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メルヒェン75 ネオングリーン・エメラルド

 そろそろ夕方になる頃、私はふとアヤメに問う。


「ねえアヤメ、やっぱりネオンさんは悪い人じゃないよ」

「私もそう思うが……どうする?」

「甦らせよう」


 私の心はもう決まっていた。

 あの子を甦らせて、どうにか友達になってほしい。


「妖幻のときとは違って、復活させる対象が異質だ。難しそうだな」

「大丈夫だと思う。勝ったのは私たちだし、アイディアもあるから。でも、また敵対されたら……」

「現実世界に復活させるなら増殖の手段は無い。その辺りは心配ないだろう。何はともあれ物は試しだ。やってみたらいいさ」

「うんっ!」


 そういうわけで、私たちはネオン・エメラルダを復活させることにした。

 そのことを、作戦終了を知らせにきてくれたエアにも話す。


「……正気か? まあ、以前のような増殖もない可能性は高いが」

「エア、未来予測は?」

「それが読めない。どうやら理想人の復活というのは俺の能力の射程外らしい。まったくつくづく……」

「許可は得られた。イリス?」

「うん、それじゃあ……」


 イメージは緑、モチーフはエメラルド。人の手によって創られた宝石。人工緑玉。


「石言葉は幸運、夫婦愛、安定、希望、喜び……そして新たな始まり。来て、ネオン・エメラルダ!」


 光が集う。夕焼けの陽射しの中でさえ、鮮やかな緑色が負けじと迸る。

 一点に集中した光は一つの体を形作って、ネオンの姿を再現する。


 光が収まる頃には、完全にさっきまで戦っていたネオンの姿があった。


「ごきげんよう、メルヒェンの」

「えっと、こんにちは……」


 ネオンブルーの光沢がある長い髪と、煌くエメラルドブルーの瞳。

 少女の表情は笑顔なのに、感情は読み取れない。


「なるほど、そうやって遭遇してきた理想人を片っ端から手篭めにしてきたわけね」

「えぇ……」

「ちょっと! 自分の置かれている状況が分かってないのかしらね、このガラクタは!」

「別に? 私も今やただの理想人としては死人。今更命乞いをするとでも?」


 ルナちゃんのおかげで心象が最悪になりそうなので、アヤメにお願いする。


「アヤメ」

「ああ」

「ん? なに、どうし……ちょ! 離して!? 離しなさいよーっ!!」


 アヤメにルナちゃんを下がらせてから、私は気を取り直して、言葉を選ぶ。


「私みたいな人間がいるなら、って言ってもらえて、あの、本当に嬉しかったです。それで、もし良ければ、その……ご一緒したり、していただけたらなー、と思って」

「嫌よ」

「即答……」

「誰が人間なんかの争いの道具に使われるものですか」


 そうだった。この子は争いで引き起こされる不幸を嫌って、戦っていた。


「下らない争いで、誰も彼も巻き添えにする愚かな害悪バグが発生する生き物の手下になんて、なって何が楽しいの」

「でも、私は魔法でちゃんと守るので……」

「人類をデータとして管理することで、悲劇を起こす争いと、下らない諍いを予防する。そうすれば守るための戦いだってなくなる。自分の手を汚す必要もないのに……何がおかしいの?」


 私じゃない。鼻で笑ったのはエアさんだ。


「失礼。自分の手を汚さないだの、守る必要もなくなるだの、効率重視の機械らしい考えだなと」

「へぇ、じゃあ聞かせていただけるかしら。人間らしい考えっていうのを」


 私も気になる。さすがに胸を張って、これが人間の考え方だ。と言うような自信は、私にはないから。


「簡単なことだ、水清ければ魚住まずと言うだろう。俺たち人間は、特に理想人はそんな管理された平穏なんて真っ平御免と思うに決まっている。なぜなら、俺たちは理想を抱いているからだ」


 エアさんは一旦止めて、ちらりとウェルちゃんを見た、気がした。


「俺たちには遂げるべき理想がある。それも様々な、善悪入り乱れ、世界の片隅で叶えられるようなものから世界の存亡を揺るがすほどのものまで。それほどの理想ならば、もちろんあるはずだ。誇りや意地といったものが」


 誇り、意地……譲れないものではなくて、譲らない理由。

 理想や欲望と似てるけど、少し違う。心が抱く意識の問題。


「俺は自らの手でウェルを守る。俺の力で、俺自身が成し遂げるべきだと思っている。目的と同じくらい手段にも固執する。心の贅肉と呼ぶ輩もいるだろうが、これくらいの矜持なくして何が理想か」

