてグレイさん」


 グレイさんは思ったより若くて、でもしっかり大人な男の人だった。

 厨房から出てきたシェフの服は緑の迷彩柄だった。


「まあ、俺は厨房からちょこちょこ覗いてたけどな。しかし立派になったもんだ」

「そ、そうですか?」

「そりゃ分かるさ。俺もそこそこ此処に居るからな。今のお前さんなら安全無欠にだって負けないだろうさ」

「えへへ……お上手ですね」

「だが、匹敵するレベルまでは後もう一歩ってところか?」


 すごい、本当に分かってるんだ。

 観察眼? 審美眼? とにかく鋭い人なんだと思う。


「んじゃまあ、最後の一歩をいつでも踏み出せるように、ここで腹一杯食っていくといいぜ」

「はい、いただきます!」


 グレイさんが厨房に戻っていく。ふと見ると、アヤメが気持ち悪い笑みを浮かべていた。


「気持ち悪いとは失礼な」

「なんでニヤニヤしてるの……」

「いや、親友は確かに成長したんだなと思ってな」

「もう、からかわないで……」


 お腹いっぱい、お茶もして、お尻が根を張る前に店を出た。

 小鳥が鳴く住宅街を抜けて、南の商店街へ。相変わらず盛況で、大きい路地から裏路地まで賑わっている。

 可愛い服や化粧品を買い込む女の子、新しい武器や防具に買い換える戦士。

 あやしいクスリを売る魔女や、モンスター食材を仕入れるシェフ。


「労働だ……ここには労働が溢れている……」

「ハハッ、此処まで来てもそれは治らないか。集めた友人と一緒でもか?」

「んー……」

「ネコカフェのように愛らしい格好をして、マナーの悪い客はルナあたりが蹴り出して」

「それなら、アヤメの手助けをしながら冒険した方が楽しいよ」

「お前らしい。懐かしいな、あの頃も」


 前世の記憶……妄想の記録。

 アヤメが前衛、私が後衛。護ることしかできない私が、アヤメを支えることが出来て、どんなモンスターも、天使も悪魔も、神も化け物も倒せる。


「あれ? これって……」

「どうかしたか?」

「……ううん、今は目の前のことに集中しないと」

「なんでもない、と言わなくなったあたり成長を感じるな。さあ、次は西に行くんだろう?」


 南の商店街を抜けて、西の電気街へ進む。

 ちょっと前までは悪徳アウトローの街だった西区は、アルカディアとユートピアが繋がったことで開拓されてしまったらしい。


「そして彼らは各々で新天地を目指した。ギャングはユートピアへ、傭兵はアトランティスへ、荒くれ者は地下に潜った……なんとも世知辛い話だ」

「前世の私たちならここに住んでたよね、きっと」

「ああ。お前の守りと私の刃、血だら真っ赤を一つ二つ、九つ十と積み上げて」

「で、私が治す」

「そうそう、おかげで相手に事欠かない」


 歩き続けて、ある場所で私たちは止まる。

 ここにまだ来たばかりの時、登りきれず倒れてしまったあの坂道。


「……行くのか」

「うん、行く」

「貴重な体力をここで?」

「うっ……へ、へっちゃら。ウォーミングアップだよ」

「その意気だ」


 そして私は一歩、また一歩と上り坂に足を上げ続ける。


「……あれ」


 なんか、軽い。

 あの時よりはるかに軽やかで、あまりに容易に、坂が終わって、思わず振り返る。


「はっ……わぁ」


 駅前の広場まで続く一本道が、噴水から噴き出す水柱が見える。


「どうだイリス、感想は」

「……正直、魔法使うのも、やぶさかじゃないって、思ってた」

「成長を実感する時はいつも呆気ないものだな」


 魔法で身体強化すれば、坂道どころかアルカディアを半日くらいで一周できる気がする。

 でも、今は魔法もなしにこの坂道を登りきった。

 とはいえ北区は坂より階段の方が多いという、それはそれでヘビーな内容になってるんだけど。


 比較的貴族とかセレブ、富豪なんかのお金持ちが多く住む北区。

 コロシアムは基本的にそういう人たちの娯楽のためという目的で創られたらしい。

 一年のうちにほぼ毎日、何かしらの催しが行われていて、私が参加したサバトもその一つ。


「もう何度か出てみても良かったな」

「よくない!」

「悪かったよ。もう一人で参加とかしない。それにそうしないと私の存在意義がなくなる。もう懲りた」

「反省してね」


 そして、豪邸だらけの高級住宅地を抜けて、セレブの町を抜けて、コロシアムへと辿り着く。


「待ち合わせの時間、日暮れまでには時間がありすぎる」

「中にお店があるのはイベントがあるときだけみたい。今日は何も無いって」

「そうでなければ待ち合わせ場所に選んだりはしないだろうが……エリスと言う奴は貸切にでもしたのか」


 とりあえず昼食を取りたい時間だけど、この北区は筋金入りのセレブたちが住んでいて、マナーにうるさそうなイメージがある。

 早めに西区で食べておけばよかったかな……。


「私を置いていくからそういうことになるのよ!」


 声が響いて、空を見上げる。

 そこにはルナちゃんの姿があった。


「おはようルナちゃん」

「おはよう、じゃないでしょ! なんで起こしてくれなかったの!?」

「ルナちゃんはちょっと寝起きが悪すぎて……」

