メルヒェン61 夢幻と妖幻のファンタズマゴリア
神無月は堂々と切り込み、妖幻が織り成す無数の手が敵と諸共に囲い込む。
不浄を掻き消す大太刀が、白兎の前に立つ晦に切り込む。
一閃は紛れもなく、晦の身体に滑り込む。
「……っ!」
しかし、その手応えは不可思議。
神無月がすぐさま跳び退るにあわせて、白い手が津波のように押し寄せ、二人を包む。
ルナ・ロマンシアさえ拘束してみせた、膨大な妖力による圧倒的物量。
押さえつけ、掴み取り、握り潰して引き裂き抉る。
その様相は凄惨の極み……そうなるはずだった。
妖幻は首を傾げ、巫女はその傍らに足をつける。
「妙、ですねぇ」
「同じく。手応えが無かった。まるでそこに何もないかのような……」
次の瞬間、白い手の踵を返して助けを求めるように外側に指を伸ばす。
それにもかかわらず白い手はみるみるうちに、何かに引きずり込まれていった。
最後の人差し指が飲まれたときに、その正体が姿を現す。
そこに金髪の少女の姿は無く、代わりに黒い球があった。
まるでその空間だけが切り取られたようにしか見えない、異常なほど黒。
かと思えば、黒は色を変え、形を変えて禁色の髪の少女の姿に戻る。
「私の妖幻が、吸収された……?」
「おかしい、私の刀なら魔法の類なら切り伏せられるはず。どうして……」
「うぅ、なんででしょう……」
「アドバイスが必要か?」
アヤメが少し離れた場所からイリスを守るように警戒しながらも、サクラたちに話しかける。
「……」
「あの、できれば教えてくださると助かります……」
「理想の差だ。お前たちの理想より、奴らの方が圧倒的に理想への執着が強い」
「馬鹿な……」
「だが、お前たちにだってあるんだろう。譲れない理想を示せばいい」
神無月、そして妖幻。
花見月が目指していたものとは何か。
それは幻想に至ることであり、愛する人との平穏であり……。
ならば、花見月の理想とはどれか。
「私の理想……」
理想は終わらない。理想の頂に辿り着いたならば、また次の理想に進む。
「手を、取り合う。私たちだって、あんなふうになれるって!」
花見月サクラの瞳は、まっすぐに白兎を見る。
ヤグラは白兎に対して決して幻想に至れないと言った。
しかし現実はこの通り、既に花見月と同等の位置に立っている。
決して幻想に辿り着けなかった少年は、ついに求めていた幻想との邂逅を果たした。
花見月のように前世で幻想に辿り着いていない。しかし諦めないその心の強さ。
それを侮ることなく、彼と幻想に敬意を表して。
「キョウ、ヤグラ、行くよ」
「やむを得ないか……神気纏いて夜闇の、幕を切り裂く白刃一振り」
「萌黄に萌える御衣黄桜、輝く黄金万華鏡」
刀巫女の黒髪は、夜闇のなかでさえ輝く銀髪へと変わっていく。
萌黄色の妖幻は、萌黄の妖力を幻想から理想へと移ろっていく。
「降ろすは神禍、纏うは憑依、被るは憑喪。神の境……」
「人と妖の狭間を、現と幻の壁を、結界と境界の果て。私は妖幻怪人。たった一人の心こそ、百鬼夜行の万華鏡」
巫女はその身に神を降ろし、妖幻はその姿を増殖させては変貌する。
対して晦は最後の幻想として、いくつもの幻想を形骸を生み出す。
幻想をこそ理想とした妖精の、純粋な幻想。
このネクストワールドには妖精もいれば狼男、吸血鬼もいる。前世がそうで、そのまま転生し理想の土俵に立ったものもいる。
しかし、最後の幻想たる晦は、その理想は幻想に忠実だった。
妖幻のように変貌も変質もしない。
闇の中に潜んでいた幻想たちが闇と共に葬られ、それを小さな一身に背負った妖精。
いまや妖精はその荷を下ろし、月下の少女となった幻想。
幻想と妖幻、二つの理想がぶつかり合う。
狼男と犬神が喰らいあい、吸血鬼と鬼が拮抗する地獄、一人の巫女が潜り抜け、少年の前にふわりと降り立つ。
巫女はくるりと振り上げ、一気に振り下ろす
しかし、一発の銃弾が斬撃を逸らした。
「同じ理想人なら、こちらでも処理が可能ですね」
無造作に見えて正確な射撃を弾きながらも、抗体を余儀なくされる巫女。
麗しい傭兵は銃を突きつける。
「まったく、蚊帳の外過ぎてそろそろ帰ろうかと思いました」
「アイス・バイエルン……」
「さあ雇用主、私に依頼を寄越してください、報酬分の仕事はきっちりこなします」
緋色の瞳をギラつかせながら、鉄の銃口を向ける。
募りに積もった鬱憤を、ついに晴らせるようなその眼光。
溜まりに溜まった欲求を、ついに発せられるように歪む口元
つまるところ、アイスは退屈し、憤慨していた。
金を稼ぐことは大事。しかし楽に稼ごうなどと思う人間が傭兵などするはずもなく。
幻想であれなんであれ、理想であるならば同じ土俵。対等に立ち会うことが叶うこの世界。
ようやく、蚊帳を破って踏み入る。
そして銃弾と白刃が交錯する。