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メルヒェン59 集束の三幻色(2)

 時間稼ぎ。その役割を果たすには、私のナイフでは些か不足だろう。

 私は短期決死をテーマに創られた殺意の刃だ。時間稼ぎに用いるなど不適切に過ぎる。


 だが……それでも私はイリスの親友だ。親友に頼られたのだから、応えるに決まっている。


「というわけで、付き合ってもらうぞ。刀巫女」

「……本気で言っているの? 自分が何を言っているのか分かってる?」


 神無月は静かに問いかけてくる。

 分かっている。あの妖幻を刈り取る刀が、一切の魔法すら破るものだということくらい。

 だがそれならば、それなりの戦い方をすればいい。


「さて、どうだろうな」

「残念だけど手加減は出来ない。容赦なく刈り取らせてもらう」


 たんっ、と地面を蹴った神無月の身体は、素早くも滑らかに距離をつめてきた。

 軽やかに振り払われる大太刀を、私は後ろに倒れるように回避する。


 眼前を白刃が通り過ぎる。

 私は地面に尻餅をついてから、流れるように後方へとでんぐり返り、地面を這うように足と左手で立つ。


「すばしっこい。そしてその様は獣のようだ」

「どうした。狩りは慣れっこだろう刀巫女。私の首はまだ繋がっているぞ?」

「よく吼えるところもそっくり」


 刀巫女は片手で握っていた大太刀を両手で握る。

 本番はここから、というわけだ。

 総毛立つような殺意が……ない?


「では、改めて」

「こいつ……ッ!」


 私は察して、咄嗟に神無月より先に動いた。そうせざるを得なかった。

 なぜなら殺意は私に向けられては居なかったから。

 神無月が標的に定めたのは、イリスだ。


「待てこのバカ!」


 俊敏さなら圧倒的にこちらの上だ。がら開きの背中に斬りかかる。

 間に合うはず……。


「やはり、三流」


 驚くべき速度で振り返り、大太刀が疾風の如く横に振り抜かれる。

 間一髪のところでナイフを滑り込ませるのが間に合った。

 白刃しらは黒刃くろはが火花を散らし、私は僅かに退けられる。


 すれ違うように着地してから、まずはイリスの方へと跳びはね、そして庇う様に立つ。


「やってくれるな、まったく」

「心底大事みたいね、その子が」

「当たり前だ。イリスは私の親友だぞ。それに引き換えお前は、なんてザマだ」


 心底頭に来た私は、もうこいつに遠慮などする気はない。


「求められて応えもせず、妖幻と一緒に切り捨てたから、そのザマになったんだろう」

「そう。だから私はその償いに、あの妖幻を斬り祓わなければ」

「それで誰が満足する。お前のそれは自己満足ですらない。それが正しいからという事実に従っているだけの、ただの走狗だ」

「その通りよ。元より私はそのための……」

「違う。お前の親友は、お前に別の意味を与えたはずだ」


 事実や正しさなんかより、大事なものがあるはずだ。

 特にこの世界では、何よりそのための……。


「お前が償うべきなのは……いや、お前がやり直すべきなのは、そこだけだ」

「何を……いや、言葉巧みに人を惑わすなど、妖幻じみたことをする」


 さてどうする。さっきの一太刀を受けて、魔法をだいぶ剥がされそうになったのを感じる。

 イリスの魔法でなかったら、間違いなく丸裸にされただろう。

 極力回避に専念したほうがいい。体に直撃したら一発でアウト……なら、動き続けるしかない。


「何を……!?」


 死風刃雷・またたき

 この殺意軒昂、しかしてイリスの願いなら、その分だけは間を空けよう。

 つまりは寸止め。切っ先は眼前にあと一押し。


「どうした刀巫女。一度死んだようだが」

「そう、それはお互い様」

「……居合いか」


 私が殺意の刃を持って神無月の脳天を穿つなら、神無月は鞘ばしる太刀を脇から滑り込ませる。

 魔法による底上げをした私に追いつくレベルの、技のキレということか。面白い。


「久々に、殺し甲斐がありそうだ」

「久しく、根の深い妖幻が刈れそうです」


 このまま押し込めば勝てる。私は魔法の加護で一回分は凌げる。

 だがそれでは時間稼ぎではなくなる。それはまずい。


 ここは……ならばあえて、押し込むッ!


 私は標的を神無月の頭部から腕に変更した。

 くるりと逆手にまわして振り下ろすと、腕を引っ込めて後ろに下がる。

 やはり利き手を失うのは嫌がるか。仮に神無月がここで私を殺したところで、まだ花見月の相手もしなければならないのだから。


 今度は神無月の方から踏み込んできた。

 上段から振り下ろされる太刀を半身退いて回避し、しかし更に跳び退る。


「なるほど……柔軟だ」


 隙が無い。太刀の動きがいつ何時なんどきでもこちらが踏み込めない配置に滑り込めるように気を使っている。リーチの差を上手く利用されているらしい。


 だが、これでいい。あとはどこまで私が粘れるかにかかっている。

 重畳、私はきちんと役目を果たせているらしい。


 私は気分よく太刀から逃れ踊っていると、神無月の不機嫌そうな顔に気付いた。


「不機嫌そうだな刀巫女」

「そういう貴方は、どうして笑っている」

「なに、親友と一緒に戦うというのは楽しいものだ。お前には分からないか?」


 皮肉をたっぷりこめてやった。

 いよいよ太刀筋は冷静さを引き換えに荒振りを見せる。

 さて、ここからが私の正念場だ。イリスの正念場まで見事繋いで見せようか。






 王子様のためならなんでもやる。良いも悪いもないけれど。

 それでもこれは、さすがにきつい!


