メルヒェン71 輝き翔ける星が如く
それにしても、二人は特徴が似通っている。
金色の長い髪、幼くも魅力溢れる体と、その内側に秘めた色鮮やかな能力。
「アヤメはどう思う?」
「確かにな。どちらもドクの傑作だというが」
「えっ、なになに? 何の話?」
ウェルちゃんさんを一目見たときから、見た目の特徴が良く似ていると思った。
もしかして、アリスちゃんと眠り子さんみたいな姉妹だったりして。
「それはない」
真顔で否定された。
「それは理想の姿なんて似たり寄ったりになることも多いから、髪型や色が多少かぶることはあるでしょ?」
「そうなの?」
「そうなの! それに王子様、私の方が遥かにキュートで、セクシーでしょ?」
小さなお尻とお胸を突き出して、腰をくねらせ手を当てて、精一杯のグラビアポーズをしてみせる。
見た目年齢のせいでかなり背徳的な画になってるけど、サキュバスチックな魅力は確かに備わっているみたいだ。
「アヤメはどう思う?」
「やっぱりもう少し胸がほしい」
「うん、ごめん」
でもダメです。私のアヤメはスレンダーでいてもらわないと。かわいさよりかっこよさを重視したい。
「なるほど、可愛い担当はお前か」
「え、いや、そういうつもりじゃ……」
「大丈夫よ王子様……イリスもかなり可愛いもの。よいしょっと」
ルナちゃんがおもむろに立ち上がった。
なんだかちょっと、雰囲気が……。
「ちょっと夜の散歩に行って来るね」
「ルナちゃん、もしかして……」
「帰りにお土産も買ってくるからー!」
「あっ、待っ……」
私の声を置き去りに、ルナちゃんはロボットアニメにありそうな自動扉を抜けて出て行ってしまった。
「ルナちゃん……」
「行って来い」
「えっ?」
「お前のことだ。どうせ放っておけないだろ?」
「う、うん……いいの?」
アヤメのことだから、苦手なルナちゃんがいなくなって丁度いい、なんて言うのかと思ったら。
「私の許可が必要なのか?」
「いや、そうじゃない、けど」
「……ずっと考えてた。イリスがサバトで優勝して、私が金色の妖幻に不覚をとってから、ずっと」
「アヤメ? 何を……」
妙に神妙な面持ちで、オニキスのナイフを取り出して見つめる。
アヤメの眼と同じくらいに鋭い刃が、白い照明に照らし出されていた。
黒衣を纏うアヤメと同じ、真っ黒な宝石。光を僅かに通すけれど輝いたりはせず、表面で光を反射させる。
「イリスはどんどん強くなるが、私に成長の余地は無い。私自身はイリスの一部に過ぎないからな。いずれ私も不要なものになるのだろうと」
「そんなことない!」
「最後まで聞け。だが、それも私の勘違いだ。私の存在意義は、現実での強さとは別のところにある」
そう、アヤメは私の理想なんだ。
強いだけではなく、かっこよくて、凛々しくて、スマートで、クールで、頼りになって……。
「困ったときに相談に乗ってくれて」
この世界にぽんと降り立って、右も左も分からない時に、一緒に考えてくれた。
「いつでも隣にいてくれて」
あの夜に、私はアヤメと一緒に理想を抱いて走り始めた。
「勇気が出ないときに背中を押してくれて」
私が何かに頼らず、自分の力で成し遂げるために、サバトを見守ってくれていた。
「私と一緒にここまで歩んできてくれた。そしてきっとこれからも……この絆はもう何にも変えられない、かけがえの無いモノなんだよ」
「そう。お前がそう思ってくれているからこそ、私もそれに応えよう。それが私の望みでもある」
「アヤメ……ありがとう」
「行ってやれ。お前の優しさは、私だけのものにするには大きすぎた」
アヤメに微笑んで、ルナちゃんの後を駆けて追う。
宿舎を出て、夜のユートピアに飛び出すと、そこは夜空さえ照らし出すくらいに眩い街並みだった。
「おわぁ……」
摩天楼は光のヴェールを纏って、光の柱みたいに地面に突き立っている。
道の一本、路地裏一つも陰が無いほどに明るくて、目が眩んでしまいそうだ。
無何有の郷の不夜城にも劣らない、あそことは違う科学の灯だ。
見惚れてしまいそうだけど、今はそんな暇はない。ルナちゃんを探さないと!
