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メルヒェン60 狂想月下・水面のツゴモリ

「ふざけないで。何も持たない貴女が、私を守るだなんて」


 花見月……ヤグラさんは似合わない怒りを露にしている。


「神無月さんの力は妖幻にも通じてしまう破邪の太刀。でもそれは妖幻の力じゃない。なら、あとは理想を比べるだけ。そして私には理想がある」

「理想だけで、どうやってこの妖幻を守ろうというのか!」

「理想だけが、今この瞬間にヤグラを守る唯一なんです!」


 サクラさんは神無月さんから目を離さない。だから神無月さんは動けない。

 愛する人の真剣な眼差しを受け止められなかったら、その時こそ神無月さんは償いきれなくなるから。


「花見月……」

「神無月さんだけじゃないんですよ。私だって罪を背負っているんですから」

「何を……」

「友人として、妖幻を狩り続ける役割から引っ張り出せなかったのが、私の罪です。だからおあいこ」


 何かを言おうとして、口を噤む。

 それは違うと言った所で、サクラさんの意思は揺るがない。


 このまま我慢比べかと思うと、サクラさんが距離を詰め始めた。


「っ……!」


 たじろぐ神無月さんから目を離さないまま、一歩ずつ着実に進んでいく。


「来るな……私は、私は妖幻を刈る刀巫女だ……」

「それは、あなたの意思? それとも与えられた役割?」


 問いに答えることは出来ずに、刀巫女は後ずさる。

 そして二人は既に手の届く距離。刀身よりも内側に入り込んだ。


「終わりだよ、キョウさん。これからは人から与えられた役割のために戦うんじゃない。自分の理想のために戦うんだ」

「自分の、理想……?」

「あなたが一番強く望んでいること。この世界で誰よりも強いと思える想いを口にすればいい」

「私の望み、私の想い……私は……」


 神無月さんの腕がぶらんと下がる。


「私は、戦うことしか知らない……あなたが私を友達と呼んでくれても、私が持ってるのはこれだけなの……だから私はっ……」


 縋るような切ない声で、心の底にあった思いを搾りだす。

 

「あなたのために、この刀を振るいたかった……だから、逃げるなんて出来なかった」


 戦うことだけが自分にとってただ一つの存在意義なら、それが失われることが何よりも怖ろしい。

 愛する人のお荷物になって、刀がただの重りとなって苦しめてしまうんじゃないかと想うと、不安で仕方ない。

 それが、神無月さんの想いの核の部分だった。


 なら、どうすればいい?

 この二人が幸せを共有するには、どうしたら?


 花見月さんは神無月さんと幻想の地に辿り着きたい。

 神無月さんは花見月さんのために刀を振るいたい。


 妖幻は人間の心から発生する自然現象みたいなもので、神無月さんはそれを刈れて……。

 妖幻のヤグラさんがマヨヒガを作ってて、人間は一応共存できてて……。


「あの、お二人でヤグラさんの理想郷に行けばいいと思うんですけど……?」

「何を……ん?」

「それも……そうですね」


 そう、あとはヤグラさんが各地の妖幻を引っ込めて、三人でマヨヒガに逃げ込めば一件落着になる。


「ううん王子様。それだけじゃまた足りない」

「え、ルナちゃん?」

「まだ一人残ってる」


 ルナちゃんがいきなり三人へと向かっていきなり飛び出す。


「神無月さん!」

「っ!」

「身を焦がせ流れ星!」


 ルナちゃん自身が熱を帯びて光の尾を引く。

 まさに流れ星のような速さでルナちゃんが襲ったのは、三人ではなかった。


「がっ……」


 襲われたのはルナちゃんのほうだった。


「ルナちゃん!」

「シロウッ!」


 飛び散る肉片と血液を気にも留めず、ルナちゃんは叫んでいた。


 見ると、そこには白兎さんがいた。

 その傍らには、幻色げんしょくの光を放つ小さな妖精、ファンタちゃん。


「ファンタちゃん……!?」


 今の攻撃を、ファンタちゃんが?

