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メルヒェン77 ユートピア一周旅行

「ユートピアは一度、神の軍勢うんぬんを巻き添えにして自爆したんだけど、地下に第二のユートピアを建造してたのね。それが丸ごと上に持ってきたのがここなんだけど。まったく同じじゃつまらないんで拡張工事をしたの。というかしてるの」


 ルナちゃんの解説を聞きながら、私たちはモノレールで南に移動中。

 三層に区分されたユートピアを離れて、南にあるという海沿いのエリアへ向かっています。


「東西南北に拡張されるユートピア地方都市計画、そのうちの一つである南方区域サウスブロック。その名も海浜都市ナンゴク」


 海かぁ。でももう海に入るような気温でもないから、海水浴はちょっと無理かな。


「まあ、私も実際に言ったことは無いんだけど」

「よくそれで案内を任せてくれななんて言えたな」

「こらアヤメ」

「へーきよ。ネット喫茶でトピアマップ見まくったから迷子にはならないし、お店の場所も大体把握したわ」

「すごい! ところでトピアマップって?」

「ユートピアを実際に歩いているみたいに道を辿れるサイト」


 高架の上を走るモノレールは滑らかに進んでいく。

 私たちはネットで収集された知識を延々と披露するルナちゃんの話を聞きながら、無事に到着した。





 北にしても南にしても、結局はユートピア。なら、そこにたいして違いは無いだろうと思っていた。

 そんな私の油断を気持ちいいくらいに覆してくれたのは、一面の紺碧……海のような花畑。


 彩花さんが見せた鼻の魔法、プローディアみたいな、でももっと青々とした花が大海原みたいに広がっている。

 