「無理に起こすと星落としかねないからな」


 ルナちゃんは少し沈黙して目を逸らした。


「あ、そうそう。アパートの管理人がこれ持っていけって」

「そういえば、何持ってるの?」


 ルナちゃんが空から降りてきて、布に包まったものを差し出す。

 受け取って開けてみると、どうやらお弁当らしかった。


 中身は白米、梅干、卵焼き、ハムカツ、ポテトサラダ、たくあん。


「手作り弁当だ。しっかり三人分……しかもこの水筒、味噌汁が入ってる……」

「手紙もついてるぞ」


 手紙の内容は、どうやら椿さんも私の理想があと少しで達成することを察していたということが書かれていた。

 あとコロシアムがエリスという乙女の申請によって一日貸し切られているということも、その理由がイリスとの理想比較だったということも書いてあった。

 早朝にアパートを出た私たちを見て諸々察して、なんとか力になりたいとお弁当を作ってくれたのだという。


「ねえ、なんでこの人は結婚出来ないんだろ?」

「私に聞かないでくれ」

「恋を知らないんじゃないの? 理想の結婚生活だけじゃ恋愛は出来ないのよ」


 とりあえず、コロシアムの広場でお弁当を広げて、遠足のランチ気分でありがたく頂きますをした。


「美味しい……ねえ、アヤメ」

「私に聞かれても」

「愛を知らないんじゃないの? 愛することを知らない女性は愛されないわよ」

「凄まじいな、お前は……」


 椿さんの理想が遂げられるように祈りながら、ご馳走様をした。


「あー、美味しかったー」

「どうする? 一番乗りしちゃう?」

「少しぼーっとしたい。食後だし」

「えー、じゃあ私一人で行ってくる」


 ルナちゃんは一人でコロシアムの方に向かっていった。


「ほへぇ……」


 小鳥の囀りが聞こえる。

 静かな昼下がり。どこか遠くの方で、誰かが楽器を奏でているのが聞こえてくる。

 それにあわせるように、別の方から歌が聞こえてくる。

 ハーモニーが耳に落ちて、心は逆に高く昂ぶる。


 理想の頂なんて考えたことなかった。

 目の前のメルヒェンを、空想のような理想と繋がりたいと思って、ただそれだけで。


「そっかぁ。これでもう最後なんだね」


 誰にともなく、口から出た言葉は、自分でも驚くくらいに惜しむみたいだった。


「不思議か?」

「ううん、なんとなく分かる。ここでの冒険は楽しかった」

「ああ、楽しい時間はあっという間だ」


 でも、まだまだこれからだ。メルヒェンな理想を繋げれば、また新しく楽しい時間を始められる。


 そんな未来を妄想していると、あっという間に夕方になった。


「頃合か」

「うん、行こう」


 不安は無い。私は私の理想を、アヤメを、ルナちゃんを、今まで出会ってきた友達を信じているから。

 だから足取りも軽やかに、待ち合わせのコロシアムへ向かった。






 サバト以来のコロシアム、会場に足を踏み入れる。

 そこにはもう彼女が居た。その横に倒れているルナちゃんも。


「……へぇ、驚かないのですね」

「エリスさんなら、それくらい出来るって思ってました」


 ルナちゃんはエリスさんの横で苦しそうに転がっていた。

 涙と涎をだらだらと流して、見開いた目は真っ赤になっている。

 それでも、下手には動かない。


(そうだイリス、それでいい。既に指定の時間。一瞬の隙も見せてはならない)

「おかしいですね……私は全力のあなたと戦いたかったのですが。他のご友人は?」

「あはは、えっと……」

「問題ない。今向かってるところだ」

「なるほど。揃うまで来ないという手もありましたのに。真面目なのですね」


 真面目というよりは臆病なんだと思う。

 約束を破ることが怖い、人に嫌われることが怖い。

 そうだ、私の行動原理って……。


「イリス」

「大丈夫」

「よし、行くぞ」


 破邪はじゃ退魔たいま封魔ふうま魔除まよけの光。不幸と不遇を退けて、不撓で不屈、不敵で不朽な魔法の加護の光をここに。


「白き光は黒き身に映える……ガーディアンオニキス」


 宝石魔法プリズマゴリア七色金剛石ブリリアントアダマスは攻撃に対する絶対防御。

 対してこのガーディアンオニキスは、状態異常、デバフ、呪いから即死まであらゆる効果を打ち払う。


「さて……」


 私自身に守りは付与しない。

 距離は十分、向こうの攻撃が私に届く前に、アヤメの攻撃が向こうに届く。


 アヤメはいつもと違って飛び出すのではなく、ジリジリと距離を詰める。

 攻撃は最大の防御というように、より速く、より鋭く打ち出すために……。

 それにしても、ルナちゃんはどうしてあんな状態になったんだろう。


 恐らく一人で飛び出して、返り討ちにあったんだろうけれど、大きな音の一つもしなかったし。

 舞台の上にはクレーターの一つも無い。ルナちゃんが攻撃する間も無く倒されたなんて、さすがに信じられない。


 私は魔法をかけたら、見守ることしか出来ない。

 でも不安じゃない。きっと必ずアヤメは勝てるはずだから……。


 アヤメがあと3歩で届くというところで、エリスの魔力が通う。


(アヤメっ!)


