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メルヒェン64 仮想の楼閣

「イリスというのはお前か」

「え、あ、はい」


 咄嗟に返事をしてしまった。

 駅のホームに降り立って、すぐに声をかけられた。

 振り返るとそこには一組の青年と少女。


 青年の方は紺碧の海のような色の髪と、藍色の瞳。背丈がちょっと高めな人。

 アヤメを男にしたような、鋭い雰囲気の人だ。

 少女の方は稲穂のような金の長髪と、夕焼けを閉じ込めたような橙の瞳。

 ルナちゃんを思いっきり大人しい性格にしたらこんな感じかも。


「えっと……」

「エア、最初は自己紹介」

「……失礼した。俺はユートピアの異能者。コードネームは無間の風。インフィニットエア。こっちは……」

「いい、自分でやる」


 小さな少女は微妙にエアさんより前に出る。


「マクスウェルの魔女、よろしく……です」


 あ、この子、私と同じタイプだ……。


「ご、ご丁寧にどうも……えと、ドクさんに招待を頂きました……」


 アヤメとルナちゃんは黙ったまま、二人を警戒していた。

 でも、エアさんの一言目は……。


「悪いことは言わない。帰れ」


 すごく親切だった。


「どういうつもり……?」

「狂想の月……ドクの最高傑作シリーズに名を連ねるお前なら言うまでも泣く察しているはずだ。ろくでもないことになると」

「そんなことは分かりきってる。問題は貴方の行動の意味よ」


 ルナちゃんはいつになく真剣で、慎重だった。


「活躍は聞いている。ルナを闇から救い上げた事も、夢の世界からの侵略を未然に防いだ事も、妖幻の戦争を未然に防いだ事も聞いている」


 結構知られている。さすがに色々やってきた自覚はあるから、仕方ない。

 でも、それでどうして私を気遣ってくれるんだろう。


「隠すことも無い。お前がこれから巻き込まれるのはユートピアの問題だ。まだユートピア内に収まっていることなら、俺たちがなんとかすればいい。無関係な人間を巻き込む必要は無い」

「なるほどね。いいわね異能者はまだ正気が保てて」


 ルナちゃんのそれは皮肉なのか自虐なのかは分からないけれど、とりあえず一旦置いておく。

 つまり、エアさんは私のことを純粋に気遣ってくれているみたいだ。


「えっと、ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 そう、私は大丈夫。もう不安なんて無い。私は私の理想をちゃんと信じられるから。

 怖くても、それでも掲げたい理想がある。

 どんな怖ろしいものさえも、打ち破れると信じたい理想がある。


「私は自分の意思でここに来ました。だから、大丈夫です」


 胸を張って、私はそう言える。

 ドクに誘われたから来たのではなく、私が行きたいと思ったから来た。

 新たな理想に出会うために、自分の理想の為に来た。


 だから、躊躇うことなんて何一つも無いって。


 エアさんは少し驚いたように目を見開いた。


「……驚いた。たった半年でそこまで出来上がるとは。いらない気遣いだったらしいな」


 そしてエアさんとマクスウェルさんは顔を見合わせ、頷いた後に言う。


「非礼を詫びよう。俺たちは個人的にお前たちを歓迎する。ようこそユートピアへ」


 からっとした、心地よく涼しい風が吹いた。





 今、私たちがいる二層目は前世でいうところの都会そのもののみたいだった。

 ユートピアにはスラム街、都会、未来都市の三種類しかなく、田舎と呼ばれる牧歌的な要素は存在しなkいのはちょっと寂しい気もする。


「スイーツバイキングで心躍っているのだから寂しいも何も無いな」

「えへへ」


 アヤメの言うとおり、私もまた現代っ子なのでした。

 女の子はどうやっても甘いものに弱いのです。


 エアの運転する自動車に乗って、アスファルトで出来た道を走る。

 たくさんの高層ビルの隙間を縫うように、張り巡らされた道。

 流線型のビルや直角のビル。長く伸びる鉄橋や、目まぐるしい勢いで走る電車。


 芸術品みたいに綺麗な建物の風景が、次々に流れていって万華鏡みたい。

 坂を上って高い橋のような道路を進むと、ユートピアを隔てる壁に空いた穴に入る。

 照明で明るく照らされた長いトンネルを抜けて、また開けた空間に出る。


「ここがユートピアの第三層・特殊居住区。俺たち異能者や研究者……兎角、あの塔に関わる者の居住区」

「へぇー……こんな広々とした場所に住んでたのね」

「ルナちゃんはここには住んでなかったの?」

「私の体は造られたものだからね。……そういえば、王子様はどうやってこの世界に生まれたの?」

「え、普通に気が付いたらこの世界に、アルカディアの噴水がある広場に居たよ」

「いいなぁ。私は気が付いたときから……」


 そうしてルナちゃんは窓から少し顔を出して、かつて住んでいたのであろう塔を見つめる。

 眩いくらいに太陽の光を受けて輝く、青白い塔。


 私たちはそこへ辿り着く。

 

