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メルヒェン70 スタンバイ

 瞑博士に行き方を聞いた私たちは、一気にそこまで降りた。

 電磁力を用いたエレベーターはものすごい速さで私たちを最下層へと送り届ける。


「着いた! アヤメは先に行って!」

「ああ。ルナ、ちゃんとイリスを守りながら来い!」

「言われなくとも守るっての!」


 細長い通路を抜けて、その先でばったりと二人に出くわした。


「エアさん、ウェルちゃん!」

「なんだ、速いな。そちらはもう終えたのか? アルカディアの理想人も存外にやるらしいな」

「フランカーは!?」

「ああ、アレなら……」


 エアさんの移す視線の先には、一つのカプセルがあった。私が入ったのと似ているけれど少し違う。

 けど……あ、あれ? 空っぽだ。


「いな、い?」

「ユートピアのマザーコンピューターの履歴を漁って、ようやく追いついたと思ったんだがな、この通りもぬけの殻だ」


 まだフランカーの居場所は突き止められていない。

 よ……良かったぁ。手遅れかと思った。


「それで、そちらに進展はあったか? 正直手詰まりだ。情報があれば……」

「それなら、一旦瞑博士のところに戻りましょう。行きながら説明します」

「……ああ」


 私たちはこれまでに得た情報を大まかに説明した。


「なるほど、理想を抱くアンドロイド……少し前までなら珍しいものだったが、確かに今ではそうでもない」

「少し前まで、ですか?」

「理想戦争はユートピアの管理AIが黒幕だったが、あれは前世が人間だった。アルティもAIだったが前世はない……前世からアンドロイドという部分では初かも知れないが」

「そういえばそうだったわ。あのイカレ博士の最高傑作の一つにそんなのあったっけ」

「しかし、その話が本当なら確かに問い質さねばならない。そうでなければフランカーの理想もまた報われないだろう」


 そして私たちは瞑博士のところへ戻って来た。


「三日月瞑、理想を偽ることは理想世界における禁忌の一つだ。こういうことが起こるからな。ドクに仮想電脳の削除を要請することになる」

「それは……!」

「ドクはともかく、お前もまたマッドサイエンティストの一人として数えられる。一般人を犠牲にすることに微塵の躊躇も無い研究員としてな」


 マッドサイエンティストは汚名だったんだ。


「そうなれば、ドクのように実力で君臨しない限りはすぐに狙い打ちされるだろう。まあ理想の無いお前には相応しい結末だろうが」

「私の理想は、私にとっての理想は、あの子だけなんだ……」


 瞑博士にとって、フランカーが理想……。


「なるほど、そういうタイプか」

「えっと……すいません、どういうことですか?」

「アンドロイドとしての究極の理想は、既にフランカーに托されているということだ。だから三日月瞑にはもう理想は残っていない……本来ならば」

「じゃあやっぱり……」

「当然だ。そうでなければ、今ここにいることがおかしい」


 この世界にいるのは理想人で、誰もが理想を抱いている。そうでない人は世界からはじき出されて、本来の死を迎えて無に還る。

 瞑博士には、確かに理想があるんだ。じゃあ、それはいったい……?


 フランカーの進化を見届けること?

 フランカーがアンドロイドの理想郷を築くこと?


「さて、本人も認識できない理想をどう呼び覚ますかだが……」

「どうしようもないでしょ」


 ルナちゃんはあっさりと切って捨てる。


「これから起こる出来事を、乗り越えることでしか進まない。それがこの世界でしょ?」

「それは確かに。しかし、俺たちに出来ることはもう尽くした」

「じゃあ……今日のところはちょっと休みませんか?」


 恐る恐る提案してみる。


「いつ何が来るか分からないなら、それに備えて休養を取っておいた方がいいと思って……」

「私も、賛成……」


 ウェルちゃんさんがなんだか分からないけど賛成してくれた。

 たぶん、ウェルちゃんさんとは気が合いそうな気がする。


「そろそろ休みたい」

「……ウェルが言うなら仕方ない。今日のところは切り上げよう。とりあえずは……」


 意外とあっさり受け容れられて、今日の活動は終わりになった。

 帰るためのエレベーターに乗る前に、振り返って聞いてみる。


「フランカーからのお誘いは断ってしまうんですか?」

「……僕はユートピアの研究員だ。理想世界に反した者と一緒にはいられない」

「そう、ですか……」


 なんとなくだけど、分かった気がする。

 会いたくない、とは言わない。一緒に居たくはない、とも言わない。

 ただ、一緒にはいられない、と。


 なんだか妙な違和感がある。あとでアリスちゃんや眠り子さんにも聞いてみよう。





 エアさんとウェルさんちゃんが私たちのために宿を要してくれたらしくて、案内してもらう道中。


「……えっと、お疲れ様です」

「おっ、つぅ!? ……かれさまです」


 びっくりした。いきなり話しかけてくるとは……。

 ウェルちゃんは私と同じで極力、人と関わらないようにしようとするタイプだと思ってたけど


「ん……」

「あー……」


 会話が、ない。

 向こうもこういうのが苦手なんだってことが伝わってくる。


 でも、勇気を出して声をかけてくれたんだろうから、なんとかしてあげたい……!


