メルヒェン72 終末のエメラルドブルー、新鋭のコバルトブルー
「イリスっ、起きてッ!」
「は、はい!?」
な、なに!? 地震!? それとも火事!?
いや、違う。この感じ……この、体と心の芯に響くような威圧感。これは……。
「何か来るよイリス。たぶん、これが本命だと思う」
「って、待てイリス!」
私はすぐにベッドから降りて、窓の外を見る。
いつもより、ひときわ蒼い空。雲ひとつ無い鮮やかな青天。
綺麗なはずなのに、今はなぜかとても怖ろしく感じる。
そう、まるで空が落ちてくるような……。
「……防御だイリスッ!」
「うぇっ!? わ、あ、はい!」
アヤメに言われて、慌てて魔法を展開する。
ブリリアント・アダマスの防御は間違いなく私とアヤメとルナちゃんを守護する。
でもアヤメが感知している殺気の感触が、私にも伝わってくる。
「これほどの殺意……何をどうしたらそうなる……」
蒼い空の中で、唐突に雷鳴が響く。
青白い雷電が、蛇がのた打ち回るみたいに……。
「選定は終わり、次に来たる裁定の時」
雷鳴と共に声が響く。
でもそれはフランカーの声じゃなかった。
でも、ちょっとおかしい……?
「短い間ですがお疲れ様でした。今後、世界の頂は私たちアンドロイドが担当いたします」
蒼い雷電が一際大きく弾けた。
網膜を焼くような光でも、アダマスの魔法が緩和する。
見ていると光は止んで、そこには一機のエメラルドブルーの姿があった。
「いえ、私たちこそが、新しく、そして真なる人類として、人類の完成形として君臨するとしましょうか」
南国の海みたいなエメラルドブルーの瞳。
夜闇の街を照らすネオンブルーの髪。
「あれは、蒼い……」
「またドクの仕業ね」
「えっ、分かるの?」
「私とか、あの二人とかならすぐに分かるわ。同類の匂いってやつがね」
あれもドクの最高傑作のひとつってことかな。
なにはともあれ、明らかに敵意がむき出しだ。このままじゃユートピアの住人が危険だ……。
「王子様、あれはひとまず放っておいて、瞑博士と合流したほうがいい」
「えっ、でも……」
「私も同意だ。私たちが今回関わっている件と関係があるのかも分からない」
「じゃあ、あれ放っておくの……!?」
あの蒼いのは、明らかな殺意を持っている。人間の全てに対してだ。
もちろん私たちも標的に入っている。
「私たちは頼まれたからここに来た。だが、コレがソレかは分からないんだ。余計なことに首を突っ込む必要は無いさ」
「でもっ!」
「王子様、その優しさは押し付けだよ」
ふと、ルナちゃんがアヤメと私の間に割って入った。
その真剣な眼差しは、心臓を一突きするくらいに鋭い。
「この世界に居る理想人は、誰だって誇りと意地を持ってる。自分の理想を自分の手で叶えたいって思ってる。そんな世界で、頼まれても居ないのに守られても、きっといい気持ちはしないよ」
「あうぅ……」
かつてないほどに真剣なお説教をされている気がする……どうしよう、ちょっと泣きそう。
「それでも本当に、アレと戦う?」
「や、やめておきます……」
私よりも小さい女の子にキツめの説教を受けて、波駄目になっている自分が今までに無いほど惨めで、情け無い気がする。
どうしよう、ちょっと深めに刺さったかもしれない。
「じゃあ、瞑博士と合流するということで……」
「それはこちらで引き受ける」
部屋の扉が開いて何かと思ったら、エアさんとウェルちゃんだった。
「お前たちはフランカーと合流してくれ。どんな方法でもいい、瞑とフランカーを会わせて、あれの対処に回す」
「え、じゃあ、あの蒼いのは……」
「あれは別の奴が担当する。もうすぐ到着するはずだ。急ぐぞ」
「は、はい!」
私たちは寮を出て街道を走る。
あちらこちらに青白い閃光が放たれては、街中から火の手が上がって、煙が立ち上っている。
走りながら、上空に居る蒼い彼女を見る。
