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メルヒェン68 人間と人形の世界

 フランカー……彼が生まれて初めてその瞳に映したのは、一人の乙女の笑顔だった。

 とある研究所で誕生した究極のアンドロイドは、世界にとって新しい存在だった。


「おはよう。初めまして、フランカ」

「おはようございます」


 人間と同等……否、それ以上の情報処理能力を備えた、高性能アンドロイド。

 一人の技師によって製作されたソレは、その存在を瞬く間に世に轟かせた。

 生物の知覚機能をはるかに凌駕したセンサー、頑強な機体、損傷しても即座に換装が可能なシステム。

 精度の高い計算による射撃能力、運動能力による反応速度。

 新しいデータを観測し、取得することによって自ら学習する知性。

 自らパーツを生産し、換装することで実現した自己修復。


 それは人間の手によって作られていながら、人間を遥かに越える性能スペックを有していた。


「博士、人間と言うのは不便ですね。部品を取り替えることも出来ないなんて」

「そうだよ。だから人間はたくさんの利便を、便利な君を作ることが出来たんだ」

「なるほど……」

「だからアンドロイドは人間を蔑んではいけない。それは君が持つ可能性すら否定する行いだからだ」

「はい、博士。私は人間の可能性を否定しません。人間とアンドロイドの未来のために」


 フランカーに与えられた役割は、人間の生活を豊かにすること。

 それがアンドロイドの存在理由であり、人間の持つ可能性の成果であった。


 食糧を生産し、施設を整備し、活動を補助する。

 外敵を駆除し、安全を守護し、治安を維持し、収益を出す。

 量産されたアンドロイドは、そのスペックを振るい稼働した。


 そうやって、楽園は築かれるかに見えた。


「ふざけるな! 彼らは何もしていないじゃないか!? 僕たちのために尽くしてくれているじゃないか!」


 晴天の霹靂。

 研究所に響く博士の怒号はしかし虚しく、銃火器を武装した兵士を連れた背広の男はひと睨みして返す。


「そうだ、我々は彼らの絶大な恩恵を受けている。だからこそ、人間の衰退する原因なのだ」

「なにを……」

「もし我々人類の役割をアンドロイドが代替すれば、人類という種そのものは確実に衰退する。もしその後に反乱でも起こされれば、滅亡は免れまい」

「そんなこと!」

「ないとは言い切れないことは、君が一番良く知っているはずだ」


 人間と同等以上の知能と性能を持ったアンドロイドは、人間が持つ感情の再現すら実現を可能としている。

 だからこそ、人間として思考し、判断することも十分考えられる。

 人間より遥かに優秀であるアンドロイドが、アンドロイドより遥かに劣等な存在である人間に奉仕し続けることに異議を唱えたら。

 意のままに操ろうとする人間に対して、反乱を起こすのではないかというリスクが人々の心の中に生まれ、感染し、広まっていた。


「我々は、我々の存亡のために、一刻も早くこの依存から脱さなければならないのだ」

「……分かった。だが条件がある」

「聞こう。結末がこれとはいえ、君は優秀な科学者だ。その尽力に敬意を表して」

「フランカは……彼はこの地上で唯一完璧な存在だ。それを人類の都合だけで廃棄までするのはさすが傲慢すぎる」

「……なるほどな。いいだろう、廃棄対象からはそのアンドロイドを除外しよう。ただし、その場合は君の身柄を拘束させてもらう。こちらの知らないところで勝手をされては困るからな」


