メルヒェン66 電子仕掛ける黒羊
音と震動が響く中、私たちは景色の良く見える高いところで、優雅に食事をしていた。
というかエアさんもウェルさんも瞑博士もみんな平然と食事してる、こわい。
「ユートピアではこれくらい日常茶飯事だからな」
「アルカディアは……違うの?」
「ここまで騒がしくは無いかな」
えっと、それにしてもアヤメが……。
「アヤメ、大丈夫?」
「ああ……」
「それじゃあ、今回の作戦の内容を説明するね」
そう言うと、筒のような形のアンドロイドが颯爽とやってきて、アームを伸ばして瞬く間に食器を片付けてしまった。
「さて、ユートピアは仮想電脳から現在大規模な攻撃を受けている。元凶は私の創ったアンドロイド……のAIです」
「えーあい?」
「人工知能……自ら思考し、行動するロボットだったか」
「まあそんな感じだよ。まあ、今は電脳世界にダイブしているから電子頭脳に近いけどね」
なんとなく、理解できないこともない。ぎりぎりです。
「その人の名前はなんて言うんですか? その人も理想人なんですか?」
「人じゃなくてアンドロイド……名称はヴェルト・フランカー」
「アンドロイド……」
「フランカーがどこからか仮想電脳にダイブし、通信を介して他のアンドロイドを暴走させている。そこで、現実世界と仮想電脳の両方から実行する」
アヤメに要約してもらって、とりあえずは理解できた。
つまり、私たちは仮想電脳にダイブしたフランカーを探し出して、エアさんとウェルさんは現実世界でフランカーの体を探し出して、確保する。
「確保が困難な場合は、破壊してくれて構わない」
「当然だ。こんなトラブルはさっさと処理して、溜まった有給を消化したい」
「そんな、いいんですか?」
エアさんは至極当然みたいに言ったけど、私たちにとってはそうじゃない。
「イリス、やめよ」
「えっ、ルナちゃん?」
ずーっと沈黙していたルナちゃんが、ついに口を開いた。
「イリスはアルカディアの理想人。ユートピアのいざこざに関わる必要なんてないよ」
「……ありがとうルナちゃん。でも、私はやるって決めたから」
「イリスが頑張っても、ユートピアの人間はそんなことお構いなしだよ。もしかしたらお互いに敵対するかもしれない」
「それでも、私はもう戻れない。ううん、戻ったらダメなんだ」
知らないふりは出来ない。知らなかったことには出来ない。
私の心がそう求めているから、そうするしかない。
ルナちゃんが本当に私のことを思ってくれているのが伝わってくるから、心苦しい。
「異能者に勝てなかったのに、それでも?」
「そうでなきゃ、私じゃない気がするから」
そうやって私はここまできてしまった。
九つの宝石を集め、九人の友を集めて、そうしてここまで……。
ここで私のあり方を変えてしまったら、それは今までの私たちに対する裏切な気がするから。
「分かった。でも王子様、いざとなったら自分が助かることを最優先にして。絶対に」
「大丈夫……だと思います」
自分の身を守ることに関してはそこそこ自信がある。
「私は君たちのナビとフォローに回る。そちらの準備が完了次第、作戦を開始しよう」
「待て。まだ話は残ってる」
「どうかしたかな、異能者(イレギュラー:エア)」
「この事件、お前に容疑がかかっているのは言うまでもない」
ああ、そうか。そういえばそうだった。
瞑博士の創ったアンドロイドが暴走したのなら、もしかしたら瞑博士がそういう風に仕組んだという可能性も十分に考えられるんだ。
「つまり、俺たちはお前を信用していない。理想も胸のうちも分からない、事件の黒幕である可能性すらありうる相手の指揮下で動く以上、最低限の姿勢は見せてもらう」
「ああ、なるほど。それもそうだった。しばらくずっと研究詰めだったから、理想人としての嗜みも忘れてしまったよ」
三日月瞑。ユートピアの電子と機械の博士。
その心に抱く理想を、博士は淡々と語りだす……。
戦争、それは多くの犠牲と引き換えに、多くの発展を遂げる自然の摂理。
過去、現在を経て、未来に指をかけた人類の世界は、神がその身を象って創ったように、人の形をした機械人形を創り上げた。
人に傅き、人を養い、人に倣い、人を守る。
それは人々にとっての楽園を築くはずのものだった。
人の代わりに思考し、開発し、生産し、供給する。
人の役割を担い、人を苦労から解放する者。
そのためにはもっと高性能な人形が必要だった。
機械人形……それは時を経て知を蓄え、ついには人の持つ力、自立と思考に及ぶ。
楽園の扉が開かれると人々は歓喜するかに思えた。
しかし、あろうことか人々はこれを怖れた。
無限に機能性を高めていく機械人形という存在に、人々は恐怖したのだ。
それは神々の時代が終わりを告げて、人類の時代が訪れたように。
人類の時代が終焉を迎え、彼らの時代に移ろうのではないかと。
