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メルヒェン58(4) 幻想の三叉路。

 僕の人生に意味はあったのか、なかったのか。

 今となってはそれすらも分からない。


 しかしそうか、考えてみればそうなのかもしれない。

 僕はただ獲得したスキルで金を稼ぎ、それを投じただけに過ぎない。


 花見月のように、自分の何もかもを投げ打つようなことは出来なかった。

 僕がやったことといえば、他人を搾取し、私腹を肥やし、それを幻想のために費やしただけ。

 僕自身は何の危険も無い。有している力を、当然のように使っただけ。


 何も持たない人間が、心の赴くままに手を伸ばすような無謀さは、真似できない。


 でも、じゃあ、僕はどうすればよかったんだ?

 財貨も地位も、何もかも捨て去って、二本の足で探し回ればよかったっていうのか?


 ふざけるな。そんなのはただの蛮勇だ。

 僕は僕の出来る限りを尽くしたんだ。

 僕が持つ力を最大限に活用したんだ。これで足りないなんて言わせない。


 それが現実に無いから、辿り着けないのは当たり前だなんて……そんな馬鹿なことを認めろっていうのか。


 絶対に許さない。このまま消えるなんて許さない。

 僕は僕の理想を馬鹿にする奴を許さない。

 ここまでしてきたことを無駄だと断ずる者を許さない。


 邪魔する者は誰も許さない。理想を諦めようとする僕自身を許さない。

 敗北を許さない、死を許さない、終わりを許さない。


 僕は辿り着けない幻想を許さない。

 だから僕は幻想に辿り着く。






 不夜城の夜が明ける。

 窓から差し込む明かりに目を擦りながら起き上がると、刀を携える麗しい巫女さん。


 日を浴びるその姿は、透き通るほど綺麗で、澄み渡るように美麗で、見惚れてしまう。


 ふと、白い手が消えた。

 気が付けば、きらりと輝く白刃が曝け出されていた。

 そういえば、空を斬る鋭い音が聞こえた気がする。


「……おはようございます」

「お、おはようございます……すごいですね」

「大したことじゃない。こちらの支度は済んでいる」

「あ、はい!」


 アヤメはとっくに起きていて、私も急いで起きて、身支度をする。

 葉を磨いて、シャワーを浴びて、髪は魔法で乾かして……よし。


「準備できました!」

「じゃあ、行きましょうか」


 そして、私たち三人は森へ向かう。

 花見月さんが待っている、無何有の郷の森へ……。





 この世界に来て、ずっと追い続けていた。

 友達の影を、妖幻の影を、ずっと追い続けていた。


 刃を躍らせ、身を舞わせ、立ちはだかる者これすべて、くるりと回ればさくりと斬れる、ぽとりと落ちて命を零す。


 現ならざるを斬り捨てる、大太刀抜いて白刃を朱に染め、虹色幻像を振り払う。

 そう、私がこの刀を振るうのは、振り払うため。

 この心残りは幻ではなくて、現実だからこそこの刀では断ち切れない。


 だからここまで追いかけてきてしまったのだろう。放っておけなかったのだろう。

 死の午睡にまどろんでいた方が、遥かに幸せだっただろうとさえ思う。


 それでも諦め切れなかった。それが私の理想……だとするならば、我ながら嫌になるほど人間みにくい。


 このイリスという少女は呆れるほどに善人らしい。

 多少の罪悪感はあるけれど、この際仕方ない。彼女が……花見月がそうなってしまったように、私は人間として堕ちよう。

 夢見の少女を騙して、落ちる先は地獄だろうか。それともひたすらな虚無だろうか。


 どちらでも構わない。どちらにせよ私と花見月が落ちる先は大体同じ場所だろうから。






 私が妖幻に好かれる体質になったのは、恐らく廃屋と化した神社をめぐっていたからなのかもしれない。

 私にはまったくといってほど霊感がなく、だからこそ尚更に訪問し、そうやって色々なものを引き寄せる体質になってしまったのだろう。


 そう、全ては私のせい。

 あの村が滅びたのも、神無月ちゃんが好きでもない男と寝ることになったのも、私が死んだのも、神無月ちゃんを置き去りにしてしまったのも、悲しませてしまったのも……。


 だからこそ……神無月ちゃんが私を追いかけてきてくれたことがとても嬉しかった。

 たとえ私を殺すためだけが理由だとしても、私のことを思っていてくれることが嬉しかった。

 私の罪は、それさえ贅沢なほどに重いのだと分かっているから。


 私は神無月ちゃんを絡め取る。

 蜘蛛の巣のように絡めとって、神無月ちゃんを私と同じ妖幻にする。

 それがいい。そうすれば、彼女もきっと分かってくれる。


 私が妖幻を引き寄せてしまったから、妖幻に慕われてしまったから、人間である彼女と一緒にいられなかった。

 でも、二人で一緒に妖幻になれば、もう争う理由はない。

 神無月ちゃんは妖幻を刈る必要が無くなり、くだらない人間を守る使命からも解放される。


 だから私が彼女を救うんだ。

 二人で一緒に妖幻になって、一緒に人間の心を食い物にして、仲良く暮らすんだ。


 あのイリスという子は純心無垢で、ハッピーエンドを望んでくれる良い子だ。

 だから、きっとあの子も分かってくれる。

 そしたら可愛いあの子も妖幻にして、仲間にしてあげよう。





 幻想の三叉路、イリスたちが居るのはその中心。

 あちらこちらに別れて、また一箇所に集う。


 妖幻……あやしまぼろしに惑わされ、踊っているのは誰が手の上か。

 それぞれの思惑、それぞれのハッピーエンド。


 やがてイリスは選択を迫られる。

 イリスが望む真の大団円は、どの道にあるのか……。

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