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メルヒェン79 神託と最後の試練

 帰りの列車内で、端末に映るネオンが何かを思い出したみたいだった。


「あ、そうそう。あなた宛にメッセージがあるのよ」

「私に? 誰から?」

「えー、誰と聞かれると困るけど、そうね……神様みたいなものかしらね?」

「へぇ、神様がわざわざ私に……神様!?」


 この世界には神様も居たんだ。いや、居ても不思議じゃないけれど。

 あれ? でもこの世界って神っていう存在と敵対してるんじゃなかったっけ。


「厳密に言うと神様みたいな人間ね。とりあえずメッセージを再生するわ……おめでとう、イリス」


 その声は、間違いなくネオンのものなのに、言葉を紡ぐ雰囲気が異質なものだってわかった。

 そして、前に一度会ったことのあるような気がする。


「君の理想は見事、この世界の頂の一つに至った。絶滅理想をも乗り越えた力はその理想を叶えるのに十分だと誰もが認めるところではある。しかし、そのためには後もう一つ、最大の試練を乗り越えなければならない」


 そう、この世界に来た時に、一番最初に出会った、何か。


「その試練の相手はいずれ姿を現すだろう。それは前世という名の現世。神が創りし現実という概念そのものだ」

「現実……」

「もし現実という世界が神の手によって創られたのならば、夢と理想を阻む現実とは即ち、神そのものだ」



 なんだかすごい暴論のような気がするけど、納得できないこともない。


「つまり理想を遂げるということは、神の座を上回るということ。自らの理想が他の誰よりも、何よりも勝るという確信を持って、神を超越し、理想阻む現実を打倒さなければならない」

「理想阻む現実……理想比べとは違うのかな」

「試練となる君の現実は、そう遠くないうちに姿を現すだろう。それまでに、今までの道程を振り返り、覚悟を確かめるといいだろう。それでは、良き理想を……」


 メッセージが終わって、ネオンはいつもの調子に戻る。

 なんだか分からない。つまりどういうことだろう……。


「私たちの理想も、いよいよクライマックスというわけか」

「そうなの?」

「ああ、後もう一つ試練とやらを乗り越えれば、私たちは理想を叶える事が出来る。内容は抽象的な説明しかされなかったが……神を超越とか、現実を打倒すとか」


 現実を打倒す……また物騒な予感がする。

 でも、それが最後だっていうなら、あともう一度だけ勇気を振り絞ろう。


「アヤメ、私さいごまで頑張るね」

「ああ、油断は禁物。されど慎重に守り大胆に攻める。いつも通りだ」


 そうやって列車に揺られて、アルカディアへと帰ってきた。

 久々の自宅は高級ホテルとは比べるまでもないほどに質素なのに、慣れ親しんだ環境は一番落ち着く。


 それからは、別に何事も無い日常が続いている。

 アヤメは戦う機会がなくて飽き飽きしているし、ルナちゃんはあちこちにお出かけする。


 北区の紅葉色の街路樹を散歩したり、コロシアムでは新しいバトル大会が開かれたり、魔窟の森のエルフ・レナさんとアマゾネスのジャックスさんから手紙が来たり、天狗の千早さんが窓から遊びに来たり、そんな感じの平穏な日々だ。