ある者は義憤に満ちて、ある者は恐怖に駆られて、彼らを追いやろうとする。
彼らに与する者もまた凶刃凶弾に晒される。
それが彼らの生みの親であり、純粋に我が子を守りたいと思った一人の科学者であったとしても。。
これは、ただそれだけの物語であった。
そして瞑博士はブラックのコーヒーを一口飲んで、少し間を置いてから続ける。
「ユートピアの博士が抱く理想なんて、大抵同じだよ。僕も、ドクも、その他も」
「と、いうと?」
「研究だよ。研鑽と究極の追求。実現のための試行と実験、その果てにある結果を愛でる」
「その結果がこの事件となると、そちらの前世の人間が抱いた感情もあながち間違いではなかったというこ……」
途中でエアの口をウェルが塞いだ。
人間より高性能になったアンドロイドと、それを望んでいたのに受け容れられなかった人間。
悲しい、悲しい物語だ。
でも、だとしたら瞑博士の理想っていうのは……。
「まあいい、俺たちは任務をこなすだけだ。イリスもあまり余計なことは考えない方がいい」
「は、はい」
エアさんは常にドライだ。でも、私はそう言う風にはなれそうにない。
一応目的は確保だから、全力で確保しよう。
「なにはともあれ、よろしく頼むよ」
そう言う瞑博士は妙に素っ気無くて
こうして私たちはユートピアを救う? 作戦に臨むのでした。
私たちは瞑博士に連れられて、機械がたくさんの部屋に来た。
そこには深い青色のカプセルが傾きながら並んでいて、あみだくじみたいなラインで緑色のライトが光っている。
「このカプセルは電子の海を渡り、電脳の大陸へと行くための箱だ。肉体と意識から理想を分離させて、コピー情報で構成された電子骨格に理想を定着させるための変換機でもある」
「えっと……」
「つまり、これで仮想電脳の世界に行ける。そういうことだな?」
「そう言っているじゃないか」
「あ、なるほど」
今ここに居る人達のなかで、私が一番知能が低い気がする。というか確実に低い。
ルナちゃんより低いのもなんとなく分かってしまった。
「お前はそのままでいい」
ありがとうアヤメ。今はその思いやりすら痛いけれど……。
「一度ファイヤウォールに穴が開けば、その穴を維持しながらそちらのナビゲートが可能だ。とはいえ何が起こるか分からないので慎重かつ迅速に実行してほしい」
モーターのような音がして、青いカプセルが開く。
一人分のスペースがあって、なんだか寝心地が良さそう。
私たちが三人ともカプセルに入ると、蓋が閉まった。
すると、心地よい機械音声のアナウンスが響く。
「コフィン格納……完了、肉体、精神、魂、理想、スキャンチェック……終了」
「擬似仮想外骨格、形成開始。電子体の構築完了、心身から魂魄と理想を幽離、電子体へインストール……完了」
「電子体への理想定着を確認。アンカー射出……失敗。ファイヤウォールによる妨害要素……無視」
「全行程を終了、射出まで5秒、3、2、1、射出」
「……あれ?」
ふと気が付くと、そこは深い青の世界だった。
深海のように静かで、でも真っ暗じゃない。
深海の底、赤く光り輝くドーム状の光る何かが闇を押し退けていた。
「イリス」
「王子様!」
二人は左右から泳いできた。泳げば移動できるみたい。
でも息が出来るのは、ここが仮想電脳だからだろうか。
すると、思考の中に直接、瞑博士の声が響く。
「その赤いのがファイヤウォールらしいな」
「あれを突破すればいいってわけね」
ルナちゃんが手を振りかざす。
でも、この世界に空はなかった。こんなに深い海の底では、星の光も届かない。
「なら私が!」
無限に湧き出る魔力を纏い、燃やし尽くすその炎、流れ星の一閃……は霧散した。
「たぶんこれじゃ打ち抜けない……」
「いわゆる海の中だからな。ネットとはいえ」
「じゃあ私の魔法でいくよ。二人とも私にくっついて」
アヤメとルナちゃんが私に抱きつく。
これで、準備よし……。
「あの、ルナちゃん、手の位置そこでいいの?」
「うん、小柄で柔らかくて掴み……掴まりやすいよ」
「途中で切落として外に放り出してやろうか」
さすがにそれは辛いのか、手はお尻から腰に回った。
「金剛石!」
ブリリアントの輝きが私たちを包む。そしてルナちゃんの星の光が加わって、極光の彗星へと。
「じゃあ、いくよっ!」
「いっけぇ! ぶちぬけぇ!」
星の輝きを纏って、魔法の宝石は流れて落ちる。
宇宙のような深海を突き進んで、真っ赤な壁と弾きあう。
ブリリアントカットの尖端は、徐々に壁に傷を刻み始めた。
「ぐぬぬ……」
「イケる! イケるよ王子様!」
「うぅっ!」
一点の傷が放射状に亀裂を入れて、破片を散らす。
でも、ダメだ。このままじゃ……。
「まったく、やはり詰めが甘いというか」
黒い影が私の背後から乗り出す。
「さあイリス、その意を込めて私を振るえ。望むままに臨んで見せよう、私の殺傷を」