「南方区域屈指の名所、ネモフィラの花畑。花言葉は、えっと……」

「あらゆる地での成功、可憐。そして、あなたを許す」

「あー、そうだったそうだっ……あれ」

「あなたはっ……!」


 見覚えのある桃色の髪は少し伸びて、色とりどりの花飾りのカチューシャが華やかに彩る。

 若草のドレスが風に翻る。大きな蕾がゆさり、花弁のような唇が艶かしい。

 あの頃より少し大人びた色気発している、でも間違いなく、彩花さんだった。


「彩花さん お久しぶりです!」

「こんにちわ、イリスさん、アヤメさん、それにルナさん」

「どうも」

「ごきげんよう、花の魔法使い」


 ヒルデさんの理想郷、ヴァルハラから帰ってから会ってなかった。

 しばらく見て無い間に雰囲気がかなり変わったというか……遠出だから気合の入ったおめかしをしているのかもしれない。


「おめかしって今日び聞かないよな」

「おばさんっぽい」

「ええ……」

「ふふ、相変わらずですね。これでも私も女の子。人目に触れる際の嗜みは心得ていますよ」


 なるほど、考えもしなかった。

 女の子とはいえ、私はお化粧より絵本の世界にしか関心が無かったので。


「聞きましたよ。絶滅理想を葬ったとか。妖幻の時もそうでしたけれど、本当にすごいですね」

「いや、あはは……みんなが力を合わせた結果であって、私の力では無いですし」

「ご謙遜なさらないで。恐らく今回も理想を繋いで、縁を紡いでこられたのでしょう?」

「そんなこと……」

「まあ、大体あってるな」

「ね。王子様は目移りが激しいのがたまにきずよね」


 それはしょうがない。誰の理想も素敵なんだから。その持ち主も当然綺麗で、ひたむきな姿勢は……。


「アヤメ? すまない、冗談が過ぎたらしい。ごめん」

「えっ? ああ、ううん。違うよ、大丈夫」


 ふと、あの人のことを思い出してしまった。

 そう、誰の理想だって素敵なはずだ。

 それがたとえ私のあんな過去を理想と呼ぶ人が居ても……。


「イリス、具合が悪いなら球形を……」

「大丈夫だって! それより、彩花さんも旅行ですか? 良ければ一緒にどうですか?」

「ごめんなさい。お誘いは大変嬉しいのですが、ここへは例の青い薔薇のヒントを得たくて足を伸ばしたんです。この花畑の噂を聞いて、もしかしたらと思って」


 彩花さんの青い薔薇を作る研究はまだ続いているらしい。

 それほど大変なのか。ユートピアでいい方法が見つかればいいんだけど。


「そうですかぁ……残念ですけど、彩花さんの青い薔薇も早くみたいです!」

「そう言って貰えると嬉しいです。では、この辺りで。お互いの理想に幸あらんことを」

「はい、お元気で!」


 私は彩花さんと別れて、またルナちゃんの案内に身を任せることにした。

 ベネチアみたいな水路が張り巡らされた街、行き交う船、陽光に照らされた石造りの道と建物が並ぶ。


 その後、私は舟に乗って、大きな湖を流れていた。

 公園を歩いていると懐いてきた猫と一緒に、ゆったりと日向ぼっこする。

 こんなに穏やかな時間は、この世界に来て初めてかもしれない。


 まるで理想郷のような……そうだ、こういう場所も私の理想郷にあるといいかなぁ。

 私の理想郷……あれ?


 ふと、思った。そういえば、私は私の理想郷をどうやって実現すればいいんだろう。

 私は理想を繋いで、それぞれの理想郷を繋ぎたい。でも、肝心の繋ぎ目である私の理想郷が無いと。

 理想郷を創るって、どうやるんだろう?


