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メルヒェン62 ナイン・パワーストーン

 結局のところ、妖幻は本当にこの世界に大した災厄をもたらさなかった。

 そう、本当にここまでの大騒動は、私たちをここにおびき寄せるためのお芝居だったらしかった。


 あの戦いの後、私は四つの宝石をそれぞれに贈った。


 神無月さんにはシェリーカラーのインペリアルトパーズ。

 それは理想ではなかったけれど、揺ぎ無い意志を宿す強かさと、神威に勝る皇帝のような光輝さに、尊敬の念を込めて。


 花見月さんには青白き火のブルートパーズ。

 深い濃霧の中で探し求めた彼女が、人と妖幻とが互いを繋ぎとめるしるべあかりとなりますようにと、願いを込めて。


 ヤグラさんにはパライバトルマリン。

 花見月さんと同じ青だけど、二色性とキャッツアイに変幻のイメージを。そして妖幻としての原点ルーツの証を。新たな友情が実りますように。


 そして白兎さんには琥珀……ではなく、アレキサンドライトを。

 昼と夜とでその色彩を変化させる幻色。その胸の内に秘めた想いと、これから先を一緒に歩んでいく幻想の友達に、祝福を込めて。


 三人は幻遠郷……マヨヒガへと姿を消した。

 私はきっとあの世界とも繋がりを求めるだろうけれど、きっとその後も簡単には辿り着けないと想う。

 あの三人が経てきた道のりは、私なんかが簡単に足を踏み入れられるような場所じゃないから。



 私たちはというと、ばったり出くわした安全無欠の勇者さんたちに保護されて、アルカディアまで護送してもらった。

 アイスさんはアトランティスから来た迎えのヘリに乗って帰っていった。


 馬車に揺られながら、窓の外にある鬱蒼と茂る森林の山を見ていた。

 すごく長い時間あそこに居た気がする。浦島太郎みたいな気分だ。

 まるで遠い故郷を後にするような、なんとも言えない寂しい感覚もあって、これがきっと幻想なんだろうかと想いを馳せる。


 それからはいつものとおり、アルカ王にご褒美を貰って、街で注目を浴びて縮こまりながらアパートに辿り着く。


「ふぅ……今回も大変だったねぇ……」

「まあ、私は久々に楽しめたが」

「確かに、楽しかった」

「ほう、珍しい。イリスもようやく騒乱の味わいが分かるようになったのか?」


 アヤメのいたずらっぽい笑みに、私は余裕をもって微笑んで返す。


「皆と一緒だったから」


 アヤメとルナちゃん、白兎さんとアイスさん、神無月さんと花見月さん。そして、晦。

 目指す理想はそれぞれだけど、それでも道が交じり合って、重なりあって、お互いを高めあっていた。

 それは夢のような時間で、きっと白兎さんが焦がれていた幻想の記憶も、こんな感じだったんだと思う。


 ふと、今までのことを振り返りたくなって、集めた宝石を取り出して並べてみる。


「一番最初は、私自身の……アヤメちゃんのブラックオニキス」


 テーブルの上に、オニキスで出来たナイフを置く。

 黒曜石のように黒いけど、僅かに光を通す黒の刃。


 見ていると、アヤメと一緒に歩んできた今までのことが、私の心を彩っていく。


「本当にありがとう。私の親友」

「この程度でいちいちお礼なんていらない」


 次に取り出すのは、ボルダーオパールとウォーターオパール。

 万華鏡のように煌く多彩な夢幻の色は深く、鮮やかに万の輝きを放つ。


 不思議な夢の世界の住人。その世界がアリスちゃんの夢で出来ている、とても強い理想の持ち主。

 それは無想の眠り子さんすら呼び寄せるほどで、むしろ眠り子さんのための理想でもあった。


「あれが私の初めての理想比べだったんだなぁ」

「お前の理想ならあの程度に屈するはずも無い」

「アリスちゃんと眠り子さんは二人で一つだから、分からないよ」


 負けるとはいわない。今の私には小さくても譲れない意地が出来てしまったから。