まさか自分がこの場所に戻ってくるなんて、思いもしなかった。
この忌まわしい場所に、怖ろしい都市に、戻ってくるなんて。
私の体は、焼かれているかのように照らされた夜空にあって、それでもこのバベルの塔の頂よりは低い。
この神に楯突くための搭は、彼らマッドサイエンティストの生命も人道もかなぐり捨てた、究極にいたるための研究所だ。
私がこの世界に降り立つ少し前に、この世界はあの天空の島に住む奴等と戦ったのだという。
あそこに住まうのはこの世界に受け容れられたものではなく、ここではないどこかの神とその信徒たちだとドクは行っていた。
今となっては神を失い、その復活を理想に活動しているのだといわれているけれど、定かじゃない。
私が味わってきた地獄のような実験自体は、その定かじゃない奴等や、第二、第三の神と信徒の再来に備えてのためのものだった。でも……。
「あんたたちは戦ったのかしら?」
私は背後にいる彼女に語りかけた。
私が魔力の翼で浮いているように、彼女もまた魔法によってこの高さまで昇ってきたらしい。
背中に感じられる人工的な魔力の圧は、サバトで見た誰よりも鋭く、刺々しい。
「戦った。大変だった」
「ふーん。それで、神には届きそうだったの?」
「……無理。あれは、理想の向こう側にある」
「理想の向こう側……なるほどね」
この世界の住人……理想人は三種類に分けられる。
一つはこの世界に転生して、自分の理想を叶えるため。
一つは理想を遂げて、新たな理想を追いかける探求者。
一つは理想郷を築き、理想の世界を守る守護者。
ドクが話していたのを聞いた限りでは、神に届くのは守護者のみ。
理想を守護するという立ち居地が、神と対等になるとかなんとかみたいなことを聞いた。
「あなたに、警告」
「私に? なんで」
「もう二度と、イリスをここに来させないで」
意味が分からない。いきなり何を言い出してるんだこの女は。
イリスと気が合うからって、私に気を使っているのかしら。
「そうじゃない」
「……魔女は心も読めるわけ?」
「未来のあなたが言っていた。ドクは、イリスを神との戦いに使おうとしてる」
「……なんて?」
「イリスは優しい。理想を成就させたら、きっとこの世界を守ろうとする」
言い返そうと思って、口を開けて、食い縛った。
そうだ。考えてみれば、そうなってもおかしくない。というかそうなるとしか思えない。
「……どういうつもり?」
「あの子を、私たちと同じにしちゃ、いけない」
「もういい。理想に聞いたほうが早いわ」
私には難しいことはよく分からない。
だから、直接見せてもらう。理想と一緒に。
「ほら、私たちは<まだ>だったでしょ? 理想比べに首を突っ込むのも野暮だと思ってね。でも、今は私とあなただけ」
今宵の空に一際強く、輝き瞬くのは私。
熱く燃えて流星、青く輝いて彗星。魔を纏い空翔る。
「夢見る少女、空想月下ルナ・ロマンシア。とくと目に焼き付けることね!」
魔力を腕に通し、指に集めて、爪の形をした蒼の刃にする。
身を屈めて、スリングショットのように力を、魔力を脚に込める
「くっ……」
「ウェルッ! 下がれッ!」
片割れの男の声がした瞬間、全身が切り分けられる感覚と共に、体の自由が効かなくなった。
それでも私は死ぬことなく、体はみるみるうちにお互いを繋ぎ合わせる。
体の自由を取り戻して、颯爽と駆けつけてきた男、エアがウェルを守るように立ちはだかっていた。
「さすが風使い、飛べるのね」
「矛を収めろルナ・ロマンシア。俺たちに戦闘の意思は無い」
「やかましい!」
脚に込めた魔力を一気に放出、弾丸のように飛び出す。
自らが蒼い箒星のように。二人を粉微塵にするまで間もない。
瞬間、軌道が逸れた。
「なっ……」
なんだ、何をされた?
