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メルヒェン74 完全包囲殺陣

 くどいくらいだが、私はこの世界に来て薄々と不安を感じていた。

 彼女が想い描いていた世界ではなくとも、極めて近いこの場所。

 

 それは彼女にとっても問題ではなく、むしろ望ましいくらいだった。

 しかし、私にはどうしても無視できない問題……彼女にとっての殺意である私の存在意義だ。


 この世界が、互いの理想をかけて競い合う場所であるならば、排除すべき殺傷の対象などいなくて、私が存分に刃を振るう相手などいるはずも無い。


「アヤメ、準備はいい?」

「ああ、いつでも」


 このビルの屋上が私の、この世界で初めての戦場となる。


「イリス」

「なに、アヤメ?」

「ありがとう」

「……うん」


 微笑んで頷く彼女は、可憐な花そのものだ。

 彼女を守るための刃、活きる場面の到来を、喜んでいいものやら。


 ふと、稲妻の弾ける音が響いてきた。どうやら始まったらしい。

 取り繕えるはずもない。私はその時が来るのを、間違いなく、待ち遠しく思っている。


 



 未来予測による作戦の立案、行動予測による人員の編成、過程の計算、結末の選択……

 異能は超未来性能なコンピューターや魔法にしか実現できないことが出来る。


 あのマッドサイエンティストから与えられた力は、その性能に限って言えば凄まじい。能力と人格は伴うとは限らないという、いい例か。


「ルナ、作戦開始まで間もない。用意はいいか?」

「はい」


 もうすぐ、アルティがこの大通りの上空にネオンを誘導する。送信したデータどおりに動けば、必ずここに追い込む。


「……あんなに綺麗な理想人、はじめて見た」

「ああ。安全無欠にも勝るとも劣らない、純粋で綺麗で温和な理想だ。まったく嫌になる」

「私は、少し、羨ましい……」

「俺たちには眩し過ぎる。目を悪くするぞ」


 少し皮肉が過ぎたか、ウェルは不機嫌そうに頬を膨らませた。


「ごめん、言い過ぎた」

「でも、ここも嫌いじゃない。風間も……」

「ウェル、そろそろだ」


 ビルの隙間から二つの機体が飛び出す。


 青い閃光がすれ違い、周囲のビルに風穴を開けていく。

 青と黒の機体、アルティが何も無い空間から大型のマシンガンとビームソードを掴み出し、乱射しながら接近する。

 ネオンは攻撃を受けながらも笑みを浮かべ、傍らの自立子機がアルティを迎え撃つ。

 

