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メルヒェン63 理想の車窓から

 そんなこんなで二ヶ月、夏もそろそろ終わる頃。

 扉をノックしたのは椿さんだった。


「ユートピアからの招待状……ですか?」

「ええ。無何有の郷はユートピアから近く、あの一件を落着させたイリスさんにお礼をすべきだ判断したようで」


 ユートピアって確か……嫌な予感がする。


「ちなみに、差出人は……」

「ユートピアのドクという理想人ですね」

「あー……」


 的中してしまった。

 ドクといえば、ルナちゃんを不死身にした張本人であり、アトランティスのAIとしてのドクのコピー元。

 魔窟の森で一度だけであった、白髪に飛来だ瞳孔の瞳を持つ怖ろしいマッドサイエンティストだ。 


 もうとんでもなく悪い予感しかしないんですが……。

 どうやら椿さんもそれは察しているようで、微妙な表情をしている。


「あまり気乗りはしないようですね。まあ当然でしょう」

「あはは……」

「ですが、ユートピアといえばアルカディアと並ぶ理想郷です。行ってみて損はないかと思いますが」

「どんなところなんですか?」

「一言で言えば都会です」


 都会……私の前世の記憶にもあるものだった。

 立ち並ぶ高層ビル、大きなドームやヘンテコなオブジェ。駅前の人ごみや大きな道路を行き交う車。

 深夜でもキラキラと輝く灯に夜空の星は掻き消されて、その火は人の命が燃やされている証だったりする。


 でもそこには夢物語が集ったりしている場所でもある。

 そういえば、ここにもそういう物語を創る人はいるのかな。


「今は列車があるので行き来も楽ですしね。こことは違ったその理想郷固有の理想もまたあることでしょう」

「ユートピアの理想人かぁ」

「とはいえ、この短期間でのイリスさんの活躍は異常なほどです。あまり目立ちたいというわけでもないなら、ひとまずはしばらく休業というのもいいかもしれません」


 昔の自分なら確かにそれもありだと思った。

 でも、せっかく誘ってもらってるし、ユートピアに行くきっかけが巡ってきたんだから、見逃す手は無い。


「私、行きます」

「やっぱり、貴女ならそう言うと思っていました。迷わないように駅の使い方をお教えしておきましょう」


 そうして私は、次なる新しい理想郷へと旅立つことになったのでした。








 アルカディアの西部にある駅はもう既に都会っぽさがある。

 でも地面はクリーム色の石畳だし、時計塔みたいなのもあるし、西洋感がすごい。

 赤レンガで出来た駅もすごいオシャレで、アルカディアの中なのに既に海外感がある。


 というか、アルカディアは色々詰め込んだ宝石箱みたいだ。

 西部劇に出てきそうな酒場があったり、見慣れたビルやマンションがあったり、ファンタジーさながらの石造りの家や城、洋館があるかと思えば、時代劇に出てきそうな地区もある。