 今日もグレイさんのところで夕飯を堪能して、夜の田舎道を三人で歩く。


「ユートピアの高給料理もいいけど、アルカディアのモンスター料理も負けてないよね」

「料理人の理想人もいることだろうし、不思議ではないが……ドラゴンステーキの語感に劣らぬインパクトは凄まじいものがある」

「ねむい……」


 日常をこんなに満ち足りた気分で過ごすことなんtね初めてだ。明日は何をして過ごそうか。

 ふと、ルナちゃんが私の手を後ろに引いた。


「ルナちゃん?」

「ルナ、イリスを頼む」

「アヤメも、急にどうし……」


 私を庇うように立つアヤメの前に、黒髪の少女が立っていた。

 アルカディアの灯を背に、黒い影を纏っている。


 でもどうして、初めて見る人のはずなのに、他人な気がしない。

 むしろ、誰よりも親しみのあるような気さえする。


「黒衣と殺意の守り刀、光風霽月の光を宿す少女、そして煌びやかな宝石のように煌く魔力……間違いない。あなたがイリスですね。お初にお目にかかります」

「あ、あの」

「私たちに何か……いや、イリスに何の用だ」

「私の理想はあらゆる悲劇を終わらせること。オールエンド。理想比較りそうくらべを挑ませていただきたく存じます」

「っ!? アヤっ……」


 気が付いたときには、アヤメはもう踏み込んでいた。

 ネオンを殺したときと同じ、絶対の殺意。絶命必殺の退魔石オニキス

 それは私たちが持つ中で最強の一撃だったはずなのに、私の中にある不安は……。


「なっ、にッ……!」


 的中した。

 アヤメの刃は、まったく同じようなナイフとぶつかり合って、互いに砕け散った。


「ああ、懐かしい。この感覚……久しぶりだね」

「お前、まさか、お前はッ!」

「アヤメ!? すぐに離れて! アヤメっ!!」

「お前は殺す。イリスに近づく前に!」

「分かっているでしょう? 貴方はんぶんだけじゃ無理だよ」


 ダメだ、すぐにアヤメを引き戻さないと。


「ルナちゃん! アヤメを助けて!」

「ルナッ、絶対にイリスに近づかせるな!」

「二人とも何をそんなに……?」

「我が殺意は惨劇と劇毒の騎士、雄黄ゆうおうとスティブナイト」


 凄まじい速さで、銀色の棘が地面を突き破って伸びる。

 アヤメは殺意を感じて咄嗟に飛び退る。追い討ちで着地するところを狙われたけれど、砲弾のようなナイフ投げで粉々に吹き飛ばす。


「残念」


 散らばった破片が空中に浮かび次の瞬間、嵐のように吹きまわってアヤメに傷を付ける。

 早く回復をしないと、あの鉱石は輝安鉱。人の命を簡単に奪えるほど強い毒性をもっている。このままだと……。


 アヤメはなんとか逃れるも、苦しそうに呻いて膝を地につけた。


「ぐっ、うぅ……」

「早く回復しないと!」

「イリ、ス……」

「どうして攻めてこないの?」


 アヤメの回復をしながら、ルナちゃんとあの人を見る。

 こちらはアヤメを失っているのに、追撃の気配が無い。


「私はアヤメさんの独断専行に応戦したにすぎません。私が戦いたいのはイリス、全力のあなたとなのです」

「どうして……?」

「それが私の理想を叶えるのに必要だからです。明日の夕方、コロシアムで待っています。貴方の持つ全力を私にぶつけてくださると幸いです。それでは、ごきげんよう」


 そう言って微笑むと、彼女は身を翻して歩き去っていく。

 かと思えば、急に振り返る。ルナちゃんが再び身構える。


「私としたことが、自己紹介をまだしていませんでしたね。私はエリス。エリス・バッデッド・エンドロール。どうぞお見知りおきを」


 そしてアヤメの傷と毒が治る頃には、エリスの姿はどこにもなかった。




 それからは襲われることもなく、なんとか家に辿り着く。


「どうして一人で突っ込んだりしたの?」

「……出来ることなら、あれは私一人で片付けたかった。これからお前は辛い思いをすることになる」


 ルナちゃんと顔を見合わせる。ルナちゃんは首を傾げていた。


「だが、あれは恐らく私だけでは手に負えない相手だ。さっきのことで十分に理解した」

「もう、私たちは二つで一つなんだから。一人で背負い込もうとしちゃだめだよ」

「ん、ごめん……」

「うん、いいよ。それにしても、あの魔法……」

「王子様の魔法と似てたねー」


 そう、あれは私の宝石の魔法に似ていた。

 宝石の持つ特性や、込められた意味を活かすような魔法。


 でも、あの魔法で使われていたのは宝石と言うより鉱石に寄っていた気がする。

 アヤメの一撃を打ち消したのは間違いなくオニキス。

 でも、追撃に使われた雄黄ゆうおうとスティブナイト……輝安鉱は毒性があったりする。


 スティブナイトは銀色をした刺々しい形状の宝石。

 綺麗だけど銀食器みたいに使えるわけではなく、死んでしまうレベルの食中毒を引き起こす。


 雄黄は、その名の通りに黄色い石の見た目だけど、毒性がめちゃくちゃ強い。

 その粉末をスティブナイトの刃に仕込むくらいだから、殺意はかなり高い。


「イリス、あれはお前と限り無く近い別物だ。それは恐らく理想と力のどちらも……」

「……それくらい、私にだって分かるよ」


 たぶんあれは私と出会うべくして出会った人だ。

 それは誰よりも近しい、まるでもう一人の自分のような。

 宝石は魔法に、殺意は毒性に。それはきっと私とアヤメが、もしも私とアヤメに別れなかったら、っていう人だ。


「でも、あの人が誰であろうと、私は私の理想のために、メルヒェンのために戦うだけだよ」

「ああ……そう、だったな。どちらにしろ、やることは変わらない。さて、理想比較は明日の夕方だ。それまでに万全にしておこう」

「うん!」


 そして私たち三人はそのまま作戦会議を開くことになった。


「って言っても、王子様の魔法なら毒でもなんでも防げるんじゃないの?」

「相手の手の内が見えない以上、そう決め付けるのは油断だ。オマケに私の殺意も防がれてる」

「あー、確かにアヤメの殺意通らなかったわね。なんでだろ」

「奴が私と同じオニキスのナイフ、同じ殺意で対応してきたからだ。完全に相殺された」

「そこまで同じなのね……じゃあイリスの守りが破られる可能性もあるってことね」


 そう、だからあの人の、エリスさんの戦い方を予想して、対策しないといけない。


「とはいえまったく歯が立たないというわけでもないだろう。せいぜい互角が、悪くても多少向こうが上回る程度。対してこちらは二人だ。コンビネーションでカバーできるだろう」