 車は収容され、エレベーターのようなもので運ばれていった。

 降りた私たちはエアさんの案内で塔の中を進んでいく。


 病院みたいな無機質な通路を通って、エレベーターに乗り込み、登っていく。

 山に登った時の鼓膜が遠のくようなアレにあくびをして対応していると、チーンという音と共に止まり、扉が開いた。


「やあ、観光は楽しかったかなぁ?」

「……はい、おかげさまで。お誘いいただいてありがとうございます」


 大きなディスプレイのたくさんある薄暗い部屋、白髪に白衣の女性が、椅子をくるりと回転させて姿を現す。

 魔窟の森で見たときのままの、変わりないドクの姿。

 不気味ににやけた笑みを浮かべている博士は、大仰に手を広げて私たちを歓迎していた。


「いやなに、君がこれから果たしてくれることを考えればむしろ足りないくらいだ。エアが君を連れてきたくらいなのだから、相応の覚悟をもってここに訪れてくれたのだろうからね」


 何もかもお見通し。暗にそう言っているみたいだった。

 いや、最初からこうなることを計算していたのかもしれない。


「しかしギリギリだったね。後もう少し遅かったら……」


 ふと、音と衝撃が響いた。

 窓の外を見ると、二層目の方から黒い煙が上がっていた。

 そして、それは次々に増えていく。


「ああなっていたよ」

「えっ、だ、大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫だよ。現段階ではね」


 これさえもドクは知ってたみたい。いったいなにが起こっているんだろう。

 私が問うまでもなく、ドクは語り始めた。


「端的に言えば、アンドロイドの反乱だね」

「アンドロイドの反乱……」


 前世で見た海外映画、あとアクションゲームが頭を過ぎった。

 もしかして、人類存亡の危機とかなのでは……?


「では説明しようか。話は今年の頭……つまり君がこの世界に来る前にまで遡る」


 そして、私たちはこのユートピアがだいぶ前からトラブルに見舞われていたことを知る。


 クレサントヴェルト。ユートピアの三日月瞑博士が発明した電脳仮想空間。

 それは理想郷とまではいかなくとも、戦争が成立しにくくなった現在のネクストワールド内で最も本格的に戦争が出来る空間として需要があった。

 現実世界となんら遜色ない仮想電脳は、痛覚や快感を現実以上に再現する。

 現実より遥かに低いリスクで、現実と同じ感覚を獲得し、現実以上に自由を酷使できる世界は無限の可能性に満ち溢れていた。


 ちなみにドクがどういう仕組みで理想人の意識を電脳空間に送り込んでいるのかの解説が挟まれたけど、内容はぜんぜん理解できなかった。


 それが突然引っくり返ってしまったのが、梅雨のこと。

 仮想電脳空間はAIに乗っ取られ、電脳空間に居たユートピアの理想人が閉じ込められてしまったらしい。

 それからは家庭用、戦闘用問わず各地のアンドロイドが人間を傷つけたり、拘束したりして仮想電脳に送り込んでいるらしい。


 誰がこんなことを引き起こしているのか、どんな理想なのかも分からない。

 ただ、元凶は仮想電脳に居るということだけは分かっているらしい……。


「が、当然の如くプロテクトがかかっていて突破は難しい。私は自分の研究に難しくてそんなまどろっこしいことはしたくない。そこで君の頑強さを見込んで依頼したわけさ」

「えっと……」

「つまりイリスの魔法でプロテクトを強引に突破して、この事件の元凶をどうにかすればいい。そういうことだな」

「そうそう。私としては別に理想に囚われるような軟弱な理想は切り捨ててもいいだろうと思っているんだけどね。君の協力があれば、そんな哀れな犠牲者も助けられるだろう。魔窟の森のときのようにねぇ!」


 エアさんが言っていたのはこういうことだったんだ。


 確かに、私は困ってる人を放っておけない。

 それもここまであからさまに言われては、もう断るという選択肢がない。


「……相変わらずね」

「クヒヒ! 久しぶりだねぇ狂想の月。元気そうで何より」

「おかげさまで、死なないしね」

「一緒に仮想に行くなら気をつけたほうがいい。君は確かに死なないが、それが強みにならない場面もあるのだからね。まあ私の傑作なら心配要らないだろうけどねぇ」


 にやにやとルナちゃんを見るドク。なにを考えているのかは分からない。

 ルナちゃんは分かるのだろうか。


「今あなたが考えていることを当ててあげる。その仮想電脳の理想とあなたにとって傑作の私を比べられることを楽しんでる」

「クヒヒ! それは当然! 今回の元凶を生み出した博士は久々にそこそこ優秀だからね。こういう同業者の理想比べは本当にいつ以来かってね!」


 とにかく、やることは分かった。ドクの言うとおり、私はこれを断れない。

 だから行く。いつものとおり、出会いを期待しながら、皆と一緒に行く。

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