「何も難しく考えることはないだろう。それは最初からお前の中にある」

「ん……?」

「私と同じだ。お前の中にあるものを、お前の魔法で実現できないはずがない」

「そうかな……」

「そうだ、とお前が思わなくてどうする?」


 それもそうだ。私の理想、私の魔法、私自身の力で、出来ないはずが無い、はず。


「そっちはなにしてるの?」

「こっちか? こっちは……ちょっと取り込み中」






 イリスとの会話をひとまず打ち切って、私は目の前の敵と対峙する。


「とりあえず、ひとまず落ち着こう。私はこんなことで戦うつもりは……」

「こんなこと、だとっ……!!」


 しまった、火に油を注いだらしい。

 公園の広場で牙をむき出しにする月の獣……ルナと対峙する。


「チョコミントを歯磨き粉と呼ぶのはちょっとしたジョークで……」

「戦争! 全面戦争だッ!!」


 さすがに私もこんなところで戦闘を始める気は無い。

 というかこいつが暴れたらこの辺り一帯の絶景が台無しになる。

 ここは私が大人の役割を負って、コイツの怒りを鎮めるしかない。


「分かった、私が悪かった。チョコミントのくだんは私に非があると認めよう」

「へぇ、今日は随分と素直じゃない。分かればいいよ」

「あ、ああ、そうだな」


 ひとまず、トラブルは回避した。

 まったくいつまでこれの相手をしなければならないのか。イリスには早く戻ってきて欲しいところだ。


「ねぇ、王子様はまだ戻ってこないの?」

「ああ、一人の時間はイリスには必要なんだ。悪いが耐えてくれ」

「むぅ……まあプライベートは大事よね」

「元々、イリスはお前と違って穏やかなのが好きな子だ。一人で黙々と妄想に没入してきた子だからな」

「なるほど……ところでそれは私への悪口? 王子様への悪口?」


 イリスのプライベートタイムが終わるまで、私はルナのお守を続けなければならない。

 先が思いやられるが、イリスのためだ。仕方が無い。


「ちょっといいかな、そこのお嬢ちゃん?」


 驚いた、まさかこんなところにもそういう輩が居るとは。

 いや、どちらかというと私たちが絡まれるというほうが意外だ。

 可愛げ皆無の子供と長身に黒衣に身を包むファッション性皆無の私のペア。


 ナンパなどされる要素はまさしく皆無だったろうに、そう思って顔を上げる。


「ごめんなさい、あなたたちに構っているほど暇ではないの」

「そんな派手な露出でうろついてるクセに何を言ってんだ?」


 見るからに警戒色ならぬ、警戒ファッションを着こなした男5人が囲むのは、茶髪の乙女。

 彼女のファッションは確かに派手だ。

 腹回りは一切の布がなく、茶色のハーフジャケットに似た服をビキニの胸の前で縛っている。

 強調された谷間はそこそこ褐色で日光を浴びる生活スタイルを送っていることが窺える。

 下着とほぼ同じラインまで攻めたデニム生地のホットパンツ。ふくらはぎを半分以上隠したブーツ。


 なるほど、男を誘うための装いだと疑われても、少し擁護に困る。

 

「まったく、パトロールのたびにこう絡まれたんじゃキリがないわね。おまけにまだ私の顔もそんなに有名じゃないときた」

「へぇ、ひょっとしてアイドル? それともTuber?」

「いいからとっとと解散しなさい。今回は見逃してあげるから……」


 尚も男たちは食い下がる。いい加減、あの女の目も鋭くなってきた。


「あの女の人、どっかで見たことあるような……」

「おい、その辺にしておけ」


 見て見ぬ振りも出来るには出来たが、まだ時間もある。退屈しのぎには丁度いいだろう。


「あ? なんだこの野郎」


 野郎……野郎に見えるのか。まあ、胸も無いし……なッ!


「ぐっ、おっ……」

「っと、失礼」


 視覚の外、小型のナイフを手首のスナップだけで投げ、女の正面に居る男の太ももに突き刺す。

 蹲る男に、誰もが注意をそちらにひきつけられる。


「だっしゃあ!」


 右側の二人を、ルナが突進してまとめて突き飛ばす。

 残る左の二人は混乱して後ずさるが、私は容赦なくそこに踏み込み……。


「ありがとう、余計なお世話だったけどね」


 ナイフを突き立てる前に、二人の男は頭上から落ちて来た何かに意識を奪われ、倒れた。

 男の意識を奪ったのは岩だった。しかし、地面に落ちることなく細かく砕け、砂のようになって風に消える。


「これは……」

「へぇ、なるほど」


 平然とした様子で、茶髪の乙女はペットボトルのジュースを飲んだ。


「その手際、絶滅理想を討ち取ったって話は本当みたいね」

「あー! 思い出した! 異能者の一人だ!」

「遅い……邪魔をして悪かったな」

「手間は省けたし、面白いものをも見せてもらったから問題ないわ。初めまして、アルカディアの理想人」


 異能者……エアやウェルと同じ、ドクの手によって特殊な能力を身に付けた者。

 エアが風でウェルが魔法ならば、こいつは石……鉱物といったところだろうか。


「初めまして、私は異能者イレギュラー:ガイアモンド。この辺りの治安警備をしてるんだけど……此処はナンパ男が多いから気をつけたほうがいいわ」

「いや、それは……」

「それはあなたが露骨な格好してるからでしょ?」


 やはりというか、ルナは私以上に容赦が無い。

 周りに気を使わない、あえて触れない配慮というものがないのは、イリスと正反対だ。


「そりゃこんなリゾート地みたいなところに転勤になったんだから、キワキワに攻めたオシャレしたいでしょ」

「まあ、それもそうね」

「そうなのか」

「そうなのよ。それにしても貴方達、何か……そう、一人少なくない?」


 異能者、ガイアモンドは小首をかしげ、周囲をきょろきょろと見渡す。


「私はアヤメ、こっちはルナだ。もう一人のイリスは別行動」

「へぇ。大丈夫? 私みたいに今頃ナンパされてたりしない?」

「それは無い」


 自信を持って否定する。

 イリスは私より胸はあるものの、色気は私と同じくらい無いはずだ。


「何かあったらすぐに通報するのよ。って言っても救世主になれるくらいだからそれこそ余計のお世話かもしれないけど。あっ、それと通報する時は極力、私を指名してね。ボーナス入るのよ」

