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メルヒェン67 アンドロイド・フランカー

 私たちが辿り着いたのは、縦横の緑線が張り巡らされたような闇黒の部屋。

 照明は一つもないはずなのに、自分たちの体はきちんと見える。


「なるほど、仮想だからこういった世界も作り放題というわけか」

「自分だけの理想のワールドを生成することも出来ますよ」


 目の前に唐突に現れたフランカー。

 青色に輝く棒を握る少年の姿を見ていると、アンドロイドだってことを忘れそうになる。

 というか今まで忘れてた。


「装備はライトセイバー。準備完了しました、いつでもどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく」


 その言葉を発した時には、既にアヤメのナイフは投擲済みだった。

 でも、フランカーは一切ブレない動作で、的確に弾き落とした。


「イかせてもらうわ!」


 ナイフの軌跡をなぞるように、ルナちゃんが飛び掛る。

 仮想電脳の世界でも理想は有効だから、その小さな体に魔力の光を纏う。

 破壊力を帯びた右手がフランカーに迫る。


 ふと、フランカーの体が消えた。


「っ……!」


 左に半歩ずれて紙一重、ルナちゃんの腕が飛ぶ。

 体を逸らしてすれ違い、素早い太刀捌きで胴を断つ。


「がっ、あっ……チィッ!」


 それでもルナちゃんは死なない。

 切断された体は魔力が繋ぎ止め、引き寄せ合って元通り。


「まだまだァ!」


 踵を返してすれ違ったアンドロイドを追撃する。

 それをまた迎撃しようとこちらに背を向ける。

 ここだ、とアヤメが飛び出す。

 足音を殺し、息を殺し、気配を殺し……そして致命に至らせる一閃。


 前後からの同時攻撃、これで決まるという確信があった。

 するとフランカーは大きく振り上げて……背を向けたまま受け止めた。


「っ!」

「貰った!」


 ルナちゃんは渾身の魔力を纏って、捨て身のタックル……決着だ。

 不意に、フランカーが左手を開いて前に向けた。


「いっ!?」


 眩く青白い光が、ルナちゃんを飲み込んだ。


「……なるほど。それが切り札か」

「次の標的に移行」


 身を捻り、アヤメへと向き直る。

 咄嗟にセイバーの射程から離れるけれど、離れすぎるとアレの餌食になるから接近戦を余儀なくされる。


「チッ……」


 ダメだ。このままじゃ負ける……。

 当然、アヤメにバフはかけている。

 それでもむしろフランカーのほうが速い。


 いや、速いというより、動きを先読みされているような。

 それはまるでやりこんだゲームのパターンを把握して、それをなぞるような動き……そうやってルナちゃんはあっという間に無力化されてしまった。


 どうしてあんな動きが出来るんだろう……それがフランカーの理想の力?


「……あれ? なんか、変だ」


 おかしい、何かが。

 心の中に引っかかった、この違和感は……。


「どうしてフランカーは、私たちの名前を知ってたんだろう」


 それどころか、私たちがここに来ることを知っていた上に、この広い世界で私たちがどこに降り立つのかすら把握していたみたいに待ち構えていた。


 アンドロイド、仮想電脳、人工知能……まさか。


「もしかして、最初から私たちのことを知っていたんですか?」

「はい、その通りです」

「なるほどそういうことか。私たちの情報をあらかじめ有していたならここまでの違和感も納得だ。だが疑問はもう一つある」


 そうだ、いくら私たちに関していろいろ知っているからと言って、ドクの最高傑作であるはずのルナちゃんがあそこまであっさりやられるはずがない。


「予知能力……違うな。情報を基にした計算による未来予測といったところか」

「ここで察知されるのは計算違いでした。お見事です」


 なるほど、未来予測……。

 難しいことはよく分からないけど、とりあえず私たちの動きが先読みされているみたいだ。

 ……え? それって勝ち目が無いのでは?


「……ふむ」


 あ、ダメだこれ。アヤメも打開策が思いついてない。

 なにをしても先読みされてたらもうどうしようもない……なんて諦めるわけにもいかない。


「でもどうすれば……」

「焦るなイリス! 時間は稼ぐ!」

「アヤメ!」


 よく見ると、アヤメは危なげながらギリギリのところでセイバーを回避していた。

 セイバーの間合いにはいらないように、しかし射撃より先んじて踏み込める距離を保っている。


 どうすればいい。フランカーに勝つにはどうしたら……!