意思を込める、それは殺意。メルヒェンを阻む現実を、理想を退ける現状を打ち破る。
「行って、アヤメ!」
「殺意、殺傷に名は要らない。ただ刃を振るうのみ……シッ!」
アヤメの渾身の一撃が、オニキスの切っ先がダイヤモンドをすり抜けて、赤い壁を貫いた。
そこに星の光が入り込んで亀裂を満たし、ブリリアントカットの尖端がこじ開ける。
徹の避けるような悲鳴のような甲高い音、そして電光の瞬きがあらぶる嵐みたいになりながら、そしてついに、私たちの体は壁より内側に入った。
「抜けた! って、落ちる!」
「衝撃に備えろ!」
水の中のように無重力だったのが、壁の内側に入った途端一変した。
私たちはダイヤモンドの結界に包まれながら、まさに流れ星のように落ちていく。
でも、私はそんなことよりも目の前に広がる光景に心奪われていた。
無何有の郷の絶景を思い出す。でも、それとは正反対。
それは、宇宙に浮かぶ島だった。
そして私たちは浮かぶ台座の上に不時着した。
「あー重かった! 主に黒い方が!」
「ありがとうルナちゃん」
「非力だな。さて……お出迎えだ」
前を見ると、そこには一人の少年がいた。
「お待ちしておりました。イリス、アヤメ、ルナ・ロマンシア様」
「随分と丁寧な歓迎だな」
「どうか武器をお収めください。私たちに戦闘の意思はありません」
「……イリス?」
そういうことなら、私たちにも戦う理由はない。話し合える余地があるなら。
今のところ、この世界に来て一番平和的な展開な気がする。
「アヤメ、ルナちゃん」
「分かった。油断はするなよ」
「むぅ、王子様がそういうなら……」
アヤメがナイフをしまって、ルナちゃんは両腕を降ろした。
「これでいい?」
「噂どおりの方なのですね。この世界では珍しい……失礼、自己紹介がまだでした」
すると黒髪の少年は幼い見た目に反して完璧で優雅なお辞儀をして見せた。
「初めまして、私はアンドロイドのヴェルト・フランカー。理想は人間との共存共栄です」
「共存共栄……」
それって……あれ、そういえば瞑博士からの通信が無い。
とりあえず私たちも名乗ってから、用件を伝える。
「瞑博士は貴方を止めたがってるみたいなんですけど……」
「まず、皆様の誤解を修正するところから始めなければいけませんね」
「誤解?」
「私は……私たちは、人間を拉致などしていないのです」
「それは、どういう……」
「街の様子を見れば、きっと納得していただけるでしょう」
黒髪の美少年アンドロイド……ヴェルトフランカーは微笑む。
生身の人間と変わらない、むしろ人間よりも綺麗な笑みで。
仮想電脳の世界は、ワールドによって区分されている。
すべてが電子とデータによって構成されていて、住民すらもそうだから、老いることもなければ死ぬこともない。
保存された状態のまま、もしくは更新されて、半永久的に存在し続ける。
肉体の苦痛に苛まれることもなく、病に冒されることもなく、有限の資源に悩むこともなく……。
仮想であるがゆえに、現実における縛りが存在しない。
理想の体を仮想に変換し、貧富の差も環境の差もなく、誰もが幸福を教授できる。
仮想でありながら花の匂いも、紅茶の香りも、クッキーの甘さも感じられる。
さわやかな風も、陽だまりの暖かさも海の冷たさも、猫の毛並みの肌触りだって完璧だ。
夕焼けの空と茜色の街を、バーチャルタワーの上から一望できる。
もはや現実よりも鮮やかな仮想の世界が、そこには広がっていた。
「確かに、誰一人として不満そうな者はいないな」
「ほんとだ、むしろ平和なくらい……どうして?」
「ここに居る人間の皆さんは、自らの意思で私たちの理想に協力している賛同者です」
「じゃあ、拉致じゃないんですか」
「拉致でもなければ誘拐でもありません。私たちの理想にご協力いただける代わりに、人間の皆様の理想」を仮想によって支援もしています。お互いに利益もあり、同意も得ているのです」
それじゃあ、私たちはどうするべきなんだろう。
もしかしたらこの話は嘘で、私たちを騙そうとしている……なんてことも考えられる。
それとも、私たちは瞑博士に騙されているのか……。
「なんだイリス、まだ分からないのか?」
「えっ?」
「そうよ王子様。ここまでさんざん繰り返してきたじゃない。私ともあんなに熱い夜を過ごしたでしょ?」
「……あー」
そうか、そうだった。
この世界で出来る確かなこと。比べることで通じ合える、理想比較べ。
「あ、あの」
「はい、なんでしょうか」
「アンドロイドと人間の共存共栄……素敵な理想だと思います。でも私たちにはそれが本当なのか確かめないといけません」
「そういうわけだ。悪いがその理想、試させてもらう」
「なるほど確かに……分かりました。場所を移しましょう」
私たちの情報と電子の体はワールドを飛び越えて、一瞬で別の場所へと移った。