「ああ、考えておく」


 まあ、私が居る限り無用の長物だろう。


「さて、そろそろイリスを迎えに行くか」

「そうね!」

「そう? じゃあ私もサボ……パトロールを終わらせて、さっさとこいつらを豚箱にぶちこんで定時で上がろうっと」


 指名しろと言う割にはもう帰る気満々だこの警備員は。

 そう思いつつガイアモンドと別れ、私とルナはイリスの元へと向かう。





 ゆらり、ゆらり……静けさに風、木々の葉が触れ合う音。

 空の青さに、日の温もり。水面の波紋に船が揺れる。


「おくつろぎの所、大変申し上げにくいのですが」

「んー……」

「そろそろ暗くなります。戻られたほうが良いのでは?」


 私は緩みきった体を起こして、見渡して声の主を探す。

 すると私以外に誰も居なかった湖の上に、綺麗なウンディーネが居た。

 清らかな姿、艶やかな顔。

 まるで時間が止まったかのように、彼女の周囲を彩る飛沫と虹。


 宝石のような水彩に、胸の奥を鷲掴みにされたような、感動に言葉を失った。


「……あの、お嬢さん」

「あっ、はい、すいません」

「いえ、大丈夫ならいいんですが。さすがにこの辺りでも女の子が夜に一人で出歩くのはオススメできませんからね」

「それはご親切にどうも……でも友達も一緒なので、大丈夫です」

「ああ、それなら安心ですね。友達……」


 落ちる滝のような真っ直ぐな青い髪。澄んだ水のような透き通った青眼。

 藍色のスーツみたいな衣服は、白いフリルがついてて意外と可愛い。

 まるでこの人自身が宝石みたいに……アクアマリンみたいに可憐だった。


「あの、あなたのお名前は……?」

「僕ですか? 僕はアクアマリン。この地区の水質管理をしている水の異能者です」

「異能者ってことは、エアさんやウェルちゃんと同じ……」

「その通りです、今週の救世主。宝石の魔法使い」


 本当に有名人になってしまったのかもしれない。

 知らない人が、私のことを知っているなんて、不思議な感覚だ。


 それにしても、この人なんだか……。


「救世主……理想郷に来て一年もしない女の子が」

「うああ、いえ、それほどの者では……」

「もし、僕が圧倒的に有利に立てるこの水辺で襲い掛かっても、あなたには届かないのでしょうね」

「……えっ?」

「だからせめて、一度驚かせるくらいはしてみたい」


 湖の水が、徐々に激しく渦巻く。

 水面に立つあの人を中心にして、水柱が立って、飛沫が舞う。

 波が立って、水の竜が螺旋を描きながら天へと登る。


 ふと涼しい風が吹いて、水の飛沫が氷の飛礫に変わって、日の光を反射してキラキラと輝く。

 それはダイヤモンドに似た七色の輝きを放っていた。


「ダイヤモンドダスト……すごい、魔法みたい……」


 周囲を見渡すと岸が見えない。いつの間にか深い霧に包まれていた。

 正面に居るアクアマリンさんと、絶景の水芸だけが鮮明に見える。


「まだ、まだまだ……っ!」


 アクアマリンさんは指揮者のように両手を振るい、指先が水を操る。

 竜巻は氷柱と化したかと思うと、罅割れて砕け、騎士の形をした氷像になった。


「これより始まります劇は、かつてこの理想世界を巻き込んだ理想戦争の物語」


 これは、氷の人形を使った演劇だ。

 濃霧のカーテンに囲まれて、湖面の舞台を氷像が踊り、指揮者が手繰る。

 私と言えば、小さな舟の客席で、目の前で繰り広げられる物語に魅入っていた。

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