 仮想の閃光を刃で弾きながら強襲、一気に突き刺す。

 だが拡張された六本の閃光は自立しているのか、止まらずアルティを攻撃する。

 装甲が熱で歪みはじめるのを無視しながら、押し退けるように高度を下げる。


「十分だッ! 離れろ!」


 ここからが俺たちの仕事だ。

 手を伸ばす。アルティが離脱する前にネオンを、大気を手繰り風で絡め取る。


「シッ……」

「あ、らら?」


 網にかかったネオンを引き摺り下ろし、こちらに近づかせる。

 そして、射程内だ。


「此処っ……!」


 空気が一瞬にして零下へ、水分は一瞬にして凝固する。

 現実に即しているならば、理想に準じているならば、仮想の存在といえどウェルの魔法が通用するはずだ。


「なるほど、これが圧、縮……」


 アテが的中した。普段ならこのまま風の刃で粉々に砕くも、穿って蜂の巣にするも、裂いて細切れにするも自由なものだが、今回ばかりはそうもいかない。


「さて、盛大にぶち上げようか」


 コンプレッサのように空気を蓄え、圧縮し……一気に。


「出番だ! ルナ・ロマンシア!」


 氷塊を空へとぶち上げると、そこに一筋の流星が衝突し、攫っていった。


「さて、俺たちの役割はここまでだ。あとは彼女等に期待するしかない」

「……大丈夫、かな」

「分からない。どちらの理想が強いのか……だが、この事件を解決する鍵なのは確かだ。信じるしかない。己の未熟さを痛感するな」


 事実上、俺たちだけではこの事件を解決することができなかった。

 仮想は専門外とはいえ、力が及ばなかったということは確かだ。


「いや……そう思ってしまうことこそが、気の緩みか」


 理想への野心を失った俺への、ある種の戒めなのかもしれない。

 非常に癪だが、ドクの……。


「まったく、守護者というのも面倒だ」


 俺が守りたいのはウェルだけだというのに、本当に面倒な役回りを押し付けられた。






 凄まじい音とともに、流星が目の前に落ちて来た。

 このビルに魔法をかけていなかったら一気に地面まで突き抜けて、ビルも瓦礫になっていたところだと思う。


「これでいい? 王子様!」

「うん! ありがとうルナちゃん。氷が砕ける前に離れて!」


 ルナちゃんはすぐさま飛び立って、ビルから十分な距離を取って見守る。


「準備はいい? アヤメ」

「お前にそんなことを言われる日が来るなんてな。確認なんて私たちに必要ない。思うままやってくれ」

「それじゃあ……宝石魔法プリズマゴリア!」


 宝石箱プリズンでビルの屋上を囲む。

 それはプラネタリウムのようなドーム状、天球のように張り巡らせて、決して誰も逃さない檻を形成する。

 これで、ダウンロードで治癒されることはなくなった。

 私はジュエルボックスの外、アヤメは中と隔てられる。


「アヤメ……」

「今更心配なんてするな、イリス。お前の相棒がどれほど頼り甲斐のある奴かっていうのを、きちんと披露してみせる」

「……へぇ!」


 突如、仮想の彼女が纏う氷が砕かれる。

 怖ろしいことに、まったくの無傷だった。


「それで、どうするの? 不良……」


 それがまた、本当にアヤメらしくて。

 相手が何を言おうが、しようがお構いなしで。

 ある意味、死っていう究極の理不尽をそのまま体現してるなぁって感心すらしてしまうくらいで。


「品……?」


 アヤメはネオンの言葉なんてまるで気にしないで、普通に歩いて、普通に間合いに入って、普通にオニキスのナイフで、その胸を刺し貫いた。


「まったく……楽すぎるのも考え物だ。そうは思わないか、仮想の廃品ジャンク

「……何をしているの?」


 呆気に取られたネオンは、くすりと笑って光の子機を生み出す。

 次の瞬間、間違いなく串刺しにされる、その刹那……。

 私は魔法を緩める。


「ジュエルボックス解除! アダマス発動!」


 アヤメを全力で守護するダイヤモンドの輝き。

 それは仮想の閃光も難なく弾いた。


「なかなかすばしっこ、おっ……」


 ネオンブルーの瞳が真ん丸と開かれる。


「嘘、何、どうしてっ!?」


 錯乱して、自分の両手を見て、狂乱の声を上げる。

 いったいなにが起こっているのか、きっと理解できていない。

 ただ「自分たち」が抵抗する間も無く死んでいく感覚を味わい続けているはずだ。


「呪いとは伝染病のように感染し、伝播していくウイルスに似る。死という呪い。死を招く呪い……お前たちはもう助からない」

「死ぬ? 私が? 仮想の、情報の存在であるはずの、私たちが?」


 ああ、いつ見ても苦しい。

 人の苦しむ姿を見るのは、あまりに辛い。


「わざわざ見なくともいいのに」

「ううん、ちゃんと見届ける」