「あー! もう飽きた! 雑草みたいに生えまくらないでよねーっ!」


 気色の悪い白い手が、土の下から生えてくる。人間の手に見えるけど、私もアイツも人間じゃない。どっちも正真正銘の化物だ。

 こっちは不死で、あっちは妖幻。

 私は死なない化物で、向こうは死が無い化物だ。


「お辛いようですね。そろそろお止めになられては?」

「そっちが止んだらそうするわ!」


 焼き払うのは本当に簡単だ。

 星は一つ一つが太陽のようなもの。それらをすべて束ねて、一本の棒にして振り回す。

 斬るための剣とかじゃなくて、完全に焼き払うための松明のような。


 それでも白い手は無数に生えてくる。肉が炭化して、骨が灰になって。次から次へと生えてくる。


「いい加減にしないさいよね! この手も、貴方も!」

「さて、困りました。妖幻に人間価値観で語られても、どのあたりがいい加減なのやら……」

「わざわざあの刀巫女を焚きつける様な姿で、一体なにが目的なのか知らないけどね。構ってちゃんにもほどがあるわ!」

「それは仕方ありません。妖幻は人間に構われなければ存在できないのですから」


 私にはアレの言っていることが分からない。

 単純にそんな小難しい、込み入った事情は考えるのが面倒だし興味も無い。


「我ら妖幻は、死なないだけで消えないわけではない。人間という観測者がいなければならないのです。だから人間の心に私たちのことを刻み付ける必要があった。そして、その行動を起こすには現時点で妖幻を知っている人間が必要だった」

「あっそ! 知らないわよばーか!」


 私はもう一度、炎を纏う棒を振り回す。

 みるみるうちに消し炭と化していく腕は、また新たに芽吹き始めている。


「どっから湧いて出てくるのよ!」

「人の心があるならば、私たちはどこにでも」

「まったく……でも時間稼ぎにはなってるからいいのか」


 そう思うと、ちょっぴり嬉しい。

 考えてみたら、きちんと王子様と一緒に戦うのはコレが初めてだっけ。

 ああ、なんだか、楽しいな。


「どうして、笑っているのですか?」

「当たり前でしょ。好きな人と一緒に戦えるんだから。貴方たちもやってみたら?」

「邪魔をしておいてよく言いますね……」


 ああ、この愛しい充足感が永遠に続けば良いのに。

 でも、気になることが一つだけあった。


 アイツはちゃんと答えが出せたんだろうか。




 一夜限りの夢を見た。


 月夜に照らされ麗し少女。水面に浮かぶ花弁と波紋、

 それは美しい月だったのかもしれない。

 月隠つごもりの夜闇に一人降りてきた、月そのものだったのかもしれないと。


 そう、たった一夜の出会いだった。

 共に笑い、共に踊り、共に楽しんだはずだった。

 それが幻想だったのか、妄想だったのか、現実だったのかは分からない。


 でも、信じたい。彼女と過ごしたあの時間を嘘にしたくはない。

 だから、彼女がどこかにきっと居るのだと、それを前提にして生きていくしかなかった。


 彼女はどこにいるのだろう。現実の誰かだろうか、それとも心の中の住人だったのだろうか。それとも幻だったのか。

 今の僕には分からない。それでも、これが僕にとって理想であれなんであれ、僕は手を伸ばし続ける。

 君を見つけるまで、ずっと……。


「その言葉に偽りは無い?」


 ふと気が付けば、辺りは深い紺色に包まれていた。

 彼女達の戦いはどこか遠くの祭囃子のように聞こえ、隔絶された空間のようだった。


 そして目の前には、小さく可憐な妖精が一匹、儚い最後の灯火のように、心許ない光を放ちながらこちらを見ていた。


「その想いに嘘はない?」

「これまでの人生に懸けて、誓う」

「そう、なら……貴方はもう戻れない。追い続けた日々には戻れない。今度は貴方が創る番」


 妖精は小さな手を差し出す。


「あなたがわたしでも求めてくれるなら、わたしは貴方の望むままに」


 差し出されたその手は、まるでかつてのあの夜のように。

 思わず伸びた手を、しかし、直前で留めた。


 本当に、それでいいのだろうか。

 自分で創るということは、もうそれが現実ではなかったと認めることと同じなんじゃないか。

 僕が夢を探し続けたことを否定しているのではないかと


 いや、それならば……そうだ。僕はなんでもやってきた。

 今更だ。何を躊躇うことがある。


「仮初でも構わない、とは言えない」


 偽者では、仮初ではダメなんだ。

 ずっと本物を追い求めてきたのだから、今更自分で創って満足だなんて、出来ない。


「だけど妖精さん、君は、君こそが幻だというのなら、どうか導いて欲しい。僕が望むのはアイテムだ」

「あなたは……欲張りさんね」


 驚いて、微笑む。変幻コガネの髪の精

 その柔らかな微笑みは、あの夜に出会った黒髪の乙女みたいだった。

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