あの二人をミンチにするはずだった私の軌道は、なぜか見えない力によって、受け流されたように逸らされ、彼の横をスレスレに通り過ぎた。
体の負担を無視して、魔力をシャボン玉みたいに弾いて勢いを殺すことで、なんとか止まる。
「どういう……」
「悪いが、種明かしはしない。その代わり、お前にも分かりやすいように俺が説明する」
「どういうつもり? ユートピアの掃除屋がずいぶんと弱腰じゃない」
「夜にお前に挑むほど、俺たちは愚かではないということだ。ルナ・ロマンシア」
まあ魔力使っちゃったし、こうなると長引きそうだし、そうすると王子様に迷惑かかりそうだし。ここは大人しくしとくか。
「で、結局なにを教えてくれるって?」
「ドク……いや、アルカディアの王でさえ、イリスは利用しようとするだろう。」
「でしょうね」
「神との戦いは本来の理想比べとは異なる。下手をすれば理想など関係なく命を失いかねない。もうここへは来ない方がいい」
呆れた。呆れすぎて溜息が出てきた。
わざわざそんなことを言うために、私の貴重な時間を割くことになって、わざわざ魔力まで使って……。
「それはイリス自身が決めることでしょ。私に言っても意味無いよ」
「……実験台同士、思うところは同じだと思っていたが」
「イリスは、私の王子様は強いのよ。だから私も、いつまでもトラウマ引きずってるわけにはいかないんだから」
あのイリスも前に進んでいる。
私もいつまでも囚われてるわけにはいかない。だって、私は王子様のお姫様なんだから。
アヤメなんかに独占されないように、私だって一緒に行けるんだって。隣に並んで立てるんだって。
「そう、前を。前を見るの。過去なんて、遠くから眺めるくらいが丁度いいでしょ」
雁字搦めになった鎖は、あの人が断ち切ってくれたから。
だから私は、私自身で心の鎖を引き千切る。
「そちらはそちらでどうぞお幸せに、姫と騎士ってところね?」
ふと、強い魔力を感じた。
前に魔窟の森で戦ったときの、あの強烈な星の魔力は、今でも印象に残ってる。
「ルナちゃん……戦ってる?」
こんなに強烈な魔力を発するなんて、明らかに戦ってる。
胸騒ぎがする……とにかく、辿ってみよう。
眩しいくらいの街道を進んでいくと……。
「あっ、王子様! 迎えに来てくれたの?」
「う、うん……あの、さっき戦ってた?」
「さっきまでね。でももう大丈夫」
ルナちゃんは朗らかな笑みを向けてくれている。
あの頃とは違う、歳相応な女の子の微笑み。
「ほら、私はもう大丈夫だよ」
なんとなく、分かった気がする。ルナちゃんがなにをしてたのかが、なんとなく。
「ほんとだ……頑張ったんだね。えらい」
「えへへ」
サラサラな金髪の髪を撫でると、ぎゅっと目を瞑って気持ち良さそうにする。ネコみたいで可愛い。
雰囲気が変わったというか、ここに来てからずっと元気が無かった気がする。
やっぱりユートピアはルナちゃんにとって気持ちのいい場所ではなかったんだ。
でも今は元気ハツラツ、いつものやりたい放題しそうな、いつものルナちゃんに戻ってる。
きっとさっきまで戦っていたんだと思う。自分の中にあるものと必死で。
何かがあったんだろうけれど、ルナちゃんはこうしてここにいる。それだけで私には十分だ。
「そろそろ帰ろう。明日も大変そうだよ」
「えー、せっかくだから夜遊びしない? 大丈夫! 悪い虫は私がプチっとしてあげるから!」
いつものルナちゃんだと思っていたけれど、それは見間違いだった。
たったらりらっと先に行って、くるりと振り返って手を伸ばす。
「ほら王子様! はやく!」
ルナちゃんは前よりも一段と可愛い笑顔を見せてくれるようになっていた。