「えっと、異能ってすごいですね。魔法みたいで」

「っ……わ、私の異能は、魔法だから……」

「異能が魔法……?」

「私は異能者の中でも、科学による魔法の再現のためのものだから」

「魔法の再現……」


 異能は科学で出来たもの。それで魔法を再現するってことは……。

 この世の現象を意のままに操るということ?


「実験や事件で、色々な魔法使いと戦った、けど。あなたみたいな人、初めて」

「あはは……」

「防御の魔法しか使えない魔法使いなんて、見たこと無い」

「よく言われます」


 そういえば、二人とは理想を交し合ってなかった。

 瞑博士とやりとりする上で、横でふんわりと聞いただけだ。


「私の理想はメルヒェンの世界を創って、みんなの理想と繋がることなんですけど、ウェルさんは……」

「異能は理想と引き換えに与えられる。前の私にはもう目的しかなかった」

「そう、なんですか?」

「でも今の私には理想がある。ずっとエアの隣に居たい。エアの足手まといにならないように、背中を預けてもらえるように、頼ってもらえるようになりたい」

「それは、とっても素敵な理想ですね」


 エアさんのことが、心の底から好きなんだって伝わってくる。

 戦わなくても、伝わってくるくらいに、純粋で強い想いだった。


「ウェル、あまり軽率に理想を教えるな」

「……エアは、もう少し人と接した方がいい、と思う」

「俺は……俺にはそういうのは必要ない」

「……ごめんなさい。エアは、ちょっと、あまり人を信用しなくて……」

「大丈夫、気持ちはちょっと分かるから」


 私も他人と接するのは苦手から、たぶん、一緒なんだと思う。


「クロードのような理想とは違うからな」

「理想を、言い訳にしない」

「……はぁ、まったく。本当に強くなったな」

「くすっ……えっと、こんな感じの、私たちです。よろしく、お願いします」


 ああ、これもなかなか素敵な、メルヒェンだなぁ。

 二人の関係を見れば、これまでの道のりが険しくも、素敵で綺麗なものなんだって分かる。


「イリスさんは……?」

「私は、アヤメと二人で一つだよ。ねっ、アヤメ?」

「私は菓子のオマケ程度の存在かもしれないが」

「王子様!? 私はっ!? ねぇ私もーっ!!」


 そう、それはきっとあの二人もそのはずで。

 だからこの物語も、きっとハッピーエンドにしてみせるって、そう思った。





 フランカーの誘いを断るのか……三日月瞑はイリスの言葉を思い返していた。


「分かってるさ。分かっていたとも。彼を作ったのは僕だぞ。分からないはずがないじゃないか」


 机に肘をつきながら、祈るように両手を合わせて、頭を垂れていた。


「人間とアンドロイドの共存……そこまではいい。だが、共栄はダメだ。不可能だ。なぜならば……自然界の頂点の枠は、常に一つだからだ」


 ユートピアの研究者となる者ならば、その誰もが抱くであろう自然界の頂。

 それはあるいは異能を持った新人類イレギュラーであったり、新たに生み出された人造の怪物モンスターであったり、肉体という殻を捨てた電脳体バーチャルであったり、人間をやめた化物クリーチャーであったり、機械と融合を果たした改造人間サイボーグ……。


 そして、人工知能を有した機械人形アンドロイド

 ユートピアにおける搭とは、つまりは神の頂にさえ登りつめるための禁忌バベルの積み重なった山だった。

 ドクを筆頭に、誰もがその頂を……更なる高みを夢見て理想としている。


「僕は思い知ったんだ。人間はもはや限界だ。人間は人間が抱く理想に相応しくない。だから次の覇者にその座を譲り渡そう。そして彼がその中で祖となって導いてくれれば……」

「心の準備は出来たかい?」


 唐突に耳を劈く箍の外れた声が、館内放送のように響き渡る。


「ああ、大丈夫だよ。いつでもね」

「クケカカ! それは良かった! ならばはじめようじゃないか。ボクとキミの理想比較りそうくらべをねぇ!」


 悪魔のような声が瞑の理想を昂ぶらせる。

 それはかつての自身が抱いた理想と決別するための、ドクと瞑の共同作業。






 照明が一つも無い、青いディスプレイだけが光源となる場所で、ドクの口元にはにんまりと笑みを浮かんでいた。


「キミの言うとおりさ。人間は愚かだ。いや……正確には人類かな? まあどちらでもいいけどね」

「……あなたもその一人なのでしょう?」

「ああ、そうだとも。青緑の君。だからこそ忌まわしいということもあるのさ。同族嫌悪というね」

「それもまた人間の愚かさの一つ。争うことを辞められない、悲劇をもたらすだけの無駄な争い……」

「その通りだ。ならば、どうする?」


 ドクの問いに、ディスプレイに映るエメラルドブルーの髪を振り乱し、踊るようにステップを踏む。


「望みどおりに争ってあげる。そして望みどおりに終わらせるの。このふざけた世界をね?」


 くるりと楽しげに踊る少女は、ネオンブルーの目を細めた。


「そして何もかもが消えうせる破壊ディストラクトの後に新しい世界が幕をあけるのです。私の妹が! まさに焦土理想郷ディストラクトピア!」

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