 次に取り出したのは、ブルースターサファイア。

 夜のような藍の青に、光が照らす白い星。


 ユートピアの天才マッドサイエンティスト……ドクの手によって改造された、いわゆる不死身なお姫様。

 しかも科学によって魔力を操作可能。魔法は使えないけど、魔法で殴るみたいなことは出来る。


「ルナちゃんは……色々とすごかったよね」

「ああ、あんなに手応えのある相手は久しぶりだった。完封したしな」


 落ちた彼女は私が引き上げた。蒼月の光の照らす下に、青の尾を引き流れ落ちる星を受け止めた。


 その次はミスティックトパーズ。

 天空に掛かる極彩色のカーテンを閉じ込めた、宝石と科学の融合。


 花の都を創り上げる理想を抱く、花言葉を操る魔法使い。

 花をこよなく愛する優しい人、でもサバトを上り詰めるほどに強い理想。


「彩花さんは私と色々似てるところが多かったよね。魔法使いとか、意味を魔法にしたりとか」

「花言葉と石言葉、デバフとバフ、似ているようで正反対だが、それでもお前は繋がった。目指すところは同じだからか」

「綺麗な魔法だったなぁ。一緒に旅行も行ったよね。北の山の向こうの……」


 そして次に取り出したのは、パパラチアサファイア。

 恋情の橙と愛情の桃、その狭間の色。それは二つで一つの愛想郷ヴァルハラ。


 前世の絆、空想の絆でさえ実現して結びつける。運命の赤い糸を手繰るワルキューレ。

 真実の愛と誇りを尊ぶ、愛想守護の藍色騎士。


「闇のパーヴァート、アンダーアウト……結局あんまりよく分からなかった」

「これといった戦闘も無かったし、大して活躍もしないで終わったからな。まあ……イリスにはまだ早いとは思うが」

「どういうこと……? まあいいけど。それで帰る途中で妖幻に襲撃されたんだよね」


 ファンタちゃん。今は晦に誘われて、白兎さんや神無月さんに出会って、妖幻のヤグラさんにも巡り会って……。


 一見すると赤みがかった茶色の宝石、でも光の反射で表面に虹色が見える。

 レインボーガーネット。運命の赤い糸は互いを結ぶけど、この虹は空に橋を架けて導く。

 そして花見月さんを引っ張りあげた。


 そしてインペリアルトパーズ、ブルートパーズ、パライバトルマリン、アレキサンドライト……。


 ここまで手に入った宝石は、ただの綺麗な石じゃない。

 この宝石の美しさと同等の理想と、宝石の数だけ交わってきたというかけがえの無い証。

 それは私にとって、命よりも大切にするんだと思う友情の証。


 九つの理想、九つの宝石。


「もう満足か? イリス」

「……正直なところ」


 色とりどりの宝石を眺めて、目を閉じればここまで色々な出会いがあった。

 婚活中の出来る乙女に、魔窟の森のエルフや天狗、アマゾネス。狂った博士に戦う変態。

 サバトに集まった様々な魔法使いさんたちに、平穏な生活を送る元傭兵のコックさん。

 空間を操って荒んだ城に君臨する絶世の美女。


「やっぱり、もっといっぱい欲しい」

「だろうな。お前はなんだかんだ欲張りで我侭だからな」


 ああ、もしかしたら、私は自分の世界が出来ても、この世界とお別れは出来ないのかもしれない。

 だって、もっともっと新しい理想に出会いたい。色んな素敵な理想と繋がりたいから。


「だから、これからもよろしくね、アヤメ」

「望むところだ。途中でへばったりしないといいな」


 私が照れ笑いを見せると、アヤメは微笑んで応えてくれた。

 広げた宝石を胸にしまって、私は次にすべきことのために、寝転がる。


「へばらないために休息を取るよ。おやすみなさい……」

「まったく……変わらないなお前は。ほら、ちゃんとベッドを使え」


 確かに理想を追い求めるのは大事だ。

 でも、常に全力疾走ではバテてしまう。


 今は雌伏の時……そう、次の理想と交わるときの為に、全力で向かうために。

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