 アヤメはついに踏み出す。


「ん、どうやら一番乗りみたいね」


 浮いた足を蹴り出して、咄嗟に後方に跳び退る。

 声の主はエリスの後ろ、観客席に二人。


「あなたは……っ!」

「ごきげんよう。お久しぶりねイリス。別れたときからずっと再会を願っていたわ」

「ヤグラさん!」

「早いな、さすが妖幻」

「人の心あるところに妖幻あり。お忘れかしら?」


 黒いドレスに御衣黄桜の長髪。小さな体に迫力ある果実を抱いて、入道雲みたいなものに腰掛けて高みの見物といった様子。


「話を聞いた限りは蛮勇の過ぎた新人……かと思えば星の子も気を失っているようだし、実力は確かなようですね」

「神無月はどうした」

「彼女は来ないわ。桜を危険に晒したくは無いって、妬いちゃいそう」

「そうですか……」

「ああ、そんな顔をしないで愛しの朋友。私はちゃんと此処に居るわ。それに、届け物もあるしね」


 するとヤグラさんは一本の刀をアヤメに投げた。

 アヤメは片手でそれを受け取る。


「神無月が使っていた刀か」

「破邪、退魔といえばこれ。どっちかというと対魔と言った方がいいかしら」

「助かる」


 すごい。アヤメが手にしてから、その刀の力が私にも伝わってくる。

 私のオニキスに匹敵する邪鬼悪魔への抵抗力。その刃が向けられない限りは問題ないのか、私の魔法は刀を手にしているアヤメから消えることはなかった。


「じゃあ、せっかくのお誘いですもの。久々に遊ばせていただきましょうか」


 ふわりと飛び降りたヤグラさんは、着地する頃には姿が変わっていた。

 金色の尾が九本、紫の布地に筋の刺繍がされた着物をなびかせる。


「さあ、遊びましょう。殺生石の少女」

「なるほど……これが噂の妖幻ですか。大した物ですね」

「お褒めに預かり光栄ですわ。さて……」


 妖幻、理想の力が通用しない、心に巣食う幻想の存在たち。

 あの時の妖幻だったら、未だに自然災害を相手にしているような脅威だったと思う。

 でも今の彼らは理想人。しかも最近目覚めたばかりの。


「輝安鉱」


 メタリックな刺々しい鉱石が、地面を破ってヤグラを串刺しにする。

 あれは見えない九尾の槍、アヤメが一度不覚を取ったやつだ。


「残念、ハズレ」


 ヤグラの姿が霧のように霧散した。

 かと思うと、今度はエリスの足元の地面が爆発する。


「我が鳴き声は鵺の如く響き轟かん」


 よく見ると、エリスは黒曜石のナイフで防いでいた。

 そこに迸る電光と響く雷鳴が追撃する。


「そして狐火は全てを食い荒らす」


 雷電はコンセントがショートしたみたいに勢いよく火を吹いて燃え出した。

 流れるような追撃に次ぐ追撃に、並大抵の理想人では耐えられないはず。


 でも私には分かる。あの雷電と狐火を以ってしても、エリスには傷一つ付いていない。

 攻撃は全部何かに遮られている。


「あれは……翡翠だ!」

「翡翠だと……あれか、いつの間に」


 黒曜石のナイフを持つ右手とは反対、左手にある円形の大きな盾。

 表面が艶やかな、緑色に光る宝石が埋め込まれた銀の盾。


「翡翠は魔法の石、魔除の石としても有名だから」

「どうしてお前はあれを使わなかったんだ?」

「盾を使ったことなんてないし……」

「確かに。私も使いこなせる自信はない」


 使い慣れていない武器は使いこなせない。使いこなせない武器で戦うなんて自殺行為だってことは、アヤメが一番分かるはずだ。


「あ、すいません。これ代金って誰に請求すればいいんですか?」

「えっ、代金……って、白卯しろうさん!」

「毎度ありがとうございます。皆様お馴染み、兎印の万屋でございます。あの隕石少女には万能薬を飲ませたからすぐに目覚めると思うよ。で、お代は?」

「金なら錆びるほどある」

「そう来ないとね」


 一人、また一人と心強い友達が集まる。

 心強いはず、そのはずなのに。私の中で燻る不安はなぜか拭えない。

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