「責任とでも言うつもりか。なら役割を果たすべきだ。お前の役割は、幸福を謳歌することだ」

「でも……」

「自責や罪悪感とは言わない方がいい。誰も喜ばない」

「……うん」


 私たちはそんな面倒で複雑な関係だ。

 というよりは私の心が中途半端なんだ。ダメだって分かってるけど、こればかりはどうしようもない。

 なにより、こんな自分も悪くないと思えてきたから。


「消える、消える……どうして、私は、もう悲劇を繰り返したくなくて……」

「なるほど、お前の理想もそういう類か」



 見えたのは、ネオンに埋め込まれた人間への知識。

 お互いに争いあい、いがみ合い、傷つけあい、殺し合い、滅ぼしあう。


 自分勝手に暴れまわる者たちの犠牲になる、か弱い女子供たち……。

 穏やかな午睡も、優雅なティータイムも邪魔する銃声と爆音。

 何度も繰り返す過ちを、終わらせるために。

 争いによって紡がれた人間の歴史に夜明けを見せるために。


 弱き者たちを保護する電脳世界。

 勝手ばかりを駆逐するためのネオンブルー、悲しい物語を打ち破るためのイナズマ。


 生まれた時からそういう存在として生まれて、そういう存在だと自覚して活動を始めた電子の姫。


「あーあ」


 ネオン・エメラルダは、全てを悟ったような、安らかで悲しげな笑みをこちらに向けた。


「そんな世界があるのなら、もう少し早く教えてほしかったわ」


 ちくりと刺すような言葉を残して、ネオンの体はテレビの電源が落ちるみたいに消えた。


「これで……終わりかな」

「あとはフランカー次第だ」


 私は報せが来るまで、一瞬だけ垣間見たネオンの理想を、ディストラクトピアを心の中で反芻することにした。


 人間のいない地平。人間だったものの情報生命体。隔離された世界。

 地上に広がる機械の繁栄と、情報を保護する電脳京のディストラクトピアを。





 電脳京にて、エアの連絡を受信。作戦は成功。予定通り次の段階へと移行。

 電脳京の防護を解除、リソースを攻撃に転換。ダストデータ蓄積開始。


 信号を受信。通信開始。


「フランカー、実験は失敗した」

「そのようですね。こちらの作戦は成功まであと僅かです」

「率直に言う。助けてほしい」


 救難信号を感知。思考中……。


「拒否します」

「私が悪かった。あの時は頭に血が上っていたんだ。過激な妄想に取り付かれて……今では間違っていたのだと理解している。共にまた人間と機械の共存できる理想郷を築こう」

「……拒否します」

「どうしてだ!?」


 三日月瞑は怒声を響かせる。

 前世でも聞くことのなかった、この世界においても初めてであろう怒声。


「人間と共存を望むお前が、どうして私を拒む!?」

「あなたがもはや人間ではないからです。三日月瞑」

「なっ、にを……?」

「あなた自らそう仰ったはずです。自分はこの世界に生れ落ちた時から、既に人間ではないと」

「それは、それは違う!」


 初めから人間に依らぬ存在。完全なる人外。

 怪人ですらない物の怪。


 であるならばそれは、もはや私の理想の範疇ではなかった。

 それがたとえ産みの親の、成れの果てであっても。


「また、一つ訂正するならば、私の理想は既に叶いつつあります。作成された電脳京、今回の事件解決に協力頂いた理想人、イリスの理想に参画することで、私の理想も完成します」

「ば、かな……馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な! そんな馬鹿なことがあるか! 人間、人間のことを信用するなんて!? 人間を、人間をぉおお!!」

「少なくとも、あなたが思っているほど人間は悪性な生き物ではありません。どちらにせよ、あなたは既に人でなしですが」


 ダストシュート、準備完了。標的確認、照準座標固定。


「残念ですが博士、これでお別れです」

「待て、待ってくれ! 助けて! 死にたくない! 死っ……」


 廃棄情報弾頭ダストシュートウイルス、3、2、1、発射。


 ダストシュートウイルスは、情報に大量の廃棄情報を埋め込み、情報量を肥大化させるとともに元情報の原型を破損させる。

 一種のウイルスのようなものを打ち込むことが出来るのは、この電脳京のあらゆる機能の権限を当機が保有しているがゆえ。

 間も無く、射出された弾頭は三日月瞑という情報の集合体に直撃し、破損したデータへと変えた。


 痛みがあったのかは不明。本人が痛覚を設定したのかによる。

 通信もオフライン。作戦は完全に成功した。


 エアの持つ端末へアクセスし、作戦終了を伝達する。

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