メルヒェン59 集束の三幻色(1)
そして、私たちは花見月さんと出会った場所に戻ってきた。
そこには当然の如く花見月さんが立っていて、私たちを見て純粋で無垢な笑みを浮かべた。
花見月さんの背後には、ルナちゃんたちが居る。
別れた時となんら変わらない。
「ありがとうイリスちゃん。私の力になってくれて」
私は無言で頷いて、背後の神無月さんを見る。
その視線はまっすぐで、表情は……笑ってはいない。
「神無月さん」
「大丈夫、分かってる……花見月、ずっと会いたかった」
「……私も、私も会いたかった!」
ぱあっと、花見月さんの顔が明るく笑みに満ちる。
嬉し涙さえ零しそうな勢いで、しかしゆっくりと噛み締めるように、歩み寄る。
「この世界で初めて出会った頃は、急に斬りかかるから思わず……でも、最後の一撃に貴女は躊躇した」
「そう、私はあの時、貴女にトドメを刺せなかった。だからここまで長引いた……でも、もうこんなことはやめにする」
「それって……ああ、嬉しい! どうか多くは望みません。あの頃のように、また二人で一緒に居させてくださ……えっ?」
気が付けば、本当にいつの間にか刺し込まれていた大太刀の切っ先。
胸の谷間を掻き分け、肉を裂き、骨を貫いて背中に抜ける。
私は、あまりのことに反応ができなかった。
神無月さんは淡々と言う。
「友の面影を追うのは、もう止めにする。私は友の姿を弄ぶお前を許さない」
「えっ……えっ!?」
「ああ、やっぱり……気付いていたのですか」
「死ね」
神無月は刀をぐるりと捻る。
しかし、花見月はにやりと微笑む。
「そう、私は貴女の知る花見月ではない……でも貴女の知らない花見月ではあるんです」
「何を……」
花見月さんは、刀をめり込ませながら神無月さんに迫る。
吐息のかかる距離、好きだった人同士の顔があんなにも近いのに、怖ろしいくらいに
「私は花見月 楼。桜が求めた幻想そのものであり、新しい妖幻よ」
「っ……!」
新しい妖幻……?
つまり、あの花見月さんは神無月さんが教えてくれた花見月さんとは別物?
ああ、そうか。だから神無月さんは花見月さんを殺そうとしていたんだ。花見月さんの姿をした妖幻が許せなかったから。
でも神無月さんは殺せなかった。花見月さんのことが好きだったから、花見月さんの片鱗をわずかでも求めてしまった。
そうか、これは神無月さんの、決別のための……それが神無月さんにとってのハッピーエンド?
「下がりなさい巫女!」
神無月さんはルナちゃんの声に従い後ろに跳んだ。
それとほぼ同時に、星の極光が花見月さんを飲み込む。
「知ったこっちゃ無いわ! なーにが新しい妖幻よ。此処をどこだと思ってるの? ここはネクストワールド。理想を叶えるための世界ッ!」
ルナちゃんが吼えている。
あらゆる問題が、苦悩が、すべて些細な出来事だというように。
「目の前に理想があるなら、それを叶えるために突き進むわ。そうでしょ、イリス!」
「ルナちゃん……うん、そうだね。そうだった。だから私は……私も、また我侭になるんだ!」
なら、次は考える。
一番理想的なハッピーエンドを組み上げる。時間が現状を整理して、要素を抽出して、必要な手順を組み立てて。
そして魔法で実現させる。
「ルナちゃん! アヤメ! 大変だと思うけど、お願い!」
「もちろん!」
「お安い御用だ」
「想いよ、光り輝け。私が私の大切なものを守れるように! ダイヤモンド・ガーディアンモード」
思いの丈を唱えて歌えば、それはもう魔法の言葉、御守りの呪文。
ルナちゃんとアヤメの体を、キラキラと七色の輝きを纏う。
あらゆる災厄から守護してくれる、魔法の衣を付与する。
続けてもう一つ。
「想いよ、駆け巡れ。風が遥か彼方、虹の架かる場所まで辿り着けるように」
攻撃力と俊敏性のバフを付与して、準備万端。
そしてルナちゃんとアヤメは二人の間に割って入る。
「……どういうつもりですか、イリス」
「どうもこうもないでしょ。私は最初からあなたが気に食わなかったし、これで存分に暴れられるわ!」
ルナちゃんは強い。絶対に死なない上に、夢を見続けようとする強さは誰にも負けないはずだ。
「イリス、これでは話が違う」
「やかましい。話が違うのはこちらのほうだ。私のイリスがお前たちのいざこざに付き合わされた鬱憤、殺意に変えてぶつけてやるから覚悟しろ」
アヤメの殺意は今最高潮、私を欺いたからかもしれない。
あとは二人が時間を稼いでいる間に、ハッピーエンドへのシナリオを考えるだけだ。
「まずは神無月さんと花見月さんの関係性を整理して……」
まず、今ここにいる花見月さんは神無月さんと同棲していた花見月さんとは、ちょっと違う。
人間だった頃の花見月さんの記憶を引き継いだ妖幻だという。
だから神無月さんは花見月さんの姿をした妖幻を斬ろうとしている。
でも本当は斬りたくないんだ。花見月さんを見捨ててしまったのが、本当は自分のほうだと分かっているから。
違う。どちらが見捨てたとか、そんなんじゃないのに。
二人はただ一緒にいられなかっただけだ。
自分の存在意義でもあった、与えられた役割を全うしようとする神無月さん。
幼少から追い求めていた、恋焦れた者と一緒にいたいと想う花見月さん。
お互いに譲れない想いだった。その結果があの悲劇なら、私の魔法でなんとかすればいい。
でも、具体的にどうすれば?
きっと神無月さんは妖幻の花見月……楼を認めない。
花見月サクラじゃないと……
「なんだ、簡単じゃない」
夢の深い所から聞こえてくる、冷たくて、甘い声。
アイスキャンディみたいにひんやりとしているのに、心地よい甘さと滑らかさ。
「忘れたの? 私たちの物語を」
「無明、眠り子さん……」
「私とあの子の、夢物語を」
絡まった思考が解けていく。参照するのは夢物語。
白い少女の、黒い少女を慕う想い。
黒い少女の、白い少女を守る想い。
何も無い無想の少女は、無垢なる夢想の少女に招かれる。
泡沫の夢を統べて、終わり無き午睡の穏やかさをもたらす。
それらは全部、夢見る白い少女の起こした、理想がもたらす招きの奇跡。
そう、それこそが死者すら呼び起こした、力強い理想のありよう。
そうだ、これしかない。きっとこれが鍵になる……。
「だから、行って示してあげてください。諦める必要なんてないんだって。大好きな人なら、心の底から求めたなら、きっと叶うんだって。イリスさんが私に教えてくれたように」
「アリスちゃん……分かった」
まだ確実な答えは出ない。
でもシナリオを前に進めるには十分だ!
「アヤメ!」
「把握した。その通りに」
私は大好きな親友の名を呼ぶ。
私と一心同体の親友は、既に私を読み取ってくれていた。