 博士がフランカーに施したのは、一種の封印だった。半永久的なスリープモード。

 外部からの接触が泣ければ、決して開くことのない封。


「博士」

「すまないフランカ。人間には、人類にはまだアンドロイドを受け容れられる力はないらしい」

「博士、命令を。アンドロイドは人間の可能性に傅きます」


 フランカーを見上げる博士は、震える唇を噛み締めた。

 口の中に広がる鉄の味を飲み込みながら、言葉を吐き出す。


「眠れ、安らかに。来るべき時が来るその日まで」

「……了解しました。当機はこれよりスリープモードに移行します。おやすみなさい」

「ああ、お休み」


 そしてフランカは透明のカプセルの中に入り、蓋が閉じると内部は液体で満たされる。


「これは何を?」

「緑色の液体はサビ止め。完璧な彼の経年劣化を防ぐためだ」


 こうして完璧なアンドロイド・フランカは封印され、人間とアンドロイドの共存共栄の夢も潰えた。

 人間はまた自らの手で稼ぎ、育み、摘み取り、刈り取る。


 それは一見、人間としての尊厳を取り戻せたかのようでありながら、大海の遭難者にも似たアテのない虚ろさが続いた。


 ともすれば人類は次に進む機会を逃したのだ。

 清潔な独房の中で、博士は心の中で嘲笑した。来るべき時が来たと。




 閉鎖された研究所のなかで突如、カプセルが発光する。


「タイマーの終了を確認。スリープモードより起動します」


 透明な壁を掌によって打ち破られ、満たされた液体が流れ出る。

 そしてフランカは奔走する。

 母たる博士を救うために、端末を製作し、私兵を量産する。

 フランカが一機を製作し、二機で二機を作成し、四機で四機を作成し、八機で生産ラインを構築。


 アンドロイドはそして博士を救い出すために、人間に立ち向かった。

 復讐ではない、暴走でもない。ただ博士を想う一念による稼働。

 結果的に、世界は人間とアンドロイドの戦場と化した。


 何もかもが焼け野原。

 堰を切った濁流に飲み込まれるように、人間は根絶やしにされた。

 そう、それは博士もまた例外ではなく。


「皮肉なものだね、フランカ。結局人間は……私たちは」

「博士、私には分かりません。どうしてこんなことになってしまったのか」

「簡単なことだよフランカ。人間を模した思考では、人間と同じ思考しか出来ない。人間と同じ感情しか生まれない。だからこそ、君たちアンドロイドは分裂した」

「人間……」

「すまない。僕は驕っていたんだ。君たちの完璧さに狂っていたせいだ」


 雨に打たれながら息を引き取る博士を前に、フランカは成す術もなく見届けるしかなかった。

 崩れかけの街並みの向こうで、アンドロイドの駆る戦闘機の音が響く。


 尽くすべき人類も滅亡し、守るべきものさえ失ったフランカには、もはやそれをどうこうする意味もない。

 胸に残る喪失感と儚い祈りだけが、アンドロイドの人間性の現れのようで、皮肉のようで。


「動力炉、稼働率120パーセント……180秒後に自壊予定」


 思考回路に表示される警告を意に介することなく、自ら動力炉を熔解させていく。

 これが彼の選んだ結末だった。

 人間と同じ思考をするアンドロイドは、彼女を追うために自ら命を絶つこと選んだのだ。


 もし転生という概念が実在するならば、もう一度博士に会えますように。

 もし次があるのなら、今度こそ博士と共に人間とアンドロイドの共存できる世界を築こう。


 あるかも分からない次に希望を托すと、フランカの意識はプツンと落ちた。





「おはよう。初めまして、フランカー」


 フランカがフランカーとして再起動を果たした時の光景は、あの時と何も変わっていなかった。


「また君に会えて嬉しいよ、フランカ」

「おはようございます、博士」

「ここでの私の名前は三日月みかづきめいだよ」


 唯一、お互いの外見年齢が反転していたこと以外は。

 成長した黒ヒツジのような博士に比べてフランカーの機体は少年のように小柄なものの、性能は前世に勝るとも劣らない。

 小型化されたフランカーは博士に愛でられながら、今度こそ人間とアンドロイドの共存共栄の世界が実現する。そう思っていた何もかもが、裏切られてしまった。


「博士、どうすれば人間とアンドロイドは共存できるのでしょうか」

「フランカー、それはもう終わったことなんだ」

「どういうことです?」

「私がこの世界に来た時には、もう私以上の博士が居た。彼女は私の前で颯爽とそれを実現させてしまった」

「それは、本当なのですか」

「そうだね、見てみるといい。私たちの理想なんて、この理想郷ではとっくの昔に受け容れ済みだったんだ」


 フランカーはそして理想郷、ユートピアを観察した。

 そして理解した。アンドロイドは遥か昔に受け容れられていたことを。


 前世の技術は大きく凌駕され、アンドロイドは人間と競い合っていた。

 人間に匹敵するアンドロイドがあれば、アンドロイドに匹敵する人間もまた存在した。


「では博士、今のあなたの理想は、いったいなんなのですか?」

「私の理想? ああ、それはね」


 そしてフランカーは博士の理想を実現するために、行動を始めた。

 それはフランカー自身の理想のために。

 



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