エメラルドブルーの瞳に、ネオンブルーの髪。
まるで宝石で出来ているかのようなキラキラとしている
体の見た目は完全に人間だけど、どうしてか人間じゃない気がする。
完璧すぎるのかもしれない。そう、フランカーみたいに。きっと人間より完成されすぎているせいだ。
ふと、目が合った。
「あっ」
「……ふふっ、ごきげんよう?」
朗らかで無邪気な、でも冷たい笑みをこちらに向けて、左右にある青白い光の球が四つ。
一際大きく瞬いて、放たれる閃光が迫ってきた。
瞬間、甲高い音と一緒に走る雷撃が閃光を弾いた。
「気を散らすな。走れ」
「は、はい!」
「あら、逃げてはいけませんよ」
背後から聞こえる声が優しげで、そのくせ容赦ないのが怖い。
「お前の相手は俺たちではない。同じ機械で遊んで色」
「ッ!」
耳を劈く電気の弾けるような音に、もう一度振り返る。
エメラルドの少女の背後、人型の機械が青い刃を振り上げていた。
少女は即座に反転して、手を翳した先に半透明な板を出現させて受け止める。
「敵機捕捉、これより無力化を開始します」
「いらしたのね? 生きる機械!」
その外見はまさにロボットだった。アンドロイドよりも機械らしい、鋼鉄のボディは流線型のラインと鋭角的なフォルム、近未来感に溢れていた。
そして二人はダンスを踊るように空を駆け回る。
放たれた蒼と藍の閃光は交錯して、青い空を鮮やかに彩る。
「あれは……」
「アルティマティオス。ドクの最高傑作同士、仲良くやりあうだろう」
「同士って、あのエメラルドの子もそうだって分かったんですか?」
「ああ、独特な匂いがしたからな。どうせルナ・ロマンシアも気付いていただろう?」
「は、はい。確かに……そっか、本当に分かるんだ」
「ねっ? 言ったでしょ」
エメラルドの少女とアルティマティオスの激しい戦闘を背にしながら、私たちはユートピアの中央の塔に向かった。
私たちはエアさんの案内で、エレベーターを使って下に向かうことにした。
ところが、エレベーターのボタンは反応しない。
「ロックがかけられてるな。この搭のシステムが一部乗っ取られているらしい」
「そんな……! じゃあどうしたら?」
「簡単だ。動かないのなら……」
エアさんが手を、ふっと振り払うような動きをすると、甲高い空気の音と一緒に、眩い光がエレベーターを一周して上下半分に切断した。
「プラズマでぶち抜けばいい」
「お、おお、落ちてますが!?」
「問題ない」
すごい勢いで、落ちてる。自然落下してる!
初めての感覚に、アヤメにしがみつきながらなんとか意識を保つ。
「そろそろか」
楽団の指揮者みたいに右手を大きく振り上げると、落下の速度が徐々に弱まった。
「なるほど、下から強風を吹かせることで落下速度を緩和しているのか」
「さあ、到着だ」
ついに扉の前で静止したエレベーター。
その扉もプラズマの光で溶断、穴を開けてしまった。
「これがユートピアの理想人……」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
何もかも造作も無くこなしていくエアと、その傍らに付きそうウェル。
すごい……私はこんなにも強い理想と戦ったんだ。
「すぐに……」
「えっ?」
「すぐに追いつく。私たちも、あれに」
「……うん、そうだね、追いつこう。それで、追い抜こう」
私たちは二人を追って、瞑博士のところへ向かう。
二人はそこにいた。
あの日の理想を叶えるために、自分の意思で行動を起こしたアンドロイド。そしてその作り手。
もう一度会って、話し合えば、分かり合える可能性は十分にあると思っていた。
「フランカー……?」
フランカーは瞑博士に銃を突きつけていた。
「早いですね。ドクの最高傑作もアテにできませんね」
「どうしてです博士、私は……」