「それに王子様には私がいるしね! 不死身だから毒なんてへっちゃらよ!」

「……この場合、ルナちゃんに一緒に戦ってもらってもいいのかな」


 理想比べは理想と理想の比べあい。他の理想を巻き込んだらいけないような気がするけど。

 そう思っていると、不意に声が響いた。


「その心配は要らないと思いますよ」

「あ、アリスちゃん」


 夢の世界からひょこっと顔を出すアリスちゃん。白髪の髪が今日もきらきらと艶めいている。


「私たちはイリスさん……ちゃんの理想が創った宝石で繋がっていますから、イリス、ちゃんの理想の協力者として援護ができるはずです」

「うーん……」


 なんとなく、気が進まない。

 するとスリープモードだったネオンがいきなり目覚めた。


「そういえば、安全無欠の勇者とかいう人間はその理想で膨大な数の理想人を味方につけて、強大な理想を一つ打ち負かしたという記録があったわ。いいんじゃないかしら?」

「そっか……そうだね、そういうことなら、出来れば助けてもらえるよう頼んでみよう」


 宝石を介して、彼らにメッセージを送る。

 ルナちゃんとネオン、アリスちゃんはここに居るから。

 彩花さんのミスティックトパーズ、ヒルデさんのパパラチアサファイア、神無月さんのインペリアルトパーズ、花見月さんのブルートパーズ、ヤグラさんのパライバトルマリン、白兎さんのアレキサンドライト……。

 それとアクアマリン。


「出来れば、応援に来て頂けると、嬉しいです。送信っと」

「控え目な……とはいえ、無何有やユートピアの理想人が今から移動したとして、明日の夕方に間に合うかどうかは微妙なところだ」

「昨日の今日だしね……どうやって戦おうか」


 エリス……確かにアヤメと同等の殺意を持っているけれど、あの時は魔法の補助がなかった。

 速度で霍乱して、防御で殺意を軽減させて、状態異常も私が治癒して……後は誰かが援護に来てくれれば戦術の幅が広がるんだけど。


「ルナは遠方からの援護がいいだろう」

「えっ、なんでよ! 不死身なんだから突っ込んで暴れまわった方がよくない?」

「相手が使うのは毒だ。お前を殺せなくとも封じる手段はいくらでもある。それにイリスの防御に匹敵す猛毒だ。近づかないほうが無難だろう」

「むぅ……」


 納得がいかないという表情だけど、私からも後方支援をオススメする。


「私の魔法で守りきれる保証が無いから、分散させたら危ないし……」

「もう、分かったってば」

「万が一の時はイリスを救出して退避する重要な役割だ。しっかりな」

「よっし任せて王子様! 愛の逃避行よ!」


 アヤメは最近ルナちゃんの扱いが巧みになってきている。


「とにかく私は動き回って、あいての隙を突く。ルナは支援射撃と護衛。イリスは魔法に集中。あとの増援は……上手くやってくれると期待しよう」


 こんこんと、扉がノックされた。

 誰が来たのかは予想が出来る。宝石を渡した友達のなかで一番近い人。


「はーい」


 玄関を開けると、そこには桃色の髪の、可憐な香りを纏う乙女。


「こんばんは。宝石が光ってて、触れたら声が聞こえたんですけど……何かありましたか?」

「彩花さん!」


 花と言葉の魔法使い。芳しく、鮮やかで、花のように強かに淑やかな乙女。


「私にお手伝いできることなら、なんでも言ってください」

「そう言って貰えて助かる」

「すみませんわざわざ……」

「王子様、こういうときはありがとうじゃないの?」


 とりあえず、彩花さんにここまでの状況を伝える。

 ちなみに彩花さんは青い薔薇は咲くのを待つばかりらしい。


「なるほど、自分と似た、自分より強い理想人と理想比較をするんですね。そこで理想で繋がった私の助力が求めたい、ということですね」

「そうなんです。助けて欲しいんです」

「私は別に構いませんが……そのお相手が不公平に感じないでしょうか?」

「それは……」


 ありえないことも無い。確かに明らかなズルだ。

 向こうがいくら強いとはいえ、たった一人相手に多勢に無勢は私も気が引ける。


「んー、大丈夫だと思うけど?」

「ルナちゃん、どうして?」

「だって、あいつ私が王子様を庇った時、何も言わなかったし。アレが言ってた全力ってそういう意味なんじゃない?」

「私もルナと同意見だ。それ相応の実力も持っているようだしな」


 三人じゃたぶん逃げるのが精一杯だったかもしれない。

 強くなるより、繋がるほうを頑張った私には一緒に戦ってくれる仲間が必要だ。


 アリスちゃんと眠り子さんはまだ夢から直接現実に介入できないし、現状ではルナちゃんと彩花さんが頼れる援軍だ。


「ごめんなさい、後もう少しでそっちにいけると思うんですけど……」

「ネオンは……」

「今となってはこんなスマートな身体フォルムになってしまった。不完全な生き物許すまじ」


 しょうがない。他の友達も来てくれることを祈って、今日はゆっくり休むことになった。

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