 いや、それはありえない。


 ファンタちゃんに物理的な攻撃力はほとんどない……はずだよね。


「そう、ワタシは妖精だった。誰にも信じられない最後の幻想。そのヒトカケラ……でも、今は違う。ワタシはここに、カレという絶対の隣人を得た」


 ファンタちゃんの……違う。あれはもうファンタちゃんじゃない。

 最後の幻想、失われた夢は、きっともう名前も姿も変わってしまった。


「ワタシは……私は金色こんじきツゴモリ。月に恋した兎が追う、幻影そのもの」

「そう、それがあんたの答えなのね……いいじゃない。ロマンチックで、嫌いじゃない」


 ルナちゃんは心の底から微笑んだ。

 それは子へと浮かべる母のような、親友に向けるような。


 ふと、こちらを見て複雑な表情をする。


「ごめんなさい王子様、面倒なことを増やしてしまって。でも……」

「ううん、面倒なんかじゃないよ。ルナちゃんがそうしてくれて、本当に良かったって思うもん」


 それはこの場を後にした私には出来なかったことだ。

 きっとルナちゃんは私の代わりに……違う。私には出来なかったことをしてくれたんだ。


「本当にありがとう、ルナちゃん」

「……っ!」


 ぱあ、っと晴れるような笑みが、心の底から愛おしい。

 私は、最高の友達に恵まれたんだ。


「勘違いしないでね。シロウ。これはフェアな勝負のため。あなたが卑怯者にならないためよ。勝ち取るなら真正面からのほうがいいでしょ?」

「……そうですね。貴方の言うとおりだ」

「それに、私はあなたが勝つ方に賭けてる。逆に負けたら流れ星の刑だからね?」


 そう言うと、ルナちゃんはふわっと飛翔してこっちに戻ってくる。


「さあ、クライマックスよ。存分に理想を比べるがいいわ!」





 少年は無力さゆえに、求めることしか出来なかった。

 妖精は夢幻であって、しかし求められることが無かった。


 その二人が邂逅したのは運命であり必然であり、偶然であり奇跡であった。


 無力な少年が夢幻の妖精に求めるのは、一夜の幻想を永夜えいやにすること。

 その一夜は遥かの過去、心の奥底に染み付いた幻影。


 夢幻の妖精、ロストファンタズムは人の心を拠り所とする存在。

 それは妖幻にも似て、しかし妖幻と異なるのは迷わせ、希望を具現とする。


 妖精、良き隣人……最後に残った妖精は、最後まで求め続けた少年の心に応えた。


 金色の髪、紺色の瞳、不気味なほどに白い肌。

 少女の容姿、乙女の微笑、そして幻想の色羽いろは


 狂えるほどに思い焦がれた狂想の果て、幻想の地に誘う少女の手を取り、少年は今再び歩み始める。

 狂想は幻像を以って真実となる。

 境界を越え、瞬く光と淀む闇は交わり、そして幻想は力を得る。


 彼女は狂想月下・水面晦みなもつごもり

 




 それはたった一夜の夢。しかし彼にとって毎夜求める永夜の幻想。

 諦観を最後まで許さず、拒絶した者が抱く幻の術を手に、少年は幻想へと至るか。


 



 そして三つ巴みたいな私たちは、こうして結ばれた。

 私を死の底から汲み上げて、人と妖幻をも結んで、私たちの悲劇を救ってくれた。


 イリスさんの理想は、私たちの理想を十分に救い上げるほどに強かった。


 次は、私たちが強さを示す番だ。


「そうだよね? キョウ、ヤグラ」

「貴女がそう望むなら、そのために刀を振るうだけ」

「変わらないわねぇ、キョウ?」

「貴方に名前で呼ばれる筋合いはない」

「仲良く暮らすまでには結構時間がかかりそう……でも、それは私の理想。必ず遂げてみせる」


 今はまだでこぼこ。でもいつかきっと綺麗な輪になれる。

 そう信じて、私は力に想いを込める。


「キョウ、私に降りかかる災厄を切り払って!」

「ええ」

「ヤグラ、私に目くるめく妖幻を見せ憑けて!」

「はいはぁい」


 三対二、一見有利に見えるけれど、私は一度敗北したようなもの。

 実質的に同等。もしかしたら私が足手まといになって不利になるかもしれない。

 それでも……。


「……っ!」


 ふと見たイリスさんが、首を傾げる。

 彼女が願ってくれたハッピーエンドに報いたい。私たちを救ってくれた恩返しがしたい。


 貴方の救った理想がこんなにもすごいのだから、貴方の抱く理想もすごいんだって伝えたい。


「っ……!」


 わくわくする、どきどきする。

 バラバラだったはずの、私たちの理想が一丸となって何かを成し遂げようとしている。

 それが楽しくて、嬉しくて、面白くて、仕方が無い!


 ああ、本当に。これは夢のような……。


「イリスの努力を徒労にしたくは無い。一つ忠告しておく」

「えっ?」

「心から理想を求める奴は死に物狂いだ。侮っていると足元をすくわれるぞ」


 イリスの親友らしい黒い人が言う。

 死に物狂い……私は淡々と、したいことをしてきただけだったけれど。

 彼の理想は、一体どんな気持ちのものなんだろう。




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