「それは……確かに私にはない。でもそれは……」

「機械にそんなものは求められまい。だから自らの問題なんだ。自分が自分に求める何か。それがある限りは、そいつを無視して人の手による管理で何もかもが円満にしようなんて、無理な話だ」


 私もあんまりしっくりとこないけど、なんとなくは分かる。

 私たちは自分の手で理想を遂げる。

 理想の姿、理想の力、理想の世界……そうやって少しずつ、想い描いた理想を形作っていく。

 現実を少しずつ踏み越えて、塗り替えて、実現していく。


 ここまで越えてきて思う。

 ただ軽々しく、ハイっと投げ渡されるように扱われた理想はきっと、ありがたみも何も無いって。

 そっか、この感覚が……私の意地なんだ。


 ネオンは呆れたような溜息を吐いて、苦笑する。


「不可解ね、人間は。不良品に見えるクセに、それが思わぬ力を生み出したりする。本当に不可解ファンタスティックで、不条理ファナティックで、不可思議メルヒェンチックな……」

「メルヒェンは私の理想ですから」

「面白いわね。私の理想を退けたあなたの理想が、どこに辿り着くのか興味が湧いたわ。それに、言伝もあるしね」

「それじゃあ……!」

「ただし、最低でも100ペタバイトのサーバーは用意してくださらないと、画像フォルダを私の落書き帳にさせていただきますからね?」


 ペタってなんだろ、聞いたこと無い。

 首を傾げていると、エアさんが助けてくれた。


「高いしでかい。しかもアルカディアにそれを維持する電力供給は恐らく無いぞ」

「じゃあ、私たちでお預かりしましょうか」


 ふわっと出てきてそう言ったのは、アリスちゃんだった。

 もう普通に現実世界に姿を現せるようになったみたい。


「イリスさんが成長したおかげですよ。それはともかく、夢の世界でその子をお預かりしましょうか?」

「って、出来るの?」

「はい、夢を見られるなら、誰だって夢の世界に入れます」


 それは、どうなんだろう。

 ネオンは、というかアンドロイドやAIは夢を見るのだろうか。


「ほら、パソコンにもスリープモードってあるじゃないですか」

「アンドロイドは電気羊の夢がって奴よ」

「あ、眠り子さんも」


 ふと気が付くと、エアさんやウェルちゃんには見えていないみたいで、私のことを訝しげに見ていた。

 すると二人が気をきかせて、他の人にも姿を見せてくれた。


「初めまして皆様。夢想の世界に住んでおります、アリスです。こちらは姉の無明眠り子。お見知りおきを」

「そこの男、アリスを変な目で見ないで」

「すいません、少し過保護な姉で……」


 アリスは次にネオンの方を向いて微笑む。


「こんにちは、ネオンちゃん」

「ひっ……」

「えっ?」


 ネオンが小さく悲鳴を上げたような気がする。

 というか明らかに怯え始めてる。


「ネオン。ど、どうしたの?」

「そう、そういうこと。いざとなれば何もかも夢にしてしまおう算段だったのね」

「そんな方法が……」

「データにあった。夢想の世界から現実を夢に変えて食べてしまおうとする絶滅理想……私より遥かに悪質!」

「えっと、それは私じゃなくてお姉ちゃんが……」

「力の問題! 夢は性質上仮想ですら及ばない領域!」


 どうやら仮想は夢想には太刀打ちできないらしい。もちろん私にはちんぷんかんぷん。


「あの、そこまで怖がらないでいただけると……」

「ひぃっ……」


 解説ほしさに周囲を見渡して、最終的にエアさんを見る。

 一瞬だけ目があって、快く話してくれた。


「現実の認識の問題だな。例えばこの現実が、水槽に浮かんだ脳が見ている仮想空間バーチャルなのではないかという哲学的な話だが、脳が見ているということは、それは夢とあまり違いが無い。そういう意味で、仮想空間バーチャル夢想世界デイドリームは同等だ」

「んっと……なるほど」

「胡蝶の夢というのがあるだろう。自分が蝶になった夢を見ているのか、蝶の見ている夢なのかみたいな話だったか? 現実というものがあやふやであるという点においては同質だが、目的地は異なっている」