 それはそれとして、列車は蒸気機関車でした。


「魔導機関車、と言うらしいな」

「なんて言ったっけ……SM?」

「SLだよ王子様。それより、本当に行くの……?」


 私が行くとなれば当然ルナちゃんもついてくる。

 当然だと思うけど、やっぱり乗り気じゃない。


 しょうがない、ルナちゃんはあのマッドサイエンティストに酷い実験をされたんだから……。


「いや、そうじゃなくて」

「え」

「あのドクからの直々の手紙……絶対にろくでもないことになるに決まってるわ……」


 分かっている。なにせルナちゃんが大暴れしていた魔窟の森にはドクも居たんだから。

 紛れもなく、似たようなことに巻き込まれるのかもしれない。でも……それがいい。


「それなら、またルナちゃんのときみたいに新しい出会いがあるかもしれないね」

「むぅ……」

「無理しなくてもいいよ。ルナちゃんは今回はお留守番してても……」

「私がいれば十分だからな」

「あーもう! 分かった、分かりました! やってやるわ! ずるい王子様ね!」


 そういうわけで、いつもの三人。

 遅めの朝に汽笛が鳴っては、外の景色が動き出す。


 ガタン、ゴトンと体が揺れる。

 アルカディアの鉄門を抜け、広い平原へと飛び出す。


 馬車や人々、モンスターたちが過ごしている風景が来ては過ぎ去り、流れていく。

 のどかな風景。とても過去に大きな戦争があったのだとは思えないほどに。


 列車は山脈に近づいて、ついにトンネルの中に入る。

 暗くて狭いトンネルじゃあ窓の外もつまらない……と思ったのは少しの間。


「え、えぇ……!」


 トンネルを抜けると、そこは広大な空間でした。

 なんて言い表したらいいのか……ただのトンネルだと思っていたその場所は、地底人の国だったのです。


 いや、本当にそういうふうにしか見えない。

 天井にある橙色の大きな照明、マグマのように煌々と光る街並みが広がる、深い底から伸びた鉄橋の上を列車は走る。


「え、椿さんから聞いたのと違う……」

「アテにはならないと言っていたが、変わりすぎだな……」

「たぶんユートピアに地下ができたから、それに対応した理想郷が出来たんだよ」

「ヴァルハラとかとは違うの?」

「どっちかっていうとアトランティス寄り。誰かが理想郷として創ったんじゃなくて、人が開拓したり集まったりした流れで理想郷になった感じ」


 なるほど、理想郷といっても成り立ちはそれぞれみたい。

 そういえば桃源郷もそうらしいし、幻遠郷も一人の理想というよりは三者三様の理想が絡み合って出来たものだ。


 この場所も、誰かの理想が関わっているのだと思うと、ただ綺麗なだけの風景とはまた違って見える。


 列車は徐々に減速して、駅に入る。

 確かここからユートピア行きの列車に乗り換えないといけない。


 ユートピア行きの列車は、完全に新幹線だった。


「これはリニアモーターカーだよ」

「りにあもーたー……」

「えっと……とにかくリニアで動く速いやつだよ」

「はやい! すごい!」

「ダメだこいつら、思考を放棄しだした」


 この地下世界も気になるけれど、今回はユートピアを優先しよう。

 私たちは乗り換えて、古き良きSLから最新鋭で近未来的な新幹線に乗り換える。


 新幹線はみるみるうちに加速して、再び暗いトンネルの中……かと思えば、さっきよりはるかに発展した街並みが広がっていた。


「こっちは知ってる。ユートピアが壊滅したときのバックアップ、理想地下アガルタ」

「バックアップ?」

「地表にあるユートピアのデータを全部記録しているらしいわ。あと住民の避難場所にもなるって」


 機械で出来た城のような建物、規則的に並んだイルミネーションみたいな風景も唐突に終わって、今度は上昇していく。


 すると、一気に明るい空間に出た。


「わぁ……!」


 白銀の摩天楼に、空の色が薄く反射する。

 赤、青、かすかな色の違いはあれど、どれもが金銀財宝のようにキラキラと輝いて、眩しいくらいだ。大きな白い壁も対面するように立っている。


 椿さんの話によると、ユートピアは円形に隔てられた三層の区域で出来ている。

 私たちがいるのは二層目、いわゆる中流階級の生活する区間。

 次に一番内側が上流階級の生活する区間。ドクなどの研究員がいる大きな塔もその中央にある。

 最後に一番外側の区間、スラム街。そこは科学の恩恵はほとんど受けられることの無い場所。実力主義の人々が特有のコミュニティを築いている……らしい。


「にしても、あっという間だったな」

「そうだね……1時間くらいかな? 乗り返した後のほうが時間が短かったような……」

「そりゃユートピアの科学力だもの。当然よね……」


 ルナの口調はそのことを誇るよりも、うんざりという感じだった。


「まったく……」

「ルナちゃん?」

「なるほどな、手荒い歓迎は好みだ」


 アヤメが何か察したということは、きっと荒事に違いない。

 私は意を決して、列車の自動扉からホームに足を踏み出して、ユートピアの地に足を着ける。

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