「とりあえず、守り固めとこ」


 ダイヤモンドで鉄壁の守りを発揮する。

 とりあえずそのままフランカーの方へ進んでみる。


「これは……」


 アンドロイドは大きく退いた。同時にアヤメも下がる。

 アンドロイドは左腕を構えながら、そのまま動かなくなった。


「……っ!」

「ふむ……」


 えっと……どうしよう。進展がない。

 とりあえず、距離をつめよう。


 じりじりと距離を詰めて、そのたびにフランカーが後退する。

 とはいえそれも永遠に続けることは出来ず、フランカーの背は見えない壁にぶつかった。


 これがいわゆる拮抗状態……。


「……想定以上の防御力、なるほど。これは決着がつきそうにありませんね」

「ほう、それは計算の結果か。それとも自分の理想に自信が無いのか」

「そちらも分かっているでしょう。私にその魔法は破れず、貴方達に私の予測は越えられない」

「それはどうだろうな。人間は成長する生き物だ。そして理想も……イリス!」

「うん!」


 私とアヤメにとっての切り札の一つを、ここで切る。

 一撃一殺、オニキスの刃。一点突破の切っ先を、一本の線に引き伸ばす。

 そしてアヤメの両手には、死を運び、縛り付けるワイヤー二つ。


「光を欺き、景色を偽る。視線をすり抜け、死線を潜り抜け……プリズマライズ・インビジブル」


 そして次なる私の魔法は、アヤメの姿を虚空へ隠す。


「目標消失。行動検索……該当データなし」


 この世界で一度も使ったことの無い、けれど私たちには馴染みの深い戦い方。

 私は鉄壁の守りで身を固めて、アヤメはその姿を虚空に隠す。

 どれだけ先を読んでも、アヤメの姿は見えない。

 攻撃しない限り、攻撃される未来がない限り、フランカーにはアヤメが見えない。


「いったいなにを……!?」

「気が付いたみたい、ですね」

「想定外の行動、計算が不可能」


 フランカーは私たちの情報を元にして行動を予測するというのなら、情報にない戦い方をすればいい。

 そして、その成果はすぐに見えてくる。


「攻撃がこない……」


 そう、きっと攻撃は予測される。

 武器が変わっても、アヤメの戦闘スタイルはそんなに変わらない。


 ただ、殺意という概念を引き伸ばしたアヤメの新しい武器、糸は脆い。

 細く見え辛いことからトラップや、動きを捉えにくいという利点はあるものの、アンドロイドのフランカーには効果はきっと薄い。

 ナイフみたいに打ち合うようなことは出来ないし、あんなライトセイバーに触れればすぐに壊れてしまう。


 だからこそ、透明になって時間を稼ぐ必要があった。


「なるほど……こんな手があったとは」

「理想比べは、最後まで諦めたらダメですから」


 アヤメにかけた魔法が解ける。

 何もない空間に映し出される黒の服、アヤメの瞳。そして張り巡らされた黒い糸。

 ふわりと体に触れる程度だけれど、アヤメが力を込めれば途端にフランカーをバラバラにする。


 フランカーが微動だにできないレベルの仕込みを終えてから、未来を予測しても意味が無いところまで、丹念に入念に仕込んでから。


「勝負あり、ですね」

「えっ……」

「この状況から私に逆転の目はありません」

「で、でもほら、もっとこう……絶対に譲らないって意地とかで」

「私の目的はイリスさんに勝つことではなく、アンドロイドと人間の共存なので」


 た、確かに……ここで私に勝ったからと言って、別にメリットがあるわけでもない。

 でも、私にはまだフランカーの理想が感じ取れていない。


「認識が甘いな、機械人形」

「どういう意味ですか」

「順調とはいえ、未だに理想を叶えられていないイリスに勝てないまま、お前の理想が叶うと思っているなんてな」

「なるほど……」


 フランカーが思考していると、アヤメがふと提案した。


「ならこうしよう。ここで私たちが勝てば、最初の予定通りお前を連行する」

「っ!」

「さあ、どうする」


 この状況でアヤメはフランカーを試している。ちょっと性格が悪い気もする。

 でも確かにそうだ。理想は強いほうが近づける。


「どうするんだフランカー。狂い壊れたアンドロイド、お前の理想を見せてみろ」

「アヤメ、もしかしてアヤメは見えて……」

「チッ!」


 アンドロイドの閃光がアヤメの手元を狙い撃つと、糸が焼ききれた。


「アヤメ!」


 ダメだ、透明になる魔法が間に合わない! このままじゃアヤメが……。

 私がフランカーを止めなきゃ、でもどうやって?

 私の魔法にデバフはない。

 麻痺も混乱も、凍結も時間停止も出来ない私に、フランカーを止める術はない。


 ないなら……創ればいい。

 私が新しく私の魔法を創ればいい。


 それはしまっておくための宝石箱。光の檻、加護による籠。

 捉えるための網、封じるための結界をいま、ここに!


「プリズマゴリア……!」

「っ!」


 光の網が最初からそこにあったみたいに、フランカーの体を絡み取る。

 閃光が複雑に絡み合って籠を築いて、透明な檻を組み立てていく。

 青赤緑、色は重なり合って、私の想い描くとおりの境界を結んでいく。


 本当に大切なものは外に持ち出さないで、宝石箱にしまっておく。

 空間の隔絶と外界との断絶。それは妄想の世界にも似た純粋さで……。

 私の新しい魔法は、こうして完成した。


宝石魔法プリズマゴリア千輝万色ブリリアント宝石箱プリズン


 それはあざやかで精巧なブリリアントカットのケース。

 光のケージに、色の壁を嵌めたジュエルボックス。


「これは……」


 フランカーは檻を破ろうとライトセイバーを振るけど、青い光刃は宝石の壁に遮られる。

 ならばと左手の砲口を向けて……降ろした。


「このまま撃ったら自滅しますね」

「っ……!」

「こちらの敗北です」


 そして、私はフランカーの理想の片鱗を見た。

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