「つまり?」

「ネオンにとって、人間でありながら対等にして天敵、それが夢想の住人ということだ」


 なんとなく分かった気がする。

 仮想と夢想は非現実的な現実だから、お互いが磁石の同じ極みたいに反発し合うんだ。

 現実みたいに侵食できないから、圧倒的優位も保てない。初めての存在を相手に、ネオンは警戒している。


「……が、がおー、食べちゃうぞー?」

「ひ、ひぃ!」

「とはいえ、微笑ましい光景だな」

「確かに……」


 結局、ネオンは専用の端末を作って、後日私のところに送られることになった。

 こうして事件は無事解決。私たちは、明日からユートピアでの観光を堪能たのしめることになったのです。




 もう緊急事態も起こらないので、私たちは三層めの宿舎から二層目にある蝶高級ホテルに泊まることにした。

 なんだか莫大の謝礼を頂いてしまったので、いっそここで使いきろうという気持ちで。


 ただ、さすがに高すぎて落ち着かない。


「なんか、こうやってベッドに座ったりするのも怖い」

「そう? こういうのは思いっきり使い潰すくらいでいいと思うけど?」

「お姫様というにはあまりに品が無いな……」

「お姫様ってのはお転婆なくらいが丁度いいと思わない?」


 一理あるような、無いような。

 と考えているうちにディナーの時間。

 上がったばかりだけど、最上階のスイートから一気に下りる。


 そこに待っていたのは目の眩むような夜景とご馳走の数々。

 蕩けるようなお肉と香ばしいスパイス、甘いソースにほぐれる魚。弾ける野菜にまろやかスープ。そして頬の落ちそうなデザートに舌とお腹を蹂躙されて、緊張もすっかりほぐされた。

 部屋に戻る頃には、ふかふかなベッドの上に飛び込んで、大の字になれるくらいには。


「まるで子供だな」

「えへへ……」


 シミ一つ無い天井をぼーっと見ながら贅沢の余韻に浸る。

 そうしていると、ここで起こった出来事のことが頭の中でぷかぷかと浮いてきた。


 自我と意思を持つアンドロイド、フランカーは人間との共存の理想を抱いていた。

 親である博士とは理想を違ってしまったけれど、自分の理想を選んで掴み取った。

 最初は人間を警戒していたけれど、方針を転換したらしく電脳京は誰でもVRとかいうので訪問アクセスできるみたい。

 私はパソコンを持っていないので、短剣しにいくのはだいぶ後になるだろなぁ。


 エアさんとウェルちゃんと理想比べをしたけれど、よくよく考えてみたら、あれが私の初めての負けかもしれない。

 私がそこまで戦ってこなかったからかもしれないけれど、それでもよくここまで負けないで来れたなって思う。

 それに、今まで出会ってきたどんな理想よりも、純粋に強かった。

 お互いがお互いを想いあっているからか、とてつもなく強固というか、私の魔法じゃ押し切れなかった。

 二人ならきっと、いつか神様?にも届くと思う。


 ドク……は相変わらずよく分からなかった。

 結局何がしたかったのかは分からない。瞑博士の理想を面白半分に鑑賞したかったのかもしれないし、こういう風に終わることを見越していたのかもしれない。というかあの人が全部仕組んだって言われても疑ったりしない。

 やっぱりあの人は苦手だ。


 瞑博士は、どうにかして助けてあげたかった。

 実のところ、ちょっと後悔してる。もっと上手くやればよかったんじゃないかって。

 ただ、自分でも怖いと思うことなんだけど……あの人を助けたいと思えなかった。


 ハッピーエンドを誰より望んでいるはずの私が、あの人をハッピーエンドにしたいと思えなかった。

 私はこの世界で色々なことに、理想に触れてきたけれど、やっぱりどこか変わってしまったんだろうか。


 そんな彼女が生み出したネオン。

 あの子は本当に綺麗だと思う。あの子自身が一つのエメラルドみたいにキラキラと輝いていた。

 そして絶滅理想とはいえ、その中にある願いは何より純粋だった。

 あの子も眠り子さんや私たち、この世界にいる理想人ときっと変わらない。

 現実が不満で、どうにかしたいと想って、手を伸ばそうとする存在なだけなんだと思う。


「律儀に復習してるのか?」

「あはは、まあね。って、ルナちゃんいつの間にか寝ちゃってる」


 ルナちゃんは私の傍らでぐっすりだ。私もそろそろ寝ようかな。明日からはユートピアの観光で、きっとまた体力を使うだろうし。


「イリス、お前は何も変わってなんてない。あれが持つ理想は、ただ単純に私たちと相容れなかった。ただそれだけのことだ。だから気に病まなくていい。何はともあれ、理想比較くらべに勝ったのだから」

「うん、そうだね、アヤメ」

「そうとも。だからさっさと寝てしまおう。明日も早い」

「私もそう思ってたところだよ。おやすみしよう」


 そして私たちは、灯を消した部屋で、未だに灯の消えない外の光を遮って眠るのでした。

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