「前世でも言ったでしょう。人間であるからこそ齟齬が生まれ、分かり合えないのだと」
「フランカー!」
私は咄嗟にフランカーの元へと駆け寄る。
「だ、ダメだよ! 銃なんて降ろして、話し合わないと……」
「申し訳ありませんイリス。既にもう……」
「もうその段階ではないということだ。イリス」
「えっ……」
分からない。私にはなにがなんだか……。
「三日月瞑。お前の理想は絶滅理想に該当する。この世界から退去してもらうぞ」
「絶滅理想……?」
どこかで聞いたことがあるような、ないような……。
すると、なんかすごい、聞く人を一瞬で不快にする箍の外れた笑い声が流れてきた。
「クヒャッヒャ! いやぁ、随分と盛り上がっているねぇ」
舌打ちするルナちゃんに、呆れたような溜息を吐くエアさん。
「チッ、出たわね」
「またお前の仕業か」
「おっと勘違いしないでほしいね。今回の件はほんのちょっと手助けをしただけだよ。ほんとほんと」
「今は取り込み中だ、邪魔をするな」
「いやいや、将来有望とはいえ、未だこの世に降り立って間もない理想人に色々と教えておくべきかなと思ってね」
大きなモニターに映し出されたのはドク。
そのニヤついた眼差しは私に向けられていた。
「まだ一年もしないというのに、絶滅理想にぶち当たるとはね」
「瞑博士は、その絶滅理想っていうのを持っているんですか?」
「ああ、その通り! 絶滅理想は理想の中でも、人間を滅ぼすことを第一に臨んでいる理想のことだ」
「人間を、滅ぼす……」
似たようなものなら、今までに何度か見てきた。
現を夢にして全てを食べてしまう、眠り子さんの理想。
現実から空想を守ろうとして抗う、ルナちゃんの理想。
現実を幻想の糧にして在り続ける、花見月さんの理想。
でも、それらは人間を滅ぼすための理想ではなくて……みんなの理想は大切なもののためのものだったと思う。
でも、瞑博士のこれは絶滅理想、人間を滅ぼすことを第一にしているという。
もし瞑博士が人間を滅ぼそうとするのなら、それは……。
エアさんが呆れたように言う。
「大方、お前の新しい実験なのだろう、マッドサイエンティスト」
「さっきも言ったじゃないか。私はこの件に関してはほんのちょっと技術提供をしただけで、あとは全て彼女自身の成果だ」
「なんだと……じゃあ、あれも三日月瞑が作ったというのか」
「その通り! しかしそうか、君たちがボクの最高傑作に似た感覚をアレに感じたというのなら……く、クヒヒ、クケカカッ! 素晴らしいッ!!」
相変わらず怖い笑い方するなこの人……。
「ボクの技術を利用し、応用し、活用し、ボクの最高傑作に匹敵する物を作った。一級の理想でなくては到達できないだろう。いや、されては困るんだけど」
「自画自賛はそこまでだ。重要なのは一つだけだ。お前が敵なのか、そうじゃないのか」
「何度も言っているだろう? これは瞑博士の理想で、ボクは技術提供をしただけ。ボクはこの実験の行き着く果てを、観察させてもらうとしよう」
今回は本当にドクは関係ないらしい。
「では諸君! このユートピアの、理想世界の存亡は諸君の双肩にかかっている! 健闘を祈っているよ!」
そしてドクはディスプレイから姿を消した。
ルナちゃんとエアさんは鼻で笑う。
「よく言う。どうせ全て織り込み済みなのだろうに」
「まあどうでもいいけどね。私はイリスを、守るだけよ!」
戦う気マンマンで、星の光の爪を抜き放ったルナちゃん。
でも、飛び掛るようなことは無い。なぜならまだ倒すべき相手が目の前に居ないから。
そして私はフランカーと瞑博士をハッピーエンドに導かないといけない。
となると、まず必要なのは……。
「瞑博士、どうして……」
「それは私から説明します」
「フランカー!」
「私は、勘違いをしていたのです」
フランカーの音声は、冷静に語り始めた。
瞑博士の奥底にある、本当の想い、理想を。